2021年1月2日土曜日

爺ブログのレトロスペクティヴ2020

Covidさんが
そろってにぎやかに

統計ソフトによると2020年爺ブログの年間総ビュー数は6万強だそうです。年間の記事本数は2020年はがんばって61本ありました。つまり平均して記事ひとつについて大体100人の方が読まれているといううれしい数字です。長期化してしまったコ禍の影響をわがブログも直接的に被り、映画もコンサートも本屋も行けないという日々の中で、記事内容はたいへん限定されたものになった1年でした。特に映画は8本しか紹介していない。これほど映画を観れなかった年はない。ビュー数の上位10で選ぶこのレトロスペクティヴ2020の中に映画記事は1本もないのです(次々点=12位でフランソワ・オゾン『85年夏(Eté 85)』、ただこれは2020年を代表するような映画ではないと思います)。上位はコ禍関連と女性たちの告発(スプリンゴラ、デパント、スリマニ)が大半を占めました。わがブログがフランスの状況とシンクロしていることの証左であり、わがブログに求められているのはこういうことなのでしょうね。ジャーナリズムではない市井の人間の世相見ですが、わかっていただきたいことがあってこちらは書いています。
 映画も音楽も十分に摂取できなかった1年でしたが、個人的ベストということでは映画ではロドリーゴ・ソロゴイエン監督映画『マードレ』、音楽アルバムではガエル・ファイユの『Lundi Méchant(むかつく月曜日)』が最も印象に残りました。文学では群を抜いて今年のゴンクール賞作品であるエルヴェ・ル・テリエの『L'Anomalie(異状)』が強烈でした。
 ではレトロスペクティヴ2020の10本、ビュー数の多い順で並べてありますが、1000ビューを超えた記事は1本もありませんでした(ちょっと寂しい)。

1. 『性感染症ですらない平凡なウイルス(2020年5月5日掲載)
2019年も1位はウーエルベックだったが、2020年はコ禍第一次外出制限の頃、ラジオFrance Interの番組に送られたウーエルベックの手紙(5月4日に朗読放送された)で、このパンデミックの前と後では世界が全く異なるだろうという大方の論調に真っ向から反対して、「すべては全く前と同じままだろう」と断言する冷笑的な考察。この記事はその手紙全文を(無断で)訳して掲載した。パンデミックによって突然個々人が隔離された状態はその小説『ある島の可能性』(2005年)が予見した世界と似ているが、本人はそれを忘れているような(カトリーヌ・ミエによって指摘されてそうかと気づく)無責任さ。ニーチェとフローベールを引き合いに出した「歩くことの必要性」のくだりはさすがに面白い。2020年10月に刊行された(トランプ米大統領支持論を含む)時事論集"Interventions 2020"は本ブログで紹介しませんでしたが、悪しからず(私は信奉者ではないので)。

2. 『「嘘こそが文学」とシオランは言う(2020年1月22日掲載)
ヴァネッサ・スプリンゴラの『合意』が出版されたのが1月2日。この年最大の問題の書になるという勢いのようなものが最初からあったし、文壇は大きく揺れ動き、この書でフランスで#MeTooは映画と芸能界、スポーツ界を経て文学に至った。この本の紹介記事はラティーナ誌2020年3月号に書いた(本ブログに加筆修正再録した)が、その記事は糖尿病悪化でビセートル病院に入院中に書き上げた(今となってはいい思い出)。一冊の本が70-80年代に称賛擁護されていた"性の解放”の暗部(小児/未成年性愛)を暴露告発する。この勇気を微力ながら機会あるごとに雑誌やブログで支援できたこと、これに関しては私はわれながら本当にいい仕事をしたと思っている。

3. 『これからは立ち上がってずらかることだ(2020年3月3日掲載)

フランス映画界の最大の祭典セザール賞のセレモニー(2月28日)の終盤、女優アデル・エネル(仏映画界内の性犯罪被害者にして最初の告発者のひとり)がロマン・ポランスキー監督の受賞に抗議して、満身の憤怒をあからさまにして席を立ち退場していった。この行為を熱烈に支持して、作家ヴィルジニー・デパントがリベラシオン紙に投稿した檄文全文を(無断)翻訳して掲載した記事。デパントは2020年の当ブログで最も登場回数が多かったし、フランスの#MeTooムーヴメントに興味を示す読者のみなさんに熱心に読まれていたようだ。喜ばしいことにデパントは2020年日本で『ヴェルノン・シュビュテックス・1』と『キングコング・セオリー』の邦訳が出版され、陽の目を見ることができた。とてもうれしい。

4. 『"福島”でも変わらなかった日本がコロナ禍で...?(2020年4月19日掲載)
フランス語で表現する日本の作家水林章が、コ禍のせいでフランス滞在を急遽中断して日本に帰り、日本のコ禍状況について仏週刊誌ロプスのインタヴューに答えた同誌記事の重要部分を(無断で)翻訳して本ブログに掲載した記事。水林氏には報告したものの、氏と相談の上ロプス誌との権利関係のこじれを案じてその後数ヶ月ブログから削除していた(ほとぼりが冷めたと思ったので11月から再掲載)。”福島”の教訓を活かせなかった日本への悲観的な見方、(当時の)安倍政権のコ禍政策への厳しい批判、私たちには激しく同意できることばかりであったが、この声がなかなか日本に届かないもどかしさに動かされての記事掲載だった。水林氏の小説『折れた魂柱』に対して2020年フランスで様々な文学賞を与えられることになっていて、コ禍で日本を出られず受賞セレモニーに不在だったものの、氏がフランスで評価を飛躍的に高めたいい年だったと思う。

5. 『言葉のあや(2020年11月20日掲載)
2018年以来フランス語音楽アーチストとして世界で最も愛聴されるようになったアヤ・ナカムラ。一部ではあるが日本でそのステージネームである「ナカムラ」ということだけで注目されているという現象に、私は少しく嫌悪感を抱いていたので、"日本とは全く関係ないんだが、これだけクオリティーが高いのだ”ということを言いたくて記事にした。アヤ・ナカムラは傑物である。”フランスから世界に”というポジションなのに、あえてフランス国籍を取得していない(誇り高くマリ国籍のまま)。たぶんフランスのことなど何とも思っていないフシがある。そこがまた(誤解されようが何とも思っていない)この女性のレアな偉大さだと思う。

6. 『白人たちへの手紙(2020年6月7日掲載)
#BlackLivesMatterムーヴメントの引き金となったジョージ・フロイド殺害事件と、フランスの2018年アダマ・トラオレ殺害事件に関して「何が問題なのかわかっていないわが白人の友たちへの手紙」と題した作家ヴィルジニー・デパントの国営ラジオFrance Interへの投稿(6月4日に朗読放送された)を(無断で)全文翻訳した記事。デパントはこの2020年あらゆる方面で怒りの声を上げていたような印象があるが、こういう作家は本当に貴重。フェミニストにしてロック的反逆者にして大作家。今すぐではないだろうが『ヴェルノン・シュビュテックス』に次ぐどんな作品が出てくるか本当に楽しみ。

7. 『スターになれりゃいいね、あれはいいね(2020年12月8日掲載)
ベナンの都市部ではない奥まった地方でワイルドな音楽を奏で始めた7人の少女楽団スター・フェミニン・バンドのデビューアルバム。ヨーロッパ白人たちが商魂ででっちあげた、いわば植民地収奪的なマーケティングを批判する人たちはいる。だが、この少女たちはあらかじめ決められた未来(男性原理の家父長制度にようって決められた強制結婚、若年出産、往来のピーナツ売り...)に果敢に抵抗して、アフリカ女性たちの未来を拓くために国際的”スター”になろうとしている。これは"計算”でも"システム内の成功”でもない(と信じる)。この少女たちが早く自分たちの言葉を載せた自分たちの曲を作れるようになってほしい。ダンスバンドとしてその地方だけでなくベナン国内、ひいては周辺のアフリカ諸国まで人気を獲得しつつある。スタイルはアフロ・ガレージロックである。いいバンドとして育ってほしい。応援しよう。

8. 『ジュリエット・グレコが切れ切れに語る(2020年7月17日掲載)
2020年に物故した最大の偉人のひとり、ジュリエット・グレコは9月23日に93歳で亡くなった。その2ヶ月前、テレラマ誌がヴェロニク・モルテーニュ(元ル・モンド紙シャンソン批評家)によるグレコのインタヴュー記事を掲載した。おそらくこれがグレコ最後のインタヴュー。しかしグレコはもはや多くを語れず、切れ切れに歌うことのできない最晩年を悔しんでいる。コ禍で面会禁止の閉じこもりを強いられた老人施設の人たちと共通する悔しさだと思う。強さではなく"sale caractère"(性格の悪さ)で生きてきた、とジュリエットは言った。怖いものなど何もないと思われていたサン・ジェルマン・デ・プレのミューズは最後に、怖いものがたったひとつある、と。「人に好かれないこと。これは私がとても小さい時から怖かったことなの。今も続いているわ」。安らかに。

9.『レイラ・スリマニ、スプリンゴラ『合意』について語る(2020年3月1日掲載)
レイラ・スリマニもすっかりわがブログの常連になってしまい、現在までスリマニ関連の記事は8本載せている。第3作めの小説であり3巻におよぶ長編となる『他人の国(Le Pays des Autres)』の第一部が3月5日に刊行になり、向風三郎はラティーナ連載の最終回(2020年5月号)にその紹介記事を書いた。フェミニストにして反レイシズムの論客としてメディア上で鋭く発言するこの作家の姿はまぶしい。2020年のわがブログが、ヴァネッサ・スプリンゴラ、ヴィルジニー・デパント、レイラ・スリマニを何度も登場させたのは、彼女たちのパワーにどれほど私が敬服しているか、ということである。『他人の国』第二部は2021年に最も待望されている書であり、必ずここで紹介することを約束する。

10. 『ベルナール・ベローさんを悼む(2020年8月2日掲載)
パリの日本語新聞オヴニーをはじめ、当地の日本語メディアの草分けだったエディシオン・イリフネの創始者ベルナール・ベローさんが7月30日に亡くなった。小沢君江夫人と共に私には本当にお世話になった人。十年を超える闘病の末だったが、私は同じ病気の後輩であり、ジョルジュ・ポンピドゥー病院で偶然出会った時、この病気とのつきあい方をいろいろアドバイスしてくださった。70年代からのベローさんと小沢さんの市民視線のエディトリアルを貫く紙面はどれだけ私に影響を与えたことか。葬儀のあとで小沢さんが「もう(パリの)70年代の記憶がある人がいないのよ」と言っていたが、私は79年(オヴニー創刊の年)にフランスに移住したのでその新聞デビューを知っている。ツワモノだったなぁ、ベローさんは。合掌。

0 件のコメント: