2021年1月19日火曜日

耐え難きを耐え 忍び難きを忍び

 Djaïli Amadou Amal "Les Impatientes"
ジャイリ・アマドゥー・アマル『忍耐しない女たち』

20
21年1月現在、書店ベストセラー第3位(1位は2020年ゴンクール賞エルヴェ・ル・テリエ『異状(L'Anomalie)』、2位は近親相姦告発の書カミーユ・クーシュネール『ラ・ファミリア・グランデ』)で、2020年度ゴンクール・デ・リセアン賞(高校生2000人の審査員によって選出される文学賞)を受賞した作品。作者ジャイリ・アマドゥー・アマルは、1975年カメルーン最北部の町マルーアに生まれたフランス語表現の作家/女性運動家で、民族的にはプル人(アフリカ北西部から中央部にかけてのサハラ砂漠の広い範囲で生活している遊牧の民、総人口は5千5百万人と言われる)で、宗教的にはムスリムである。
 小説の舞台もカメルーンの北の町マルーアで、商業や運輸などで財を成して定住したプル人の富裕層が多く住む地域で展開する。時代はスマホもネットフリックスもある21世紀的現代である。この中で何度も繰り返されるひとつの言葉がある。それは「ムニャル」というプル人の言葉で「忍耐」を意味する。忍耐せよ。この女性たちはすべて忍耐せよとしつけられ、忍耐こそがプル人女性の最高の美徳であると繰り返し教えられた。この忍耐とはとりもなおさず従属を受け入れることに他ならない。小説は三部に分かれ、接点のある3人の女性のそれぞれの忍耐の物語がオムニバス的に綴られるのだが、いずれも忍耐は限界を超えてしまう。
 最初に登場するのはラムラという17歳の娘。学業に長け、リセを卒業したら大学で薬学を学び薬剤師となることを志望しているが、父親(家の長)は女に学問は無用であり、結婚して子を産み育て、夫を助けることこそ女の幸福という「伝統」を頑なに守りたい人間ゆえ、勉学はリセの卒業までと命じている。その父親は成り上がりの実業家でその成功と権力の証拠のように4人の妻を持ち、子供の数は30人に及ぶ。この一部族のような大家族を高い塀で囲った広大な領内に住まわせている。女の子供は生まれてくるものだが、神アッラーから与えられた父親の仕事というのは、責任を持ってその女児をしつけ育てて美貌を与え、父親自身がそれに相応しい夫を見つけてやり結婚させることで終わるのであリ、ラムラの父も”良き父親”としてその義務を遂行する。一方ラムラには将来を誓った恋人アミヌーがいて、学業を続けたいラムラを理解し、自らもエンジニアとなるための勉強を続けたい、二人でチュニジアの大学へ行こうという約束もしている。アミヌーはそのプル人社会の伝統慣習に従ってその父を通じてラムラの父親に婚約の申込みをし、一旦それは承諾されてしまう。ラムラの喜びも束の間、父親は事情が変わったとその婚約を破棄し、別の結婚相手アルハジ・イッサを選びその男との結婚をラムラに強制する。この男はこの地域で最も大きな企業の経営者であり、壮年の年代で現在までひとりの妻サフィラがいて6人の子供をもうけていたが、若いラムラの美貌の虜となり二人目の妻にしたいと申し出てきた。商魂たくましいラムラの父はアルハジ・イッサの企業との協力関係を得ようとこの婚約に二つ返事でOKを出し、ラムラに大学とアミヌーを断念させる。
 ここまで書いて、旧時代の家父長制度・一夫多妻制・男尊女卑社会をステロタイプ化したバックボーンが見えてこようが、これは戯画ではない。この小説はこれがアフリカ現代社会にまだ根強く残っている現実であることを示そうとしている。女性たちの絶対的服従が制度として機能している現実。
 この構造を厳然として保とうとしているのは男性たちだけなのではなく、女性たちを含めた社会全体なのである。この小説の中で女性たちの連帯はない。娘の苦しみを庇い擁護しようとする母親もいない。女たちは一夫多妻というシステムの中で反目しあい、嫉妬しあい、いじめあい、自分のポジションを確保することしか考えない。弱点を見せたら(女たちから)一斉に攻撃される。日本時代劇の「大奥」の構図と同じである。だから女親たちは、男親と全く同じように女児→娘には徹底した"ムニャル”(忍耐)を教え込むのである。忍耐こそ最高の徳であり、女の幸せは究極の忍耐の果てにしかやってこない。
 あらゆる抵抗むなしく、ラムラがアルハジ・イッサと婚礼を挙げる同じ日に、ラムラの義理の妹(父は同じで母は別妻)ヒンドゥーもいとこ関係にある男ムーバラクと結婚する。ラムラと同じようにヒンドゥーも父親に結婚を取りやめてほしいと嘆願していたが、これも全く聞き入れられない。相手のムーバラクは裕福な環境に育ちながらも、自分がやりたい仕事をやらせてもらえないというフラストレーションで仕事もろくにせず、アルコールとドラッグと女遊びにひたるろくでなしである。その上サイテーなことにこのムーバラクは極めて暴力的であり、アルコール+ドラッグ+バイアグラなどの薬物の効いている間は見境のない凶漢と化してしまう。あらかじめその噂を知っていたヒンドゥーは、無理やりの婚姻の末、それが予想をはるかに超えたウルトラな凶暴さであり満身創痍の身になってしまう。あまりの酷さに逃亡も試みるヒンドゥーだったが、連れ戻され親族全員から"ムニャル”(忍耐)の説教を聞かされるばかり。この社会ではDVは妻をしつけるための夫の「権利」であり、忍従しない妻に落ち度があると見做される...。
 ラムラとヒンドゥーの二つの不幸なストーリーの後に登場する第三の女性がサフィラであり、前述のように17歳のラムラが第二夫人として嫁いでいった富豪実業家アルハジ・イッサの第一夫人である。35歳であり、アルハジ・イッサと結婚して20年、6人の子をもうけている。何一つ不自由のない豊かな生活を営んできたが、若く目の覚めるような美貌の持ち主ラムラにアルハジ・イッサの関心のすべてが奪われ、燃えたぎる嫉妬は新妻が領内に入るやいなやありとあらゆる嫌がらせと妨害を始めるようになる。ここで重要な役割を果たしているのが「呪い」であり、サフィラは大金をつぎ込んで複数の”マラブー(marabout = 魔術師、祈祷師)"にラムラへの呪いをかけさせる。この小説ではラムラのように教育を受けて現代社会に通じている教養の持ち主とは対照的に、サフィラは旧時代のアフリカの価値に固執する女に描かれている。しかし実際にラムラへの妨害嫌がらせに功を奏するのはマラブーの呪いではなく、(サフィラが不正にせしめて行使している)金の力なのだが。カメルーンの奥地の奥地に棲む高名なマラブーから、サフィラが夫の寵愛を新妻から奪い返すための秘策として、夫の食べ物と飲み物に密かにサフィラの小水を混ぜること、という言いつけを真に受けて実行するというエピソードもあり。このサフィラにとっても夫の不義に対しては"ムニャル”(忍耐)が肝要ということを心に念じているのだが、サフィラの忍耐は、呪いによってラムラに不幸が訪れるまでの忍耐なのである。その嫌がらせに対しては全面的な防戦状態にあるラムラは、心身共に傷ついた状態でその仕掛け人であるサフィラに対して自分はアルハジ・イッサとの結婚など望んでいなかった、この結婚から逃げ出したかったと告白する。これをサフィラは最初全く理解ができないのである。世に”女の最高の幸せ”を放棄したい者などあるはずはない。しかしラムラが真実を語っていることは察知する。仇敵のように思われた若い美貌の女から真実が告げられた時、サフィラは少なからず動揺し、この娘にかすかな友情のようなものまで感じるのである。
 小説の救済はまさにここにあり、アルハジ・イッサとの悪夢のような結婚生活とサフィラの権謀術数の嫌がらせの数々に極限まで傷ついたラムラはついに蒸発することに成功し、ラムラに教えられたかのようにサフィラはアルハジ・イッサの絶対的支配から解放されることをうすうす考え始めるのである。”ムニャル”(忍耐)しない女たちのはじまり...。

 文体は何か民話でも読んでいるように、その土着的で超越的な事情にぶつかってしまうが、「アフリカってそういうもんでしょ」という先入観を壊すためにもしつこく非ロジカルなくりかえしがあっていいと思う。白人が書く見聞録ではないのだから。わからないところはわからないままだが、はっきりわかるのはこの家父長制の極端な男性社会は女性にとって百害あっても一利もないし、それを自分たちを守るものとして擁護する女性たちも被害者として目覚めなければならない。ベナンの少女たちのガレージロックバンドであるスター・フェミニン・バンドをこのブログで紹介したとき、このベナンの地方部の子たちが「女たちよ、勉強しよう、学校へ行こう、自立しよう」と歌うことがどれほど重要なのかピンと来なかった部分があったが、この小説で、それは何度でも繰り返し繰り返し訴えなければならないことだとはっきり知らされた。制度化された男尊女卑、強制結婚、一夫多妻制、少女妊娠、陰核切除... これらはアフリカのカリカチュアではなく実状である。女性のアーチストたち、著述家たち、言論者たちが目覚めよと訴えることには理がある。このカメルーンの作家ジャイリ・アマドゥー・アマルは、明晰にも「忍耐をしないこと」という第一歩を示している。その忍耐を拒否することの意義に、フランスの高校生たちは心動かされたということだ。この若い人たちのエモーションはわれわれ大人たちにおおいに教えるものがある。

Djaïli Amadou Amal "Les Impatientes"
Editions Emmanuelle Collas刊 2020年9月 240ページ 17ユーロ

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)ジャイリ・アマドゥー・アマル、『忍耐しない女たち』を語る


0 件のコメント: