2008年8月31日日曜日

今朝のフランス語「ポゼ・アン・ラパン」



 一匹のウサギを置いておく、ということですね。
 今朝のリベラシオン紙の見出しはこうなっています。

 Amy Winehouse pose un lapin à Rock en Seine


29日のRock en Seineフェスティヴァルでの、エミー・ワインハウス開演2時間前のキャンセルを報じる記事です。各局のテレビニュースでも昨日はたくさん報道されていました。ワインハウスのミュージシャンや機材は届いていて29日午前歌手抜きでリハーサルされていたこと、その場に来ていたワインハウスのエージェントがキャンセルを主催者に言い渡したのは午後8時だったこと、理由説明は一切ないこと、その夜主催者側はエミー・ワインハウスに対して訴訟を起したこと...。
 Rock en Seineでは去年にも出演予定されていて来なかったし、今年は29日の大トリとしてプログラムされていたのに、このありさまでした。意地で来年も呼んでくれないかしらね。
 もうすぐ25歳。この「トラック運転手のような刺青だらけで、シュークルートのような髪型をした」(リベラシオン紙の表現です)女性歌手は、麻薬&アルコール常習者、奇行、暴力亭主などの醜聞で英国タブロイド紙をにぎわせていましたが、こういう凄絶な生き方に、世の人々はビリー・ホリデイ、ジャニス・ジョプリン、エディット・ピアフと似たものを見てしまうわけですね。

 さて今朝のフランス語です。「ポゼ・アン・ラパン(poser un lapin)」とは、ウサギを一匹置いておくことですが、現用の意味は待っている人に告げることなくその約束の場所に行かないことになります。すっぽかしです。また別の意味では料金を払わないことでもあります。19世紀の用法では「女性のご奉仕のお代金を払わない」という意味で、ウサギとは不払いの象徴だったわけですね。今の世の中ではバニーさんのご奉仕にお金を払わないと恐いニイさんたちに何されるかわからないですよねえ。
 現用の意味になったのは19世紀末のことで、学生たちが "laisser poser"(置いてけぼりにしておく)"faire attendre quelqu'un"(人を待たせておく)という意味で、ウサギをひとりぼっちにして置いておくという表現を使うようになりました。
 昨日のRock en Seineの観客の一部は、21時半の主催者アナウンス「エミー・ワインハウスは今夜歌いません」を聞いて、怒りにふるえて 「う〜〜〜っ!詐欺〜〜っ!!」と叫んでいましたとさ。


PS(9月4日)
 Rock en Seineのオフィシャルサイトで、8月29日のチケットに関して一部返金すると発表されました。18ユーロ返してくれると言うのですが、現金で返してくれるのではなく、来年のRock En Seineフェスティヴァルのチケットから18ユーロの割引をしてやると言うのですね。鬼が笑うとはこのことで、まだ来年のプログラムなど何も決まっていないのに、今から行くと決めている人がどれだけいるでしょうかね。私たちは行きますけど。

PS. 2 (9月21日)
最近レゴ社が限定で発売したという、レゴ・ミニ人形版のエミー・ワインハウス。入れ墨と言い、ふてぶてしい顔と言い、本当によく出来てますよね。

2008年8月30日土曜日

やっぱりね... (Rock en Seine 2008)



 わが家の川向こうのロック・フェスティヴァル ROCK EN SEINEに行ってきました。去年に続いて今年も晴天で、今日は太陽が出ている時は汗が出るくらいの気温で、ビールがうまいうまい。3つあるステージは午後3時頃から始まっていたのですが、わが家3人は午後6時頃の出陣で、最初からぶっ飛ばしのロックでザ・ジョン・スペンサー・ブルース・イクスプロージョンに酔いしれ、次いでフィラデルフィアのラップ・コンボ(と言うかもうほとんどファンクオーケストラ?)ザ・ルーツ (THE ROOTS↑写真)を見て、タカコバー・ママはやっぱり今年はアメリカ黒人のパワーを痛感しますねえ、とオバマのことを思ったりしたのでした。
 娘セシル・カストールはロンドン娘ケイト・ナッシュをとても期待していたのだけれど、3曲めくらいで乗り切れなくなって、なんか食べようか、と食い物屋スタンドに逃げたのでした。ケバブ、チリコン・カルネ、ヤキトリ、レバノン料理...いろいろあるんですが、去年タルティフィレットがやたら美味しかったので、今年もこれで行こうと、タルティフィレット屋へ。しかし去年はアツアツをサンドウィッチにしてくれたのだけど、今年はちょっとぬるめでパンなしのプラ容器入りで、環境にやさしくないなあ、と不平を漏らしたら、やっぱり去年ほど美味しくなかったのでした。チリコン・カルネにしてればなあ、とは後のロックフェス。
 食べ終わってメインステージに行くと、ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトの別バンド、ザ・ラカンターズ(The Raconteurs 元の言葉が仏語だから "ラコントゥール"でも正しいと思いますが)が白熱のパフォーマンス。これはわが家3人、本当に堪能しました。ツインリードギターというのは中高年泣かせですねえ。オールドスクールですねえ。誰もが両腕上げて首振ってしまう感じ。爺のロック感覚にはど真ん中のツボですねえ。
 ものすごく良かったので、これだけでも今夜は十分だね、と3人で話していたら、本当にそうなってしまって....。突然の主催者アナウンス「今夜エミー・ワインハウスは出演いたしません。本日午後、直前の出演キャンセルがありました...」。私は今朝から何度かインターネットをチェックして、そういうことはないんだろうなあと確認していたんですが、どのニュースサイトを見ても、「噂&憶測が飛び交う中、今夜遂にエミー・ワインハウス、フランスのステージに登場!」と、今夜の出演を確定的に報道していたのでした。
 会場に入場する時だって、そういう掲示は何もなかったし、その場にいた観客すべてが、この午後9時半過ぎの主催者アナウンスで初めてエミー・ワインハウスのキャンセルを知ったはずなんですね。
 怒号、ヤジ、金かえせ、の声が出るものと思っていたら、驚くべきことにみんな結構すごすごと大人しくその場を去っていったのですよ。うちの娘でさえ「私は最初から出ないもんだと思っていたもん」と達観した意見を述べるんですね。例えば去年みたいにメインがビヨークで、ビヨークが当日直前キャンセルしたらば、集団暴動が起こるかもしれないけれど、エミー・ワインハウスだとみんな「やっぱりね...」であきらめがついてしまうんでしょうね。やっぱりね...。
 その後サブステージでは、フランスの(亜流ダフトパンクみたいな)ディジタル2人組ジャスティスが出ていました。爺は昔から皿回しさんが機械いじくってるだけのステージなんて全く興味がないのですが、娘がちょっと見ようよと言うので、少しつきあいました。(↓)こんな感じでした。これもやっぱりね、という感じでした。



 というわけで、午後10時過ぎには川を渡って家に帰ってしまいました。とびきり大きな不満があるわけでもないし、好天だったから良かったことにしよう、と3人の意見の一致を見ました。来年も行きます。

2008年8月28日木曜日

ヴェロさんの全録音集がやっと出るのです。



 ワーナー・フランスからヴェロニク・サンソン全録音集ボックス(CD22枚+DVD4枚)の情報が来ました。ピスタッシュ・シャーベットみたいな色のパッケージですね。箱はエディット・ピアフとかジャック・ブレルの全録音集と違っておとなしめで、ただの「箱」という感じです。中身の各巻(CD22枚+DVD4枚)統一して緑色のディジファイル(紙ジャケですね)パッケージです。ファンにはうれしい未発表だらけです。アルバム「アムールーズ」の英語版をはじめとして、イタリア語/ドイツ語/スペイン語ヴァージョン多数。オルタネート・ヴァージョン多数。未発表ライヴ(ラジオ・カナダ、『心のレストラン』...)多数。テレビ収録ヴァージョン(ゲンズブールとのデュエット La Javanaise、ダニー・ブリヤン、ミッシェル・ジョナス、ベルナール・ラヴィリエなどとのデュエット)多数。ワーナー契約前(1967年〜70年)の全録音16曲も。ファーストアルバム『アムールーズ』のデモ・ヴァージョン10トラック初公開。分厚い2冊のブック(バイオグラフィー、ディスコグラフィー、全曲リスト、写真集、180曲の歌詞、楽譜...)。DVD4巻は、(1)94年ラ・ロッシェル「フランコフォリー」ライヴ、(2)2005年オランピア・ライヴ、(3)テレビ画像集(スティーヴン・スティルスとのデュエットなども)、(4)ライヴ画像集(2000年の大統領府エリゼ宮でのライヴなども。
 値段のことは言いませんけどね、ファンにはこれは今年のお歳暮、クリスマス贈答でいただけたら最高でしょうね(自分で買うのはちょっとなあ、と言う人は真のファンじゃないですね)。11月17日フランス発売。爺は何が何でも買うぞ。

2008年8月27日水曜日

マルセイユ vs ベルゲンの試合を見ていたら...



 8月ももう最終週ですが、月はじめのニース以来、夏らしい思いを全然していないのに、すなわち、体は何も夏を感じていないのに、2週目あたりからメンタルな夏バテがやってきて、食欲はない、すぐに疲れる、事務所にいてもボーっとしているだけ、という感じの低迷デイズを20日間ばかり。帰りの地下鉄で、今夜こそは断酒して原稿書きせにゃあいかんなあ、と思っていたのに、帰宅したら普段見ることもないテレビをしっかり見てしまったのでした。今夜は欧州チャンピオンズ・リーグへの出場権をかけて、オランピック・ド・マルセイユ(OM)が地元ベロドローム・スタジアム(マルセイユ)でベルゲン(ノルウェイ)と戦ったのでした。
 試合の前に、先週フランスの高速道路で起こったOMの応援団を乗せたバスの事故で死んだ2人のサポーターのために、1分間の黙祷が捧げられたのでした。スタジアムは白と黒の喪色モードで、横断幕には事故にあった応援団へのオマージュ文が書かれてました。黙祷の時テレビカメラがぐる〜っとスタジアムのスタンドを映し出していったのですが、そこにひとつの大きな横断幕に白地に黒文字で「LUX B」と書かれていたのが見えたのでした!
 リュックス・B(マッシリア・サウンドシステム)が死んでから1ヶ月以上になりますが、ベロドローム・スタジアムはちゃんとリュックスにオマージュを捧げることを忘れていなかったんですね。
 試合結果は2対1でオランピック・ド・マルセイユが勝って(↑写真:ママドゥー・ニヤングがゴールを二つ決めました)、晴れてOMは今シーズンの欧州チャンピオンズ・リーグを戦えることになりました。私自身は今ひとつも今ふたつも盛り上がることができず、ああ、また今夜も原稿が書けなかった、と自責&後悔をするのでした。今週は通勤の地下鉄の中で、クリスチーヌ・アンゴの(どうしようもない)最新小説を読んでいる、というのも無気力の原因のひとつです。この件に関しては来週報告します。
 

 

2008年8月20日水曜日

四面楚歌の音楽



 Charlotte Dudignac & François Mauger "LA MUSIQUE ASSIEGEE"
 シャルロット・デュディニャック&フランソワ・モージェ著『四面楚歌の音楽』


 仮に「四面楚歌(しめんそか)」としていますが,assiegé (アシエジェ)は「攻囲された」つまり敵軍に包囲されて孤立無援になった状態を意味します。つまりまさに四面楚歌なんですが,四面楚歌とは中国故事(史記『垓下の戦』)で,漢(かん)の韓信の軍に破れ,砦に籠った楚(そ)国の将軍項羽が,包囲する漢の陣のあちらこちらから故国楚の歌が聞こえてくるのを嘆き「敵軍になんと楚の人間が多いことか」と絶望したことに由来します。四面に楚の歌。アントニオ・カルロス・ジョビン作のボサノヴァの大スタンダート「ワン・ノート・サンバ」は,原題を Samba de Uma Nota So(サンバ・ディ・ウマ・ノタ・ソ)と言い,主に「ソ」というひとつの音階(ワンノート,ウマ・ノタ)だけで作られたサンバ曲ということですね。「ソ」の歌です。もはや敗北を観念し,愛する虞美人との別れを悲嘆する(虞や虞や汝を如何せん)項羽の耳に四方から聞こえてくるのが,「ワン・ノート・サンバ」だったりしたら...。
 頓珍漢なイントロですみません。本書は「孤立無縁の音楽」です。音楽産業の構造的な危機状態を指しての題名です。売れなくなったCD,巨大資本がその運命を決めるメジャーレコード会社の市場支配,次々に消えていくレコードCD店,インターネット上の無料ダウンロードの普及,音楽アーチストのワーキング・プア化,CDの退潮に反して活況を呈するコンサート/フェスティヴァルに押し寄せる巨大資本の市場独占の動きなど,現在フランスで(世界でも似たようなものでしょう)起こっている音楽を取り巻く状況の現場報告があり,その危機をわれわれ音楽人(アーチスト,プロデューサー,関連の仕事で働く人たち,音楽愛好者)はどうやって乗り越えるべきかを提案する180頁の労作です。
 副題が "D'une industrie en crise à la Musique Equitable"(危機にある産業から公正な音楽へ)となっています。訳語に困ってしまいますが,この"Musique équitable"(ミュージック・エキターブル)というのがくせ者です。公正音楽と言っても何のことやらわからないでしょう。これは Commerce équitable(コメルス・エキターブル,公正貿易,フェア・トレード)で使われているエキターブル(公正)という概念を音楽に当てはめたものです。フェア・トレードとは世界の(主に南側の)貧困な生産者(農産物その他)たちを貧困から救うために,その産物を中間流通をできるだけ省いて市況に左右されない適正(公正)価格で買い上げ,生産者への還元率を高めて,生産性を理由に環境破壊をすることなく,人間的な労働条件で働いてもらうために展開されている市民運動です。
 音楽業界が危機的な状況にあるとは言え,最貧国とは遠いところにあるフランスの業界人やアーチストたちが「公正」を訴えるのはどういうことか,と首を傾げるムキもありましょう。コメルス・エキターブルの考え方の重要な点のひとつは développement durable (持続的開発)ということです。農薬や遺伝子組み換えによって生態系を破壊することをせず,長期的に持続出来る生産活動をしようということです。今,CDが売れなくなった,音楽の流通が非物質化した,小売店が町から消えた,大手レコード会社が大量に人員整理した,無料ダウンロードに対抗するために有料ダウンロードやCD市販価格が値下げを繰り返している,といったことは一時的に私たちが慣れ親しんだ環境をかなりの程度まで破壊してしまうかもしれません。これを先端産業と巨大資本が決定してくれる次の救世主の到来(たとえば iPodの次に何が来るか)をいたずらに待ちわびるのではなく,市民の側が新しい環境づくりをすることはできないのだろうか,というのがこの本の考え方です。その主役となるのはアーチストたち,プロデューサーたち,音楽関連事業で働く人たち,そして消費者(すなわち音楽愛好者)たちであって,音楽が好きとか嫌いとかそういうことを全く問題にしないようなメジャーレコード会社の親会社/株主らがその将来を決定してもらっては困るのだ,とも考えます。
 著者のひとりシャルロット・デュディニャックはコメルス・エキターブルのスペシャリストで,もうひとりのフランソワ・モージェは10年以上にわたって音楽業界の中にいるプロデューサーです。最貧国の先進国借款をご破算にせよと訴える2003年のチャリティーアルバム "DROP THE DEBT"(セザリア・エヴォラ,ティケン・ジャー・ファコリ,シコ・セザール&ファビュルス・トロバドール,サリ・ニョロ,マッシリア・サウンド・システム,レニーニ...)のオーガナイザーでもあります。

 なぜ音楽を仕事としている人たちは喰えないのか。19年間私はフランスの音楽産業の流通の部分で仕事していますが,この数年で私の知るたくさんの人たちが仕事を失いました。ミュージシャンや裏方たちは,年がら年中仕事があるわけではなく,この断続的にしか働けない人々(Intermittents du spectacle)の閑期の失業保険支給の問題はかれこれ数年間も宙に浮いたままです。少し上で,活況を呈するライヴシーン(コンサート/フェスティヴァル)と書きましたが,多くのギャラのないステージのこともこの本で報告されています。CD1枚の売上でのアーチストの取り分の低さにも驚かされます。
 社会保険の先進国,労働組合の先進国で,音楽に従事する労働者たち,とりわけ音楽アーチストたちは団結してその筋に要求を通そうということを,まずしないのです。それは音楽アーチストたちが個人性および個性で生きているからです。彼らの意見というのはどこにも反映されません。
 そして「いつかは成功する」「いつかはスターになる」という野望もありましょう。多くの人たちと連帯して,みんなの要求を通そうというのは,アーチストの個人性と相反することでしょう。音楽で生きることは個的なことのようです。音楽はパッションであります。つまり音楽で生きるのは自分のパッションを通すことであって,好きなことで生きるためには多少の苦労は厭わぬことだ,と自分に言い聞かせたりします。しかし,本当に喰えなかったら,ボヘミヤンで生きるのもしかたないのでしょうか。
 CDという産業を支えてきた商品価値が崩壊しつつある時,多くの関係者たちがこの本のような省察と議論に時間をかけることは非常に良いことだと思います。著者はこの音楽産業危機のあとに来るべきシナリオをふたつ用意していて,ひとつはこれまでと同じように巨大資本と投資家たちが音楽産業の未来を決めてしまうこと,もうひとつは大多数のアーチストたちと音楽プロフェッショナルたちが,これまでと全く違う方向に行かなければならないことに気づくこと。その後者の方の案のひとつが「ミュージック・エキターブル」であるわけです。それは健全で公正な創作活動や作り手と聞き手の出会いを,自覚的に市民(消費者)の側が支えてやることが必要で,そのためには市民に対する十分かつ壮大な啓蒙活動が要求されます。音楽作品を聞くということがダウンロード(もはや無料を「違法」などと言う時ではないのです)のおかげで,限りなく無料に近くなってしまった今日,市民がエキターブルの名のもとに少し高めのお金を音楽に払えるでしょうか。環境を破壊するプラスチック・ケースを減らすために,天然素材のパッケージのものを買うようになるでしょうか。なるかもしれないじゃないですか!

 おそらく日本とは事情が大きく異なっているかもしれません。しかし,この本のフランスの現状報告とプロフェッショナルたちの視点は,日本の業界人+音楽愛好者たちにも多くの省察の機会を与えてくれると思います。今,著者にインタヴューを申し込んでいます。うまく行けば次回の雑誌連載の方で長々と紹介できるはずです。

Charlotte Dudignac & François Mauger "LA MUSIQUE ASSIEGEE"
(Editions L'Echapée刊。2008年5月。180頁。14ユーロ)



PS 1 (8月21日)
著者フランソワ・モージェと来週会うことになりました。さあ,突っ込んだインタヴューを用意せねば。

PS 2 (8月26日)
 世界音楽の雑誌モンドミックスの事務所で,フランソワ・モージェと歓談。「ミュージック・エキターブル」の論客は,身長194センチの柔和な好青年でした。

2008年8月13日水曜日

今夜はトゥナイユ



 Frank Tenaille "MUSIQUES & CHANTS EN OCCITANIE"
 フランク・トゥナイユ 『オクシタニアの音楽』


 著者フランク・トゥナイユは70年代から特にアフリカを中心とした世界音楽事情のリポーターとして各紙誌(主にル・モンド・ド・ラ・ミュージック誌)に書いていた人で,「ブールジュの春音楽祭」やアルジェリアのライやアフリカ音楽に関する著作があり,レコード芸術協会「アカデミー・シャルル・クロ」のメンバーであり,世界音楽系の情報流通の互助団体「ゾーン・フランシュ Zone Franche」の設立者でもあります。さまざまな音楽フェスティヴァルの制作ディレクターの経験もあり,とりわけ,この本の関連で言えば,1995年モンペリエで開かれた初のオック系音楽フェスティヴァル"Histoires d'Occitanie"(別名オックのウッドストック)の主催者でもありました。
 というわけで,フランスでは雑誌やラジオで知られたスペシャリストによる,待望のオクシタニア音楽総合紹介本ということで,私は手にしただけで狂喜したものですが,読み出したらその読みづらいこと....。これは私のフランス語力だけの問題ではないと思いますが。
 しかしこれは大変な本です。西はボルドー,南はスペイン/アラン渓谷,東はニースを抜けてイタリア・ピエモンテ地方にまで至るオック語(10世紀頃に成立したロマン語のひとつ。イタリア語や北部フランスに普及して後にフランス語となるオイル語と同じくラテン語を祖とする言語)圏の,音楽の歴史と現状を約300頁にまとめたものですから。
 最初の2章50頁で,フランスにおける民謡(英語のトラディショナル・ミュージック,フォークソングに相当するもの)の位置,フォークソング・リヴァイヴァル〜ワールド・ミュージック現象の影響,1960年代以降のオクシタン・フォーク,オック語復興運動と音楽,トゥルバドゥールの歴史,オクシタニアにおける複数の文化共存,といった総論的な説明があります。私たちが「民謡」や「伝承音楽」という言葉で想像するものは,土地に綿々と伝えられていて,民衆たちがよく記憶していて,その土地に行けば普通に聞かれるようなものです。ところがオクシタニアにはそんなものはなかったのです。トゥルバドゥールなどで文芸革命を起こした中世オック語は,フランス王家の全フランス掌握に伴う歴史の流れで,オイル語(北部フランス語)が全フランスの公用語となったために「パトワ」(方言)の地位に落ち,フランス革命後はあらゆるパトワを禁止する極端な共和国第一主義(ジャコビニスム)のせいで,民衆の間でも話すのをはばかられる言語になってしまいます。この歴史は20世紀まで続き,ロジナ・デ・ペイラは「学校でこの言葉で話したら罰っせられた」と言っています。ですから,オック語民謡など表面的には途絶えてしまったも同然だったのです。それを60年代の若者たちが小さな村や山間部まで探しに行ったのです。奥地でそれは人知れず伝承されていたのです。採譜作業です。この人たちがいなければ,本当にオック音楽など死に絶えていたかもしれないのです。なぜ彼らはオック語民謡を探しに行ったのでしょう?
 それは農村が壊されようとしていたからです。これまでその土地とその産物で生きていた農民たちに,市場拡大や競争力増大を理由に農協(FNSEA)が極端な生産性向上政策を押しつけ,売れない作物をやめ売れる作物を作らせ,化学肥料を大幅に導入し,機械化と工場化を進めます。この政策に南の農民たちは従いたくなかったのです。さらにラングドック地方の小さな村ラルザックでは,NATO軍基地が農民の反対を無視して基地拡張を決定したために農民による大規模な反対運動が展開されます(そのリーダーのひとりがジョゼ・ボヴェ)。
 北の中央政治が決めたことは,決して土地や地球のために良いことではなかったということは,今日歴史的に了解されることでしょう。60/70年代の南の人たちは,来るべきグローバリゼーションの弊害を見ていましたし,地方が地方として生きるべき道を模索していました。その中に言語と文化が持っていた南の可能性を自覚していったのです。このコンテクストの中で,オクシタニアの音楽はおのずと「プロテストソング」であったわけです。
 それに続いてトゥナイユは今日のオクシタニア音楽の担い手たる30組のアーチストを,各組5-6ページの分量で紹介します。最初は「La nova cançon occitana(ラ・ノヴァ・カンソン・オクシターナ=新しいオクシタニアの歌)」の旗手,カルカッソンヌ生れの元中学教師,クロード・マルティです。ジャン=マリ・カルロッティ(モン=ジョイア),ロジナ・デ・ペイラ(「オック歌謡のウーム・カルスーム」と紹介されてます),ダニエル・ロッドー,ナダウ,マニュ・テロン,ベルナール・リュバ,クロード・シクル(ファビュルス・トロバドール),マッシリア・サウンド・システム,ミクウ・モンタナロ,セルジオ・ベラルド(ルー・ダルフィン),ミッシェル・マール,ジョアン・フランセス・ティスネ,アンドレ・マンヴィエル,パトリック・ヴァイヤン,ヴァランタン・クラストリエ....加えてその「イトコ筋」としてカタロニアのパスカル・コムラード,バスクのベニャット・アシアリ,コルシカのア・フィレッタも載せています。これらのアーチストのレコード/CDは,巻末にリストがついているものの,入手が難しいものが多いです。
 フォーク/トラッド,シャンソン,ジャズ,ロック,レゲエ,世界音楽,現代音楽など,ジャンルにこだわらずクロスオーヴァーしているアーチストたちが多く,オクシタニアの根のつき方は深いもあり,浅いもあり。コンテンポラリーなクリエーションに重要度を置くアーチストたちに関するトゥナイユの文章は,現代芸術論に近くなってしまうので,私にはよく理解できないのでした。やはり「土地でやってる」というタイプのアーチストの方に私の興味は向いてしまいます。
 巻末アネックスで,紀元前600年のマッサリア(現在のマルセイユ)からフランス革命までのオック圏の歴史年表,オクシタニア楽器の字引,レコードCDセレクションなどがついています。

 しかし読みづらい本ですって...。

 Frank Tenaille "MUSIQUES & CHANTS EN OCCITANIE"
 (LE CHANTIER & LES EDITIONS DU LAYEUR刊。2008年7月。300ページ。27.5ユーロ)

2008年8月12日火曜日

義を見てセザール



 ボイコットしているわけではありませんが,オリンピックは見ていません。テレビを見たり,ラジオ報道を聞いたりというのが,胃や心臓や頭にかなりしんどいように感じられるからです。サルコジはしばらくヴァカンスで静かにしていてほしいと願っていたのに,グルジア情勢で休暇を中断して出てきました。当地の定時ニュースでは,グルジアへのロシア侵攻よりもオリンピックが優先されます。ダライ・ラマ訪仏も小さいニュースです。
 パリは相変わらず冷夏で,ヴァカンスに出ずに働く人たちが多いのだろうか,地下鉄はいつも混んでいて,本を読むこともできないのです。こうしてこのまま冬になってしまうのでしょうか。まだ8月なのに雨や風のあとは道に落ち葉がたくさん見られ,日照時間は毎日3分ずつ減っています。

 パリ14区のフォンダシオン・カルティエ(カルティエ現代美術財団)に,セザールの回顧展を見に行きました。セザール・バルダッチーニ(1921-1998)は,マルセイユ生れ/イタリア移民の子で,後年のセザール賞(フランスの映画賞)のトロフィーでも知られている角柱状の圧縮金属塊(この彫刻シリーズを圧縮=コンプレッションと言う)で有名な彫刻家です。
 このコンプレッションのシリーズは自動車スクラップを四方から圧縮して直方体にしてしまう大型プレス機械を使って作られますが,60年代,自動車をはじめとする高度機械化社会をつぶしてみればこう見えるという衝撃のヴィジョンでした。
 そのコンプレッション期のあとで,巨大な親指やらゲンコツやら乳房やらの型取り拡大(高さ6メートルの親指など)のシリーズを制作します。親指は全部自分の親指の型取りで,その指紋は渦巻きではなく蹄状紋です。爪の部分に目鼻を描くと聖母像か観音様になりそうです。
 フォンダシオン・カルティエは建築家ジャン・ヌーヴェル作のガラス張りの空間で,このセザール展もジャン・ヌーヴェル自身が制作しているので,庭にど〜んと立っているこの親指なんか,この環境でなければこんなにはまって見えるものか,と思わせるほど,世にもありがたい現代美術です。
 20世紀って本当に終わってしまったんですね。

 
 

2008年8月5日火曜日

今朝の爺の窓(2008年8月)



 真夏のど真ん中から帰って来たら,パリはもう夏が終わってしまっていた,という感じです。今朝の気温17度,日中の最高気温も24度だそうです。見てください。対岸のマロニエがどんどん茶色に変わっています。ニースから帰ってきた日にはこの光景がとてもショッキングでした。毎日の天気予報の最後に「明日は日照時間が2分間短くなります」と告げられるたびに悲しい気持ちになります。今年はまだパリのセーヌ右岸の「パリ・プラージュ」(自動車道をせき止めて人工砂浜イヴェント。7月21日〜8月21日)に行ってませんが,冷夏の去年同様,今年も閑古鳥ではないかしらん。

 対岸の毎夏恒例ロック・フェスRock En Seine は,今回は8月20日(水)にレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(+前座3組)の単独コンサートがあり,それから8日後の8月28日(木)と29日(金)に3ステージを使った毎日15組くらいのアーチストが出るフェスティヴァルが行われるという変則プログラムです。わが家はやっぱり29日(金)のエミー・ワインハウスめがけて行くことになりそうです。しかし本当に来てくれるんでしょうか?

 ちょっとうれしいニュース。昨日事務所前のオーベルカンフ通りでアラン・ルプレストとばったり出くわしました。アランの方から声をかけてきたのですが,それがアランとわかるまで1秒くらいかかりました。ほんとびっくり。帽子をかぶっていないその頭には髪の毛が2センチほど生えていて,眉毛もしっかり普通にあって,この春に会った時のアランとは全然違う容貌でした。ずいぶん回復したんですね。8月末に新曲だけのアルバム録音に入る,と言ってました。アルバムは年内リリース予定。おかげで録音済みのトリビュート第2弾「シェ・ルプレスト(ルプレスト亭)・2」はリリース時期が大幅にずれることになりそうなんですが,「これはもう一回死にそうになる時までとっておくよ」,だそうです。笑っちゃいますよね。

2008年8月3日日曜日

ニッサ・ラ・ベッラ



 先週1週間ニースにいました。娘と奥様と犬様での4人の休暇など、本当に何年ぶりのことでしょうか。テレビの報道では、この夏は不況、購買力低下、原油高騰などさまざまな理由で、「フランス人の45%がヴァカンスに出ない」という驚くべき数字が告げられていました。あのヴァカンス好きな国民が「高すぎて行けない」と言っているのです。ホテルや貸しレジデンスやキャンピングなどの宿泊施設の予約が埋まらず、レストランの利用客は激減していて、ベンチや芝生の上でサンドイッチやスーパーで買う出来合いの食料で食事するヴァカンス客が増えています。爺たちも一週間の滞在中レストラン利用は1回だけでした。レストランはどこも空いていました。みんながそういう倹約傾向なので、なんか「お高級なリゾート地」という感じが皆無で、われわれにはかえって過ごしやすい感じがしました。
 まあ、私たちはもう何度か来ているので、どこを観光するわけでもない、ただただ美しい紺碧海岸と恵み深い太陽さえあればいい、それに加えて爺にはパスティスや冷たいビールや冷たいロゼがあればそれでいい(オリーヴもあればもっといい)、それにちょっと加えて爺はビーチに美しい女性たちが横たわっているのを目を細めて見ているだけでいい、これだけでどれだけ幸せでありましょうか。
 毎朝テレビの天気予報を見て、パリは雨、ブルターニュは荒れ模様、西海岸は曇り低温....なんていうのを見ながら、われわれ家族は意地悪くウッシッシッシ....と笑うのでありました。夏に太陽が常にあるところ、それはフランスではコート・ダジュールしかないのです。ここはグラン・ブルーなのです。大いなる青なのです。天気予報で他のところがたとえどんな天気でも、ここには毎日毎日大きな太陽マークしかつかないのです。ほんとに毎日毎日こんなとは、おソレイユいりました!

 ニースのオクシタン・バンド、ニュックス・ヴォミカのルイ・パストレーリが自宅に招待してくれて、おばあちゃん自慢のニース風ラヴィオリとラザーニャをごちそうしてくれました。ルイは今、マッシリア・サウンド・システムのタトゥーのプロデュースでソロアルバムを録音中で、そのレコーディングはニースから200キロ離れたラ・シオタのタトゥー録音スタジオで行われています。リュックス・Bの死のあとも、マッシリアはツアーを続けていて、タトゥーもいつもラ・シオタに居られない状態なので、録音は断続的に進められています。その最中に私たち一家がニースに来ると言うので、ルイがわざわざニースまで戻ってきてくれて、家で大餐会を催してくれたというわけです。いやはやかたじけない。
 その晩はタトゥーの息子マリウス(11歳)も来ていて、タトゥーと奥様マニュが忙しいので、しばらくルイ家に滞在するのだそうです。ルイの娘ミレーナ(13歳)と爺の娘セシル・カストールは同い歳なので、すぐに仲良しになりました。マリウスは年下のくせに博識で、口がものすごく達者で、さすがTchatche(チャチュ)の大名人の息子、と爺は舌を巻きました。ここだけの話、たぶんマリウスとミレーナは密かに好き合っているんだろう、と見ました。まぶしい。美しい。
 

←タトゥーさんの息子さん、ルイさんの娘さん、爺の娘