2008年8月13日水曜日

今夜はトゥナイユ



 Frank Tenaille "MUSIQUES & CHANTS EN OCCITANIE"
 フランク・トゥナイユ 『オクシタニアの音楽』


 著者フランク・トゥナイユは70年代から特にアフリカを中心とした世界音楽事情のリポーターとして各紙誌(主にル・モンド・ド・ラ・ミュージック誌)に書いていた人で,「ブールジュの春音楽祭」やアルジェリアのライやアフリカ音楽に関する著作があり,レコード芸術協会「アカデミー・シャルル・クロ」のメンバーであり,世界音楽系の情報流通の互助団体「ゾーン・フランシュ Zone Franche」の設立者でもあります。さまざまな音楽フェスティヴァルの制作ディレクターの経験もあり,とりわけ,この本の関連で言えば,1995年モンペリエで開かれた初のオック系音楽フェスティヴァル"Histoires d'Occitanie"(別名オックのウッドストック)の主催者でもありました。
 というわけで,フランスでは雑誌やラジオで知られたスペシャリストによる,待望のオクシタニア音楽総合紹介本ということで,私は手にしただけで狂喜したものですが,読み出したらその読みづらいこと....。これは私のフランス語力だけの問題ではないと思いますが。
 しかしこれは大変な本です。西はボルドー,南はスペイン/アラン渓谷,東はニースを抜けてイタリア・ピエモンテ地方にまで至るオック語(10世紀頃に成立したロマン語のひとつ。イタリア語や北部フランスに普及して後にフランス語となるオイル語と同じくラテン語を祖とする言語)圏の,音楽の歴史と現状を約300頁にまとめたものですから。
 最初の2章50頁で,フランスにおける民謡(英語のトラディショナル・ミュージック,フォークソングに相当するもの)の位置,フォークソング・リヴァイヴァル〜ワールド・ミュージック現象の影響,1960年代以降のオクシタン・フォーク,オック語復興運動と音楽,トゥルバドゥールの歴史,オクシタニアにおける複数の文化共存,といった総論的な説明があります。私たちが「民謡」や「伝承音楽」という言葉で想像するものは,土地に綿々と伝えられていて,民衆たちがよく記憶していて,その土地に行けば普通に聞かれるようなものです。ところがオクシタニアにはそんなものはなかったのです。トゥルバドゥールなどで文芸革命を起こした中世オック語は,フランス王家の全フランス掌握に伴う歴史の流れで,オイル語(北部フランス語)が全フランスの公用語となったために「パトワ」(方言)の地位に落ち,フランス革命後はあらゆるパトワを禁止する極端な共和国第一主義(ジャコビニスム)のせいで,民衆の間でも話すのをはばかられる言語になってしまいます。この歴史は20世紀まで続き,ロジナ・デ・ペイラは「学校でこの言葉で話したら罰っせられた」と言っています。ですから,オック語民謡など表面的には途絶えてしまったも同然だったのです。それを60年代の若者たちが小さな村や山間部まで探しに行ったのです。奥地でそれは人知れず伝承されていたのです。採譜作業です。この人たちがいなければ,本当にオック音楽など死に絶えていたかもしれないのです。なぜ彼らはオック語民謡を探しに行ったのでしょう?
 それは農村が壊されようとしていたからです。これまでその土地とその産物で生きていた農民たちに,市場拡大や競争力増大を理由に農協(FNSEA)が極端な生産性向上政策を押しつけ,売れない作物をやめ売れる作物を作らせ,化学肥料を大幅に導入し,機械化と工場化を進めます。この政策に南の農民たちは従いたくなかったのです。さらにラングドック地方の小さな村ラルザックでは,NATO軍基地が農民の反対を無視して基地拡張を決定したために農民による大規模な反対運動が展開されます(そのリーダーのひとりがジョゼ・ボヴェ)。
 北の中央政治が決めたことは,決して土地や地球のために良いことではなかったということは,今日歴史的に了解されることでしょう。60/70年代の南の人たちは,来るべきグローバリゼーションの弊害を見ていましたし,地方が地方として生きるべき道を模索していました。その中に言語と文化が持っていた南の可能性を自覚していったのです。このコンテクストの中で,オクシタニアの音楽はおのずと「プロテストソング」であったわけです。
 それに続いてトゥナイユは今日のオクシタニア音楽の担い手たる30組のアーチストを,各組5-6ページの分量で紹介します。最初は「La nova cançon occitana(ラ・ノヴァ・カンソン・オクシターナ=新しいオクシタニアの歌)」の旗手,カルカッソンヌ生れの元中学教師,クロード・マルティです。ジャン=マリ・カルロッティ(モン=ジョイア),ロジナ・デ・ペイラ(「オック歌謡のウーム・カルスーム」と紹介されてます),ダニエル・ロッドー,ナダウ,マニュ・テロン,ベルナール・リュバ,クロード・シクル(ファビュルス・トロバドール),マッシリア・サウンド・システム,ミクウ・モンタナロ,セルジオ・ベラルド(ルー・ダルフィン),ミッシェル・マール,ジョアン・フランセス・ティスネ,アンドレ・マンヴィエル,パトリック・ヴァイヤン,ヴァランタン・クラストリエ....加えてその「イトコ筋」としてカタロニアのパスカル・コムラード,バスクのベニャット・アシアリ,コルシカのア・フィレッタも載せています。これらのアーチストのレコード/CDは,巻末にリストがついているものの,入手が難しいものが多いです。
 フォーク/トラッド,シャンソン,ジャズ,ロック,レゲエ,世界音楽,現代音楽など,ジャンルにこだわらずクロスオーヴァーしているアーチストたちが多く,オクシタニアの根のつき方は深いもあり,浅いもあり。コンテンポラリーなクリエーションに重要度を置くアーチストたちに関するトゥナイユの文章は,現代芸術論に近くなってしまうので,私にはよく理解できないのでした。やはり「土地でやってる」というタイプのアーチストの方に私の興味は向いてしまいます。
 巻末アネックスで,紀元前600年のマッサリア(現在のマルセイユ)からフランス革命までのオック圏の歴史年表,オクシタニア楽器の字引,レコードCDセレクションなどがついています。

 しかし読みづらい本ですって...。

 Frank Tenaille "MUSIQUES & CHANTS EN OCCITANIE"
 (LE CHANTIER & LES EDITIONS DU LAYEUR刊。2008年7月。300ページ。27.5ユーロ)

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