2013年2月13日水曜日

ご起源いかが?

  2013年2月7日号のパリ・マッチ誌が「世界独占」を銘打って、ギュスタヴ・クールベ(1819-1877)作の絵画作品『世界の起源(L'origine du monde)』(オルセー美術館所蔵)の頭部部分が発見された、と報じました。
 『世界の起源』 に関しては私のブログでも2010年5月にトニー・ハイマスのCDアルバム『世界の起源について』の記事のところで詳しく書いています。1995年からオルセー美術館に陳列されて一般公開されていますが、今日でも賛否両論が尽きない問題作です。その論議は、両脚を大きく開いた状態で描かれた女性の生殖器が中心に描かれた絵画作品の価値と意味、ということに集中します。見る者はそこしか見ないという絵なのですから。大体この『世界の起源』という題はクールベによってつけられたものではないのです。ところがこの題のおかげで、世界はすべてここから生まれて来るという先入観で見るしかなくなったのです。
 本来は「題なし」あるいは別題があったかもしれないこの絵、このクールベ描く写実的な開かれた女性器のもたらす衝撃が、この絵のど真ん中であることには変わりはないでしょう。しかし、それが実はここまでど真ん中だったわけではなく、大きな1枚の絵の部分だったのかもしれない、というのが今回の「発見」の仮説です。
 ことの発端は2010年1月、ある美術蒐集家(パリ・マッチ誌では仮に"ジョン"という名前にしてあります)がパリの骨董品屋で、古家具や古調度品に混じって古戸棚の上に置かれていた1枚の絵を見つけます。 唇を半開きにして喉をつきだしてのけぞった顔の女、ヴォリュームのある髪が裸の肩の後ろに流れていく。横44センチ、縦33センチの奇妙な女性の顔のポートレートでした。
 ー この絵は誰が描いたのか?
 ー 私には全く見当がつかない。古道具屋から15年前に買ったものだが、ずっと家の暖炉の上に飾っておいた。だが私も金が要るので、こうやって売りに出したんだ。
 ー いくらで売ってくれる ?
 ー 1600ユーロでどうだね?
 ー 1400ユーロで手を打とう、私の手持ちの金全部だ。
この1400ユーロで手に入れた絵が、3年後の今日、4千万ユーロの評価額がついているのだそうですよ。
 この絵には署名がない。しかもある絵の一部を切り取ったかのように四隅が絵の具の連続の途中で切断されている。ジョンはまずこの絵のカンバス地の裏側に印字された "Deforge-Carpentier"という画材屋の名前に注目します。ルーブル美術館の資料室で調べたところ、この画材屋はパリのモンマルトルに1858年から1869年までこの名前で営業していたことがわかります。つまりこの絵は1858年から1869年の間に描かれたことになります。次いで彼は国立美術鑑定士協会(CNE)をたずね、この想定制作年代が正しいことを証明してもらうのですが、その担当鑑定士がこの絵のタッチから、当時の肖像画家だったカロリュス=デュラン (マネ、ファンタン=ラトゥールの友人だったそう)の作品ではないか、と推察します。そこでジョンはカロリュス=デュラン作品の鑑定エキスパートのところにこの絵を持っていきます。するとそのエキスパートは
 「これは断じてカロリュス=デュランではありません! この激しくも豊かで官能的なタッチ、この極めて写実的で完璧な肌の色、これはクールベですよ!
と言うのです。ジョンはここで膝がわなわな震えるのを感じます。
 ここからジョンの探索はクールベ一辺倒になります。書籍を読み漁り、国立美術史センター(INHA)に通い詰め、この絵がどこから来たのか、このモデルは誰なのかを突き止めようとします。ある夜、ジョンの目は『世界の起源』の複製に釘付けになります。 そしてインターネットを使って『世界の起源』を原寸大(46センチ x 55センチ)でプリントアウトします。そしてその複製画の上に並べてこの女の顔の絵を置いてみました。( !!! )
 顔と体のバランス、色調とタッチの連続性、ジョンはこれが『世界の起源』の顔であると確信してしまいます。ここでジョンは家族や友人たちにこのことを大々的に告げるのですが、誰もがジョンを狂人あつかいします。
しかしジョンはめげない。さらに探索を続け、この(→)クールベ1866年作の絵『おうむを持つ女(La femme au perroquet)』と出会い、また大きなショックを受けます。そこにはそれと同じ髪の毛と同じ顔の裸体の女性が、あごを上にあげて横たわっていたのです。この絵は大胆な裸体画で知られたクールベがサロン用に露骨に挑発的であることを抑えて描いたとされるものですが、もしもこの絵のアングルを変えて、モデルの下半身側から描いたとすると...。
 モデルの名はアイルランド人 ジョアンナ・ヒファーマン。クールベの信奉者だったアメリカ人画家ホイッスラーの恋人で、ホイッスラーがクールベに紹介したところ、クールベがモデルにして自分の恋人にもしてしまったというファム・ファタル。(顔のなかった)『世界の起源』の モデルも彼女だったとされています。とすると、ジョンが所有している顔の絵のモデルもジョアンナということになります。
 この仮説を元にジョンは奔走し、X線鑑定、色素鑑定(クロマトグラフィー)などあらゆる手を使って、この作品がクールベのものであることを確証しようとします。その中で、ジョンはギュスタヴ・クールベの公式な作品目録管理者でありクールベのエキスパートであるジャン=ジャック・フェルニエの元にこの作品を持ち込みます。フェルニエはこのジョアンナ・ヒファーマンの肖像画(33 x 41センチ)が、『世界の起源』(46 x 55センチ)と同じ1枚の麻カンバスに描かれていた可能性を認め、その1枚の絵は81 x 100センチの大きさとなろうと推測しています。
 そしてこのフェルニエがそのクールベ公式作品目録にこのジョンのヒファーマン肖像画を追加する、ということで、この絵がオフィシャルに認められたとして、パリ・マッチ誌が大々的に報道した、というわけです。ところが今のところ、フランス美術館協会からの正式な判定評価はくだされていないそうで、フランシュ=コンテ地方ドゥー県オルナン市にあるクールベ美術館の館長フレデリック・トマ=モーラン女史は2月7日のリベラシオン紙のインタヴューで「(パリ・マッチ誌上で見た肖像画が)他に描かれたジョアンナの顔をかけはなれている」とその信憑性を疑っています。また『世界の起源』を所蔵するオルセー美術館は「現時点でこの件に関するコメントは避ける」という慎重な態度です。
 果たして何年か後にオルセー美術館で、下半身『世界の起源』とその頭部が約150年ぶりに再会をすることはあるのでしょうか。
 
(↓)パリ・マッチ誌が公開しているヴィデオ。クールベの権威ジャン=ジャック・フェルニエによる作品全体像の想像。