2017年10月13日金曜日

黙っとらんベルトラン

今週号のレ・ザンロキュプティーブル誌表紙、ベルトラン・カンタ。2003年夏のマリー・トランティニャン殺害事件の被告として2004年過失致死罪で8年禁固刑。2007年仮出所、2011年刑務終了。2010年ノワール・デジール解散。2013年、ベーシストのパスカル・アンベールと「デトロワ Détroit」結成、本格的に音楽活動再開。この時、レ・ザンロキュプティーブル誌(2013年10月23日号)は表紙にカンタの大アップ顔写真を載せ、事件以来10年以上沈黙していたカンタのロングインタヴューを掲載した。
 私はその記事とデトロワのアルバムについて、ラティーナ誌2014年2月号に「生き返るのではなく生き直すための音楽 ー ベルトラン・カンタの帰還」という記事を書いた。私はその際に(実は本当に予測していたのけれど)抗議や非難のメールや投書は一切受け取っていない。しかしフランスではそんなことはタダで済むわけはなく、レ・ザンロック誌は多くのフェミニスト団体の轟々たる抗議だけでなく、文化人や音楽人たちの非難でメディアは沸き立ち、レ・ザンロック誌ボイコットの運動も起こった。にも関わらず、デトロワのデビューアルバムは20万枚を売り(私も絶賛した)、続く全国ツアーも(ノワール・デジールの楽曲を演奏したこともあって)大成功だった。しかしコンサート会場の外では常に抗議団体のデモがあったという。
 あれから3年、さめるわけのないほとぼり。デトロワを解消して(とは言っても、相方のパスカル・アンベールを制作の重要な協力者として残しておいて)、ソロ(ベルトラン・カンタ)の名義でアルバムを制作、12月にBarclay(ノワール・デジールからずっとカンタのレコード会社。仏ユニバーサル傘下)から発売するのだそう。レ・ザンロキュプティーブル誌は4年前と同じようにベルトラン・カンタを表紙にし、JD・ボーヴァレによるロングインタヴュー入り6ページ記事を掲載した。たちまちSNS上では男女均等担当大臣のマルレーヌ・シアパが発禁回収要求を出すなど、フェミニスト団体を中心に非難轟々である。掲載号発売の10月11日から今これを書いている10月13日までに、抗議・非難の声を上げた著名人たち : ローランス・ロシニョール(政治家、元・家族問題担当大臣)、ラファエル・エントーヴェン(哲学者)、パスカル・プロー(スポーツ解説者)、マチュー・カソヴィッツ(映画人)、アリソン・パラディ(女優)、ヴァネッサ・パラディ(女優)... その他、フランス国営ラジオFRANCE CULTUREによる「ロマン主義的ヒーローに見立てられたベルトラン・カンタの背景にあるフランスの男性優位主義プレスの伝統」という長い論考も興味深い(読むまでもないと思う)。
 残虐な殺人犯の「プロモーション」に手を貸すレ・ザンロキュプティーブル誌のエディトリアル方針への批判、殺人犯をロックヒーローとして復活させることへの嫌悪感、どうして控えめに活動することができないのか。3年前と同じように、私はこのソロアルバムにおおいに興味を持っているのだが、私は再び大きな記事を書くことはないと思う。
 2017年12月発売予定、ベルトラン・カンタ名義の初ソロアルバム『アモール・ファティ(Amor Fati 己が運命を愛せよ。フリードリッヒ・ニーチェの言葉)』のプロモーション、JDボーヴァレによるロングインタヴュー入り6ページ記事の一部。
レ・ザンロック:きみ自身の名前できみの新アルバムを出すということに躊躇はなかったか?
ベルトラン・カンタ「もちろんあったさ。俺の名前で、ということには執着はなかった。これも共同作業での制作だからね。アルバムのタイトルは "AMOR FATI"と言い、ニーチェの「運命愛」からコンセプトをいただいた。意味は「汝の運命を愛し、それと共に生きよ」ということ。アモール・ファティは覚醒して受容することであり、諦念による忍従ではない。これは俺にとって知性を超えたところにある、強靭な生命の秘密だった。それは俺が後悔や呵責なしに生きているということではない。アモール・ファティ、それは俺がとった行為がもたらした結果をすべて引き受けることだ。俺は下された審判と刑罰を受容するということにおいては常に明白な態度だったし、それは今も変わらない。全知全霊でもって俺はそのすべてを保って続けている。俺は忘れることができない、だが俺は変わることができる...」

 この最後の1行「 Je ne peux pas oublier, mais je peux évoluer (俺は忘れることができない、だが俺は変わることができる)」という意味は何か。 アーチストとして自分の名で音楽をクリエートしていく上で、それが悲劇のヒーローとして自分を変容させることにならないか。またファンが聞きたい音楽はまさにそれではないか。どうやって乗り越えるのか。

(↓)ベルトラン・カンタの初ソロアルバム 『アモール・ファティ』(2017年12月発売)からの初シングルで、イギリスのブレクジットを嘆く歌「アングルテール」





2017年10月17日追記


先週10月11日号のレ・ザンロキュプティーブル誌のベルトラン・カンタの表紙をめぐって、論争(と言うよりはレ・ザンロキュプティーブルへの抗議・非難)は終わっておらず、フランスを代表する女性誌ELLEが、今週号の巻頭論説でマリー・トランティニャンの顔アップ写真を背景に、「マリーの名において」と題するレ・ザンロキュプティーブルとベルトラン・カンタを非難する声明を。以下全文訳します。

2003年8月1日、マリー・トランティニャンはベルトラン・カンタの殴打によって亡くなった。今日、彼女は一つの象徴である。このとりわけユニークな魅力を持った彼女の顔は、男の暴力によるすべての女性被害者たちの顔になった。昨年だけで123人に上る伴侶に殺された名もなき女性たちの顔である。

フランスで1日平均で33人に上る強姦被害を告発する無名の女性たちの顔である。2016年に216000件のハラスメントと暴行を告訴した女性たちの顔である。これらの女性たちには、ハーヴェイ・ワインスタインを告訴した女優たちのような、デヴィッド・ハミルトンを告訴したフラヴィー・フラマンのような勇気が必要だったのである。

マリー・トランティニャン、私たちはあなたのことを忘れない。ベルトラン・カンタのおぞましいメディア露出(「レ・ザンロキュプティーブル誌」10月11日号)などではあなたの炎は消えるわけがないのだ。

「ここに光があるためには向こうには影がなければならない」(A light here required a shadow there)とヴァージニア・ウルフは書いた(1927年『灯台へ』)。あなたはまさにその光であり同時に影なのだ。あなたは、いつの日かただただ信じがたいこの暴力がこの世から消えるという希望であり、同時にその苦しみなのだから。

2017年10月7日土曜日

トレダノ&ナカッシュの「式場狂時代」

"Le Sens de la Fête"
『祝祭のセンス』

2017年フランス映画
監督:エリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカッシュ
主演:ジャン=ピエール・バクリ、ジル・ルルーシュ、ジャン=ポール・ルーヴ、エレーヌ・ヴァンサン
音楽:アヴィシャイ・コーエン
フランス公開:2017年10月4日

 の映画の主人公マックス(演ジャン=ピエール・バクリ)の元々の職業はトレットゥール(traiteur = 仕出し屋、総菜屋)だそう。それが結婚披露パーティーのバンケット一切(会場選び+デコレーション+飲み物&料理+ケーキカット+音楽&ダンスアトラクション+花火...) をパッケージングして売っている。日本の仕出し屋祝言みたいなものでしょう。この道30年。しかし世の傾向は結婚などという旧時代の制度に背を向ける若者たちが急増していて、たとえ書類だけはちゃんとしておこうかと役所に行く者たちでも「ナシ婚」で済ませてしまう。新郎新婦とその両両親が泣きっぱなしの「感涙ドラマチック結婚式」など誰も望まなくなってしまった。映画の冒頭は、エッフェル搭とセーヌ川が目の前に見えるガラス張りのバンケットルームでの、未来の新郎新婦とマックスの披露宴パッケージの商談シーンで、若い男女は「メニューから前菜を抜けばいくらになる?」「会場装飾の盛花の予算の最低限は?」と値切ることばかり。しまいにマックスが切れて「飾りなし、テーブルサービスなし、飲み物食べ物各自持ち込みのパーティーにしますか!?」と。
 演ずるジャン=ピエール・バクリは多くの映画でこういうイライラ持ちの不平屋(フランス語では grognon = グロニョン)というキャラクターに決まっていて、こういう役をやらせたらバクリに勝る者はない。トレダノ&ナカッシュはその天下一の不平屋俳優にその最良の役どころをプレゼントしたようで、このことを2017年10月4日号のテレラマ誌(サミュエル・ドゥエール)は
Jean-Pierre Bacri compose le plus beau grognon de sa longue carrière de grognon.(ジャン=ピエール・バクリは彼の長い不平屋芸歴において最も見事な不平屋像を作り上げている)
と評している。グロニョン人生、ここに極まれり。
 さて本編の方は、実際の本番結婚パーティーの当日の準備から翌日の片付けまでの24時間のストーリー。会場として借りた場所は17世紀に建立されたという由緒正しいシャトーで、見事な大庭園もあり。マックスの会社のスタッフ十数人(料理人、給仕人、洗い場人...)に加えて、記念写真屋のギー(演ジャン=ポール・ルーヴ)とその見習い、音楽アトラクションDJのジェームス(演ジル・ルルーシュ)とそのダンサー+バンドといった人々がこの祝宴の裏方であるが、これらのマックスの「手足」たちがまったく協調性がないため、逆にマックスの手足を引っ張ってしまうという大筋。古典的コミック映画の骨組みですが。トレダノ&ナカッシュの映画歴からすると、子供たちのヴァカンス村を舞台に子の扱い方など全く知らない素人インストラクターたちが数々のドジの末に3週間で子供たちと夢の共同体を築くという『われらが幸福の日々(Nos jours heureux)』(2005年。ジャン=ポール・ルーヴ主演)と構造的に似ている。12年前の映画でヴァンサン(J=P・ルーヴ演ずるヴァカンス村の責任者)のインストラクターたちのドジの数々は、最新映画でのマックスの手下たちのドジの数々と同じように、一つ一つが人物キャラを強烈に引き出す珠玉の小コントになっていて、映画がカラフルな絵画パレットのような多人数人間模様になっている。その丁寧さは準主役クラスが十数人いるようなお誂えギャグの連続で、チームワークの賜物のようなCréation collective 的印象を深くする。 そう、駄目チームが主題の映画で、チームの素晴らしさがわかるという二重構造なんですな。
 この新作でとりわけ目を引く準主役の一人が、給仕人不足で当日急に借り出された現金アルバイトの失業者サミー(演アルバン・イヴァノフ)。テーブルサービスのことはもちろん、料理のことも何も知らないのだが、無知のほどが芸になるシーン多数。(↓そのいくつかをまとめた編集断片)

 
 それからマックスの下で現場の指揮を執る副支配人アデル(演エイエ・アイダラ)は、トレダノ&ナカッシュ映画には必ず出てくる切れると猛烈に汚い言葉で怒鳴り散らす女性(前作『サンバ』ではシャルロット・ゲンズブールがその役をした)で、キャラも物腰も「女性版オマール・スィ」。この女優はゴダール『ゴダールの社会主義』(2010年)にも出演していたそう。今後良い役をもらってオマール・スィのように羽ばたいてほしいものです。

 そして前作『サンバ』ではこの人一人のおかげでどれだけ救われたか。エチエンヌ・シャティリエーズ映画『人生は長く静かな河』(1989年)以来永遠のブルジョワ婦人女優エレーヌ・ヴァンサンが、 シャトーで結婚披露宴を開くブルジョワ新郎ピエール(演バンジャマン・ラヴェルニュ)の母親役で登場。はまり過ぎ。華やかで息子自慢ででしゃばりで。おまけに思わぬダークサイドもある。もう姿を見ているだけで幸せになりますね。
 こういう優れた脇役陣の優れたギャグに支えられて、ジル・ルルーシュ、ジャン=ポール・ルーヴ、ジャン=ピエール・バクリの3本柱が活きる。この3者に共通しているのは、3種の斜陽産業で飯を喰っていること。ジェームス(演ジル・ルルーシュ)は21世紀型DJとは程遠い音楽アトラクション屋で、カラオケやディスコダンスの他に客たちのリクエスト(この映画ではジジババたちが、レオ・フェレやらブラッサンスやらを注文)にも応えて演奏しなければならない宴会エンターテイナー。憂さばらしに本番前リハーサルにエロス・ラマツォッティの"Se bastasse una canzone"(1990年フランスでも大ヒットした。わしも大好き)を朗々と歌ってしまう(ジル・ルルーシュ、本当にうまいっ!)のだが、それを見ていた新郎に「イタリア語に聞こえない」とけなされる。この自分こそがスターと目立ちたがるMCジェームスに、新郎ピエールは「シックで地味でエレガント」な進行を厳命し、絶対に絶対に絶対にやってはいけないこととして、招待客全員によるテーブルナプキンのぐるぐる回し(まあ当地では結婚パーティーの最大の盛り上がりの祝福喝采の定番ですけど)だけは絶対にやめてくれと確約させます。映画観客はすでにこの時点で、これは絶対にある、と予測できる。
 意固地に銀塩写真カメラを使い続ける記念写真屋ギーは最も斜陽職業に属する男で、その職業意識が極度のスマホアレルギーを生じさせる。その超アナログ人間が、見習い君からスマホにはGPSによる「出会い」アプリケーションがあり、今この場で理想のお相手を特定できると教わり、一夜にしてスマホ依存症に変身してしまう(その特定されたお相手がエレーヌ・ヴァンサンなのだけど)。(↓写真屋ギー版の予告編)

 ジャン=ポール・ルーヴは記念すべきトレダノ&ナカッシュの第一回監督作品"Je préfère qu'on reste amis..."(2005年)と第二回作品"Nos jours heureux"(2006年)の主演男優であり、難しいこともいろいろ出来る役者だったのに、今やオトボケのキャラクターが定着しているようだ。日本ではヤン・モアックスの映画『ポディウム(俺がスターだ)』(2003年)での偽ポルナレフ役だけでちょっと知名度がある。
 さて冒頭で紹介したグロニョンの名優ジャン=ピエール・バクリであるが、その役マックスは非常に複雑な状況にある。まず経済的にこの立ち行かなない斜陽産業である「結婚式屋」をもはや手放してしまいたいというルーザー感。次に長い間うまくいっていない妻との関係(+ずいぶん前から社内スタッフの女と愛人関係にある)。社で非合法に働かせている現金払いの日雇いや不法滞在移民(これもトレダノ&ナカッシュ映画には毎回必ず出てくる社会問題系のお笑いネタ)のことで役所にビクビクしている。もう何かあったら、これを最後にこの商売から足を洗おうと思っているのだが、映画の進行はそんな生っちょろいことではない大カタストロフによる(イライラ持ちで高血圧持ちのマックスはここでショック死しなければならない程度の)披露宴パーティー大惨事を用意しているのだが...。
 小技ではあるが、携帯メール(SMS)を使いこなせないマックスが、送ってしまうメールがことごとく「自動文書コレクター機能」のせいで、伝えたい意図と反対の意味になったり、卑猥語になったり、というギャグをまとめた予告編(↓)。仏語わかる人には通るだろうが、日本公開時にこの部分の日本語字幕どうするんだろう?(解説すると本当につまらないのだけど、最後の予期せぬ男の訪問者とマックスの会話:男「あなた私のSMS受け取ったでしょう?」/ マックス「それにはちゃんとSMSで返事してますよ」 / 男「あなたはこう書いてます "着いたらすぐにコールしてください。すぐにあなたをペロペロしてあげますから (je viendrai vous lécher)"と。」 ー これは je viendrai vous chercher (あなたに会いに行きますから)をSMS自動コレクターが勝手に修正したという話)

 
 その他、細部にわたってギャグセンスが散りばめられていて、『サンバ』や『最強のふたり』よりも館内の笑いは数倍多い。そしてトレダノ&ナカッシュ映画にはつきものの、みんながしあわせになれるダンスシーンは、夜も老けたディスコ・タイムのボーイズ・タウン・ギャングの「君の瞳に恋してる」(これは1982年のヒット曲。ジジババたちも大喜び)の時、そして件の大カタストロフ/大惨事の後、シャトーの別室でタムール人(マックスに洗い場労働者として雇われた不法滞在移民)たちが演奏する「ウェディング・ソング」( アヴィシャイ・コーエン)。この二つのシーンは本当にしあわせになれる。この映画で音楽担当として起用されたイスラエルのジャズ・ベーシスト(同名のトランペッターと混同するなかれ、こちらはベーシスト)、アヴィシャイ・コーエンの曲では、この「ウェディング・ソング」と映画のサブテーマ曲のように何度か流れる「セヴンシーズ」がとても印象的。それと、新郎ピエール自らが演じる気球を使ったアクロバットショー(ここで大カタストロフは起こるのだが、十分にしあわせになれるシーン)で流れるカスカドールの「ミーニング(コーラル・ヴァージョン)」も素敵だ。 

 そして最後にすべてを救うのは「式場屋だましい」というべきか、イヴェントのプロたちのセンス、すなわち "Le sens de la fête"なのである、ということなのかな? こういう収拾のつけ方ではないように思えるけど。
 マックスのイライラと高血圧がすべて解消してしまう翌朝の片付け、スタッフの解散シーン。フェデリコ・フェリーニが映画の都チネチッタに捧げた映画『インテルビスタ』(1987年)の最後のように、また次の映画で会おう、ではなくて、また次の結婚式で会おうと言って別れていく男たち女たち。心憎いラストである。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)予告編何種類かあるけど、これが一番好き。

2017年10月3日火曜日

ガバリと寒い海がある

イニアテュス[エ・ポック]
Ignatus [e.pok]

 ニアテュス・ジェローム・ルッソーの6枚目のアルバム。ニコラ・ロッソン(電子音楽)、エルヴェ・ル・ドルロ(ギター)、ジェローム・クレマン(ヴィデオ)との共同作業で2015年から始めた「エ・ポック(e.pok)」と名付けられたプロジェクトの第1回作品(第2回があるとは限らないが)。このプロジェクトはイニアテュスによって「実験音楽とシャンソンとヴィデオアートの境界線上にあるパフォーマンス」と定義されている。高踏ゲージツのように思われようが、恐れることはない。イニアテュスですから。
 この頃のイニアテュスについてちょっと触れておくと、こういう前衛っぽい電子音楽とアーティなヴィデオにどっぷり浸かりながら、2015年10月1日からツイッター上で俳句を1日一句のペースで発表している。どんな俳句かと言うと

La vieille veste de mon père 父の古上着
Je la met 着て感じ入る    
Et je le sens jeune 若返り


L’escalier est si large 幅広階段
C’est pour les chutes 不意の転落
Inespérées 仕組められ


Au marché aux puces ノミの市
Il y a trop de douleurs 物どもの痛み
Dans ces choses あまりあり

l est très sage おとなしき子の
l’enfant à la tablette タブレット画面
l’écran préserve qui ? 誰まもる?

Ce livre m’ennuie 本に倦むも
mais ne pas le terminer 読破せざるは
serait comme un échec 挫折なり

J’ai saisi ma chance  運来たり
et je l’ai attachée pour qu’elle ne s’échappe pas… 逃さず掴めど
Mais elle a changé 運変じ

Courir après l’amour 追う恋は
comme après le métro  メトロに似たり
ou attendre le suivant ? 次を待つ?

La dernière feuille de l’arbre 最後のひと葉
garde la mémoire 輝きし夏
d’un été radieux 留めおき

Croquer dans la pomme 林檎かじり
pour se relier encore un peu 大地と繋がる
au sol 少しだけ

 どうです。なかなか。われわれに親しい東洋短詩の真髄を射当てているような、心象情緒の凝縮かげんがお見事。「飯田橋冬です」(レ・ゾブジェ1991年アルバム『ラ・ノルマリテ La Normalité』9曲め"Watashi wa")の時から、ジェロームは日本風「もののあはれ」を日本語でも表現できていたのだから。若くして竹林の詩人のような渋味ある洞察が、その歌詞にも随所に。それがソロアーチストになってからは、バスター・キートン風な不条理ユーモアの方向に行っちゃって、私と仲間たち(あの当時はYTTという会社がオーベルカンフ通りにあって、ジェロームはしょっちゅう遊びに来ていた)はそれが大好きで、アルバムが発表されるたびに1枚1枚力のかぎりに応援していたのだった。"L'Air est différent(日本語題『異空』)”(1997年)、”Le Physique(日本語題『イニアテュスの身体論』)"(2000年)、"Cœur de bœuf dans un corps de nouille(日本語題『ヤワな体に牛の心』)"(2004年)、"Je remercie le hasard qui(日本語題『ありがたき偶然』)(2009年)、 私は歌詞対訳をしたり、ライナーを書いたり、力いっぱいの布教活動をしていたのだった。力はなかなか及びませんでしたけど。
 2017年9月9日にリリースされた新アルバムは大きなレコード会社とも、大きなプロモーションとも無縁で、CDはFnacやAmazon.frでも流通していない。LA SOUTERRAINE という仏語表現の独立系アーチストたちの流通互助団体がネット販売している(このLA SOUTERRAINEの代表のバンジャマン・カシェラをOVNI「しょっぱい音符」2015年10月15日号でインタビューしている)。だけどこんな流通だから、誰の目にも耳にも入らないのではないか、と心配されたが、なんとテレラマ誌9月18日号が「ffff」で大絶賛したのです。筆者フランソワ・ゴランは「イニアテュスは奇人(original)であり、この男のそばを通りながらいつまでもそっぽを向くわけにはいかない」と、知らない人は緊急に発見せよとけしかけています。私だってこのテレラマ評を読んで、あわててこのCD取り寄せたんです。ジェロームから手製の俳句スティッカー4枚と手書きメッセージ(皮肉と病気見舞い)付きでCDが届いたのが9月末。
 届いたアルバムは既にYouTubeに載っていた[e.pok]のティーザー(↓)

 よりもずっとソフトな前衛で、3次元で聞こえる(らしい。私はいいオーディオ装置を持っていないのでよくわからない)機械音・電子音・サンプル音もユーグ・ル・バルスのような茶目っ気が勝ってる印象が強い。そして何と言っても詞が風通しが良くて、多弁・饒舌を排除したスリムでクラシカルで象徴的なパロール。歌っている曲もあれば、朗読に近い語りの曲もあるが、後者の場合は歌わずとも音律が既に音楽であるような。これは上に例を挙げたような、ここ数年の俳句習作で獲得した詩情なのかもしれません。表現が不条理や笑いではなくなっていて、風情や境地のようなものが枝葉の少ないメタファーで浮かび上がっていくような。例えばこの2曲めの「ベーリング海峡」という歌です。

おまえは狼の平原を横断したあと
最終の村で一晩過ごさなければならない
アザラシのラードを忘れるな
それから村長の土産にウイスキーとたばこも
力を蓄え、たくさん食べるんだ
手を保護することを忘れるな
林の中を通らされることになるぞ
そのあとは振り向いてはいけない

俺はベーリング海峡の向かう側でおまえを待っている
焼けるような氷の端、諦めない感情

俺は小屋の中に身を寄せ、同じような時間を繰り返す
本を読み、料理をし、薪を割る
冬越えの蓄えは十分にある
寒さで俺とおまえの大陸がくっついている限りは

俺はベーリング海峡の向こう側でおまえを待っている
氷の中に俺には見える、俺とおまえの歩みが接するのが

おまえのアラスカ、俺のシベリア
すべては俺たちを対立させ、すべては俺たちを近寄せる
同じ雪、同じ無限
だけど感じ方は違う
白く冷たくまっすぐな1本の道
どの面も凍りついた大地
同じ凝結への不安
同じ暖化への恐怖

俺はベーリング海峡の向こう側でおまえを待っている
急いで、寒くなるから、俺はおまえに告げることがある
 ベーリング海峡はあらゆる点においてボーダー(境界)です。旧大陸( シベリア)と新大陸(アラスカ)、20世紀的には共産主義(ソ連)と資本主義(米国)、昨日と明日(日付変更線)、海洋的には太平洋と北極海を分かつ海峡です。イニアテュスは1984年、24歳の時に弟と二人でシベリア鉄道に乗ってソ連・中国さらに極東・韓国から日本までの長旅を挙行していて、荒涼たるツンドラの雪原の記憶がこのような歌を書かせているのだろうと思います。1987年、米国の女性遠泳選手リン・コックスがベーリング海峡横断に成功した時、「米ソ雪解けの象徴」と祝福されたそうですが、今や深刻な地球温暖化による雪解け&氷解けでこの海峡の幅は拡がり、両大陸を遠ざけているわけです。21世紀的寂寥を思わずにはいられない歌です。
 続く3曲めがこのアルバムで最も俳句的な歌でタイトルもそれ風な「朝を読む(Lire Le Matin)」 というもの。
耳の中で樹液の音、ようやく私の心を鎮める
古い本の森の中、わずかな休息
私の根が育まれる大地の力

朝を読む

この10月の家で、肘掛椅子に座し
私は心地よい、リンゴの木もすぐそばに
そして時は木々の下に横たわる

朝を読む

孤独は何世紀もの崖っぷちの生の数々から成り
ここでは軽やかだ

朝を読む
私たちにちょっとだけ親しい、水墨画や日本庭園や華道の写真集を見るような落ち着いた3分間。こういう音楽を聴いて、やっと、20年かかってやっと、イニアテュスは私が応援していたようなオトボケ系シンガーソングライターではなく、風雅の詩人であったということに気がついたのです。遅くて悪かったけれど、そのために私もイニアテュスも歳とらねばならなかったのです。

<<< トラックリスト >>>
1. Epok
2. Le détroit de Béring
3. Lire le matin
4. Un travail
5. Corps et bien
6. Florida
7. Dans l'eau
8. Oiseau
9. Dans la barbe de dieu

LP/CD Ignatub Ign0013
フランスでのリリース:2017年10月27日(配給 Differ-Ant)

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)「ベーリング海峡」(ヴィデオ:ジェローム・クレマン)




2017年9月29日金曜日

エリック・ロメールは死んだ

"Un beau soleil intérieur"
『内なる美しき太陽』

2017年フランス映画
監督:クレール・ドニ
主演:ジュリエット・ビノッシュ、グザヴィエ・ボーヴォワ、ニコラ・デュヴォーシェル
フランス公開:2017年9月27日

 私にとってエリック・ロメール映画のほとんどは、理想の愛を求める理屈ばかりこねて、そのかけらがいろんなところに見え隠れするのに、絶対にそれに到達することができず、どうしてそうなるのかわからずに泣いてばかりいる女(or 男)のストーリーです。永遠でしょ? 普遍的でしょ? なぜなら私たちは一人一人みんなそうなのです。この理屈の通らない壁は自分ではなく絶対的に相手(他者、ひいてはこの世)にあるのです。自分は少しも悪くないし、これほど努力してるのに、という被害者・受難者のセンチメント。だから一連のロメール映画は、主人公への感情移入のあまり(日本の70年代任侠映画の深夜映画館のように)観る者に「そうだ!そうだ!」と声が出てしまうほどの共感を生むのです。そう言えばこの映画の中で、画家イザベル(演ジュリエット・ビノッシュ)の作品を扱うアートギャラリーの女主人マクシム(演ジョジアーヌ・バラスコ)の事務所の壁に、かなり目立つように東映映画『昭和残侠伝 - 血染めの唐獅子』(1967年マキノ雅弘監督、高倉健主演)のポスター(→)が貼ってあります。何なんでしょうか。
 そしてエリック・ロメールは死んだ(2010年、89歳)。
 クレール・ドニ監督、クリスティーヌ・アンゴ脚本、ジュリエット・ビノッシュ主演の映画『内なる美しき太陽』は一言で表せば "トラッシュ版ロメール映画”だと思います。そのトラッシュ加減は映画の冒頭から明らかで、イザベルとその愛人の一人で銀行マンのヴァンサン(演グザヴィエ・ボーヴォワ)が性交をしているのですが、男が遅漏クンで精一杯頑張ってるのになかなか果てない、女は突かれながら白けていて天井ばかり見ている、たまらず「早くイっちゃって」と女が声をかけると、男が「前の男の時はそうじゃなかったんだろ」と飛んてもない余計なことを口走ってしまう。イザベルは怒り爆発しヴァンサンを突き放し、泣いてしまいます。滑稽ですけど悲しいですよね。そういう映画的でも文学的でもない「生身っぽい」エピソードに溢れた映画なのです。
 イザベルは長い間連れ添い一児(娘)までもうけた伴侶フランソワ(演ローラン・グレヴィル)と破局し、二人で購入した画家アトリエ付きのアパルトマンに娘と二人で住んでいます。二人で買ったものなので、カギはフランソワも持っていて、よりが戻りそうになったら帰って来る可能性もわずかに残しているのです(こういうところ、ロメールっぽいと思いますよ)。ある種大きな愛の終り。想定としては50歳ほどからの再出発です。クレール・ドニのカメラアイは十分に残酷で、裸のジュリエット・ビノッシュの年輪(別の言い方ではタルミやシワ)をかなり強調します。おまけにこのイザベルは年齢と取り巻く社会(パリ左岸系アート業界)とおよそ不釣り合いな「若い娘の街着」を身につけ、歩きづらく着脱に死ぬほど苦労するヒールつきブーツを履いています。滑稽ですけど悲しいですよね。
 件の銀行マンのヴァンサンは、高慢で金ピカでやり手で「妻を愛している」と言うお都合主義者で、何一つ良いところのない卑劣漢なのですが、イザベルはそんな男でも「電話する」と約束した日に電話が来ないとイライラし、会えない寂しさに涙してしまう。相手にしなければいいのに、「駒のひとつ」として残しておくのです。
 次に現れるのがイザベルよりは相当若い舞台俳優(演ニコラ・デュヴォーシェル)で、才能ある演劇人ながら未成熟で、夢もあれば不安もある。会えば(例えば、俺はもう妻とうまく行かない、といった話も含めて)長々と自分のことしか語らない男で、イザベルが明らさまに「もういい加減にしてよ」という顔をしても気づきません。何も語らず、この若く優しい肉体に抱擁されたら、どれほど幸せかと思うのですが、えてして男はそういう風にできてません。
 毎回魚屋で出会う男マチュー(演フィリップ・カトリーヌ。居てるだけで可笑しい)はぶよぶよの心優しいブルジョワで 、アートに興味があって田舎に城館を持っているという武器だけで会う度にイザベルを誘惑するのですが、イザベルは全く興味を示しません。このカトリーヌはロメール映画におけるファブリス・ルッキーニの役を想わせるものがあります。
 そしてアートギャラリー関係者たちと入ったナイトクラブで、業界話に辟易したイザベルが一人でダンスフロアーで踊っていると、めちゃくちゃダンスの上手い若者シルヴァン(演ポール・ブラン)に腕を取られ、ダンスの甘い陶酔で誘惑されて恋仲になります。若く、下町(漠然とパリ18区)生活者で、教養も金もない ー と友人でギャラリー業界者のファブリス(演ブルーノ・ポダリデス)はイザベルに「こんな不釣り合いな関係は失敗するに決まっている。俺たちの世界(左岸的ブルジョワ・ボエーム世界)にとどまっていろ」と忠告します。あれま、これはクリスティーヌ・アンゴの小説『愛人市場』(2008年。ラップ歌手ドック・ジネコとの関係を描いたオートフィクション)で出てくる「18区 vs サン・ジェルマン・デ・プレ」対立構図の援用ですね。シナリオを書いている本人なので仕方ありませんが、登場人物たちはみんなアンゴの小説のどこかでお目にかかったような人たちばかり。しかしてシルヴァンとはファブリスの忠告通り「身分の違い」を理由に別れてしまうのですよ。滑稽を通り越して呆れてしまいますけど。
 そんな風に何人とも「理想の愛」を求めて関係するのですが、男たちはどこか決定的な何かが欠落していて、イザベルは泣いてばかり。週替わりで娘の世話をする元伴侶フランソワは、娘から「ママンは泣いてばかりいる」と聞かされ、心配になりイザベルに優しく慰めたり、週末旅行を誘ったりしてきます。イザベルはひょっとしたら「大きな愛」が戻ってくるのではないか、と期待もします。お立会い、この映画が"トラッシュ版ロメール映画”だと私が言う極め付けのシーンはここなのです。お互いによりを戻したように思っている時に、フランソワがアパルトマンの鍵を自ら開けて、イザベルのところにやってきます。大喜びのイザベルはかつてのように裸になってフランソワをベッドに誘い込みます。二人は盛り上がり、いい感じです。そしてフランソワがさあいよいよ挿入という段になった時、フランソワは自分の右手の指2本(人差し指と中指)を舐めて唾液でベトベトにするのです!わかりますかこの動作? ー イザベルはそれを見て真っ赤に逆上して、「私と一緒だった時、あなたはそんなことしなかった!」(言い換えれば、どこでそんなこと覚えたの!)とフランソワを乱暴に押し返して、またまた泣いてしまうのです。

 多くの映画評では、映画の最後部に登場する男占い師(演ジェラール・ドパルデュー)とのダイアローグがこの映画を全部救ってくれるシーンのように高く評価されています。言わば、あらゆる男たちに失望しながら、果たして理想の愛は巡ってくるのかを占い師に問うという、何にでも癇に触るナーヴァス&インテリ女性にしてはありえなかった「神だのみ」なのですが、占い師はソフトにソフトにこの傷ついた女性を誘惑していくのです。名人芸。
 それにしてもクリスティーヌ・アンゴ小説に親しい人たちにしか楽しめないのではないか、と思わせる内輪受けシーン多し。仕方ないですね。
 私(女)が望んでるもの、私(女)が幸せになれるもの、そういうものの裏の裏まで読んでくれる男などこの世にはいないのに、金の心を求め続ける採掘者、and I am getting old...。

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)"Un Beau Soleil Intérieur"予告編

 

2017年9月28日木曜日

線路の上じゃ賭け事ばかり

ラティライユ『偶然の取り分』
L'ATTIRAIL "LA PART DU HASARD"

1994年結成だから23年め。グザヴィエ・ドメルリアック率いるラティライユの13枚めのアルバム『偶然の取り分(LA PART DU HASARD)』。10月20日リリース。
勝手な想像上の共産主義東欧やアジア深部をロードムーヴィー風に音楽化したアルバムを6枚、その誤解された旧大陸感覚を大西部〜メキシコまでワープさせたアルバムを3枚、映画音楽アルバム3枚。こういう人たちの EAST meets WESTは時間的にも空間的にもズレがある。新作のテーマは「旅と賭博」。旧ヨーロッパから新世界へ移動する汽車の中で24時間止まらないトランプ賭博。偶然の取り分とイカサマの取り分、熱くなる博徒とキープクールな博徒、チューチューガタゴト…。
プロモーションビデオクリップの曲は「ポーカー・トリロジー part 1 : ポーカー・イン・ザ・マウンテン 241」。グザヴィエ・ドメルリアック作のインスト曲。得意な旧大陸ウェスタン展開で、モリコーネ趣味があちらにもこちらにも。「ザ・マウンテン241」とはフランス国鉄(SNCF)が1948年から1952年まで運行していた(フランス最後の)旅客用急行蒸気機関車(パリ⇄マルセイユの急行「ミストラル」で有名)。雰囲気わかるような気がする、それ風インスト。

L'ATTIRAIL "LA PART DU HASARD"
CD (16 tracks) CSB Productions AD4368C

フランスでのリリース:2017年10月20日

(↓)"Porker Triogie Partie 1 : Porker in the mountain 241"


2017年9月26日火曜日

好きな人と好きなことをしたいだけ

Leïla Slimani "Sexe et Mensonges"
レイラ・スリマニ『セックスと嘘』

 書の題は多分1989年カンヌ映画祭パルム・ドール賞作品『セックスと嘘とビデオテープ』(スティーヴン・ソダーバーグ監督)からインスパイアされたものかもしれないが、内容は全く関係がない。副題に「モロッコにおける性生活」とあり。2016年度ゴンクール賞作家レイラ・スリマニの新刊はフィクションではなく、副題の通りモロッコのセックス事情について自ら現地で取材した証言集ドキュメンタリーである。「現地で」と書くと外国ごとのようだが、スリマニは1981年モロッコ(ラバト)で生まれリセ卒業までモロッコにいて、家族を離れて1999年にパリに留学して以来フランスで生活しているモロッコ&フランス二重国籍者であり、モロッコは今も彼女の国である。
 ゴンクール賞受賞作『やさしい歌』(2016年)の2年前2014年に発表した第1作めの小説『鬼の庭で』は、セックス依存症の女性の二重生活を描き、前例を見なないコアな性表現のために「トラッシュ小説」と評されもした。同年のフロール賞候補にもなりメディアで(スキャンダラスな)話題にもなったこの作品は、ある方面からは「モロッコ出身の女性なのにどうしてここまで」という偏見の声も上がった。それはモロッコはムスリムの教義の伝統があり、女性たちはずっと控えめであるはず、という見方からの驚きであるが、それがいかに的外れであるかということをスリマニは反証していく。 Jeune Afrique誌の第一線ジャーナリストとして鳴らした取材力を生かして、小説『鬼の庭で』がらみのモロッコでのレクチャー会、女性問題シンポジウムなどで出会った女性識者、読者、運動家、SNSなどでコンタクトのとれた市井の女性たち(学生、娼婦、同性愛者...)の証言を2年がかりで収拾し、筆者の考察・解説を加えて一冊の本にしたのが本書である。
 モロッコは王国ながら議会制民主主義の体制は取られていて、政治的に安定している穏やかな近代国家で、観光産業で世界に開かれ、芸術フェスティヴァルやヴァカンスリゾートでヨーロッパからは好印象で見られているような気がする。特にマグレブ3国(アルジェリア、チュニジア、モロッコ)の中では最も安定していて、最も欧州寄りのような印象がある。2011年にはモロッコにも「アラブの春」の嵐が吹き荒れ、国王権限の縮小という成果も得ている。近代化と民主化には意欲的であるかのようなポジティヴな外見。しかし「モデル=西欧」ではないというアイデンティティー的抵抗もあり、イスラム・アラブ伝統とオクシデント的文化スタンダードは拮抗・反発し、衝突もある。インターネットは「モロッコの春」の牽引車となっただけでなく、あらゆる情報をモロッコの若い世代にもたらしたが、その大きな「情報」の中にポルノグラフィーとイスラム原理主義ジハード派のプロパガンダもある。2017年3月の数字で全体の失業率は15.6%、失業者数130万人、そして都市部の15〜24歳の若年層の失業率は40%を上回る。インターネットはそんな若者たちに溢れるほどの情報をもたらすが、ほとんどが欲しくても手に入らないものであり、フラストレーションを煽るばかりである。モロッコにおける性の問題はその大きなファクターでもある。
 モロッコは法律で婚外の性交渉が禁止されている。性関係は結婚した夫と妻の間でのみ許されていて、不倫姦通、婚前の性行為、売春、同性愛、妊娠中絶も刑罰の対象となっている。すなわち結婚前の男女というのは童貞・処女でなければならない。結婚時に新郎側は新婦に医学的純潔証明書を求めることができる。新郎の童貞は証明しようがないので、その慣例はない。女にのみ不利な純潔第一主義である。今日でも超保守的で厳格な結婚の風習のある階級や地方では、少女は何が何でも処女性を守らなければならないし、問題がある場合は非合法の処女膜再生手術を受けてその問題を隠すことになる。この法律では婚前に処女でないことだけでも犯罪であり、たとえそれが暴行によるものであっても、なのである。
 こういう法律がずっと改正されないまま今日まで続いているのだが、モロッコの性風俗は周りの世界同様に時代と共に変化してきている。旧時代的な法律に抑えられながらも、それに隠れて(あるいは隠れず堂々と)自由恋愛は存在するし、売春もある。現実にセックスはどこにでもあるようにモロッコにもある。本来ならば許されないところだが、隠れてやっている分には目をつぶろうという欺瞞的体制なのである。だが自由恋愛はどこでできるのか?ホテルは男女が宿泊する際夫婦であることを証明しなければならない!車の中、公園の茂み、森の中? そういうところには時々パトロールの警官が巡回するのだが、警官は法を盾に取って「不良男女性犯罪」を取り締まるのではなく、法律違反も金次第と無罪放免のバクシーシをたかるのである。だから、この種の自由恋愛は自由に使えるアパルトマンを持っていたり、バクシーシを払える金の余裕のある階級には何の障害もないのであるが、大多数の「持たざる階級」は大変なリスクを冒して自由恋愛をすることになる。実際にそういう性犯罪者(婚外関係を持った者だけでなく、同性愛者や売春婦なども)が摘発され収容される監獄というのがあるが、捕まるのは貧しい人々だけということになる。
 女性たちはこの環境で「性的悲惨(misère sexuelle)」を二重にも三重にも負わされている。家父長制の伝統とムスリムの倫理教条を守る家庭の中で、娘たちはひたすら結婚前の処女性を守るという教育を受け、女の一生を「処女」→「母(子供を産む器官)」という二つのピリオドに凝縮することを要求される。恋愛や性快楽は禁忌であった。しかし、教育は少女たちの考えを解放してきたし、高等教育(女子の大学進学率の急伸)や職場への女性進出は状況を変えてきている。本書の中の女性たちは、リセや大学や職場では女同士でタブーのない性の話をする。法的に、伝統文化的に、それが抑圧されているということに耐えながら、隠れてでも自由に恋愛ができ、性的に解放された人生に向かおうとする。例えば作者がアガディールで出会ったこのヌールと名乗る30代の中産階級の女性の証言。彼女は家で父親から伝統的で厳格なムスリム道徳を教え込まれたが、頭部をベールで包んだことはなく、学生の頃から世に憚りながら性的自由を選択している。粗く訳してみます。
大学の階段教室ではおよそ100人の女子学生の中でベールを被らないのは4人しかいなかった。私が嫌悪するのはこの子たちは宗教的な理由でベールを被っているのではなくて、流行だからそうしているだけだということ。これは多くのことの障害になるし、人間関係を難しくする。仕事場では、ベールを被っていないのは私一人。私は男たちに囲まれて働いている。一度だけそこにスカートをはいて行ったことがあるけど、真っ裸にされたような印象で堪えられなかった。それ以来二度としていない。以前はよく女友だち同士で誰かの家に集まってパーティーしていたけれど、いつからかそれは宗教的な会合に変わってしまい、みんなベールを被っていて、私が行くとどうして私がベールを被らないのかとひっきりなしに問いただした。まるで彼女たちの間で誰が一番信仰深いかを激烈に競っているかのような。私はそんなこと強制されるのはまっぴら。私の母はベールを被っているけど、私には気にならない。私だっていつかベールを被ることになるかもしれないけれど、それは私自身が望んだらそうなるという話。
処女を頑なに守っている子たちは、自分自身の奥底にある欲望を押し込んだままにして、圧迫している。私はベールを被った娘たちでヒーメンを保持するためにソドミーを許している子たちがいることを知っている。でも私は純潔を守るという口実の下にそんなことをするよりも自分の快楽を深く感じることの方が千倍も良いことだと考える。彼女たちは快楽ということすら考えたことがないし、この問題に真剣に取り組むことなどありえない。
時々私は不安に駆られることがある。私は処女ではないから一生結婚できないのではないかって。私はかなり保守的な家庭の出身だから怖いのよ。私が住んでいる地区は隣近所みんな顔見知りで、住人の噂話や悪口を吹聴することに余念がない。私は処女ではないから、私のことを前もって知らない男とは絶対に結婚できない。だから私は両親にはよそからの縁談はすべて拒否するからと言ってある。
私は近所の噂話を断ち切ってしまいたい。ある男と寝たという話は、必ずその男の複数の友だちに自慢話として広がってしまう。するとその悪友たちは「あの娘がこいつとやったって?だったら俺とでもやれるんじゃないか?」と言い出すのよ。この男たちには、私は彼を選んだのであって、他の男など欲しくないということが理解できないのよ。
(彼女は今、それまで自分が処女だったということを信じさせることができた男と交際しているとやっと告白してくれた。彼女はそのことが彼女の尊厳をどれほど傷つけているかということをよく理解していないようだった。彼女は私の驚きの視線に気づいたが、いとも自然にこう付け加えた)
私は何も知らない娘のように振る舞ったの。私はひどく醜い態で彼とセックスした。その後私について様々な噂が立って、私はとても怖くなったの。
(初めて彼女は泣きそうな顔になった)
私はお金を貯めて処女膜再生手術をするべきではないか、としょっちゅう自問している。私は両親の手前とても苦しんでいるの。私は両親をがっかりさせたくないの。それは私をひどく苦しめる。結婚できないのではないか、そして何よりも子供をもうけられないのではないか、ということが怖い。自分を問い直すの、私は本当に良い選択をしたのか、って。神の下に戻っていきたいと思うことだってあるのよ。あなたにはわかる?私にはベールを被ることを選ぶ女たちのことが理解できるわ。私はそうしないわよ、だって私はオプティミストだもの。だけどね、先のことはわからない。
もしもそれを知ったら、父親は心臓発作を起こしてしまう。母親には多分言うことができるかもしれないけれど、私は彼女を傷つけたくない。その上、性生活を保つというのは非常に複雑なこと。誰かの家だったり、アパルトマンを借りたり。ホテルでは不可能。とても不幸よ。本当に単純なことのはずなのに、そのちょっとしたことと生きることができない!私は不可能なことなんか望んでいるんじゃない、好きな人と好きなことをしたいだけなのよ!
(p38 - 41部分訳) 

 この証言は本書中、最もソフトなものかもしれない。女たちは一人ずつ分断されているわけではないし、声を出す人たちはネットワークを持つし、インターネットフォーラム、ラジオのフリーダイヤルイン、人権団体の無料相談などの広がりを持って、この不条理な「性の悲惨」と闘っている。本書の証言者は娼婦を含む市井の女性たちばかりではなく、女性医師、女性宗教(イスラム)学者、女権運動者たちにも及んでいて、モロッコにおけるこの性抑圧は、種々の性犯罪取締法+家父長制男性原理社会+伝統ムスリム倫理+性教育の不在+インターネット情報氾濫...といった複雑な複数要素の上に成り立っていることがわかってくる。「性の悲惨」の被害者は(女性の何倍も小さいものであるにせよ)男性も同じなのである。恋愛や快楽を知らず、何の知識もなく、ポルノグラフィーで得た情報だけで性の現場に放り出されるのだから。証言者の一人は端的な例として「モロッコの男たちは"前戯"というものを知らない」と発言している。You don't know what love is.
  重く暗い影はベールを被る女性たちの増加ではない。イスラム原理主義は「法よりも上」の戒律で人々を洗脳しようとする。だから、これにはイスラム者たちがちゃんとした答えを出さなければならない。原理主義だからダメなんだ、という答えではないものを。それは「イスラムの教えは女性の快楽を禁止するものか」という問いであり、「コーランに明言されている」という確かな証拠があるのか、ということである。その答えは本書のp109〜p122、その肯定論と否定論の紹介の後に載っている、ラバトのラビタ・アル=モハマディア・イスラム女性研究センターの理論学者アスマ・ラムラベットの証言を読んでいただきたい。ムスリムの女性たちは胸を撫で下ろすかもしれない。
 「モロッコにはモロッコの伝統があり、西欧モデルに追従する必要はない」、「性の解放は道徳の堕落と退廃を招く」ー こういうことは議論したらいい。幸いなことにモロッコはこのことで自由で活発な議論ができるのである。この点でレイラ・スリマニはこの国の性の問題は全く悲観的ではないと考えている。
 そして私が最もスリマニの本書に頭が下がるのは、自由に恋愛をする権利、性的に幸福になる権利は、普遍的に人間の最重要な権利である、という大前提でものを言っているということなのだ。自由な恋愛と性的オーガスムは絶対に権力や宗教に抑圧されてはならないものだ、ということ。上に訳出したヌールという女性の証言の結びでいみじくも言っていること「好きな人と好きなことをしたいだけ」、この権利は絶対に守られなければいけないのだ。レイラ、よくぞここまで。レイラ、You've got me on my knees

Leïla Slimani "Sexe et Mensonges"
Les Arènes刊 2017年9月6日  190ページ 17ユーロ

カストール爺の採点:🎩🎩🎩🎩🎩 

(↓)2016年テレビのカナル・プリュスに造反したジャーナリストたちで立ち上げた新しいニュース・メディア BRUT.FR による、レイラ・スリマニ『セックスと嘘』の紹介(2017年9月25日アップロード)。


2017年9月18日月曜日

猪突猛進の雲を見たから


(写真:カストール爺 17 sep 2017 / 音楽:ゴンタール「いのしし」

 8月14日、3か月続けてきたケモセラピー(化学療法)、6回目(予定では最終回)のGemox 点滴。
 9月1日、約5か月ぶりの上半身CT検査。
 9月 6日、キュリー研究所(サン・クルー)で担当医と面談。肝臓と肺に転移している複数のノデュールのうち、肺部のそれは安定しているが、肝臓のものは前回検査よりも10%体積が膨張している、と。Gemox の効果に疑問。新療法への移行を検討する、と。
 9月11日、担当医から電話。 新療法(免疫療法)の可能性なし。10月からGemox を配合薬分量を変えて続行する、と。1ヶ月間の治療休止期間(8月から数えると2ヶ月間か)。
 9月13日、長時間のフライトに耐えられる体力があるうちに、と9月末日本への一時帰国を企図するが、グザヴィエ・ドラン映画『たかが世界の終わり』 (2016年)を観たのか観なかったのか、家族が動揺してしまう。たぶん中止になる。
 9月18日、市内マルセル・サンバのラボラトリーで血液検査。
 9月22日、市内ヴィクトール・ユゴー通りの主治医と面談。糖尿病(特にひどくなっている頻尿)の相談。
 9月23日、月に一度会っている「私設カウンセラー」(?)と2ヶ月ぶり(8月は向こうのヴァカンスで中止)のランデブー。ヴデット・ド・ポン・ヌフでセーヌ遊覧の予定。
 9月25日、キュリー研究所(サン・クルー)で担当医と面談。新療法を探しているが、それがどれほど「狭き門」かを説明してくれるのだろう。その他の何か代替え見つけてくれたのだろうか。
 (9月26日 - 10月12日:何も予定なし。日本に行くべきかどうか、まだ迷っている)
 10月13日、キュリー研究所(サン・クルー)MRI検査。
 10月16日、キュリー研究所(サン・クルー)で担当医と面談。MRIの結果の報告、その他について。1ヶ月半でさらに悪化していれば、違うことも考えてくれるのだろう。
 10月23日、何も変化なければ(+何も代替え療法が見つからなければ)、Gemox ケモセラピー再開(3ヶ月間の予定)。

 これが 私の8 - 9 - 10月(過去・現在・未来)。 Life goes on。