2019年1月9日水曜日

ボロは着てても心の錦

"Les Invisibles"
『見えない女たち』

2018年フランス映画
監督:ルイ=ジュリアン・プチ
主演:オードレー・ラミー、コリンヌ・マジエロ
フランス公開:2019年1月9日

 ルコジが大統領だった時代(2007-2012)から使われている言葉で「アシスタナ assistanat」というのがあります。これはフランスの社会保障制度に基づく、困っている人々への生活保護や無料医療などのシステムを、なにか過剰のもののように見做す人たちが言い始めた表現です。国庫は底をついているのに、この保護システムを悪用して、仕事をしない(例:長期失業者で職安の斡旋を拒否したり再就職する努力をしないが失業手当や生活保護はしっかり取る)人々が多すぎる、という考え方です。この「悪用者」たちは、貧困は自分の責任で陥ったという罪悪感がない。努力すればそこから抜け出せるという意欲もない。黙っていても国が保護してくれるという甘えがある。この過度な寛容を許したのはミッテラン等左派政権時代の悪しき遺物であり、そのような余裕など一切無くなった今日、社会保障制度の悪用を許すわけにはいかない、と、サルコジの時代にこのアシスタナ狩りが始まったというわけです。本当に本当に困窮している人々などごくごく少ないはずである、あとは「自力」で「自己責任」で生きてもらおう、という政策で、それによっていろいろな予算が削減されました。
 映画はこのアシスタナ狩りに関してはサルコジ時代よりは少しは人間味を増したオランド→マクロンの治世の現代が舞台で、場所は失業率は高い北フランスの地方都市です。その地方公共団体(市)が運営する困窮女性たちを日中に保護するセンターをめぐる物語です。このセンターの名前は"L'Envol"(飛翔)というのですが、このセンターでソーシャルワーカーたちの助言と指導によって女性たちが社会復帰&自立を果たして飛び立って行ってほしい、という意図の名前ですね。ところが市側の年間の統計によると、このセンターから自立して社会復帰した女性たちは全体の4%しかなく、残りはこのセンターの居心地の良さに依存して居座っている、と。これはソーシャルワーカーたちが甘すぎるからだ、と。病院の入院患者と同じように、完治しなくてもある程度の安定状態になったら出て行ってもらわなければ困る、と。その結果が出なければ、市としてはこのセンターを閉鎖するしかない、と。
 ここに集まる女性たちは、失業手当が切れてしまった無収入者だったり、元犯罪者だったり、元セックスワーカーだったり、身寄りのない外国人だったり...。だが、最低限清潔であること、寝る場所は自分で見つけること、など絶対に譲らない誇り高さがあります。映画はコメディー仕立てですから、多少誇張してわがままな女性たちのようにも描かれますが、この誇り高さは本物です。この映画に登場するこのホームレスの女性たちは、女優たちではなくそういうことを経験した(している)素人さんばかりなのです。この映画でいいなあと思ったのは、これらの女性たちが自分たちの素性を隠す(生きていく上のノーハウ)偽名がみな誇り高いのです:レディー・ダイアナ、エディット・ピアフ、チチョリーナ、ビヨンセ、フランソワーズ・アルディ(この人、本当にそっくり。瓜二つ)、ブリジット・バルドー、ブリジット・マクロン(!)...。彼女たちは朝のセンター開門からここに集まり、お茶やお菓子を食べ、シャワーと身繕いをし、おしゃべりを楽しみ、ソーシャルワーカーによる研修を(生半可に)受け、夕方には路上に散っていきます。これがもうこれ以上できなくなる、というニュースからこの映画は始まります。
 誇り高い彼女たちは、それ見たことか、行政なんぞ結局あてにならないんだ、とセンターを見捨てて、ガード下のホームレスのテント村に寄り集まります。しかし行政はこの不法野営を強制的に撤去してしまい、行き場所がなくなります。行政が連れて行こうとする絶対的にベッド数の足りない公営の浮浪者夜間収容施設(しかも男女混合!)といいう限りなく不安で危険な寝場所を拒否し、女たちは再び"L'Envol"センターの門を叩くのです。
 主人公のソーシャルワーカー、オードレー(演オードレー・ラミー)とその上司のマニュ(演コリンヌ・マジエロ。この素晴らしい女優に関しては近々に別記事で紹介します)の奮戦がここから始まります。市から社会復帰指導センターとして設置された施設なので、センター利用者を宿泊させることは禁止されているのですが、マニュは市に秘密で施設の一部を彼女たちの宿舎として提供する。そして市が望むように数ヶ月のうちに彼女たちを更生自立・社会復帰させることで、オードレーとマニュの「市民的不服従」を正当化しようというプランなのです。
 しかしこの映画は、その熱血ソーシャルワーカーたちの意気を汲んだホームレス女性たちが必死の努力で応えて見事に社会復帰していく、というイージーな美談の方向には行きません。手仕事アトリエ、廃品リサイクル、再就職活動、これを心理治療を兼ねた集団でのセラピーアトリエを通じて少しずつ進化していく。この心理療法を引っ張っていくのが、ボランティアのブルジョワ婦人のエレーヌ(演ノエミー・ロヴスキー)で、自ら離婚と家庭崩壊の危機にありながら、ボランティアにあらゆる個人的問題を超える生き甲斐を見出そうとする健気なキャラですが、毒もあるコメディー映画ですから、その辺のブルジョワ茶化しは痛快なほど。そしてこの「違法」女性再生工房は、過去も肌の色も宗教も違うが貧困という共通項で結集した女たちのユートピア的コミューンになっていくのですね。オードレーとマニュは、社会から見放された「見えない女たち」が少しずつ自信を取り戻していく様子を見て、勝利は近い、と思うのですが....、しかし....。

 オードレー・ラミーは、売れっ子女優アレクサンドラ・ラミー(ジャン・デュジャルダンの元妻)の妹で、テレビのシットコムやコメディー映画の脇役のような出番が多かった。いつも怒っているような口調が特徴。この映画の主役で、かなり一本気なソーシャルワーカーの役どころははまってましたね。理論はないけれど、気で勝る社会派の顔。私たちが2018年11月からたくさん見てきた怒れる「黄色いチョッキ」の女性たちとシンクロするキャラクター。
 そしてコリンヌ・マジエロ、この映画の「市民的不服従」のリーダー。戦い半ばにして、「違法アトリエ」を密告され、市の責任者から強制的に解散を命じられた時、私たちが仕事をするのはこういう女性たちが活き活きと生気を取り戻す姿を見るためではないのか、と抗言します。正しい。圧倒的に。この女優の素晴らしさは別記事で長く書きます。

 ラストシーン。機動隊に囲まれて、全財産である重いショッピングバッグを両手に抱えてセンターの門を出ていく女たち、こうべを高く、笑みを浮かべたり、中指を立てた腕を突き上げたり...。しかし消えることはない。この国で、この映画を撮った頃には「見えない人たち」であった「黄色いチョッキ」の民衆は、今見える人々です。この国で、 服従しないことは、今、民衆の多数派がやっているのです。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『見えない女たち』予告編


2019年1月4日金曜日

爺ブログのレトロスペクティヴ2018

Pépé Castor is alive and well and living in Paris

ブログの2018年にアップした56件の記事から、ビュー数統計の上位10位を紹介するレトロスペクティヴ2018です。これはブログに管理者用「ガジェット」として付いているビューカウンターをそのまま信頼してのランキングですが、たまにブログ上でも触れているように、時々明らかに読者ではない機械(ロボット)による大量「訪問」があり、奇妙なカウンター表示になることがあるのです。これは私にはどうすることもできないのです。2018年に関しては(前年2017年後半からの傾向ですが)1月と2月まで、異常に多いビュー数カウント(軒並み超5000ビュー/記事)があり、3月以降は急落ですが納得できるビュー数(数百ビュー/記事)に落ち着いて今日に至っています。爺ブログは(カウンターが表示する)東欧や中央アジアやアラブ首長国連邦などに多くの読者がいるとは考えられないのですが、そういうことになっています。もしもそれが事実だとしたら、それは大変な光栄なのですが。そういう事情で、レトロスペクティヴ2018は1月と2月に掲載した記事が多く上位にありますが、1月に亡くなったフランス・ギャル、#MeToo運動の盛り上がりなどに純粋に多くの方たちが反応してくださったのかもしれません。記事関連で言えば、個人的に2018年の最も大きな出来事は7月のフットボールW杯のフランス優勝と、11月からの「黄色いチョッキ」運動でした。
 最も心動かされた映画はクリストフ・オノレ監督の『愛され愛し早く走れ』 でした。最も印象に残った小説は(ごめんなさい、爺ブログで紹介してません。ラティーナ誌2019年1月号で書きました)本年のゴンクール賞受賞作であるニコラ・マチュー著『彼らの後の彼らの子供たち(Leurs Enfants Après Eux)』でした。そして最も多く繰り返し聴いたアルバムはアークティック・モンキーズ『トランクイリティー・ベース/ホテル+カジノ』でした。それから点滴治療中のイヤホン・ミュージックはもっぱらトム・ミッシュ『ジオグラフィー』でした。
会社を畳んで1年半、今やすっかり隠居老人/年金生活者になっていますが、2019年でガン治療生活3年目に入りました。18年10月から3週に一度ガン研究所に登院して免疫療法(治験)の点滴を受けています。「病気と共に生きる」はいよいよ日常的現実となっていて、これはりっぱな「仕事」だなぁと思うようになりました。コンサートと映画に行く回数は激減したものの、読む本の数は倍増しているのでバランスは取れています。生きている限り、やることはあります。爺ブログはそれを直接証言するものではありませんが、カルチャーというものが生き延びていく上でどれほど重要なものか、ということを私なりにいらっしゃる皆さんにお伝えしたく、楽しみながら続けています。どうぞ本年もよろしくおつきあいのほど、お願いいたします。

1. 『生まれついての”豚”(2018年1月13日掲載)
今最も信頼できる作家にして言論人であるレイラ・スリマニが、#MeToo運動に反論したカトリーヌ・ミエ+カトリーヌ・ロブ=グリエの「男が誘惑する権利を擁護する」論(これに大女優カトリーヌ・ドヌーヴが賛同者となったことで紛糾した)に真っ向から反駁してリベラシオン紙に投稿したトリビューンを全文日本語訳して爺ブログに掲載した。たちまち7千ビューを突破して、FBやツイッターでも多くシェアされた。リベ紙発表1月12日、爺ブログ掲載1月13日という速攻で、著者にも新聞社にも許可を取っていない。こういう無許可転載が多くなったのもこの2〜3年の爺ブログの傾向だが、こういう緊急の重要発言を見ると、多くの人たちに緊急で知らせたいといてもたってもいられなくなる。レイラ・スリマニはこのほかに11月にマクロン大統領の不法滞在外国人に関する発言に怒ってル・モンド紙に反論トリビューンを発表、これも爺ブログのここで全文訳して掲載したが、こちらは300ビュー足らずという奇妙な統計結果。

2. 『Tout pour la musique !(2018年1月12日掲載)
2018年1月7日にこの世を去ったフランス・ギャルに関して、爺ブログは1月9日、10日、12日と続けざまに3件の記事を掲載し、そのいずれもが多くの人たちの関心を集め3千ビューを超えていて、このレトロスペクティヴTOP10に3件とも入っている。ただ、そのいずれも私が書いたものではなく、パリ・マッチ誌、テレラマ誌、ル・モンド紙に掲載された記事を翻訳して紹介したもの。私自身の追悼稿は電子雑誌ERISの第23号にアルバム『ババカール』(1987年)紹介記事として1万字書いた。爺ブログで最も多く読まれたのは、このパリ・マッチ誌に載ったヤン・モワックスの追悼記事。「フランスを去ることには慣れているが、フランスに去られることはめったにない」という第一行から、エモーショナルなフランスと80年代への挽歌。5千ビュー超え。

3. 『裸々ランド (2018年1月19日掲載)
2017年発表のアルバムなのに、遅れて紹介した女性デュオ、ブリジットの5枚目"NUES"の短い紹介記事。アルバム紹介と言うよりは、その1曲め「パラディウム」だけの説明になっていて、それも「いっぱい泣いたら、オシッコの量が少なくなる」というこの部分だけに感銘を受けたという話。2018年、カテゴリー「新譜を聴く」で紹介したアルバムはたったの12枚。音楽業界人をやめたせいもあるだろうが、実際購入したアルバムも激減している。もっと音楽について語るべき、と反省もしている。「ラティーナ」連載も本紹介の方が多くなっていて、音楽雑誌にこういうことでいいのだろうか...。

4. 『Ta douleur efface ta faute (2018年1月29日掲載)
マルグリット・デュラスの同名小説をエマニュエル・フィンキエル監督が映画化した『苦悩』は、2018年最も印象に残った映画のひとつ。おそらく女優メラニー・ティエリーの代表作として歴史に残る可能性がある。第二次大戦後期の占領下のパリ、ゲシュタポのフランス人刑事(ブノワ・マジメル)と、捕われたレジスタンスの夫を救おうとする作家マルグリット(メラニー・ティエリー)の奇妙な関係。待つことの堪え難い時間の長さ。愛人(バンジャマン・ビオレー)との揺れる情欲。パリ解放後にして初めて知るナチスの想像を絶する残虐さ。観ている者をどんどん不安にさせるさまざまな映画効果。観客は呼べなかったかもしれないが、歴史に残って欲しい映画。

5. 『逃げてきた民に何の区別があるのか(ル・クレジオ) (2018年1月16日掲載)
ノーベル賞作家JMG ル・クレジオが、シリアやアフガニスタンなどからヨーロッパにやってきた避難民に対するフランス(大統領マクロンと当時の内務相ジェラール・コロン)の非人道的対応に猛烈な怒りを表明したトリビューン(週刊誌ロプス掲載)を、全文和訳して爺ブログに転載したもの。さらに4月にジュルナル・デュ・ディマンシュ紙のインタヴューでル・クレジオは再びマクロンの難民政策を厳しく批判したので、その部分訳も追記として転載した。隣国イタリアをはじめEU圏内でも移民/難民排斥を唱えるポピュリズムが台頭しつつある中、マクロンは少しずつこの傾向に近づいていっている。ル・クレジオの批判も「知識人の考えすぎ」と軽視したマクロン。支持率の急落はそういうところから来ているということに無自覚。嵐は11月にやってくる。

6. 『Merci les Bleus !(2018年7月20日掲載)
上に書いたように、個人的には最大の興奮事だったW杯優勝について書いた記事。おそらく2018年に私が最も高いテンションで書いた文章であり、長い。それだけ興奮していたのだと思う。歓喜の興奮。私があの夜興奮を抑えきれなくて出て行ったシャンゼリゼ通りを、その5ヶ月後、怒りの民衆たちが黄色いチョッキを着て行進している。このことについても私は何かを書かねばならない、という使命感がある。この民衆たちの運動は多面的で多様で、11月から1月現在までいろいろ変容もしてきた。たぶん同じ民衆なのだと思う。もっと中に入って行かねば、と思っている今現在である。

7. 『80年代を象徴する顔 (2018年1月9日掲載)
フランス・ギャルの死(1月7日)の当日、テレラマ誌のシャンソン評論家ヴァレリー・ルウーがウェブ版テレラマで発表した追悼記事を、全文和訳して転載したもの。私の最も信頼する音楽ジャーナリストのそれは、他のメディアが全般的に「偉大な国民的歌手」オマージュだったのに、驚くほど辛口で、80年代という危機感の少ない時代を平易なメッセージでスタンダード化した、言わば時代の産物のような評価だった。同時代人であるスーション、サンソン、クレールなどとは違って見られていたのだ。だから、彼女の死を悲しむ人たちは、消え去る80年代を悲しむのとほぼ同じ悲しみなのだろう。私もその同時代人だったから、よけい悲しかったのだと思う。

8. 『世界の起源 (2018年2月13日掲載)
今回のレトロスペクティヴで最も意外だった3千ビュー超えの記事。ノルウェーの若い女医二人が著した分厚い女性器解説書『下(しも)の悦び』(Les joies d'en-bas)を特集したテレラマ記事の一部を紹介したもの。女性を解放する最良の道は女性器を知ること。すべての秘密は女性器にあり。と、まあ、私のような老人男が言うには憚られることばかりであるが、歴史的にこれまでの「性はこのように教えられるべき」という理論はすべて男が捏造してきたもの。女性たちがそれに反証をつけて覆していく。その象徴的な例が、「処女膜(ヒーメン)」とその「出血神話」。なぜ有史以来、世界の人々はそれを信じてきたのだろう? 私はこの本を買って、娘にプレゼントしたが、どうも読んだ気配はなさそうだ。

9. 『フランス・ギャルとアフリカ(2018年1月10日掲載)
フランス・ギャルの死後、次々に出された追悼記事のうち、ひときわ目を引いたル・モンド紙ダカール駐在ジャーナリストによるセネガルとフランス・ギャルの親密な関係を紹介した記事を、(これまた)全文和訳して掲載したもの。加えて追記としてパリジアン紙に載ったユッスー・ンドゥールの追悼談話の記事も和訳して掲載した。セネガルとの関係は一般には「ババカール」の歌がよく知られているが、フランス・ギャル個人としては、夫ミッシェル・ベルジェが生きていた頃からあった夫婦の確執、そして夫の死、さらに娘の死といった連続した出来事の心の傷を癒せる唯一の場所がダカールの沖合にあるンゴール島だった、ということ。学校や医療施設を作ったりという美談もあるが、一番は心のセラピーだったのである。

10. 『I saw the light(2018年2月15日掲載)
2018年爺ブログで紹介した新作映画は9本。その中でとりわけ目立ったわけではない映画。グザヴィエ・ジャノリ監督『L'apparition (顕現)』は、社会派男優としてますます存在感を増しているヴァンサン・ランドンの毎度感服するヒューマン丸出しの演技が救いの作品。フランスの山間の村で聖母マリアの顕現を目撃したという少女、ローマ法王庁がそれが真実か否かの調査を依頼したのが、元戦場ジャーナリストのジャック(ヴァンサン・ランドン)。戦争も奇跡も詐欺も登場する宗教ミステリー。う〜ん...。映画はもっと多く観て紹介しないとだめだな、という自戒でレトロスペクティヴ2018は結び。

2018年12月15日土曜日

2018年のアルバム その5:じっと目を見ろ

Barbara Carlotti "Magnétique"
バルバラ・カルロッティ『マニェティック』

ルヴェ・ブーリ(文)+エルヴェ・タンクレル(画)の『フレンチ・ポップ小事典(Le Prtit Livre FRENCH POP)』(Dargaud刊、2018年11月)の2018年ディスクおよび同著結論部の1枚として紹介された文を以下に訳します。
本書の結論として選ばれたこのディスクはひとつの象徴である。60年にわたるポップ・フランセーズの歴史全体(おそらく例外があるとすればJUL)の総括である。いかにも、バルバラ・カルロッティは"これらすべてを整理すること(註:原文=A canaliser tout ça)" に成功したのだ。 彼女の「夢の研究室」にインスパイアされた、よく練られ、時代を超越したアルバムは、最終曲の7分に及ぶきわめてコズミックなサイケ・ジャズに到達して終わる。しかしやんぬるかなこのアルバムを制作しようというレコード会社はどこにもなく、クラウドファンディングによる資金集めが必要とされた。今日のフランスで音楽を制作するということは、悪夢に転じる可能性もあるということだ。
ポップ・フランセーズ60年のエッセンスがすべて詰まったアルバムという破格の評価です。註でつけた "Canaliser tout ça これらすべてを整理する"という言葉は、1曲め "Voir les étoiles tomer"(星々が落ちるのを見る)のアウトロで語られるセリフの一部です。(↓このクリップでは登場しません)

I try, I cry, I'm in, I die
J'ai trop de feu, trop de violence, trop d'énergie
私には多すぎる火、多すぎる暴力、多すぎるエネルギー
Trop de désir, trop de peur
多すぎる欲望、多すぎる恐怖
Trop de mouvements contraires, trop d'agitation
多すぎる相反する運動、多すぎる激動があって
Et j'ai l'impression que si j'arrive pas
私はもしもこれらを全部整理することが
A canaliser tout ça
できなかったら
Si j'arrive pas à trouver le point d'équilibre
もしもバランスの中心点が見つけられなかったら
Je vais me consumer d'un coup
私は即座に破裂して
Mon coeur va lâcher...
心臓が止まってしまうと思うの
このなんでもいっぱいありすぎる当年44歳の女性アーチストは、2005年にベルトラン・ビュルガラのバックアップでデビューして以来、今日まで5枚のアルバムを発表しています。ビュルガラのみならず、カトリーヌ、ドミニク・ア、オリヴィエ・リヴォー(レ・ゾブジェ、ヌーヴェル・ヴァーグ)など90年代00年代のポップ・フランセーズのど真ん中の制作現場におり、フランソワーズ・アルディやブリジット・フォンテーヌをカヴァーし、独立系の映画の音楽を担当し、象徴詩人ボードレールを取り上げたアルバムでテレラマなどインテリ硬派に高く評価され、国営の一般向けラジオでありながらインテリ臭ぷんぷんのフランス・アンテールで毎日1時間の定時番組を持ったり...。温く厚みのあるうっとりヴォーカルの強み、ジャズにもコンテンポラリーにも対応するマルチなパフォーマンス。安心できる姐御肌の安定したアーチストのように見えましたが、このアルバムは自らギリギリのところでやっているのよ、というポーズがあります。
 テーマは夢です。少女の頃から、夜中に目が覚めたら、その直前の夢をノートに書き留めるという習慣があったそうで、良夢も悪夢もそうやって記録として保存していたら、ある種の"夢研究室"または"夢アトリエ”のようなものが出来てしまった。だいたい夢には辻褄や整合性や論理性や倫理性もないものでして。怖いものが、なぜ怖いのかもわからない。20世紀初頭のシュールレアリストたちのように、夢をあるがままに記述しようとすると、やっぱりとんでもないものになってしまうのではないか。バルバラ・カルロッティはブルターニュのとある村に1ヶ月篭って、その夢実験を音楽化しようとしたわけですね。と言ってもそれはポップな音楽の範疇の話でして、とんでもない方向に行ってしまいそうなものをポップなバランス感覚で "canaliser"(カナリゼ。管に通して流す。整理する)のです。曲はシクスティーズ風、セヴンティーズ風、ニューウェイヴテクノポップ風 、サイケデリック風... いろいろポップのあの手この手を用いて、夢の混沌にまとまりをつけようとするのです。夢ですからとんでもないエロっぽいものまであるのですが、カルロッティのバランス感覚はその絵図をヒョイっと、ホワンっと、レレレっと...。これはポップなアートじゃないですかね。
 そして夢と狂気の抗えない関係について。あなただって「こんな夢見るなんて私狂ってしまったんじゃないかしら」と思ったことがありましょう。この夢からの狂気の呼び声を、カルロッティはラジオ放送のように表現します → 「メンタル・ラジオ、センチメンタル」(↓クリップにはフィリップ・カトリーヌが出演)

黄昏どき、私のメンタル・ラジオは音とイメージが一致しない
私には声が聞こえる
知ってる?あなたは私にしたいことをしていいのよ
私には誰にも見えないことが見えるのよ
私は他の人が知らないことを知っているのよ

私は狂っていないわよ、もし私が狂ってるとしたら
私はあなたに狂っているのよ メンタル・ラジオ、センチメンタル
私は狂っていないわよ、もし私が狂ってるとしたら
私はあなたに狂っているのよ メンタル・ラジオ、センチメンタル

夜、私のクリスタルな陶酔のどまん中で
音とイメージは声を共有するの
私は知っている、私には感じる、 私には見える
知ってる?あなたは私にしたいことをしていいのよ
私には誰にも見えないことが見えるのよ
私は他の人が知らないことを知っているのよ

私は宇宙の運命がわかる
すべての天の成り立ちが
存在と存在をつなぐ原因が
私たちをかきたてるすべての炎が
私は見えない電波を受け取れるのよ

でも心配しないで、私は沈黙することも知っているから
そしてあなたは私にしたいことをしていいのよ
私は他の人が知らないことを知っているのよ

私は狂っていないわよ、もし私が狂ってるとしたら
私はあなたに狂っているのよ メンタル・ラジオ、センチメンタル
私は狂っていないわよ、もし私が狂ってるとしたら
私はあなたに狂っているのよ メンタル・ラジオ、センチメンタル

嘘も快楽も天との交信もすべて夢の中。夢もうつつ、うつつも夢。ドリームズ・カム・トゥルー。狂気の側に落ちそうで落ちない、ボーダーラインのポップ・ミュージック12トラック。2018年最良のポップ・フランセーズなり。

<<< トラックリスト >>>
1. Voir les étoiles tomber
2. Radio mentale sentimentale
3. Le mensonge
4. Tout ce que tu touches (feat. Bertrand Burgalat)
5. Vampyr
6. Plaisir ou agonie ?
7. Phénomène composite
8. Paradise beach
9. La beauté du geste
10. Tu peux dormir
11. Bonheurs hybrides
12. Magnétique

BARBARA CARLOTTI "MAGNETIQUE"
CD La Maison des rêves 9029567774
フランスでのリリース:2018年4月

カストール爺の採点:★★★★★

(↓)私にはアルバム最高の曲と思える "Plaisir ou Agonie ?" 6分15秒。


(↓)バルバラ・カルロッティ+ジュリエット・アルマネ "J'ai encore rêvé d'elle"(1975年イレテ・チュヌ・フォワのカヴァー)





 

2018年12月12日水曜日

2018年のアルバム その4:キー・オブ・ライフ

Michel Polnareff "Enfin!"
ミッシェル・ポルナレフ『やっと開いた南京錠』

を去ること42年前スティーヴィー・ワンダーが『人生の鍵の歌(Songs in the Key of Life)』(1976)という大名作アルバムを出したんですが、その中で最も知られた曲のひとつに「イズント・シー・ラヴリー(邦題:可愛いアイシャ。1997年にホンダ車ロゴのCM音楽として使われたのは、"可愛い愛車"とダジャレたものだったのだ)という6分34秒の歌があります。これはスティーヴィーの娘アイシャの誕生を祝って、可愛くてしかたのない赤ん坊アイシャの泣き声やら笑い声やらブーブーいう声やらをサンプルして曲にしていったら、あの声も入れようこの声も入れようで、出来上がりが6分半にもなってしまった親バカ曲です。ナレフの28年ぶりに発表した10枚目のスタジオアルバム『Enfin !』の4曲めにナレフの(ナレフが生物学上の父ではないが認知した)ひとり息子ルーカ(もうすぐ8歳)の声をたくさんフィーチャーしたディスコ調インストルメンタル曲「ルーカス・ソング」は、まさにこのわが子いとしや「イズント・シー・ラヴリー」の手法を踏襲したものです。赤子だったアイシャと違って今や8歳のルーカはものをしゃべる(一応英仏バイリンガル)わけで、吾子よ吾子よと溺愛しているうちに、気がついたら、え?こんな成長、え?こんな性徴、と老父(74歳)を狼狽させたりもするでしょう。
 ルーカにまつわる歌はこのアルバムに2曲。私は結局この2曲がアルバムの核心なのだろうと思っています。端的に言えば、坊主のためにわしはもう一働きせにゃいかん、というのがナレフのアーチスト再生の最大の契機だったと思うわけです。枯渇して久しいアーティスティック・インスピレーションをどうしても蘇生させにゃあいかん。子を持った人間ならば誰しも最初に重く実感することでしょうが、子育てにはお金がかかるのです。定年引退の年齢の頃に授かった子ですが、引退などしていられなくなるのです。これが閉じかけていたナレフの人生を再び開けさせる鍵となったということです。キー・オブ・ライフというわけです。おわかりかな?
 しかしこの鍵をもらってからも、時間はいたずらに過ぎていき、1990年の『カーマ・スートラ』 以来、出す、出来た、と何度も何度も狼が来た発表をしていた新スタジオアルバムも、2010年以降は「もはや絶対に出るわけのないもの」というのが音楽業界および黄表紙メディアの一致した認識となりました。インターネットの時代になって、自らを巨大宇宙船の「アミラル (L'Amiral = 提督)」と呼び、フランス+仏語圏世界+日本にまたがる親衛隊もどきの無条件ファン群を「ムサイヨン(moussaillons = 新兵水夫)」として、ヴァーチャルな絶対カルト小宇宙に君臨してきたが、そのムサイヨンたちだけは新アルバムの登場を信じて疑わないありがたい人々でありました。
 私はね、今度のアルバム制作の最大の動機は子供の養育費だと思うんですが、2007年のステージ復活(ゼ・ルトゥール Ze re tour ツアー)と、新アルバムお披露目ツアーのはずだった(が新アルバムは出なかった)2016年のツアーだけでは、ナレフとダニエラの台所も十分に潤わなかったのではないか、とも思ってます。Money's too tight to mention.
 そんなものはシングルヒットで解消できるさ、とアミラルは思っていたかもしれません。"Ophélie Fraglant Des Lits(ベッド現行犯のオフェリー)"(2007年1月)、"L'Homme en rouge(赤い服の男)"(2015年12月)、ナレフの思惑は見事に外れ、売上げは言うまでもなく、今のナレフのクリエイションクオリティーはこの程度なのか、とファンたちを大いに不安にさせもしました。このシングル2種の不発でナレフはいよいよ追い詰められたようです。
 仏語ウィキペディアの"Enfin !"の項の記述によると "Actuellement je suis en studio"(現在スタジオで録音中)という公言は2010年から始まっていて、2014年6月5日に公開された映画館上映のドキュメンタリー映画 "Polnareff, quand l'écran s'allume"では(私、これ地元映画館で観ました。やっぱり大筋のところでは吾子可愛いやばかりが目立つドキュメンタリー)では、加州のホームスタジオで録音中の4曲の断片がインストとハミングで紹介され、2014年11月リリース予定で進行中と発表。以来2015年にも2016年にも同種の「ついに完成、発売間近」の発表がありましたが。で、誰も狼が来たを信じなくなった2018年9月7日、オランピア劇場で開かれたレコード会社仏ユニバーサルの年次コンフェランスで、同社代表オリヴィエ・ニュッスの公式発表として「11月30日発売」がアナウンスされたのでした。そして10月3日、「Enfin !」(やっと、ついに、ようやく、という意味の、まあ、自虐的ユーモアみたいな、他人も自分もあきれきったような...)というアルバムタイトルと、"Enfin !"と彫り文字された南京錠に鍵が突っ込まれて、錠が開けられたという図の、わかりやすくも含蓄が薄くアーティのかけらもないジャケ写が発表になりました。ナレフ自身のアイディアでしょうね。ジャケットアートの価値の問題は置いといて、ここでも重要なのは鍵なのであります。
 本題に入っていきます。このアルバムには私のような非ムサイヨンでも、これは無条件に頭が下がる、という曲が1曲あります。3曲めの「坊や大きくならないで (Grandis Pas)」です(私の勝手な邦訳題は、1969年日本のフォークトリオ、マイケルズの歌で知られることになったヴェトナム人作反戦歌に敬意を表してのことですが、両曲の関連は皆無ですから気にしないで)。言うまでもなく吾子ルーカに捧げられた曲ですが、ナレフの伝家の宝刀と言うべき流れるようなピアノ弾き語りバラードで、極上のメロディーと必殺のハイトーンのファルセットの泣かせどころもある、それはそれはミッシェル・ポルナレフさまさまなのです。これは否定のしようがないじゃないですか。

大きくならないで
きみが知っていることを
忘れないで

大きくならないで
きみはすでに
きみそのものなんだから

きみの伸びる1センチは
1キロメートルみたいだ
ひまも与えず
巨人の歩みを進むようだ

おもちゃを置いて
ここにいて
私のすぐそばに

王子のままでいて
この王国から
去って行かないで

きみの書く詩で
私たちのことが好きだと言っておくれ
私の手を取って
きみの描いた絵の中を一緒に歩こう

きみが見知らぬものを怖がって
私に身を寄せてきた頃
私はきみに大丈夫だよと安心させるのが好きだった
今や私の方がきみが私の手を導いてくれないと
迷ってしまう

大きくならないで
大人たちは大人たちだけの世界に
放っておいて

きみの子供時代を
ぱちんこで射たないで

夢が嘘に変わってしまうところに
行かないで
きみのベッドから出ないで
きみのベッドはなぜこんなに小さくなったの?

柔らかく軽い
雲に乗っている歳のままでいて

この顔と
この光景は
完全なものだよ

きみの中にいるこの男を
待たせておいて
この男は私ときみを離れ離れにしてしまうんだ
きみも、私たちも、私もそれを望まないのに

きみが見知らぬものを怖がって
私に身を寄せてきた頃
私はきみに大丈夫だよと安心させるのが好きだった
今や私の方がきみが私の手を導いてくれないと
迷ってしまう

そしてきみと私が似ていたら 
一緒に大きくなっていく
私の手を取って
きみの描いた絵の中を一緒に歩いて行こう

大きくならないで
大きくならないで
(詞:ポルナレフ&ドリアン/曲:ポルナレフ) 
この歌をナレフは「家族版の"行かないで(Ne me quitte pas)"」と称し、見苦しい父親のエゴイズムであることを認めています。自伝本などで知られているように、父レオ・ポルから殴られながらピアノを叩き込まれた子供時代を過ごしたナレフが、吾子にはそんな思いを絶対にさせたくないと思いながらも、物心ついたらやっぱり自分と同じように親離れをするということを74歳で狼狽している感じがよくわかるではありませんか。ルーカが20歳になった時、ナレフは(生きていれば)87歳ですよ。私はね、こういう本音から出てくるナレフの歌なんて知りませんよ。本当にこの歌がこのアルバムの(唯一)例外的な佳曲でありますよ。

 さて他の曲をどう聞いていいのか、私は戸惑うものがありますよ。
 冒頭の11分のインスト曲「ファントム(Phantom)」と9分強の終曲(インスト)「お湯(Agua caliente)」はその大仰さを覚悟して聞かねばならないものです。私はこれは「花火音楽」だと聞きました。毎年9月、私のアパルトマンのセーヌ川対岸のサン・クルー公園で催される欧州最大規模の花火大会 "Le Grand Feu de Saint Cloud"が開かれるのですが、「ファントム」はその最終の"ブーケ・フィナル”(大トリの乱れ打ち)に向かう音楽として使われたら、どれだけ映えるだろうか、と想像できます。しかしそれは花火あってこその話です。ここでもキーワードは「鍵」なのですが、それは花火の時に風流江戸人が掛け声としてあげる「鍵屋!」ー っとこれはコジツケが過ぎました、ごめんなさい。
同様にオリンピック開会セレモニーのアトラクションの音楽のようなものも想像できますが、これも大仕掛けのアトラクションがあってこそ生きる音楽と言えます。多くの映画音楽が映画(それも心に残る映画)がなければ生きないように。ナレフのインスト曲は、1971年アルバム『ポルナレフス』に収められた3曲、 およびいくつかの映画音楽で評価が高かったのですが、新作アルバムにインスト3曲(トータル26分、アルバムの3分の1強)入れたのは『ポルナレフス』の評価の高さを意識してのことのようです。そりゃあ印象に残るメロディーでも随所にあればね。この長さとケレン&ハッタリの編曲だけでは無理があると思いますよ。4曲めで前述の「ルーカス・ソング」(5分21秒)はディスコですけど、全米制覇するつもりで1974年にアメリカ移住してアトランティックと契約したものの全米でナレフが評価されたのは唯一ディスコチャートを騒がせた映画音楽『リップスティック』(1976年)だけだったという過去が蘇ってきます。
 編曲(ご自分がほとんど)は、加州で40数年間ヒットFM聴いてるきたら、こういう感覚になるんだろうか、と思ってしまう百年一日のような西海岸FMのノリで、時代とのシンクロを全く感じさせません。ユニークだと思います。なぜみんな長めなのか、4分、5分、6分、7分サイズです。初めから意識して12インチシングルにしちゃっているような。既発シングルからまあまあ変身した5曲め「ベッド現行犯のオフェリー」と9曲め「赤い服の男」に至っては、ヒット狙いを放棄してこねくり回した90年代的マキシシングル型ヴァリエーションになってますが、これはどんなことをしても詞が災いしてます。後者は21世紀におけるサンタクロースの惨状を嘆く歌ですが、吾子ルーカを思っての寓意でありましょうけど、現代風刺の含蓄としてはいかにも貧弱じゃないですか。「地球人に告ぐ」という大上段に地球の危機を説くエコロジカルな歌「テール・ハッピー」(8曲め)も、こちらが決まり悪くなりそうな浅薄なメッセージです。お題目だけの愛と平和と環境保護はオリンピック開会セレモニーだけにしてくれと言いたくなります。長年宇宙船船長アミラル役をやっていると(その上その言うことを聞く何十万というムサイヨンがヴァーチャルに存在すると)、これほどまで現代社会とのズレが生じてしまうのでしょうか。
 日本に何万人いることか、日出る国のムサイヨンたちへのファンサービスのつもりでしょうが、2曲め「スミ」(福岡のゲイシャ・ガールとのきつ〜いアヴァンチュールの歌)は問題ありませんか? え? 日本のファンたちはメルシー!アミラル、と言うのでしょうかね? ナレフはある日 "Sumi m'a soumis"(スミ・マ・スミ スミは俺を服従させた)というダジャレを思いついたんでしょうね。 このオチのためにひょいひょい日本(的)単語のダジャレを並べて、90年代FMハードポップ化した、人呼んで「ゲイシャ・ロック」なのだそう。いったいどんな惑星にこの方は生まれたのでしょう?
  自らの「カーマ・スートラ」(1990年)のテーマ掘り返しなのかもしれない7曲め「体位(ポジシオン)」 も前述の「ベッド現行犯のオフェリー」も、世界の女性たちが"#MeToo"と叫んでいる時勢をなんら考慮していないでしょうし、いつまでも変わらない好色ナレフを新アルバムでもアピールしたい気持ちがあったんでしょうが...。

  南京錠は開けられて、28年の禁を破って蔵出しされた珠玉の11トラック、と私は思いませんでしたが、たぶんナレフの人生の鍵(キー・オブ・ライフ)は開けられて、かなりそのまんまの形(ナレフ等身大)で提出された作品であるでしょう。無理もいびつさも隠さずに。私には奇異(key)なアルバムですが、「坊や大きくならないで」だけは高く評価します。

<<< トラックリスト >>>
1. Phantom
2. Sumi
3. Grandis Pas
4. Louka's song
5. Ophélie Flagrant Des Lits
6. Longtime
7. Positions
8. Terre Happy
9. L'Homme En Rouge
10. Dans Ta Playlist (C'est Ta Chanson)
11. Agua Caliente

Michel Polnareff "Enfin !"
CD/2LP Universal/Barclay/Enough Records  002577137334
フランスでのリリース:2018年11月30日

カストール爺の採点:★★☆☆☆

(↓)国営テレビ FRANCE 3とタイアップの"ENFIN !"プロモーション・ヴィデオ



2018年12月8日土曜日

エドゥアール・ルイ:黄色いチョッキに加担して

『黄色いチョッキを侮辱することは僕の父を侮辱するに等しい』

ディー・ベルグールにケリをつける』(2014年。邦訳本は『エディに別れを告げて』 2015年)の作家エドゥアール・ルイ(現在25歳)が、2018年11月から始まった全国規模でのガソリン燃料税増税反対抗議運動「ジレ・ジョーヌ(Gilets Jaunes、黄色いチョッキ)」について、12月4日レ・ザンロキュプティーブル誌上で支援トリビューンを寄稿。「暴動」、「治安不安」の側面からしか取り上げることのない日本のメディアからでは、この運動をネガティヴにしか見れないであろう日本の同志たちへ、今起こっていることの意味を少しでもわかってもらいたく、速攻で全文訳しました。12月7日に向風三郎のFBタイムラインに載せたものと同じものです。レ・ザンロキュプティーブル誌およびエドゥアール・ルイに許可は得ておりません。緊急のこととご理解ください。

(翻訳始め)
もう幾日も前から僕は「黄色いチョッキ」についてそれを支持する文章を書こうと試みたがうまくいかなかった。この運動に降りかかる極度の暴力性と階級の侮蔑が僕を麻痺させる。それはある意味で僕を個人的に狙い撃ちしているように感じられるからだ。
黄色いチョッキの最初にイメージとして現れたのを見た時に僕が感じたショックをどう描写していいものか僕はわからなかった。僕は数々の記事に添えられた写真の上に、公のメディアスペースなどには一度も登場したこともない多くの姿を見ていた。苦しみ、仕事と疲労と空腹に焦燥しきった姿、支配される者たちへの支配する者たちによる絶えることのない辱めに痛めつけられた姿、社会的なあるいは地理的な理由によって排除された姿、僕はこれらの疲れきった体、疲れきった手、押しつぶされた背中、衰弱した目の数々を見ていた。
僕の動揺の理由、それは確かに僕の社会的世界の暴力と不平等性に対する嫌悪によるものであることは確かだが、それだけでなく、たぶんそれはまず第一に、僕がこれらの写真で見た人々の体は、僕の父、僕の兄、僕の叔母…の姿に似ているということなのだ。彼らは僕の家族、僕が子供時代を過ごした村の住民たち、貧しさと惨めさで健康を冒された人々の姿に似ているのだ。僕の子供時代、この人々はいつも毎日のようにこう繰り返していたのだ「俺たちは誰も信用しない、誰も俺たちのことなど知ったことではない」ー僕がこの運動について即座に降りかかったブルジョワ階級による侮蔑と暴力が僕個人に向けられたものだと感じた所以はここにある。なぜなら僕自身にとって、ひとりの黄色いチョッキを侮辱するおのおのの発言は、僕の父を侮辱するに等しいからなのだ。
この運動が生まれるやいなや、僕たちはメディア上で「専門家」たちや「政治家」たちが黄色いチョッキ集団と彼らが体現する抗議運動を矮小化し、糾弾し、揶揄するのを見た。SNS上で僕は「野蛮人」「バカ者」「田舎者」「無責任」といった言葉が飛び交うのを見た。メディアは黄色いチョッキ集団の「不平」についてこう論じた:庶民階級は反抗はしない、彼らは不平を言うのだ、動物のように。一台の自動車が焼かれ、一軒のショーウィンドウが壊され、ひとつの像が破損された時、僕は「この運動の暴力」という言葉を聞いた。暴力という言葉の認識の相違といういつもの現象だ。政界とメディア界の大部分は、暴力とは政治によって貧困に落とし込まれ破壊された何千もの命のことではなく、何台かの焼かれた自動車のことであるとわれわれに信じ込ませようとする。歴史的モニュメントに落書きされたことが、病気を治療すること/生活すること/食餌を摂取すること/家族を養うことの不可能さよりも重大であると考えることができるとは、これまで一度たりとも悲惨というものを知る体験がなかったに違いない。
黄色いチョッキ集団は飢えと生活不安定と生命と死を問題にしているのである。「政治家」たちと一部のジャーナリストたちはそれに対して「わが共和国の象徴に傷がつけられた」と答える。この人たちは一体何を言っているのだ? よくもそんなことが? この人たちはどこから来たのか? メディアは黄色いチョッキ集団のレイシズムと嫌同性愛傾向をも取り上げる。彼らは誰をバカにしているのか? 僕は僕の本について語りたいわけではないが、これは興味深いことなので強調しておくと、僕が小説を発表するたびに僕は貧しいフランスの田舎を貶めていると糾弾されることになるのだ。それはまさに僕が僕の子供時代の村にはレイシズムと嫌同性愛風潮があったと言及したからなのである。庶民階級に益する何事もしたことがなかったジャーナリストたちが、(僕の小説を糾弾することによって)おもむろに憤激し庶民階級の弁護者のふりをするのである。
支配者たちにとって庶民階級は、ピエール・ブールデュー(仏社会学者)の表現を借りれば、Classe Objet(オブジェ階級、客体的階級)である。言説によって操作されうるオブジェ(客体)であり、ある日良き貧しき真正の庶民であったものが、翌日にはレイシストにも嫌同性愛者にもなれる。この二つの場合においても土台にある意図は同じものである:すなわち庶民階級による庶民階級に関する意見の噴出をさまたげること。前日と翌日で矛盾することになろうとも、庶民は黙らせておかねばならない。
たしかに黄色いチョッキ集団の中で嫌同性愛やレイシズムの言動はあった。だがメディアとこれらの「政治家」たちはいつからレイシズムと嫌同性愛を憂慮するようになったのか? 一体いつから? 彼らはレイシズムに反対して何かしたのか? 彼らが持ち合わせる権力でもって、アダマ・トラオレ(註:2016年7月マリ系移民の子アダマ・トラオレが警官の暴行で命を失った事件)とトラオレ支援委員会について語ったことがあるのか? フランスにおいて毎日起きている黒人とアラブ人に対する警察の暴力の事件について語ったことがあるのか? 同性結婚法(註:トービラ法 Mariage pour tous)の時、彼らはフリジッド・バルジョー(註:元コメディエンヌ、反トービラ法の論客)と某司祭に発言の場を大きく与えたではないか。そのことによって、テレビの席で嫌同性愛論が可能になり、まかり通るようになったのではなかったか?
支配者階級とある種のメディアが黄色いチョッキ運動の中における嫌同性愛とレイシズムについて語る時、彼らは嫌同性愛にもレイシズムにも言及しているのではない。彼らは「貧乏人は黙っていろ」と言っているのである。一方、黄色いチョッキ運動はいまだに形成途中の運動であり、その言語はまだ固まっていない。黄色いチョッキ集団の中に嫌同性愛やレイシズムが存在するならば、その言語を変えていくのがわれわれの責任である。
「私は苦しんでいる」と言うにはさまざまなやり方がある。ひとつの社会運動、それこそが、苦しんでいる人々が「私は移民流入と生活補償手当を受けている私の隣人のせいで苦しんでいる」と言うのをやめて、「私は国を治める人たちのせいで苦しんでいる。私は階級システムのせいで苦しんでいる、エマニュエル・マクロンとエドゥアール・フィリップのせいで苦しんでいる」と言うようになる可能性を開くものである。社会運動、それは言語の転換の契機であり、古い言語が衰退されうる契機である。それが今日起こっていることである。数日前から僕たちは黄色いチョッキ集団の使うボキャブラリーの言い直しに立ち会っている。最初の頃はガソリン燃料のことばかり聞こえてきたし、「保護受給者」のような聞きたくないような言葉も聞こえてきた。しかしその後は不公平、賃上げ、不正、といった言葉が聞かれるようになっている。
この運動は続かなければならない。なぜならこれは公正で、緊急で、根本的にラジカルなものであり、それまで不可視の領域に押し込められていたこれらの顔と声は、今や見られることも聞かれることもできるようになったのだから。闘争は容易ではない。黄色いチョッキ集団は大部分のブルジョワジーにとっては一種のロールシャッハテストのようなものであり、普段は婉曲的に侮蔑を表現しているブルジョワジーに直接的に階級的侮蔑と暴力を表すよう強要する。この侮蔑は僕の周りの非常にたくさんの生を破壊したし、今もその破壊を続けている。前よりもさらに多く。この侮蔑が僕を沈黙させ、僕の書きたかったことを書くのをやめさせ、表現したいことを表現させない寸前まで僕を麻痺させていたのだ。
僕たちは勝たねければならない。僕たちは多く、僕たちは言い合っている:さらにもう一回左派が敗北することなど、つまり苦しんでいる人々が敗北することなどもう堪えられないのだ、と。
エドゥアール・ルイ(2018年12月4日)
(翻訳終わり)

(↓)フランス深部アルプ・マリティーヌ県の山間の村で抗議デモを行う黄色いチョッキ集団(国営テレビFrance 3のニュース)


(↓)黄色いチョッキ集団、12月1日パリ。



2018年12月5日水曜日

2018年のアルバム その3:白鳥の歌なんか聞こえない

Johnny Hallyday "Mon pays c'est l'amour"
ジョニー・アリデイ『わが祖国、それは愛なり』


ジョニー・アリデイ(1943-2017)の51枚目で遺作となったアルバム。当初12曲を予定していたが、アリデイが歌を吹き込むことができたのは10曲のみ。録音はアリデイが肺がんを公表した2017年3月にサンタモニカとバーバンクのスタジオで始まり、その間アリデイはロサンゼルスでがん治療に通っていた。制作作業は6月/7月のアリデイ+エディ・ミッチェル+ジャック・デュトロンのトリオによる2ヶ月間の LES VIEILLES CANAILLES(レ・ヴィエイユ・カナイユ)ツアーで中断し、9月にアリデイがロサンゼルスからマルヌ・ラ・コケットに帰仏再移住したのちに本格的に再開するはずだった。しかし西海岸で録音したベーストラックに歌を吹き込んでいる最終のところで病状は悪化し、11月呼吸器障害で入院、何度か入退院を繰り返したあと、12月5日、マルヌ・ラ・コケットのジョニー邸で息を引き取った。
 LAでジョニーが吹き込んだのは3曲:"Je ne suis qu’un homme"(11曲め), "Un enfant du siècle"(9曲め), "Pardonne-moi"(4曲め)。マルヌ・ラ・コケットに近いシュレーヌのギヨーム・テル・スタジオで死の数週間前に録音されたのが残り7曲。多くのジョニーに近い評論家(特にフィリップ・ラブロ、ピエール・レスキュール)が言うように、このアーチストは長い芸歴(ほぼ60年)の中で歳を重ねるほどに歌がうまくなっている例外的なヴォーカリストである。どんどん良くなっている。この歌唱パフォーマンスのうまさの上昇曲線は、この死の間際の録音においても変わりはないのだ。つまり、ここにはウルティメートなジョニー最良の声と歌唱があるわけだが、それがジョニーのベスト録音になるかどうかは楽曲&編曲のクオリティーにも左右されるので...。プロデュースと多くの曲の作曲はヨードリス(またの名をマクシム・ヌッチ)という人。2011年のマチュー・シェディドプロデュースのアルバム『Jamais Seul』以来、ジョニー晩年の5枚のアルバムに関わってきたが、前作『De l'amour』(2015年)と本作『Mon pays c'est amour』(2018年)では制作の中心者=プロデューサーということになっている。ジョニーやギターのヤロル・プーポーなどは、ワーナー移籍(2007年)以降、ヴァリエテの音から脱した、ロックとブルースの基本に還った、とロック路線を強調した自画自賛をしていたのだが、どうなんだろうか。熱心なファンではない私にはどうしてもすべすべしたFM系(ヴァリエテ)ロックのように聞こえてしまうし、特にヨードリスの書く曲は...。
 アルバムのレヴューをと思って書き始めたのだが、この声のすごさの他に何も言えないようなところがある。1曲異彩を放つのが10曲め"Tomber Encore"という曲。これがシュレンヌのスタジオで最後に録音された曲。言わばジョニーの白鳥の歌である。

詞がボリス・ラノー。素人でありファンである。2015年10月9日、リールでのジョニーのコンサート前のホテル"入り待ち”で、この地方詩人はジョニーに自分の13編の詞集を手渡したかった。しかし予定通り自身には渡せず、後でホテル入りしたヤロル・プーポーに渡り、ヤロルからヨードリスに渡り、その夜のコンサート前の楽屋でヨードリスはそのうちの一編("Tomber Encore")に曲をつけてジョニーに聞かせた...。1年後ラノーはレコード会社(ワーナー)からこの曲が次のアルバムで録音されることを知らされるのである。それが最後のアルバムになる(しかも死後に発表になる)ことなど、知るよしもないが。
あたかもファンへの最後の感謝であるかのように、この曲は録音され、アルバムの11曲中、10曲めという重要な曲順で収録された。
Je ne vois plus que toi  もはや俺にはおまえしか見えない
Quand tu croses les jambes おまえが脚を組むとき
L'ombre de tes bas おまえのストッキングの影に
Et le ciel qui rampe 空が絡みついていく
Il me suffit de peu ほんのちょっとでいいんだ
Un pli, un remous ちょっとした起伏や動きさえあれば
Que la mer s'ouvre en deux  海はまっぷたつに割れ
Pour tomber à genoux 俺は膝から倒れていく
Fais-moi encore tomber もう一度俺に
Tomber amoureux fou 狂おしい恋に落とさせてくれ
Fais-moi encore tomber もう一度俺に
Tomber à genoux 膝から倒れさせてくれ
イメージはふたつ。1992年映画『氷の微笑(Basic Instinct)』のシャロン・ストーンの脚の組み替え。もうひとつは90年代に腰の手術をして以来、ステージアクションとしてできなくなった膝立ちor膝折りで歌うジョニー(←)。これをもう一度というファンの切ない願いなのだろう。だから、この詞に合う曲は "Que je t'aime"のようにひざまづいて歌うロカバラードか、トンベ、トンベ、トンベとリフレインするロックンロールかであってほしかったが、ヨードリス&ヤロル・プーポーはメジャー調FMロックにしてしまった。悪くないですよ。

 そしてアルバムタイトル曲にして最重要曲順の2曲めにつけた"Mon pays c'est l'amour(わが祖国、それは愛なり)" 。作詞カティア・ランドレア(ジェニフェール "Ma révolution")、作曲ヨードリス。

Je viiens d'un pays 俺が自分で選んだ国で
Où j'ai choisi de naître 俺は生まれた
Un bout de paradis 天国のかけらみたいなところさ
Que tu connais peut-être たぶんおまえも知ってるさ
Je viens d'un endroit 俺は国旗も国境もない
Sans drapeau ni fontière 場所で生まれた
Une terre sans loi 法律なんてない土地だけど
Où personne ne se perd 誰も迷ったりしない
Mon pays c'est l'amour 俺の国、それは愛さ
Mon pays c'est l'amour 俺の国、それは愛さ
Je suis né dans ses bras 俺は愛の腕の中で生まれたんんだ
En même temps que toi おまえと同時にね
J'ai grandi sous ses doigts 俺は愛の手で育てられたんだ
En même temps que toi おまえと一緒にね
74歳で、死の数週間前に、肺をガンで冒されながらジョニーはこれを吹き込んだ。なんという声だ。なんというパフォーマンスだ。なんというロックンロールだ。音楽家としてブレルやアズナヴール並みの詞とメロディーを自分で書かなかったことなど、この男のなんのハンディキャップになろう。何百万、何千万の人たちにこの男が愛され、リスペクトされるのに、この声以外の何が必要だろう。
 アルバムは2018年10月19日にリリースされ、発売時にすでに30万枚を売り、1ヶ月を待たずに100万枚を突破した。レコードCD業界の長年の不振をアルバム1枚でチャラにする勢いだった。ジョニーの好きな人はダウンロードやストリーミングはしないから。

<<< トラックリスト >>>
1. J'en parlerai au diable
2. Mon pays c'est l'amour
3. Made in Rock'n'Roll
4. Pardonne-moi
5. Inerlude (instrumental)
6. 4M2
7. Back in LA
8. L'Amerique de William
9. Un enfant du siècle
10. Tomber encore
11. Je ne suis qu'un homme

JOHNNY HALLYDAY "MON PAYS C'EST L'AMOUR"
LP/CD WARNER 9029561739
フランスでのリリース:2018年10月19日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)2018年10月19日、パリ、アルバム発売時の狂騒を報じるFRANCE24のルポ。




 

2018年11月20日火曜日

2018年のアルバム その2「ラヂオが気がかり」

ラヂオ・エルヴィス『セ・ギャルソン・ラ』
Radio Elvis "Ces Garçons-La"

郎3人、うち2人がメガネ。エルヴィス名乗るくらいなのでロック。ただし歌はフランス語。文化系の佇まい。エルヴィスと言うよりは、22歳夭折のバディー・ホリー(1936-1959)に近いルックス。この場合コステロというオプションもありか。それでラヂオ・エルヴィスなのか?という説もあながち...。ピエール・ゲナール(vo, g)、マニュ・ラランボ(b, g)、コラン・リュセイユ(dms, kbd)のトリオであるが、2009年にラヂオ・エルヴィスの名でステージに立っていたのはピエール・ゲナールひとりだった(トリオになるのは2013年)。つまりこのピエール君のコンセプトで始まったというわけだが、彼はパリに出てくる前はフランス西部(ポワチエ、ナント...)でスラムをやっていた。ポエトリー・リーディング。詩少年だったのだ。当然文学寄り。その影響の源はジャック・ロンドン、ジョン・ファンテ、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリだという。
 文学寄りフレンチ・ロックと言えば、2015年に爺ブログが絶賛したフ〜!シャタートンが旗手みたいな存在で、無頼&ロマンティスムのほとばしりが強烈だったのだが、メガネのラヂオ・エルヴィスはそれに比すればずっとクール&哀愁に聞こえる。2013年からバンドとなって、レ・ザンロキュプティーブル誌や国営ラジオFRANCE INTERの新人コンテストで世に知られるようになった頃は、若くてやせっぽちの(学生もどき)ロックで女子ファンたちが多そうなスタイリッシュさだった。2016年4月1日にリリースされたファーストアルバム "LES CONQUETES"は、2017年のヴィクトワール賞(新人アルバム部門)を受賞、その受賞セレモニーでのパフォーマンスがこれ(↓)。

こんな感じなので、このバンド(ひいてはピエール・ゲナール)はドミニク・ア〜バシュングの直系後継者のように言われるようになるのだが、どうだか...?
 2018年11月、早くもセカンドアルバム『セ・ギャルソン・ラ』の登場。新人賞荒らしの年月を追い払うような「大物感」を伴って。青臭い学生っぽかったピエール・ゲナールも30歳になったのだから。疾走型青春ロックは4曲め "Fini Fini Fini”、ドラマティック疾風怒濤巨編は5曲め "Prières perdues"、とレンジの広い多彩な表現の11トラックだが、全体の印象はエレガントでダンディズムも香ってくる。6 - 7 - 8 - 9 - 10 - 11曲はノン・ストップで聴きたい、尻上がりクレッシェンドの佳曲ばかり。そしてこの若き日の告白のようなタイトルソングがある。
それは普段と変わらない夏だった
この野郎たちは優しく
気の利いた言葉をいつも見つけてくれた
そして僕は隠れてそれを書いていた

この野郎たちは
この野郎たちは
この野郎たちは

娘たちは苦い味がした
僕はそれが怖くて吐いてしまうほどだった
この野郎たちはうまくそれができたのに
僕は語る言葉もなかった

この野郎たちは
この野郎たちは
この野郎たちは

予期せぬ攻撃が雨あられとなって降ってきた
この野郎たちは猛々しかった
暴力はたわむれごとで
この簡単そうな少年を捕まえた

そいつを捕まえろ
そいつを捕まえろ
そいつを捕まえろ

ある日この野郎たちが僕を追ってきた
彼らのオートバイが爆音を上げ
怖さで僕の目は真っ赤になった
この野郎たちが僕を走らせた 
僕の頭の中はひとつの考えしかなかった
その女の子にタッチして、そして逃げ出すこと
僕がどんな男になるのか彼らに見せること
僕はただただそこから脱出したかったんだ

この野郎たち
この野郎たち
この野郎たち 

そして僕はありったけの声で叫んだ
でも四方の壁には耳なんぞありはしない
僕の両親はその場所で子供が落とし込められたことなど
知るはずもなかった

その場所で
その場所で
その場所で

そして僕は決して忘れることができない
この野郎たちの顔が
そして僕は決して忘れはしない
僕が普通の男の子だったってことを

僕はその普通の男の子だった
物語を書くのが好きな
約束するよ、僕はきみたちのことを決して忘れない
僕はその普通の男の子なんだから 
約束するよ、僕はきみたちのことを決して忘れない
僕はその普通の男の子なんだから

その男の子
その男の子
その男の子
("Ces Garçons - là)

歌詞を訳すだけで、胸が痛く熱くなる。この少年の傷を、こんな音楽にできるのだ、このラヂオ・エルヴィスは。 そしてそのクリップが、このなんとも美しい南西フランスの青年田舎闘牛士たちのスロー・モーション。恐れ入りました。表彰状ものです。


<<< トラックリスト >>>
1. 23 minutes
2. Ce qui nous fume
3. L'Eclaireur
4. New York
5. Fini fini fini
6. Prières perdues
7. Bouquet d'immortelles
8. La sueur et le sang
9. Selon l'inclinaison
10. Nocturana
11. Ces garçons - là

RADIO ELVIS "CES GARCONS-LA"
LP/CD LE LABEL / PIAS LL113
フランスでのリリース:2018年11月9日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓) "23 minutes" (オフィシャルクリップ)