2017年9月18日月曜日

猪突猛進の雲を見たから


(写真:カストール爺 17 sep 2017 / 音楽:ゴンタール「いのしし」

 8月14日、3か月続けてきたケモセラピー(化学療法)、6回目(予定では最終回)のGemox 点滴。
 9月1日、約5か月ぶりの上半身CT検査。
 9月 6日、キュリー研究所(サン・クルー)で担当医と面談。肝臓と肺に転移している複数のノデュールのうち、肺部のそれは安定しているが、肝臓のものは前回検査よりも10%体積が膨張している、と。Gemox の効果に疑問。新療法への移行を検討する、と。
 9月11日、担当医から電話。 新療法(免疫療法)の可能性なし。10月からGemox を配合薬分量を変えて続行する、と。1ヶ月間の治療休止期間(8月から数えると2ヶ月間か)。
 9月13日、長時間のフライトに耐えられる体力があるうちに、と9月末日本への一時帰国を企図するが、グザヴィエ・ドラン映画『たかが世界の終わり』 (2016年)を観たのか観なかったのか、家族が動揺してしまう。たぶん中止になる。
 9月18日、市内マルセル・サンバのラボラトリーで血液検査。
 9月22日、市内ヴィクトール・ユゴー通りの主治医と面談。糖尿病(特にひどくなっている頻尿)の相談。
 9月23日、月に一度会っている「私設カウンセラー」(?)と2ヶ月ぶり(8月は向こうのヴァカンスで中止)のランデブー。ヴデット・ド・ポン・ヌフでセーヌ遊覧の予定。
 9月25日、キュリー研究所(サン・クルー)で担当医と面談。新療法を探しているが、それがどれほど「狭き門」かを説明してくれるのだろう。その他の何か代替え見つけてくれたのだろうか。
 (9月26日 - 10月12日:何も予定なし。日本に行くべきかどうか、まだ迷っている)
 10月13日、キュリー研究所(サン・クルー)MRI検査。
 10月16日、キュリー研究所(サン・クルー)で担当医と面談。MRIの結果の報告、その他について。1ヶ月半でさらに悪化していれば、違うことも考えてくれるのだろう。
 10月23日、何も変化なければ(+何も代替え療法が見つからなければ)、Gemox ケモセラピー再開(3ヶ月間の予定)。

 これが 私の8 - 9 - 10月(過去・現在・未来)。 Life goes on。

2017年9月10日日曜日

Oh 嫉妬 !

アメリー・ノトンブ『己が心臓を叩きたまへ』
Amélie Nothomb "Frappe-toi le coeur"

 の終わりのノトンブ。1992年から毎年8月末に小説を発表してきたベルギー女流作家、2017年新作は通算26作め。私はすべてを読んでいるわけでもないし、ファンでもない。しかしこのブログでも5つも記事を載せているし、好き嫌いを別として、私にしてはちゃんと「おつきあい」を続けている稀な作家である。
 このところ寓話的な作品(『青ヒゲ』2012年、『巻き毛のリケ』2016年)が続いていたノトンブの新作はなんと古典的心理小説です。最大のキーワードは嫉妬(jalousie)です。 それも100%女と女の嫉妬です。時代は1970年代から2000年代までの30数年。携帯電話もインターネットもなかった時代から始まりますが、それだけではなく女性の地位やライフスタイルも今とはかなり違っていました。そういう意味では男っていうのは何十年経ってもさほど変わっていないのです。ノトンブの小説では男はほとんど問題になりません。一様につまらない人種のように描かれます。一理も二理もありますが。
 舞台は地方都市。サイズとしては大学に有名な医学部があり、無理して中央に出なくても中央に遜色なく暮らせるパワーのある都市。しかし十分に小さく、町の噂はすぐに津々浦々まで 伝わるような。若くして町一番の美女の評判が立ち、言い寄る男たちを蹴散らして尊大に生きているマリーという娘がいます。しかし理想の男は簡単に現れます。オリヴィエは優男で代々の自営業(薬局)のあととりで、マリーに絶対的に尽くすタイプの男です。二人は恋に落ち、結ばれ、早くも第一子が誕生します。この長女ディアーヌが生まれた時にマリーは20歳、彼女はその誕生の喜びよりも「私の青春はこれで終わった」という憂いの方がずっと強かったのです。そして周囲の人々がその新生児の美しさを天使のようだと賞賛する時、マリーはその美において「私はこの子に勝てない」と直感します。この子の誕生によって私の人生は既に終わってしまったかのような。若い母の娘に対する嫉妬はスタートラインから始まっていたのです。
 その母の直感に呼応するようにディアーヌは見る見る美しくなり、おまけに並外れて頭が良いのです。この後者の要素が母親マリーには欠けていましたが、本人にはその自覚がありません。母親は幼いディアーヌに対して一貫して冷淡な態度で接しますが、その女神(作者は時折マリーを”déesse”と呼び換えます)のような尊大さは根っこのところでディアーヌを愛しているに違いない、というかすかな期待をディアーヌは長い間持ち続けます。マリーに二人目の子供ニコラ(男児)が生まれます。するとどうでしょう?マリーはこの男児を非常に可愛がって育てるのです。ディアーヌに対する態度は変わりません。ここでディアーヌはこの母親は女児に対する生理的嫌悪感があるのではないか、と想像します。しかし時が経ち、3人目の子供を宿すのですが、生まれてきたのは女児(名前はセリア)。この女児をマリーはニコラの時に数倍輪をかけて溺愛するのです。この時になってやっとディアーヌは自分だけが母親に嫌われていることを悟るのです。
 この結論に至るまで、聡明な子供のディアーヌは逡巡(ゴメンなさいね難しい言葉。シュンジュン)があり、子供なりにさまざまな推論を立てて、ありえない仮定(=母親が子供を愛さない)を避けてきた。この辺が優れた心理小説の筆です。う〜む。
 しかしこのこの結論が出るや、黒々とした理不尽な思いから救われるために、ディアーヌは代理の母親、代理の家庭を探します。その最初の避難所が母方の祖父母の家庭で、実家族と別居してそこで平穏を取り戻します。しかし長続きせず、祖父母が事故死してしまいます。次の避難所がリセの親友のエリザベートです。心の打ち明けられる友だちというものを持ったことがなかったディアーヌの大転機ですが、この歳頃の親友関係にありがちな擬似同性愛的で何かあれば嫉妬が顔を出してしまいます。ここも一流の心理小説。う〜む。祖父母の死で実家に帰らなければならなかったところを、エリザベートの家庭がディアーヌの引き取りを申し出て、その後も実母との軋轢を避けて平穏に暮らせることになります。
 超秀才美少女のディアーヌは、エリザベートと異なり、歳頃の言い寄ってくる男たちに何の興味もなく、あらゆるノトンブの小説の男たちのように、この小説でも男たちは魅力に乏しいのです。そして大学の医学部(心臓医学科)に入学したディアーヌは、つまらない男社会とぶつかります。学会や教授会における圧倒的男性優位です。それと果敢に闘いながら、男教授たちよりも数倍明晰な講義をするオリヴィアという女性講師と出会います。自分の倍ほどの歳、つまり実母マリーと同じほどの歳の聡明な女性に、ディアーヌは強烈に惹かれていき、親密な師妹関係ができていきます。小説の後半はもっぱらこの関係に割かれます。なぜならこれがディアーヌにとって最重要な「代理の母探し」となるからです。
 二人の関係は学術的な興味も含めて、刺激的に両者を向上させていきます。多分ディアーヌはオリヴィアよりも頭脳において勝るということを知っていたはず。いつしか教え子が教師をリードする関係になり、ディアーヌはオリヴィアに男共に負けないために教授資格を取るよう仕向け、2年間の資格取得準備(論文作成)を365日体制で手伝うのです。寝食を忘れるほどディアーヌはオリヴィアに尽くします。そしてオリヴィアの家庭の中に入っていくのです。
 オリヴィアには夫スタニスラス(数学者。フィールズ賞受賞者!)と娘のマリエルがいます。ノトンブの小説ですから、夫は数学オタクのような変わり者で、男の魅力が著しく欠落しています。問題は娘です。オリヴィアの大学での研究と講義準備のために時間がないという言い訳で、マリエルの学校の送り迎えや食事準備などは全部スタニスラスがしています。母の愛の乏しい子。さらに、大数学者と俊才医学部講師の間に生まれた子なのに、学校の成績が驚くほど悪いのです。この点でもうオリヴィアはさじを投げている感じなのです。母親に愛されていない娘 ー マリエルにディアーヌは自分の幼い頃を見る思いがするのです。そこで論文作成でヘトヘトになりながらも、時間を作ってディアーヌはマリエルの遊び相手になり勉強も教えてやります。マリエルはディアーヌを慕うようになります。つまりここからはディアーヌ自身が代理の母親になるんです。この小説の構造の巧みさ、おわかりかな、お立会い?
 ある日突然大学にディアーヌの母マリーがやってきます。私生児を出産した末娘のセリアが赤ん坊を残して失踪したので、一緒に探して欲しいと。セリアの置き手紙には、ママンが私をダメにしたように、私もシュザンヌ(赤ん坊の名)を溺愛してダメにしてしまいそうなので、ママンに託す、と。20歳になったセリアは母の役を放棄することで新しい出発をしようというわけです。ディアーヌはセリアの決断を祝福し、涙で嘆願するマリーを哀れみます。なぜならマリーには母親としてディアーヌにしたことの罪深さ、セリアにしたことの罪深さについての自覚が全くないからなのです。
 学業、病院のインターン、オリヴィアの論文手伝い、マリエルの世話、これらのことすべてをこなし、ガリガリに痩せてしまったディアーヌ。その甲斐あって、オリヴィアは見事教授資格を取得するのですが、その途端にオリヴィアはかつて自分が軽蔑していた男の教授連と同じように、社交サロンに出没する虚飾に満ちた俗物に変わっていくのです...。

 小説題となった「自らの心臓を叩きなさい」という言葉はアルフレッド・ド・ミュッセの詩の断片です。
 Frappe-toi le coeur, c'est là qu'est le génie.
   自分の心臓を叩きなさい、そこにこそ天才は宿っている
こんな訳でいいかな?問題は二つの言葉、"le coeur"(心臓、心)と"le génie"(守護神、天才、真髄...)で、人によっては「心の扉を叩きなさい、そこに真髄はある」みたいな私の訳とはちょっと違ったニュアンスで考えるかもしれません。それはそれ。しかし問題はミュッセの時代19世紀でも、人間が思考する器官は心臓ではなく頭脳である、ということはもうずっと前から分かっていたということです。人間は心ではなく頭で考える。心は臓器としては喜怒哀楽情緒や思考とは何の関係もない。ところが古今東西、人間は心が最も大切な臓器で、人間らしさのすべての源がそこにあると思ってきたのです。科学的には誤りでも、人間はずっとハートを人間の中心としているのです。小説の中でこの詩句は、オリヴィアがディアーヌにどうして心臓医学を勉強する気になったのか、と質問し、その答えとして引用されます。
「それには2回のきっかけがありました。11歳の時、私は将来医学を学ぶという決心をしました。それはひとりの素晴らしい医者と出会ったからです。なぜ心臓医学を選んだかについては、前もって言っておきますが、私の動機はあなたには愚かしいことに思えるはずですよ」
「言ってごらんなさい」
「アルフレッド・ミュッセのある詩の断片に感銘を受けたのです : Frappe-toi le coeur, c'est là qu'est le génie.」 
これを聞いて、オリヴィアはあっけに取られます。心臓の神秘をこれほどまでにズバリと言い当てた言葉はあろうか。
 これには後日談があって、ディアーヌの身を粉にしての努力援助の甲斐あって、オリヴィアが見事教授資格を取得し、その記念パーティーを開くのです。そしてオリヴィアは壇上に立ってスピーチを始めます。そこでオリヴィアはなんと「私が心臓医学を学ぼうと思ったきっかけは、アルフレッド・ド・ミュッセの詩に出会ったことです...」とディアーヌのそれを100%パクったのです! サイテーっしょ? どサイテーっしょ? ー 私はこのサイテーの箇所を読んだ時、この小説はアメリー・ノトンブ最高の作品であると確信したのです。

Amélie Nothomb "Frappe-toi le coeur"
Albin Michel刊 2017年8月26日 170ページ 16,90ユーロ 

カストール爺の採点:⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

(↓)国営テレビFRANCE 5文学番組「ラ・グランド・リブレリー」(2017年9月7日)で最新作 "FRAPPE-TOI LE COEUR"について語るアメリー・ノトンブ。



 

2017年9月3日日曜日

Run away, turn away, run away, turn away

Bronski Beat "Smalltown boy"(1984)
ブロンスキー・ビート「スモールタウン・ボーイ」(1984年)

 
 2017年カンヌ映画祭審査員グランプリの映画『120 BPM (120 battements par minute)』(ロバン・カンピーヨ監督)に関する原稿を雑誌ラティーナに送ったので、問題なければ9月20日発売号に載りますから読んでみてください。この映画フランスでは8月23日封切で、1週で23万人の観客を動員しました。現在ボックスオフィス上で第5位ですけど、こういう社会派問題作では異例のヒットと言えましょう。
 その映画のサントラの中で、最も効果的で印象的に使われているのが、このブロンスキー・ビートの「スモールタウン・ボーイ」です。それはあのエイズ禍時代の雰囲気を空気ごと再現させるという効果だけでなく、ゲイの少年たちがずっと持っていた苦悩をこれほどまでにストレートに表現した最初の世界的ヒットだったという歴史的事実の重さがものを言っているのだと思います。ゲイ、ホモ、おかま、同性愛はそれまで普通に(社会的に)虐められる対象だっただけではありません。1981年になってWHO(世界保健機構)はやっとのこと同性愛を「精神病」の項目から削除したのです。それまで同性愛はオフィシャルに病気だったのです。フランスでは同じ年1981年に左翼の大統領フランソワ・ミッテランが当選し、死刑を廃止したことで有名な法務大臣ロベール・バダンテールが、それまで刑法上で軽犯罪として罰則の対象となっていた同性愛の条項をやっとのこと削除したのです。いいですか?それまで同性愛は犯罪だったのですよ! 81年、同性愛者たちはやっと解放され、以来ゲイ・カルチャーは日陰からオーヴァーグラウンドに出て、大手を振ってその文化を露出させていったのです。その虹色文化は音楽・演劇・絵画・映画・デザインその他あらゆる分野で急激に隆盛し、短い間にその頂点に達するのです。その頂点の時期に、申し合わせたようにエイズ禍が突然現れたのです。
 「エイズは同性愛という自然の摂理に逆らう現象への天罰である」とキリスト教原理主義者などは冷笑しました。多くの人たちは「これは同性愛者間だけの災禍だろう」と無関心を決め込みました。どんなに多くの死者が出ようが、これは「普通人」には関係がないと思っていたのです。「沈黙=死」とアクトアップはスローガンにして訴えました。市民の無関心はエイズ死を大きく助長していたのです。 
100%ゲイのトリオ、ブロンスキー・ビート(右写真)の「スモールタウン・ボーイ」はエイズ禍直前のゲイ・コミュニティーの最大の希望の歌でした。イギリスの保守的で閉鎖的な小さな町で生まれ育ったゲイの少年が、それを理由に虐められ、両親に理解されず、小さな町を出て都会に移住することで解放を見出していく歌で、状況説明的なヴィデオクリップも勇気ある作品でした。「スモールタウン・ボーイ」はそのマイノリティー的社会性にもかかわらず。全英チャート最高位3位の大ヒットになりました。それから超絶ファルセットヴォイスのヴォーカリスト、ジミー・ソマーヴィルはゲイ・コミュニティーのカリスマ的アーチストになりました。映画『120 BPM』 の監督ロバン・カンピーヨのインタヴューによると、ジミー・ソマーヴィルは1989年のアクトアップ・パリ発足時の重要な資金援助者だったそうです。その縁でロバン・カンピーヨはジミーにこの曲の使用許諾とリミックス許可をお願いしたのですが、快諾してくれたそうです。映画サントラはロバン・カンピーヨの映画の音楽をずっと担当してきたアルノー・ルボティニによる2017年リミックスのヴァージョンを採用していますが、これが素晴らしい。

(↓)ブロンスキー・ビート「スモールタウン・ボーイ」1984年ヴァージョンのクリップ。


 (↓)ロバン・カンピーヨ映画『120 BPM』サントラのアルノー・ルボティニ・リミックスヴァージョン。


(↓)ロバン・カンピーヨ映画『120 BPM』 の予告編。

2017年8月20日日曜日

ヒロシマじゃけん

"Lumières d'été"
『なつのひかり』

2016年フランス映画
監督:ジャン=ガブリエル・ペリオ
主演:大木ひろと、立川茜、ヨネヤマママコ
フランス公開:2017年8月16日

 8月19日(土)パリ8区バルザック座午後4時の回で観ました。本編の前にジャン=ガブリエル・ペリオ監督の10分の短編『20万の亡霊(200 000 fantômes)』(2007年制作)が上映されます。これは広島県物産陳列館として建造された建物が、あの日を境に広島平和記念碑=原爆ドームに変わって今日に至るまでを、クロノロジカルに実写写真をスライド連写して綴ったフォト・ドキュメンタリー。YouTubeで全編見ることができるので、ぜひ。
 本編はジャン=ガブリエル・ペリオの初長編フィクション作品です。フランスのテレビ局に依頼されて広島原爆投下70周年関連のドキュメンタリーを撮りに来た、在仏20年の日本人映画人(未成の映画監督)アキヒロが、撮影用スタジオの中で原爆体験者(すなわち被爆者)の老女タケダにインタヴューします。このシークエンスおそらく10分ぐらい続いたと思います。80歳を越える老女は14歳の時に原爆投下に遭い、その前後のことをしっかりとした口調で語っていきます。言葉にできない惨状と言いながら、ちゃんと言葉にするんです。インタヴュー後にオフレコで(お疲れでしょうという問いに)「私にできるのは語ることだけですから」という被爆者の次世代への使命感のような言葉まで言うんです。おそらく観ているフランス人はこれはシナリオではなく、実のインタヴューだろうと思ったでしょう。それぐらい迫真の語りによる長いシークエンスなのです。これを聞き出しているアキヒロは「自分はヒロシマについて何も知らない」と悟り、打ちのめされるのです。これがこの映画の長いイントロです。
 この被爆老女タケダになりきり重くしっかりした言葉をよどみなく語っているのが、伝説のパントマイマー、ヨネヤマママコです。この名前が多くの日本人にとってどういう重さがあるのかは知りません。フランス人にとっては何者でもないでしょう。その名前を知る者にとっては、この長い語りシーンにこのアーチストが稀代の表現者であったということを改めて知らされます。 リスペクト。
 この老女の証言の中に、当時20歳で看護婦だった姉のミチコという人物が登場します。母が消息知れずになっているというのに、夥しい数の負傷者と原爆症患者の世話に不眠不休で勤め、しばらくして自ら原爆症のために命を落とします。ヨネヤマママコの語りはこれを終始「ミチコお姉ちゃん」という親しい呼称で言い続けます。これが一種の「魂呼び」「口寄せ」であることは映画の後半で了解されることになります。
 インタヴュー撮影が終わり、息つく間もなく「ラッシュ」を要求してくるフランスのテレビ局に辟易し、タケダの言葉の重さを引きずりながら「ちょっと外の空気を吸ってくる」と平和記念公園に出て行くアキヒロ。ベンチに隣り合わせた古風な浴衣を着た若い娘。名前を名乗り合うこともないまま、広島弁で強引にまくし立てる娘に、インタヴューで自責した「ヒロシマのことを何も知らない」 自分が揺り動かされるようにアキヒロは話を聞き、その行くところについて行きます。お好み焼き屋で、今でこそ地方グルメの代表のように人気のある広島お好み焼きが、この娘と店の主人(焼き料理人)のやりとりで、戦後屋台の貧しいうどん粉焼きが元祖だったことを知ります。
 映画にとっては二次的・三次的なテーマかもしれませんが、このアキヒロという人物は日本の伝統やしきたりやタテ社会という障壁から逃げるように20年前に日本を離れてフランスに流れ着き、映画という自分の夢も果たせないまま中年の域に達してしまったルーザーであるというポジションがあり、二つの文化で生きながら、その両方とも深くは知らないという宙ぶらりん根無し草的なところもあります。若い娘は年寄りが若い者をたしなめるようにアキヒロに時間をかけて物事を見る重要性を諭します。そして話が重くなりかけたところで、突然娘は「来て!」とアキヒロの手を取って走り出し、二人は無賃乗車で電車に乗り込み、海へと向かいます。
 ここからが幸福な映画のマジックの世界なのです。娘は「海を見たことがない」と告白します。海に面した広島に生まれ育ちながらも、倉庫や貨物港の海岸線からずっと引っ込んだ内陸に育ち、看護学校との往復ばかりで少女時代を過ごし、海を一度も見たことがない、と。車窓から初めて見る海に娘の目は輝きます。海辺の小さな町で、岸壁釣りをしている8歳の少年ユージとその祖父エツロウの二人と出会います。海の好きな少年。孫が大好きな老人。複雑な事情を抱えながらも、今の二人暮らしの幸せがオーラのように輝いているようです。
 この二人との出会いの自己紹介の時に、アキヒロは初めてこの娘が「ミチコ」という名前だと知り、半信半疑ながらその一日に起こっていることの必然性に気づきます。エツロウは釣った魚を家でみんなで焼いて食べようと、ミチコとアキヒロを自宅バーベキューに招待します。折しもその日は町の盆踊りの宵。バーベキュー、庭での線香花火、町の広場の盆踊り...。年に一度集まってくる家族のように、エツロウ、ユージ、アキヒロ、ミチコは極上の時間を共有します。夜も更け、最後の興にユージのロックンロールショーに続いて、ミチコが昭和バスガイドのような前触れで自己紹介したのち、アカペラで「宵待草」を歌い、そばにあった布きれをショールのように巻きつけ、舞うのです。

待てど暮らせど来ぬ人を
宵待草のやるせなさ
今宵は月も出ぬさうな

 これを途中からエツロウがギターを取り出し、古賀ギター奏法で見事に伴奏していきます。これがこの映画の恩寵の瞬間です。竹久夢二作詞、日本の歌うスター第一号高峰三栄子が映画主題歌としてレコードヒットさせたが、戦時中は放送も発売も禁止されていた歌です。この背景を知っていれば、ミチコがこの夜自由にこの歌を歌える喜びというのは何倍も強く感得されるはずです。これを観るフランス人にそこまで要求しませんが、日本で観られる方は、そこんところ、ちゃんとわかってやってくださいよ、と言いたい気持ちです。

 年に一度盆に人界に戻ってくる霊は、また冥土に帰って行きます。ミステリアスでもあり、盆踊りや花火のように軽い楽しみでもある日本の行事です。ヒロシマのような極端に重い、人間性の根幹を問われるような悲劇の犠牲者たちの霊も、毎年降りてきて、また帰っていきます。この映画は私たちが重苦しく扱わねばと尻込みしているものを軽々と飛び越えて、微笑みのある向こう側とこちら側のダイアローグを実現しています。教えられるもの多いです。それから、ミチコを演じた立川茜という女優、ネットで検索しても何も出てきませんが、素晴らしいです。今後の活躍を祈ります。
 日本では2016年11月の広島国際映画祭で上映されたのみのようです。広い範囲での日本上映を強く希望します。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『なつのひかり』 フランス上映版予告編


(↓)『なつのひかり』国際版予告編 冒頭にタケダ(ヨネヤマママコ)の証言シーン。


(↓)高峰三枝子「宵待草」

2017年8月18日金曜日

今朝のフランス語:雄牛自動車 (voiture-bélier)

今朝のフランス語 : Voiture-Bélier (ヴォワチュール=ベリエ)

訳すると「雄牛自動車」。これを google translationで日本語化すると「ラム襲撃」というよくわからない言葉が出てくる。たぶん英語の Ram-raiding をそのまま訳したのだと思う。
Wiki英語版を見ると「ラム・レイディングとは、バン、トラック、SUV、乗用車あるいは他の大型車両を突撃衝突させ、閉鎖された店舗(通常は百貨店や宝石店)の窓または扉を破って、略奪者が突入することを可能にする強盗の方法」と説明されている。
Wiki仏語版によるとこの突撃自動車による強盗犯罪は既に1930年代に始まっている。2010年12月、アメリカ合衆国国土安全保障省とFBIが、テログループが「ラム襲撃」による攻撃を扇動していると警告。この種の攻撃では多数の人間が集まる建物や場所(スポーツイヴェント、遊技場、商店街など)が標的にでき、テロリストは爆弾や銃砲を入手できなくても、最低の運転歴さえあれば攻撃を実行できる、としている。
2016年7月のニースを発端に “camion-bélier”(雄牛トラック)”voiture-bélier”(雄牛乗用車)によるテロが相次ぎ、そのほとんどに対してイスラム国が犯行声明を上げている。2017年8月12日、米国ヴァージニア州シャーロッツビルで、極右デモに抗議する反ナチ市民団体に乗用車が突進攻撃した事件でも、当地のメディアは”voiture-bélier”攻撃と言っている。
8月17日、バルセロナで起こった事件を報道していた仏ニュース専門局BFM-TVの解説者が「ローテク/ローコスト・テロ」という言葉を使った。日本では昔から「車は走る凶器」と言われていた。




2017年8月13日日曜日

I wanna djam it with you

『ヂャム』
"Djam"

2017年フランス・トルコ・ギリシャ映画
監督:トニー・ガトリフ
主演:ダフネ・パタキア、マリーヌ・ケイヨン
フランス公開:2017年8月9日

 語の始まりはギリシャのレスボス島です。エーゲ海に浮かぶ島ですが、位置的にはトルコの沿岸にあり、文化的にはギリシャとトルコの両方の影響を受けていますが、歴史的に戦争することが多かった両者に挟まれた、言わばオクシデントとオリエントの接点でもあります。映画の中で盛んに演奏される音楽レベティコは1930年代にトルコ領内にいたギリシャ人が強制送還されたことによって、住み慣れた土地を失われた人々の追放と望郷の哀歌として発祥し、それがやがてギリシャの大衆歌謡となったものです。映画の中で主人公ヂャム(演ダフネ・パタキア)は、フランス人娘アヴリル(演マリーヌ・ケイヨン)の「それはギリシャの音楽?」という問いに「ギリシャとトルコの混じり合いの音楽よ」と答えます。
 時代は2015年〜2016年です。前代未聞のギリシャの経済破綻は、銀行は支払い能力がなくなり、中小企業を根こそぎ倒産させ、物不足、賃金が払えないので国鉄など公営サービスはストライキが相次ぎ、観光客も激減しました。映画はそういう経済的状況を忠実に映し、企業倒産の絶望で自殺を試みる男や、ストで閉鎖される駅舎、従業員もなく給湯設備も使えないホテルなどが出てきます。また、レスボス島は2015年5月以来シリアからの何十万という難民が漂着した場所です。映画では後半にフランス娘アヴリルが、夥しい数の難民が漂着した浜辺に捨てられた救命具のゴミ山を見て絶句するというシーンがあります。
 ヂャムがトルコへの旅の途中で偶然出会った無一物のフランス娘アヴリルは謎の人物です。金もなく、着の身着のまま、ギリシャ語もトルコ語も英語も一切しゃべれない(唯一使える言語がフランス語)この少女がなぜこんなところにいるのかは最後まではっきりと説明されません。自分では「男友達に誘われて、トルコに難民支援のボランティア活動をするためにやってきたが、はぐれてしまった」と言ってますが、明らかにウソです。パリ南郊外のシャトネー・マラブリー(ヴァンサン・ドレルム作の歌があります)の「赤の丘(La butte rouge)」からやってきたと言います。観る者はここで漠然と、フランスの郊外からトルコ経由でシリアに渡航するイスラム・ジハード志願兵のことを想像してしまうでしょう。アヴリルのキャラクターというのは何も知らないのに目つきだけは反抗的というタイプ。壁にアラブ語で落書きされたジハード讃美のスローガンを「アラブ語は読めないけれど美しいと思う」とつぶやくアブリルのシーンが、この郊外/ジハードとアブリルの関係をほのめかしているように見えます。そして迷ってしまった少女。主人公ヂャムに着いていくアヴリルの旅は、自分探しの旅だったということが最後に述懐されます。
 しかしこの映画の魅力の99%はベルギー人女優ダフネ・パタキア演じるヂャムと名乗るギリシャ娘の野生的な自由さ、魔性的なアピール、歌、踊り、アクションにあります。この女優は歌も踊りも楽器も勉強したことがないのに、トニー・ガトリフは自分流でやれ、とほとんど即興でこの歌と踊りのパフォーマンスをさせたと言います。レベティコという移民の哀歌がこの少女に宿ってしまったような。それは一種の映画のマジックですが、ヂャムは何か困ったことがあると、その歌と踊りで解決してしまうパワーがあります。アヴリルのパスポートの問題を国境警察を相手に解決する時、閉まっているホテルの支配人に一夜の宿を請う時、ヂャムがレベティコを歌って舞うとすべてはうまく行くのです。そして道連れのアヴリルと気まずい関係になった時も、ヂャムの歌が救ってくれます。
 ガトリフの一連の作品同様、音楽の持つパワーというのもこの映画の大きなテーマです。映画の中の男たち女たちは音楽(この場合レベティコ)の宴の輪さえあれば、どんな試練にも立ち向かっていけそうな勇気を得られるのです。追放されても、越境してもついてくる音楽。ガトリフはそんな映画ばかり作っています。
 ヂャムの母親は稀代の名レベティコ歌手と評判だったが、(ファシストだったらしい)祖父が歌という芸能を嫌悪・否定し彼女の芸能活動を禁止したので、母はその兄カクールゴス(演シモン・アブカリアン)に身を寄せ、カクールゴスが開いたパリのギリシャ料理レストランで歌っていた。若くしてこの世を去った母からヂャムは歌と楽器を習い、パリでフランス語を覚えた。そのカクールゴスは今やレスボス島で、(観光客のいなくなった)観光レストランと(動かなくなった)観光船を抱えて、国の経済破綻のあおりでレストランを手放さなければならない事態になっています。
 映画の主軸のストーリーは、叔父のカクールゴスからヂャムがトルコ(イスタンブール)に行って古い船の部品(動力クランク)を探して買って来い、と頼まれて始まった、レスボス→イスタンブール→レスボスの往復の旅です。すなわちロードムーヴィーです。ヂャムはリュックサックを背負い、バグラマブズーキという2つの撥弦楽器も携行しています。土地を知り尽くしたヂャムは、アヴリルという得体の知れない少女を道連れにしながらも、ストや盗難や国境問題をなんとかクリアーして目的を達成します。災難、出会い、友情、音楽、逆境にあっても世の中捨てたもんじゃない、という展開です。国家や銀行資本がどんなに理不尽でも。音楽のシーンはどれも陶酔の喜びに満ちています。
 ヂャムの努力の甲斐あって、動力クランクを交換して船は再び海に出ることができます。レストランと財産のすべてを失ったカクールゴスは、ヂャムとアヴリルを含む音楽一座を連れて船出します。世界中の港で、自分たちの哀歌(レベティコ)を聞かせるために。エンドマーク。 
 レスボス島は言うまでもなく、女性愛を謳った紀元前6世紀の女性詩人サッポーで知られ、女性同性愛を意味する「レズビアン」という言葉の語源となったところです。 この映画の中でヂャムの同性愛を暗示させるシーンは数か所出てきます。その一つはお湯の出ないホテルで凍えるような冷水シャワーを浴び、アヴリルが裸で潜り込んだベッドの中で同じく全裸のヂャムが体を擦り付けていき、逃げるアヴリルを屋上の洗濯もの干し場に干されたたくさんの白いシーツの間をヂャムが追いかけていくという美しいシーンです。アヴリルはたまらず「あたしはレズじゃないよ!」と叫びますが、ヂャムは「あたしも違うわよ」と笑います。映画全体から見れば重要ではないテーマかもしれません。ただ、ヂャムの射るような視線は、その官能を隠さないのです。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『ヂャム』 予告編。


(↓)テレラマ誌のインタヴューで最新作『ヂャム』について語るトニー・ガトリフ。


(↓)ブログ記事タイトルの出展はこれです。
 



2017年8月2日水曜日

ジャンヌ・モロー「インディア・ソング」(1975年)

ジャンヌ・モロー「インディア・ソング」(1975年)
詞:マルグリット・デュラス
曲:カルロス・ダレッシオ

 2017年7月31日、サン・クルーのキュリー研究所の病室の中でケモセラピー点滴を受けながら、ジャンヌ・モロー(1928-2017) の訃報を聞いた。
 ジャンヌ・モローと深い交友関係にあった作家マルグリット・デュラスの映画『インディア・ソング』(1975年。拙ブログのここで紹介しています)では、このジャンヌ・モローの歌のヴァージョンは登場しない。カルロス・ダレッシオ(1935-1992)作曲の美しいテーマ曲を含むオリジナル・サウンドトラックは、翌年セザール賞の音楽賞に輝くのだが、ジャンヌ・モローの歌ヴァージョンはその映画のイメージソングのような扱いでシングル盤で発売された。私の最も好きなジャンヌ・モローのレパートリーです。合掌。

Chanson,
Toi qui ne veux rien dire
Toi qui me parles d'elle
Et toi qui me dis tout
Ô, toi,
Que nous dansions ensemble
Toi qui me parlais d'elle
D'elle qui te chantait
Toi qui me parlais d'elle
De son nom oublié
De son corps, de mon corps
De cet amour là
De cet amour mort
Chanson,
De ma terre lointaine
Toi qui parleras d'elle
Maintenant disparue
Toi qui me parles d'elle
De son corps effacé
De ses nuits, de nos nuits

歌よ
おまえは何も言いたくない
おまえはあの女のことを語ってくれる
おまえはすべてを語ってくれる
おお、おまえ
私たちは一緒に踊った
おまえはあの女のことを語ってくれた
あの女はおまえを歌わせ
おまえはあの女のことを語ってくれた
その名前も忘れてしまった女
その体、私の体
その恋を語ってくれた
その死んでしまった恋を
歌よ
私の遠い大地のことを
おまえはあの女のことを語ってくれるだろう
今や消えてしまった
おまえはあの女のことを語っている
その消された体を
その夜を、私たちの夜を

(↓ジャンヌ・モロー「インディア・ソング」)



(↓カルロス・ダレッシオ「インディア・ソング」)