2016年4月5日火曜日

四月になれば彼女は

ローラン・ヴールズィ「4月の娘」(2001年)
Laurent Voulzy "La Fille d'Avril" (2001)

 は来る、秋は来る、冬は来る、だが春は「帰って来る」ものである。ツバメが帰って来るように。自動的にその時になればと思っているかもしれないが、私にはツバメの来なかった春というのもあった。毎春に花をつけるはずだったわがバルコンのリラは、昨秋に狂い咲きをしてしまって、この春は花を咲かせないだろう。記録的な暖冬だった2015-2016年の冬、わがバルコンの鉢植えたちは、昨11月に霜よけ覆いなどをしてやらなかった。この暖かさだったら放っておいても越冬するだろうと思っていたら、この3月にはほとんど枯れてしまった。15歳のわが老犬ドミノ君は、季節がよくなったら元気に歩いてくれるだろう、と期待していたが、陽の当たる出窓の床でうずくまって昼寝はするけれど、歩くのが億劫な出不精犬になってしまった。春は自動的に帰ってきてくれるものではない。
 
「4月の娘は難しい」とヴールズィ(詞:アラン・スーション)は歌う。サイモンとガーファンクルの「4月になれば彼女は」(詞曲:ポール・サイモン)の娘は4月にやってきて5月6月と留まり、7月に去って8月に死んでしまう。1年ももたない。しかし4月になればまた同じことが起ると思うかい? 春は自動的に帰ってきてくれるものではない。4月の娘はやってきてくれる保証など何もない。そんな娘さ。

あの娘は4月の娘
ついてない僕
難しい娘
あの娘が持っているものを
少しも発見しようとはしないんだ
その心も、その体も
そんな娘さ

人が言うには、1月の娘たちは
火のそばにいると
衣服を脱ぎ出して 
リラックスするんだ
2月3月
そして美しい5月がやってくる
もう外套なんか着ることがない

6月の太陽がやってくると
もうほとんど何も覆っていない
7月には真っ裸だ
でもあの娘は 

4月の娘
ついてない僕 
難しい娘
あの娘が持っているものを
少しも発見しようとはしないんだ
その心も、その体も
そんな娘さ

 太陽はまちがいなく娘たちを
8月の砂の上に横たわらせる
9月になると違う夢がやってきて
風が立ち上がる
10月の娘たちは風が好き
それはドレスの下を舞う空気
11月にはもっと寒くなるから
あなたの腕の中にわたしを抱きしめて
そして抱き合いながらクリスマスを過ごしましょう
でもあの娘は

4月の娘 
ついてない僕 
難しい娘
あの娘が持っているものを
少しも発見しようとはしないんだ
その心も、その体も
そんな娘さ

(↓ "La Fille d'Avril" オフィシャルクリップ)


2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

Laurent VoulzyがAlain SouchonとともにS&Gの歌をカバーしているのは、よく聴きます。
双方が大好きな私。

しかしながらこの2つの歌の関連性を、今日の今日まで想像していなかった私は、自分を恥じております。
何故気づかなかったのでしょう。

カストール爺様、本当に有難うございます。

Pere Castor さんのコメント...

匿名さん、コメントありがとうございます。
2006年のヴールズィの懐メロカヴァーアルバム "LA SEPTIEME VAGUE"で、ゲストのスーションとのデュエットでS&G「59番街橋の歌 FEELIN' GROOVY」が収められてますね。
この春このブログに3つも記事を載せてしまったクリオという女性アーチストのアルバムに "PRINTEMPS"(春)という歌があって、その中で「私は4月生まれよ」という歌詞があるんです。実際に4月23日生まれなんですけど、インタヴューした時に「4月の娘、難しい娘なんですか?」と聞いたら、このスーション/ヴールズィの歌は極上に美しくて大好きと前置きした上で、それはわたしの歌詞に現れてるでしょう、という答えでした。男の子が出てくる歌は皮肉や揶揄が多くて、意地悪ではないけれど関係はねじれている感じ。普通ですかね? 世の中に簡単な女性などいないですよね。4月生まれでなくてもみんな難しい。それにひきかえ、この世は簡単な男でいっぱいですよね。