2026年1月12日月曜日

華麗なるアンドレ・ポップの世界 その3:故にわれあり

Brigitte Bardot "Je danse donc je suis"
ブリジット・バルドー「われ踊る故にわれあり」

1964年シングル

作詞:ジャン=クロード・マスーリエ
作曲:アンドレ・ポップ
伴奏:アラン・ゴラゲール楽団


2025年12月28日、91歳でこの世を去ったブリジット・バルドーの1964年の4曲入りシングルでリリースされ、同年のバルドー2枚めのLPアルバム”B.B.”にも収録された曲。この時B.B.は29歳。映画史的にはゴダール『軽蔑』(1963年)とルイ・マル『ビバ!マリア』(1965年)の間。バルドー個人史的には2番目の夫ジャック・シャリエ(バルドーの唯一の子ニコラの父)と離婚、次の恋人サミ・フレイとも破局、この当時はブラジル人バスケットボール選手ボブ・ザギュリーと交際中で、その次にドイツ人大富豪ギュンター・ザックスが3番目の夫になる。
 1964年、われわれ爺世代には「東京オリンピック&新幹線」の年として記憶されている。ど真ん中の高度成長期であった。ちなみに私は東北のただの小学生だった。
 そして1964年フランスの映画と言えば、ジャック・ドミー『シェルブールの雨傘』(同年カンヌ映画祭パルム・ドール賞)だった。この時主演のカトリーヌ・ドヌーヴは20歳。バルドーとドヌーヴの犬猿関係はよく知られるところだが、何かに付けてドヌーヴの悪口を言うのはバルドーであった(これだけで一冊の本が書けそう)。まあこの際はっきりさせておくと、私ははっきりドヌーヴ贔屓です。
Je danse donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Ce n'est pas pour c'que tu penses
あなたが想像してることのためなんかじゃない
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ
 
Ne prends pas cet air triste
そんな悲しい顔しないで
Et ne prends pas la peine
私に愛を告げるために
De prendre tout ton temps à me dire que tu m'aimes
あなたの全時間を費やすなんて無駄なことよ
Je ne me fixe pas
私はひとりに決めたりしないから
Je ne prends pas racine
私はひとつところに留まったりしないから
Je ne suis pas de celles qu'un regard assassine
私は目配せ一つでイチコロに参る女とは違うの
 
Je danse, donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Moi je te suis pour la danse
あなたとダンスするだけのためなの
Faut pas que tu penses
あなたが私をモノにしたなんて
Que c'est acquis
勘違いしないでよ
 
C'est à toi de jouer et de savoir me plaire
あなたが探す番よ、私の気をどうやって引くのか
Je ne dis pas qu'un jour il ne puisse se faire
ダンスが終わった時に私が罠にかかったままでいるなんてことが
Que la danse finie, je reste prise au piège
いつか起こるのかしら
Qui sera celui-là peut-être toi, qu'en sais-je
そんな人誰なのか、たぶんあなたなのか、そんなこと知らないわ
 
Je danse donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Ce n'est pas pour c'que tu penses
あなたが想像してることのためなんかじゃない
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ
 
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ


 森の木陰でどんじゃらほいコギトさんがそろって賑やかに。
哲人ルネ・デカルト(1596 - 1650) 曰く、コギト・エルゴ・スム  = われ思う、故にわれあり = Je pense donc je suis(ジュ・パンス・ドンク・ジュ・シュイ)ー われ考えるコギトさんが、B.B.にあってはわれ踊るコギトさんになってしまう。1956年B.B.を全世界に知らしめた映画『素直な悪女 (E Dieu... créa la femme)』において主人公ジュリエット(演 B.B.)は踊るコギトであり、ダンスがその存在理由であり、ダンスは何よりも雄弁で挑発的で官能的で男たちを狂わさずにはおかないのだった。(↓『素直な悪女』ダンスシーン)


(↓)そのダンスの基礎は幼い頃からみっちり(コンセルヴァトワールで)仕込まれたクラシック・バレエであった。


(↓)何でも踊れる:マンボ(1959年『気分を出してもう一度』)


(↓)何でも踊れる:フラメンコ(1958年大晦日テレビショー)


(↓)何でも踊れる:ロックンロール(1960年『真実』)


(↓)何でも踊れる:ツイスト(1962年「スロットマシーン」詞曲ゲンズブール)


まさに存在するが故に踊るスーパー映画スター、ブリジット・バルドーのためにデカルトの命題を引き合いに作詞作曲された「われ踊る故にわれあり Je Danse Donc Je Suis」。作詞のジャン=クロード・マスーリエ(1932 - 2009)は男優_歌手・テレビ司会者などでフランスではかなり名の知れた芸能界人だが、作詞家としても多作家でダリダ、イザベル・オーブレ、セリーヌ・ディオン、マルセル・アモン、マリー・ラフォレなどによって歌われている。そしてわれらがアンドレ・ポップ(作曲)とのコンビでは、世界の人たちは知らなくても日本ではかなり知られているマルティーヌ・クレマンソー「ただ愛に生きるだけ(Un jour l'amour)」(1971年第2回ヤマハ世界歌謡祭グランプリ)という大傑作がある。
このシングル「われ踊る故にわれあり」は、アンドレ・ポップは作曲だけで、編曲と伴奏はアラン・ゴラゲール(1931 - 2023)に任せている。ボリズ・ヴィアン〜セルジュ・ゲンズブールの編曲家/ジャズ・ピアニストのゴラゲールの得意技でもあるラテン乗りの編曲が、当時のダンス系ポップの最先端みたいなイイ感じ。これはアンドレ・ポップの代表曲の一つにはなってないのだが、ま、追悼ブリジット・バルドーということで。

(↓)ブリジット・バルドー "Je danse donc je suis" / (sec edit)によるリミックス 

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