2020年5月21日木曜日

ゴラ芸

アラン・ゴラゲール『ゴラゲールのインストルメンタル芸  -  ジャズと映画音楽 1956 - 1962』

Alain Goraguer "Le monde instrumental d'Alain Goraguer - Jazz et Musiques de films 1956 - 1962"

2020年新型コロナウイルス禍の外出禁止令期間中、「フレモオ&アソシエ社4月新譜」としてリリースされたCD3枚組ボックス。アラン・ゴラゲールは1931年生れ、88歳で今もお元気。ピアニスト、作曲家、編曲家。 私たちはアレンジャーとばかり思っているフシがある。作曲家として、1956年フランス音楽史上最初のロックンロール曲と言われる「痛ぶってよジョニー(Fais-moi mal Johnny)」(詞ボリズ・ヴィアン/歌マガリ・ノエル)という歴史的な曲を書いている。ヴィアンとの仕事では「原子爆弾のジャヴァ(Java des bombes atomiques)」などもゴラゲールの作曲であり、また1959年ヴィアン原作の小説を映画化したミッシェル・ガスト監督映画『墓に唾をかけろ(J'irai cracher sur vos tombes)』(プレミア試写会でヴィアンが悶死する)の音楽もゴラゲールが手掛けていて、この3CDボックスにそのサントラ全曲が収録されている。映画のことが出たので書いてしまうと、一種のいわゆるヌーヴェルヴァーグ映画、ジャック・ドニエル=ヴァルクローズ監督の『唇によだれ(L'Eau à la bouche)』(1959年)の音楽はセルジュ・ゲンズブールと共同作曲ということになっているが、ほとんどはゴラゲールが書いている。

(↑)このラテン・パーカッションの必殺のイントロがすべてを語っているのだが、これがゴラゲール・スタイル。初期ゲンズブール曲のすべての編曲をゴラゲールがしていて、ラテンとジャズと異国情緒でゲンズブール曲を際立たせた華麗なるアレンジャー。
ゲンズブールとの編曲者の仕事は1959年の初アルバム"Du chant à la une !"(「リラの切符切り」入り)に始まり、6枚目のアルバム"Gainsbourg percussions"(1964年)まで続く。そして1965年、ゲンズブール作詞作曲であの騎兵隊鼓笛隊のような奇抜(で時代遅れ)なリズムが特徴的な編曲(言うまでもなくゴラゲール)に乗ったフランス・ギャル「夢シャン」がユーロヴィジョン・コンテストで優勝。日本は言うに及ばず世界的大ヒットとなり、初めてゲンズブールは巨万の印税を手に入れ、人が変わってゴラゲールと決別するのである。それはそれ。
ゴラゲールはジャズ・ピアニストであった。22歳でパリに出て当時の大巨匠であったジャック・ディエヴァル(1920-2012)の直弟子となり、アート・テイタムとオスカー・ピーターソンの影響をもろに受けたジャズ・ピアニストに成長し、ルネ・ユルトルゲの第一のライヴァルと言われた。シモーヌ・アルマという女性歌手の伴奏ピアニストをしていた時に、アルマがジャズっぽい歌をレパートリーに入れたいということで邂逅したのがジャズフリークとして知らぬ者はなかったボリズ・ヴィアン。以来緊密なコラボレーションが始まるわけだが、ヴィアンはレコード会社フィリップスのディレクターでもあり、ジャズ・ピアニストとしてゴラゲールはフィリップスからレコード・デビューもする。これがボリズ・ヴィアンのライナーノーツ付きで発表されたアルバム"GO GO GORAGUER"(1956年)であり、2002年に仏ユニバーサルからCD化されているが、このフレモオの3CDボックスでも全曲収録されている。このゴラゲールの "Go Go"という愛称であるが、この3CDボックスとは関係ないが、1964年、ゲンズブールがフランス・ギャルと仕事し始めた頃、同じようにゴラゲールも作曲陣としてお呼びがかかっていて、父ロベール・ギャルの作詞で"Jazz à Go go"(↓)という曲を書いている。この場合、"Go go"はゴラゲールの愛称であって、ダンス名ではない。なお1965年かの「夢シャン」のB面として発表された "Le coeur qui jazze"(詞ロベール・ギャル/曲ゴラゲール)は「ジャズる心」という卓抜な日本語題がついている。それはそれ。


この3CDボックスはCD1がジャズ・ピアニストとしてのゴラゲール、CD2が映画音楽作曲家としてのゴラゲール、とはっきりと区別されていて、CD3は言わばライトジャズとイージーリスニング職人的なゴラゲールのアスペクトを特集している。
CD1の17曲め〜20曲めの4トラックが、ゲンズブールのデビューアルバム"Du chant à la une !"(1959年)の中の4曲をジャズ・インストルメンタル曲化したゴラゲールのEP "Du jazz à la une !" のもの。(↓)"Du jazz dans le ravin"

CD 2の映画音楽集は、このボックスの「1956-1962」という期間しばりによって、『墓に唾をかけろ』(1959年)と『唇によだれ』(1959年)の全曲がメインである。1963年にゲンズブールと共同で音楽を担当し、後年サントラ盤超コレクターアイテムとなる『ストリップティーズ』(ジャック・ポワトルノー監督)というのがあるのだが、残念ながら収録されていない。ゲンズブールもそうだが、あの頃、ちょっとエロもの系の映画の仕事が増えてきている。70年代になってハードコアポルノが解禁になると、フツーの映画作っていた監督たちがどんどんポルノに転向し、わがゴラゲールも70年代から80年代にかけて、もおすごい量のポルノ映画の音楽を手がけるようになる。慎みの心からであろうか、この種の映画の音楽の時は「ポール・ヴェルノン(Paul Vernon)」という変名を使う。"ヴェルノン"は言うまでもなく、『墓に唾をかけろ』の作者としてボリズ・ヴィアンが使った変名"ヴァーノン・サリヴァン(Vernon Sullivan)"に由来する。
変名と言えば、ジャン・フェラ(1930-2010)の1961年から1991年までの全アルバムの編曲者/アレンジャーなのだが、この場合はゴラゲールは「ミルトン・ルイス (Milton Lewis)」という変名を用いている。
変名がいくつもあって、怪人多重面相のようなところがあるが、その極め付けがCD 3に収録されている「ローラ・フォンテーヌ(Laura Fontaine)」という女性ピアニストである。1958年にゴラゲールは「ローラ・フォンテーヌと彼女のクアルテット(Laura Fontaine et son quartet)」という名前で『ピアノバー』というアルバムを発表する。これは"ムード音楽"なのである。サム・テイラーのサックスのようなものなのだが、これはこれで需要はあったのである。
このCD3は、ローラ・フォンテーヌのこの14曲入りムードアルバムと、翌1959年に出たシングル盤の2曲が前半。そして後半は、ジャック・ブレルの編曲者として名高いフランソワ・ローベ François Rauber (1933-2003)とアラン・グラゲールの"二大編曲者夢の競演"みたいな企画なのだろうか、ローベ/ゴラゲール双頭オーケストラが録音した12曲アルバムの全曲が収録されている。双頭オーケストラと言っても、ストリングス部分の編曲がローベ、管楽器+リズムセクションの編曲がゴラゲールという分業作品で、レパートリーはジャズスタンダードとヴァリエテヒット曲と...。ま、ムード音楽、ほめ言葉では"ラウンジ"と言ってしまっていいと思う。(↓)ローベ&ゴラゲール・オーケストラ"Le Jazz et la Java"(1962年、クロード・ヌーガロのヒット曲)


往時は資料性が売り物だったフレモオ&アソシエ社のパブリック・ドメイン復刻も、今はどうなのだろうか。2017年までは言わばフレモオの「代理店」のような仕事をしていたので、全品見本製品が来てチェックできていたが、今は全く交信がなく、どんな新譜が出ているのかも知りようがない。かつてはフレモオCDのブックレットと言えば分厚く40ページのものまであったし、写真豊富、詳細ディスコグラフィー、解説の英語訳までついていた。このゴラゲール3CDを監修し、解説も書いているのが、パリ第4大学(ソルボンヌ校)の音楽学教授のオリヴィエ・ジュリアン(Olivier Julien)。16ページ。うち英語要約(マーチン・デイヴィス、この人も仏ユニバーサルの重役だったんだが)1ページ。ヴィアンとゲンズブールのパートナーだった時期に集中しているのに、興味深い情報があるわけではない。とても残念。
このゴラゲールはこの3CDで区切った1962年のあとも、アレンジャーとしても映画音楽作家としても大なり小なり第一線で活躍するのだけど、印税収入という点においてゴラゲールを最も潤おしたのは、1982年、(後世カルト番組化する)国営TVアンテーヌ2のエアロビクス番組"Gym Tonic(ジム・トニック)"のテーマ曲だったと言われている。この作曲者をフランス人たちは誰も知らないが、”トゥトゥユトゥ、トゥトゥユトゥ”は誰でも知っている。しかしこの3CDボックスには関係ない。


<<< トラックリスト >>>
Fremeaux.com のこちらを参照のこと。

Alain Goraguer "Le Monde Instrumental d'Alain Goraguer"
3CD Frémeaux & Associés FA5758

フランスでのリリース:2020年4月

カストール爺の採点:★★☆☆☆

(↓)2018年 SACEM(フランス著作権協会)制作のアラン・ゴラゲールのインタヴューヴィデオ。

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