2026年10月8日木曜日

昔の名前で出ています

Christine Angot "Je change de nom"
クリスティーヌ・アンゴ『名前を変える』

1957年、中部フランス(ベリー地方)アンドル県の県都シャトールーで生まれたクリスティーヌは、生物学上の父ピエール・アンゴの認知が得られなかったため、母ラシェル・シュワルツの姓が与えられ、13歳までクリスティーヌ・シュワルツという名前だった。母ラシェルは熱愛しあっていたピエールとの間に祝福されて生まれてきた子供とクリスティーヌに説くのだが、そのピエールはクリスティーヌ誕生の直後に、ドイツ人ブルジョワ女性モニカと結婚している。なぜ長い間内縁関係にあったラシェルと結婚に至らず、このモニカとは結婚できたのか。それは作者の一連の(同テーマの)著作で繰り返されていることだが、ピエール・アンゴという(何冊も読めば読むほどに浮き上がってくる)卑劣漢の階級観から来ている。おまえたちとはクラスが違う。社会的地位においてもインテリジェンスにおいても。ラシェルは侮蔑されながらもそういうピエールに惹かれ続けている。しかしラシェルは執拗にピエールに子の認知を求めている。ピエールの父、ジャン・アンゴ(タイヤの世界的大手ミシュランの重役)のところまで談判に行き、ピエールにクリスティーヌを認知するよう圧力をかけるよう嘆願に行ったりもしている。そのラシェルの願いは1981年にようやく叶い、ピエールは「父」であることを役所で認め署名する。13歳でクリスティーヌはクリスティーヌ・アンゴと名前を変えている。(そしてその時からピエールによるクリスティーヌへの性暴力=近親相姦が始まるのである)
 母ラシェルがなぜどうしても娘にアンゴの姓を与えたかったのか、という名前/姓への拘りには深い理由がある。家父長制家族制度に基づく20世紀のフランス民法においては、男性に比べてさまざまな不利な条件にあった女性にも、名前(姓)は女性の立場を守りうるものだった、というクリスティーヌ・アンゴの説であり、彼女は大学で法学を専攻していて、その基礎は伊達ではない。それを実例を挙げて説明するために、彼女の母方の曽祖母の代からの一族の女たちの歴史を開陳する。
 ベリー地方シャトールーの娘だった曽祖母マリー・バローは、20歳の時に未来の夫となる肉屋のアンリ・シゴワーニュと出会い恋仲になるが、それに先立つ数ヶ月間マリーは地方の大地主の持つ農園に出稼ぎに出され、その間に地主家の男にてごめにされ妊娠してしまい、その醜聞ゆえに農園を追い出されてシャトールーに戻ってきたのだった。アンリはその事情を知りながらも、妊娠中のマリーと結婚し、生まれてきた女児オーギュスティーヌ(クリスティーヌの祖母に当たる)をわが子として認知し、オーギュスティーヌ・シゴワーヌという姓名の子として育てるのである。この結婚および子の認知がなければ、この子は父親不明の私生児となっていたはずであり、世間の目も異なっていたはずである(あの当時のフランスの地方では珍しいことではないと著者は断っているが)。オーギュスティーヌは大きく美しくなりパリに出てクチュリエ(服飾業)のメゾンで裁縫師兼マヌカンとして働いていたが、肺を患いシャトールーに帰ってきて、その直後にジョゼフ・シュワルツと邂逅している。エジプト生まれで国籍はイタリア、数か国語をこなし、会計士や通訳などの仕事で世界を飛び回るフリーランサーで羽振りは良かった。信仰心はないがユダヤ系で、オーギュスティーヌとの結婚も市役所のみでシナゴーグでもカトリック教会でも行われなかった。名前がオーギュスティーヌ・シュワルツとなる。結婚の8ヶ月後1931年11月、女児ラシェル(クリスティーヌの母)が生まれる。ラシェル・シュワルツ。1935年、ジョゼフは仕事でエジプトに出国する。手紙も仕送りも欠かさず送られてきていたのだが、ドイツでナチスが全権掌握、第二次大戦勃発、フランスの降伏と占領、ユダヤ人狩り.... ジョゼフはフランスに入国できなくなっただけでなく、音信不通になり、仕送りも途絶える。ジョゼフが帰ってくるのは1948年のことで13年もの間、オーギュスティーヌが一人で家を支えてきた(占領ナチス軍兵士たちの衣服の洗濯や繕いものをして収入を得ていた)。しばしばこのドイツ語で”黒”を意味するシュワルツという姓は「ユダヤ人ではないか?」という嫌疑をかけられ、それを避けるためにラシェルは1942年にカトリック洗礼を受けている。
 音信がなく、いつ帰ってくるかもわからない(あるいはユダヤ人として捕らえられ死んだかもしれない)ジョゼフの長すぎる不在... オーギュスティーヌは隣町の妻子ある男と恋仲になり、妊娠し、女児エディットを出産する。役所に出生を届け出に行くと、(当時の民法では)実父たる男と実母たる女がそれぞれ別の人物と婚姻関係にあるので、実父も実母もこの子を認知することができず、父母不明の孤児としてしか登録できない。実父の姓も実母の姓もつけられない。その場合、役所には管轄地区に新苗字として登録できる姓のリストがあり、その中から任意に役所が選び新苗字を付与することになる。エディットに与えられたのはデュルヴァルという姓。エディット・デュルヴァルがこの子の”本名”(役所に登録された名前、身分証明証の上の名前)である。オーギュスティーヌはそれがどうであれ自分の手元でこの子を(ラシェルの妹として)育てることに変わりはないので、人には(そして将来行く学校には)”エディット・シュワルツ”の名で通すのである。このことでエディットは将来いろいろ揉めることになる。異父姉のラシェルはこういう姓にまつわるトラブルを目の当たりに見て育ったのだ。
 この話には続きがあり、エディットが7歳の時、1948年に突然ジョゼフがシャトールーに帰ってくることになり、オーギュスティーヌはこの婚外私生児エディットのことをジョゼフには秘密にしておくことを決め、親戚にエディットを預けて養育してもらうのだが、その養親宅でエディットは男養親から性暴力を受けることになる...。(クリスティーヌの叔母に当たるこのエディットと、作家になったあとのクリスティーヌがこのことについて話していて、叔母は自分が受けた性暴力のことは書かないでくれ、とクリスティーヌに申し入れてあったのだが、2026年の本書で活字になっている。この作家はいつもこうだ。書くなと言われれば書く...)
 名前・姓に関する重い事象をその家系で知ってきた母ラシェル・シュワルツが、娘クリスティーヌに(ピエール・アンゴに実父として認知され)公式に”アンゴ”の姓を持たせたかったことは、母親の姓だけを持つ”テテナシゴ”と見られて肩身の狭い思いをさせたくないという理由だけではないことは了解できよう。それに加えて”シュワルツ”という姓が否応なしに仄めかしてしまう「ユダヤ性」の問題がある。オーギュスティーヌとラシェルは第二次大戦中(ナチス占領軍+ヴィシー政権によるユダヤ人狩り)にこの姓にかけられるユダヤ嫌疑を払拭するために苦労が絶えなかった。
 これは本書には書かれていない私の考えであるが、当然のことながら姓がどうあれオーギュスティーヌとラシェルは”ユダヤ人”ではない。シュワルツという姓が”たまたま”ついただけであり、宗教的にはキリスト教徒である。ユダヤとは人種ではなく宗教である。ユダヤ人とはユダヤ教徒のことである。ユダヤ教を信仰すれば、どのような人種であれユダヤ人になれる。ユダヤ教に改宗した日本人もあり、その人はユダヤ人である。このことに誤解があってはならない。
 理屈では自分はユダヤ人ではないという確証はあっても、世間の目はそうではない。それはフランスにおいて、ナチスのホロコーストという人道に背く大罪を当事国として経験した後においてもなお、反ユダヤ的なムードというのは消え去ることなく、燻りながら、残っていて、ふとした拍子にフツーの市民の口から聞こえたりするものだった。フランスは第二次大戦で起きたこの大悲劇の反省から、反ユダヤ的言説、人種差別的言説、ホロコースト否定論などを犯罪として法律で禁止しており、違反者は禁錮及び罰金刑に処されることになっている。(因みに日本では反ユダヤ的言説やホロコースト否定論を裁く法律はなく、”言論の自由”の範囲内とされている!)。しかし戦後から年月が経つにつれて、戦後期はあれほど忌み嫌われた極右主義が顔をもたげ、政党を国会進出させ、21世紀にはフランス国会内の最多数議席の勢力を持つに至り、反ユダヤ的言辞も(法で禁止されているにもかかわらず)SNS上で大手を振るうようになっている。そしてイスラエルという国の現リーダーのやっていることに怒りを持って反対する多くのフランス人の見方が、ムード的に反ユダヤ論に加担してしまっている傾向もある。
 ラシェルが”愛人”ピエール・アンゴからそういうムード的アンチ・セミティズム言辞を聞かされたことがあり、ラシェルは聞こえなかったふりをして流そうとしたが、心は傷つけられる。
「彼らはいささか図々しいではないか」とイスラエル建国(註:1948年)について言うのだ。「国をこんな風に取るなんて」... こんな風に国を奪い取るには、いささか遠慮知らずじゃないとできないだろうね、彼らには何でもない許されてると信じないとね...。こんなこと、きみだったらするかね? こんな風に国を奪い取るなんて、きみにはできるかね? 俺たちはそんな風には教育されてないんだ。 ピエールはラシェルに語気を強めてこう言ったのだ、あたかもイスラエル建国と悪い教育と品の無さと人が普通してはいけないこととが直結しているかのように。行儀悪くものを食べることのように。指でものを食べることのように。(・・・中略 ・・・)彼は車を運転しながら、呆れるほど驚いている口調でそう言ったのだ。それは無作法な奴らで、その目当てのものはただ一つ... みんなそれを言おうとはしないんだが、みんなそれが何かは知っている。金さ。まさに彼らを止めることなんか誰もできないんだ。国をこんな風に奪い取るなんて。川から海まで。そんなこと普通しないものだ。それだけさ。俺たちはそんなことしないんだ。(p21 - 22 赤字はカストール爺)

 ”シュワルツ”という名の”愛人”に直接的当てつけで、クリスティーヌの実父はそう言ったのだ。下品で図々しく金のために何でもできる連中がイスラエルを建国したのだ、と。ここでも強調されているのが、ピエール・アンゴという人物がラシェルに対する優位性(金においても、インテリジェンスにおいても、社会的地位においても、人種的等級においても)を悪びれもせず誇示していたという点。愛していても(と口では言う)結婚できないのは、身分の違いのせいだとはっきり言える男だった。そしてクリスティーヌの誕生の直後に、ブルジョワドイツ人女性(モニカという名)と結婚している。
 ラシェルは自分は”アンゴ”にはなれないが、クリスティーヌには”アンゴ”になる権利があり、クリスティーヌは”シュワルツ”よりも”アンゴ”の方が幸福であろうと考えたのだろうか。執拗にピエールにクリスティーヌの認知を迫り、何度も「考えておくよ」とはぐらかされ、それは13年も待たされることになる。ラシェルとクリスティーヌの母娘がシャトールーを離れ、ランスに転居し、母は転職、娘はリセ新入生として新学年を迎える、というタイミングでピエールは認知に承諾する。クリスティーヌのことを誰も知らない土地のリセで、その新入生は”クリスティーヌ・アンゴ”という名前になる。どれだけ母娘は嬉しかったことだろうか。しかし、喜びはクリスティーヌには”近親相姦”という悪夢に代わる。
 この小説の中で、作者は、ピエール・アンゴにとって、この「娘認知」と「近親相姦」は”物々交換”であったという説明をしている。渋りに渋ってきた婚外子認知(これは自分自身にもアンゴ家的にも汚点・醜聞になりうる)という百害あって一利もない(公式に記録される)申告で被った(自分の精神的)損害の代償として、自分たちの世界では「普通しないもの」として禁じられている近親相姦で払ってもらったのだ、と。

 クリスティーヌ・アンゴは長年に渡って行使された父親の性暴力を告訴することを何度も試みているが、大多数の性暴力告発がそうであるように、被害者証言だけでは立件に至らず挫折する。そしてピエール・アンゴはアルツハイマー病に陥り、証言すら取れなくなり、”アンゴ近親相姦性暴力事件”は事実であったのかどうかも立証されない状態のまま、1998年、ピエール・アンゴはこの世を去る。そして衝撃の実名オートフィクション小説『近親相姦 L'Inceste 』は1999年に発表される。以来作家クリスティーヌ・アンゴは、自身の近親相姦体験の全容を暴露するように、何冊も同じ主題の小説を発表している。

 この新著『私は名前を変える』の81ページから、2024年公開のクリスティーヌ・アンゴ監督のドキュメンタリー映画『ある家族 Une Famille 』で現れたストラズブールの義母モニカ・アンゴ(ピエール・アンゴの妻、映画の中では”エリザベート・ヴェヴェール Elisabeth Wever"という名になっていた)の家での義母との対話/衝突シーンが文章となって再現されている。(名前を除いて基本的に同じ内容なので、同映画の爺ブログ紹介記事を参照されたし)。それに続いて、(最後には友好的な対話になって別れたつもりだったので、全く予測していなかった)モニカ・アンゴから起こされた”家宅不法侵入”と”(クリスティーヌがモニカに行使した)暴行”への告訴裁判の一部始終が続く。アンゴ家は、ピエール・アンゴに着せられた近親相姦性暴行者の汚名を晴らすため、クリスティーヌを犯罪者として叩き潰すべく、全面戦争の構えで攻撃してきたのだ。アンゴ家はアンゴの名を汚すものを許さない。しかしそのアンゴ家のカルマであるかのように、ピエール・アンゴと同様に、モニカ・アンゴもアルツハイマー病に陥り、裁判は続けられなくなる....。

 何故私は”アンゴ”を名乗り続けるのか? "アンゴ”は自分が13歳の時から肌に刻印され、自分の生を破壊し続けてきたものであるのに。その上”アンゴ”は今になって自分に戦争を仕掛けてきているのに。
 そんな時に2023年10月7日、イスラエルで開催されていた音楽フェスティヴァルの群衆を襲ったパレスチナ武装勢力ハマスによるテロ攻撃(死者1200人以上)が起こり、クリスティーヌ・アンゴは著しい衝撃を受けるのである。そしてその直後にパリ第8大学講堂で開かれた集会で「10月7日テロを糾弾するか?」という壇上からの問いに応えて「Noooon !」と叫ぶ大群衆の映像を見るに至り、さらに激烈なショックを受け、思い余ってハマスのテロを間接的/直接的に肯定する人々を弾劾する投稿文を新聞社に送りつけたのである。たとえその記事の公表で、自分が”ユダヤ側”と見做されることになろうとも。
 その勢いは、名前を”アンゴ”から”シュワルツ”に戻す、という公式な役所への”姓変更手続き”に進んでいく...。 "シュワルツ”に戻すということは、”アンゴ”の悪夢の前の自分を取り戻すこと。”シュワルツ”に戻すということはマリー、アンリ、オーギュスティーヌ、ジョゼフ(シュワルツ!)、ラシェル、エディット...の系図の中に自分の位置を取り戻すこと。”シュワルツ”に戻すということは、失われた自分の生を取り戻し、人生を再び愛すること...。
 128ページめ、2026年4月、役所から届いた一通の手紙で、”シュワルツ”への改名は正式に許可される。小説はプルースト「見出された時」(『失われた時を求めて』最終章)のように、再び見出された”シュワルツ”との自己同一化の喜びで幕を閉じる。たぶんこの後、小説が書けなくなるのではないか、という気にもなるほどのハッピーエンドである。またクリスティーヌ・シュワルツは”ユダヤ化”するのではないか、という展開も薄々予想できるのであるが、それはそれ。

Christine Angot "Je change de nom"
Flammarion刊 2026年9月30日 132ページ 16,50ユーロ

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)小林旭「昔の名前で出ています」(1975年)

2026年10月2日金曜日

ライク・ア・ヴァージン

”Mémoire de fille"
『娘の記憶』

2026年フランス映画
監督:ジュディット・ゴドレッシュ
主演:テス・バルテレミー、ヴァレリー・ドレヴィル、ヴィクトール・ボネル
原作:アニー・エルノー『娘の記憶』(2016年)

フランス公開:2026年9月30日

ノーベル文学賞作家アニー・エルノーの自伝的小説『娘の記憶』(2016年刊、なんで日本語訳刊行されてないのぉ?)の映画化。近年は女優としてよりも映画界MeToo運動の騎手/大物フェミニストとして名を上げているジュディット・ゴドレッシュが脚本/監督(監督作品としては2作目)し、ゴドレッシュの娘テス・バルテレミー(現在21歳)が主演(アニー役)している。

 時は1958年、ノルマンディー地方の田舎の畜産食料品店の娘アニー(自己紹介の時”17歳半”と強調している)(演テス・バルテレミー)が、夏休みバイトで地方の城館を宿舎とするコロニー・ド・ヴァカンス(子供たちのヴァカンス合宿滞在)のお世話係(アニマトリス)として現地に赴く。窮屈な親元から離れて、ひと夏の間、(子供たちが寝静まったあと)同世代のアニマトゥール/アニマトリスたちといろいろ(いけない遊びも含めて)享楽しよう、あわよくば“出会い”もあるだろう、あわよくば“性体験”もあるだろう、とも思うのだが、聡明で感受性の強いアニーには想像と違う現実があった。同意も不同意もなく“成り行き上”の初の性体験は、天井の電球を見つめるだけの数分間で、結局“失敗”に終わる。それでも逞しい肉体と高圧的で身勝手な性格の男H(アニマトゥールのリーダー、23歳、フィアンセあり、未来の高校教師、演ヴィクトール・ボネル)を恋してしまい、それは成就するわけがない。孤立を恐れ、みんなと同じようでありたい、という弱さのあるアニーは成り行きで夜遊びの中に入り浸って、男たちに弄ばれ、女たちから軽蔑され、それでも…。巨食・拒食・生理不順… 精神を病んで夏は終わり、貧乏な家から独立自立するために、成績抜群にもかかわらず進学を捨てて家庭科教師になると、進路を変えた頃、リセの女哲学教師の講義で実存主義を知り、ルーアンの本屋でボーヴォワール『第二の性』を万引きする…。
 あの時代、多くの娘たちが同じような体験をしたかもしれない。決して楽しかったことばかりではなく、“性”のことも含めて、さまざまな抑圧と対峙していた青春期。1968年(5月革命)はその10年先のこと。田舎、封建的でカトリック的な環境、男たちだけが(若くから)勝手にふるまえた時代に生きていた17歳の夏。そういうことがよく浮き彫りにされている映画。テス・バルテレミー、素晴らしい熱演。

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)『Mémoire de fille 娘の記憶』予告編

2026年9月29日火曜日

ロッシュルージュのがきんちょたち

"Les Roches Rouges"
『赤い岩山』

2026年ポルトガル+イタリア+フランス映画
監督:ブルーノ・デュモン
主演:ケイロン・ランセル(ジェオ)、ケルシー・ヴェルデイユ(エーヴ)
フランス公開:2026年9月23日


爺ブログはこれまでブルーノ・デュモンの映画を2本紹介している。2019年の『ジャンヌ(Jeanne)』と2024年の『帝国(L'Empire)』。どちらもややこしく、ハイブロウな映画だが、ブログ記事はかなり好意的に書いた。どちらも(というか他のほとんどのデュモン作品も)予算のせいというわけではなく、デュモンの出身地である北フランス(特にパ・ド・カレー地方)を撮影地に制作されている。デュモンは一貫した”北の映画人”という印象が強かった。
 ところが、この新作は地中海・コート・ダジュールが舞台なのだ。これまでとは色彩が違う。空も海も大地も町も人のなりも。季節は夏。場所はヴァール県の海浜保養地サン・ラファエルに隣接する入江の町アンテオール、赤い火山岩のエステレル山地が海岸にまで突き出ていて、紺碧海岸(コート・ダジュール)の海の青と岩山の赤のコントラストが美しい。入江のビーチのすぐ背後に高い鉄道陸橋が架かっていて、その上をTER(国鉄地方急行便)が走っている。映画の中でもその風景映像が何度も挿入されるが、映画が絵ハガキ的な撮り方はしていないにしても、このロケーションの絵画的美しさはよくわかる。古くから幾多の画家たちを寄せつけ魅了したあのコート・ダジュールだ。当たり前だが、シュティの国とはかなり違う。
 そして主演陣が6歳の子供たち6人。日本語表現で言うところの「年端もいかぬ」子たちである。あなた、5〜6歳の頃の記憶ありますか?私は全くありませんよ。アメリー・ノトンブは新生児の頃から記憶があるような小説を書いているが、ベルギー人は違うのかもしれない。似たような日本語表現で「分別のつかない子」というのがあるが、これは「善悪の判断や、自分の行動が周囲に与える影響をまだ十分に理解できない状態」の子、脳の発達途上の子、ということで年齢の目安としてゼロ〜3歳頃とされている。つまりこの映画に登場する子たちは分別がついていて、年端が行かないのである。テレビや映画などで、5〜6歳を演じるプロの子役というのはどういう頭脳をしているのだろうか?台本が読めて演技ができて役になりきることができる年端もいかない子というのは「リアル」に存在するのだろうか?明らかに作り物に見えてしまうCM映像や子供ドラマの明るく饒舌な5歳児6歳児って、厳しく(あるいは騙し騙し)調教されたらできるようになるのだろうか? しかしブルーノ・デュモン映画に登場するのはそんな子供たちではない。
 「演技する」「演じる」という動詞はフランス語では "jouer(ジュエ)”、英語でも”play(プレイ)"であり、共に「遊ぶ」という意味でもある、というのがミソ。この子たちには「演じる」と「遊ぶ」に境界などない。6歳の子供たちが、夏にコート・ダジュールの海辺に居合わせること、それは日がな一日遊び回ることではないか。他に何が? 大きな大きな自由を謳歌する夏の子供たちだ。親の目から解き放たれたこの子たちの自由な遊びは苛烈で過激で痛快である。まず、(電気動力)子供用4輪バギーに相乗りして”公道で”全速力でぶっ飛ばす。パーキングに駐車している(大人の)自動車のトランクや座席から、物品を盗み、仲間で山分けする。そしてこの子たちが最も興奮する遊びは、海に突き出した赤い岩山の崖から海に飛び込むことである。恐れを知らないこの子たちは、より高い崖から飛び込みたい挑戦欲に猛ていて、高い崖へ、さらに高い崖へと飛び込み地点を高めていく...。(海岸警備隊のボートから「子供たち、崖から離れろ」と警告されるシーンあり)
 2026年5月のカンヌ映画祭監督週間で初上映された後のインタヴューで、ブルーノ・デュモンが必死になって弁解していたのは、この6歳の子たちによる超危険な海クリフダイビングは全部”特撮”であるということで、実際に子供たちには60センチほどの高さから飛び降りさせて撮影した映像から”再加工”して絶壁ハイダイビング映像を作ったのだそう。実写だったら、間違いなくとんでもない児童虐待案件になっていただろう。しかし、この年端も行かぬ子供たちの飛び込みシーンがなんとも痛快で美しいのだよ。命知らず、分別知らずだけれど、何よりも自由。男の子も女の子もキャッキャ言いながら、空中に身を投げ出し、海に吸い込まれる...。
 ちょっとディテールであるが、この子たちは日本語で言うところの「カッパ」ではない。つまり海育ちで泳ぐことが走ることのように自在にできる泳ぎ手ではない。リーダー格で無敵の飛び込みチャンピオンのジェオ(演ケイロン・ランセル)は、犬かき泳ぎで、時々水中に顔が隠れるアップアップ泳ぎなのが可笑しい。それはそれ。
 この夏のヴァカンス地で、同じように4輪バギーを乗り回し、崖ダイビングに興じる3人組がきんちょグループが二つ。一つはジェオを中心としたマノン(女の子)とルーベン(男の子)の3人組、もう一つは”B"(というアルファベットひと文字の通り名を持つ男の子、演アレッサンドロ・ピクエラ)をリーダーとしたエーヴ(女の子、演ケルシー・ヴェルデイユ)とド(女の子)の3人組。なぜグループが二つあるかというと、それは反目しあっているからである。シャーク団とジェット団みたいな。そしてこの映画の大まかなストーリー運びが「ウェストサイド物語」(「ロメオとジュリエット」)もじりの流れになっているのは、おたがい敵対するグループの一員であるジェオとエーヴ(↑写真)が恋仲になる、という...。ジェオがエーヴを誘って、無賃乗車でTER(国鉄地方急行)で(同じ地中海沿いで国境の向こうの)イタリアのヴェンティミーリアまで二人旅をするところなど、ラジカルにしてロマンティック。
 勝手にエーヴのことを自分の愛人だと思っていた”B”は嫉妬に怒り狂い、ジェオを殺してやると息巻いている。ジェオもエーヴのことを一途に恋焦がれているので、”B”と決着をつける時が来ることを知っている。そして、その時が来た....。

 と、ストーリーっぽいことをなぞって書いてきたけれど、実際に映画で見えるものはそんな単純なものではない。子供たちは演技しないで遊んでいる、というのが先行してしまうので、生々しいドキュメンタリー映像のような、大写し大アップの子供の”素(す)”の顔が大いにモノを言っている。ブルーノ・デュモンの(撮影後)”編集”は、脚本ストーリーに合わせるという作業ではなく、子供たちのおおいなる自由を第一に浮き出そうとしたのだろう。”子役”としての立ち回りなどどうでもいい、このジェオの予測不可能な顔表情の変化の方が、この映画が見せたかったものなのだろう。
 赤い岩を背景としたウェスタン映画、グラン・ブルーな海と空、自由と友情とライヴァル関係、生まれつつある禁じられた恋、決闘と流血、幸福の大団円...。いっぱい詰まっているようだが、そうは見えない”素(す)”の子供たちの自由と遊びがすべてに勝る映画。わからない人多いと思う。私の観た映画館では(以前のブルーノ・デュモン映画でも同じことを体験しているが)上映途中で出ていく観客が結構いたので。

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)『レ・ロッシュ・ルージュ 赤い岩山』予告編

2026年9月21日月曜日

若い若い 若い二人のことだもの

”Adieu Monde Cruel"
『さらば無情の世界』


2026年フランス+ベルギー
映画
監督:フェリックス・ド・ジヴリ
主演:ミロ・マシャド=グラネ、ジェーン・ビーヴァー
音楽:アルノー・トゥーロン
フランスでの公開:2026年9月9日


その昔には、映画観たあとすぐにレコード屋に行ってサントラ盤を買い求めたくなるような、強烈に映画音楽に印象づけられる映画というのがあった。この映画のほとんどを包み込むようなアルノー・トゥーロン作曲のピアノ(+管弦アンサンブル)の抒情的でメランコリックな音楽は、そういう時代の映画音楽を彷彿とさせる。テレラマ誌はヌーヴェル・ヴァーグ派(とりわけフランソワ・トリュフォー)の代表的な映画音楽作家だったジョルジュ・ドルリューを引き合いに出して評していた。この映画にはやや古風なことにナレーションがついていて、語り手はフランソワーズ・ルブラン(今年82歳になる現役女優だが、ヌーヴェル・ヴァーグ時代ジャン・ユスタッシュ監督の『ママと娼婦 La maman et la putain』のヴェロニカ役で特に有名)で、落ち着いた文芸的な口調は耳に優しい。さらに言えば、この映画はなんと16ミリフィルムで撮られていて、デジタル映像で慣れてしまった目には、この”粗い”画質はおのずと20世紀的映画体験を想起させることになる。この映画は「トリュフォー的」と前評判が立っていたのには、これだけの要素でも納得できる。
 映画の時代はほぼ現在であるが、主人公が郵便局で手紙を早く送るには「赤い切手 timbre rouge」(普通便=赤い切手、エコノミー便=緑の切手と分かれていた)を貼ればいいと説明を受けるシーンがあり、赤い切手は2022年末で廃止されているので、2022年以前ということになる。場所は(フランスで最も雨の多い地方)ノルマンディー地方カルヴァドス県のリジュー、同地出身の聖女テレーズ(1873 - 1897)を祀る聖堂があり、ルールドに次ぐフランス第二のカトリック巡礼地になっている。その町の私立カトリック系コレージュに通う14歳の少年オットー(演ミロ・マシャド=グラネ、2023年カンヌ映画祭パルム・ドール賞『ある転落死の解剖分析 Anatomie d'une chute 』の目の不自由な息子ダニエル役で既に高い評価)は、クラスの数人から長期間に渡って「いじめ」を受けていて、この世界に自分の居場所はないと、自殺することを決意する。さらば無情の世界。学校とクラスメートたちへの怨念を込めた遺書をしたため、同学年の生徒全員分フォトコピーをして封筒に入れ、52通の封書に(↑)赤切手を貼って投函した。夜間、飼っていたハムスターを森の中に解放してやり、その足でトーク川の急流に架る橋から身投げした。オットーの体は急流に流され、岩に何度もぶつかりながら下流(英仏海峡方向)に落ちていくが、何の力が作用したのか... 死なない。ずぶ濡れの態で岸に上がり、自殺の失敗を悟る。後戻りもやむなし。オットーは夜闇の中、遺書を投函したポストまで戻り、郵便函を壊して遺書を回収しようとするが、郵便函はどうしても壊れない。もう後戻りはできない。こうなったらこの町から消滅するだけだ。廃屋になっていた旧寄宿舎に籠り、ずぶ濡れの衣服を乾かし、こっそり町の残飯を拾ってきて食べるというホームレスサバイバルが始まる。
 一方学校ではオットーの失踪と遺書が発覚し、警察による本格的な捜査が始まり、地方新聞がどアップのオットーの顔写真を載せ、捜査協力を訴え、公共テレビ地方局も同じように写真つき実名報道をした。町中の掲示板に行方不明者オットーの手配写真が貼られ、学校では同級生たちへの聞き込み捜査が。だが川で発見されたオットーの身の回り品などから、生存は絶望的だろうと誰もが思っていた。
 さてその同学年に目立たないが虚無的性向(生きる意味って何だろう)の孤独系赤毛の少女レナ(演ジェーン・ビーヴァー、映画初出演)がいる。多分母子家庭、母親が経営する老朽化した(エレベーターなし、レストラン付き)ホテルの最上階に自分の部屋を持ち、学校の時間以外はホテルのさまざまな雑務(レセプション、ルーム係、レストラン給仕、会計...)で母親を手伝っていて、外出する時間は限られているが、他の子たちよりも”実社会”を知っているタイプ。子供の頃から遊び場のようにしてきたそのホテルの隅々まで知っていて、会計レジの鍵も任されている(←ここ重要)。
 そのレナがある夜ホームレスサバイバル中のオットーと遭遇してしまう。廃屋寄宿舎に隠れ棲んでいるのを突き止め、レナは接触を試みる。怖がらないで、私はあなたの味方よ。ここより安全な場所があるから、捜索の手が及ぶ前にここを出て。
 ホテルの21号室。そこは殺人事件があっただか、自殺者が出ただか、そういう理由で”開かずの間”として封印されていて、従業員も女主人も近づかないようにしている。レナはそこをオットーの当座の隠れ家として当てがい、ちょうどその真上にあるレナの部屋との間を行き来して、食料や着替え衣類などを差し入れる。このローティーンの二人のあたかも冒険好きな子供の秘密基地遊びのような幼さがいい。二人でドアノックの暗号を決めたり(簡単に忘れてしまうのだけど)。日中はオットーは音を立てず部屋の中で大人しく籠城しているしかないが、レナが学校から戻り、ホテル雑務の手伝いが終わると、21号室で二人は食事し、終わると最上階から屋根の上に出て、二人は夕闇→星空の下で語り始める。すべてについて。残酷な世界にいる少年と少女は、二人ともその世界を呪い、その世界に押しつぶされかけているから身を寄せ合う。その語り合う言葉は、何ら文学的な抽象性などなく、少年少女の生の言葉なのだ。それを要約するようなナレーションのフランソワーズ・ルブランの語りも優しい。二人は毎夜語り、この世界は二人で身を寄せていれば生きていけそうな気がしてくる。二人は初めて唇を重ね、いつしかレナは21号室のベッドで少年の傍に身を横たえて夜を明かし、夜明けに自分の部屋に戻るようになる。
 オットーはこの少女と一緒に生き直したいと思うようになる。レナはオットーと共に行く新しい世界をイメージする。二人は”出発”を準備する。顔写真で世に知れ渡ったオットーの髪を染めて変身させ、ホテルのレジ金庫から現金を盗み出し... ー このレナの行動力の素晴らしさよ。しかし.... 日を決めて二人で出発しようとする頃に、ノルマンディーに雨が降るのである!(ノルマンディーのラッパー オレルサン「雨」)どうしてこんなに雨が降るんだ、ノルマンディーは!雨は続き、レナの母親の経営するホテルにもあちこちに雨漏りが出て、宿泊客からクレームが...。レナがまだ学校に行っている時間の出来事。レナの母親は従業員に、全部の部屋の雨漏りチェックをしてちょうだい、21号室も忘れないでね、と。ひとりで21号室にいたオットーはレナでない人間が初めて部屋に入ってくる気配にパニックに陥り、旅支度で用意していたバッグとレナが準備していた現金を抱え、ひとりで21号室から逃亡し、一目散で国鉄駅に向かい、最初に来た電車に飛び乗るのである...。
 オットーがいなくなったことを察して、レナは全速力で走り出し、町中を探し回るのである。(↓)このシーン、このクリップはループで同じところばかり繰り返してるけれど、感じはわかるはず。私、ここでど〜っと涙が迸り出ましたね。 


 ひとりで見知らぬ土地にたどり着いたオットーは、自責の念と絶望と疲労から道に倒れ、病いに陥るが、やはりオットーのようにこの世を呪って家出した少年に救われ、少年のすみか(多分不法侵入滞在)で介抱され、回復に向かう。一方レナは(誰にも母親にも言えない事情だが)オットーを失った(オットーに裏切られた)ショックを隠して、平静を装い学校に通っていたが、心身を壊して倒れてしまい、病院に収容される。体力を取り戻したオットーは電話で何度もレナとのコンタクトをはかろうとするが、果たせない。やっとホテルに電話がつながり、(初めて声を聞く)レナの母親から、レナが入院していることを知る。
 オットーは意を決してリジューに戻って行く。
 折しもリジューの町では、事件から数週間経ち行方不明のオットー・ヴィダル少年を死んだものと結論し、有志の人たちが主催して(「いじめ」で死んだオットーを鎮魂する無言の)「白の行進」(AIによる説明「フランスなどでよく見られる、悲劇的な事件に対する『無言の抗議行進』。参加者が白いものを身につけて沈黙を保ちながら歩くことで、犠牲者への哀悼と、社会への静かな抗議を示します。」)が行われようとしていた。コレージュの生徒たちをはじめ数百人の白い服を着た町民たちが集まり、その先頭にオットーの母親がいた。オットーはその行進の列に紛れ込み、先頭にいる母を後ろから凝視して歩いて行った。そして行進の最終地点の広場まで辿り着き、母親が後ろを振り返った。オットーと母親の目と目が合ってしまった。参加者たちの手から数百の白い風船が空に向かって放たれた。(エンドマーク)

 生きることの難しさと、生きる世界に還ることの難しさ、若い頃、十代の頃、太宰なんか読んだばっかりに、そんなことを考えたことは多くの人にあるはず。そういう映画やテレビドラマ、昔はたくさんあったのですよ。私のような70歳過ぎた年寄りには、本当に懐かしいのですよ、この”青さ”が。こういう”青さ”を描く映画って21世紀的にあったりするのだろうか?この若いアクター/アクトレスは本当に素晴らしい。どんなに辛くても生の世界に還ることを選択する持って行き方、この映画の評価はここで決まるのだと思う。さまざまなヌーヴェルヴァーグ映画への目配せもよく効いている。カトリック、ノルマンディー、そのくせ神も仏もない世界。残酷で無情な世界。さらば、と日記に書いていた少年時代、少女時代。孤独な魂がふたつ出会って救済されていくのも、この世界で起こること。映画は魔法でそういうことを思い出させてくれるのですよ。フェリックス・ド・ジヴリ(34歳)の初長編映画、感服しました。次作も期待します。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『さらば無情の世界 Adieu Monde Cruel』予告編

(↓)アルノー・トゥーロンによるサントラから「序曲」


(↓)「無情の世界」ー ローリング・ストーンズ (1969年)

2026年9月18日金曜日

恐怖のボディスワップ(肉体乗り移り)

"L'Inconnue"
『見知らぬ女』


2026年フランス映画
監督:アルチュール・アラリ
主演:レア・セイドゥー、ニルス・シュネデール
原作:ルカ・アラリ作BD『ダヴィッド・ジメルマンの場合(Le Cas David Zimmerman)』(2024年)
フランス公開:2026年8月26日


この夏のヴァカンスで、わが家は南西フランス(オクシタニア)の中世の姿をそのまま残した町や村を多く訪問した。水道・電気・ガス・通信などのインフラストラクチャーは今日のものだが、中世の姿は留められ保存されていて自治体および住民たちはこれを大切なものと考えている。たぶん何世代にも渡って同じ姿の環境で人々の営みは続けられてきたのだろう。それに引き換え、目まぐるしく姿を変え続ける町もある。大都市郊外である。歴史的建造物を多く抱える大都市は国策としてその文化遺産が保存されている。20世紀に入り、大都市人口集中の受け皿として、郊外は急速に大挙して流入してきた労働者たちの住宅地区として”発展”していったが、その姿は10年も同じかたちを留めず、古いものを壊し、増え続ける人口に対応する新しい建築と機能をつぎはぎ的に加えていった。そのパリ郊外の目まぐるしい変貌を(銀塩写真で!)写真として記録していく、ということをコツコツと続けているフォトグラファーが、この映画の主人公のダヴィッド・ジメルマン(演ニルス・シュネデール)であった。過去が捨てられ、住民の記憶も軽んじられて変化していく郊外の膨大な量の写真資料と、その現在を撮り続けていく...。映画の中で何枚も写真が挿入されるのだが、この仕事、非常に興味深い。惜しげもなく過去を消される、人々の過去が簡単に消去されることの象徴なのか。この怪奇スリラー映画の一見奇想天外な展開とどう関係があるのか、と途中まで思ってしまうが、終わりにじわじわと分かってくる。
 地味にドキュメンタリー的郊外都市写真を撮り続ける孤独のフォトグラファーダヴィッドを贔屓にしている富豪紳士が、その金婚式祝宴にポートレイト写真を撮らせるために招き、その金婚ガーデンパーティーの準備をしていた一人の女給(演レア・セイドゥー)がテーブルセッティング中に誤って皿を(大きな音を立てて)割ってしまい、(声は聞こえないが)現場責任者から「おまえはクビだ!出て行け!」と言われたようで、エプロンを外してその場を去っていくシーンにダヴィッドの目が釘付けになる。同時にその富豪のポートレイト写真を撮り終えたダヴィッドは、その去っていく女給の後を追い、とっさにカメラのシャッターを押し、カメラはその振り向きざまの顔を捉える。自宅暗室で現像して出てきたのがこの写真(→)。
 郊外写真の仕事に没頭しがちでめったに人とも会わないダヴィッドが、友人たちの強烈な誘いに嫌々ながら出て行った、かなりセレクトでアーティな新年カウントダウンパーティー、その奇抜にドレスアップした参加者たちの(ドラッグ効果ありの)奇態を冷めた傍観者のように眺めていると、踊り狂う人並みの中に忽然とあのクビになった女給があの時と全く同じトレンチコート姿で現れる。目と目が合う。二人は強烈な磁力で引きつけ合うように、距離を縮め、予め申し合わせてあったかのように、人目を避けてパーティーの間のバックステージに入り、床に倒れ込み、着衣のままあたかも女が男を強姦するかのように女性騎乗位で極端に激しい性交を始める。(この間一切セリフなし)そして短時間で極端に激しいオーガズムに達し、断末魔の叫びのような激烈な発声を響かせ、失神する。ー ダヴィッドが気がつくと、あの女の姿はすでにない。だが異変はすぐに分かった。自分の姿がトレンチコートを着た髪の長い女に変わってしまっている。
 映画の中では出てこない言葉であるが、これをSFフィクションなどの世界では「ボディスワップ(body swap)」と呼ぶ。映画タイトルである”L'inconnue”(見ず知らずの女)とダヴィッドの肉体が入れ替わってしまったのだ。これを一応私は映画題らしく「見知らぬ女」と訳したのだが、実はダヴィッドはこの女を見て知っているので、この日本語はおかしいことになる。厳密には”素性を知らない女”なのだ。この悪夢の始まりの時点で、ダヴィッドは自分の肉体はどこに行ったのかと考える。きっとあの女がダヴィッドの体になったに違いない。誰にもこの異変を分からせない状態で、(ダヴィッドの体になった)あの女を見つけ出し、なんとか元通りになる術(すべ)を見つけ出さなければならない。
 2020年代的現在を設定した映画なので、情報はインターネット上でいろいろ見つかってくる。その女はエヴァ・ヘルシンガーという名のドイツ系の端役女優で、パリの小さなアパルトマンに住んでいる。また動画系SNSからは、市中で奇行をするダヴィッドの映像が報告されてくる。おそらくダヴィッドの姿になったエヴァも大変なパニックに陥っているはずだ。
 映画は”エヴァの体になったダヴィッド”という人格と違う(しかも性別も違う)肉体を持った人間をレア・セイドゥーが演じるわけだが、難しい役とは思うけれど、その複雑さはなかなか演技化できないものでしょうよ。特撮やアニメでは映像化できそうだけど、それをしないで実写映画で通すというところが、監督アルチュール・アラリの挑戦なんでしょうが...。陳腐に”男っぽい”演技のレア・セイドゥーという逃げ方ではもちろんない。難しい。
 誰にもこのボディスワップを知られないように隠れながら(誰かに告白したとしても誰にも信じてもらえる可能性はゼロなのだが)、”エヴァの体になったダヴィッド”は必死に、ありとあらゆる方法を使って、”ダヴィッドの体になったエヴァ”を探し、ついにその”外面を持った”人間を見つけたのだが、それは”ダヴィッドの体になったエヴァ”ではなく、”ダヴィッドの体になった別の女”であった。つまり、”ダヴィッドの体になったエヴァ”は(おそらく別の肉体に乗り移ろうとして)ダヴィッドの体を使って、一人の娘と出合いがしらに(エヴァとダヴィッドがしたように)極端に激しい性交をし、失神から覚めると娘はダヴィッドの体になっていて、相手は(おそらく娘の体になって)姿を消している...。新しくダヴィッドの体になった娘はマリアという名前で(マリアの姿だったの頃のマリア=演リリット・グラスムグ)、ルーマニア移民の父と清貧な二人暮らしの気立の優しい女性だった。この”ダヴィッドの体になったマリア”も当然ニルス・シュネデールによって演じられるのだが、孤独なフォトグラファーから父親思いの心優しい娘という”中身”の変化をニルス・シュネデールはどう演じられるか、というと、これも本当に難しいところ。それはそれ。”エヴァの体になったダヴィッド”と”ダヴィッドの体になったマリア”は、お互いの置かれた不条理な状況を理解しあい、二人で協力して”本来の自分の体”を取り戻すために奔走するのであるが...  努力は虚しい。
 万策尽きて最後に考えることは... (これは映画を観てる者も大概予想できているんだが)... 性交してみたらどうだろうか、ということ。二人ともあのたった一度の異常な性交で、こうなってしまったんだから。かくして”エヴァの体になったダヴィッド”(体は女/人格は男)と”ダヴィッドの体になったマリア”(体は男/人格は女)が、こんなこと可能なんだろうかの...。ポルノ的な撮り方ではまったくないのだが、これは二人とも極端な苦しみと共に...。”エヴァの体になったダヴィッド”の女性器に”ダヴィッドの体になったマリア”の男性器は交わり、コトは終わる。その結果、ボディスワップになんらかの変化があるか、というと何もない。”ダヴィッドの体になったマリア”も”エヴァの体になったダヴィッド”も何も変わらない。だが、なんということだろう、数日後、”エヴァの体になったダヴィッド”は妊娠していることがわかる。”ダヴィッドの体になったマリア”の精子でできた子....。二人の悪夢はまったく違うディメンションに突入していく...。まあ、映画ですから。
 この二人は、もう過去の自分に絶対に戻ることができない。(生きるとすれば)過去の自己を消去して生きるしかない。この果てしない絶望、このもろにカフカ的な不条理こそ、この映画が観る者の胸にグサグサ刺さってくるものなのですよ。取り戻せない”自己”、この運命を”ダヴィッドの体になったマリア”はどうしても受け入れることができない。そして絶望的な試みと知りながらも、最愛の父の前にその姿を見せ、こんな姿になったけれど私はあなたの娘だと訴え、娘として受け入れてくれと嘆願するが、父は何も理解することなく拒絶するのだった。 ”ダヴィッドの体になったマリア”は絶望のあまり、ロワール川に架る橋の上から飛び込み自殺を図る。その体はロワールの急流に飲まれて流されていくが、それを”エヴァの体になったダヴィッド”が自らも川に飛び込み、泳ぎ、追いつき、岸まで救い上げるのだが...。命懸けの救出劇にも関わらず、 ”ダヴィッドの体になったマリア”は息たえる。
 死亡調書が作成され、その死体はダヴィッド・ジメルマンと断定される。”ダヴィッドの体になったマリア”は公式にダヴィッド・ジメルマンとして死んだのだ。それを川の急流の中から救出しようとした”エヴァの体になったダヴィッド”は、エヴァ・ヘルシンガーという名の恩人としてダヴィッドの母から葬儀に招待され、自宅に招き、ダヴィッドの子供の頃の写真を見せたりして思い出話をする。目の前にいるのが(エヴァの体になった)ダヴィッドであることなど知るよしもない。
 ”ダヴィッドの体になったマリア”は死を選び、ダヴィッド・ジメルマンとして死んだ。そのどうすることもない不条理を受け入れ、(戦争が終わったジャングルの中で兵士として30年生き続けるという不条理を受け入れた「小野田」のように) ”エヴァの体になったダヴィッド”はエヴァ・ヘルシンガーとして生きることを選んだのだ。そして”エヴァの体になったダヴィッド”が孕んだ子は...。

 『小野田』(2021年)の監督アルチュール・アラリの最新作(長編3本目)である。2023年カンヌ映画祭パルム・ドール賞、ジュスティーヌ・トリエ監督『落下の解剖学 Anatomie d'une chute 』の共同脚本家としても大いに注目された(私生活でアルチュール・アラリはジュスティーヌ・トリエの伴侶である)。ボディスワップをテーマにした怪奇もの映画という(いささかネガティヴな)先入観を抱いて観に行ったのだが、そんなもの途中で吹っ飛んでしまい、カフカ的悪夢の深淵さに圧倒されてしまった。肉体乗り移りという肉体がものを言うストーリーに、レア・セイドゥーはまさに体当たりの演技であり、実生活で2人目の子を出産したばかりというかなり生々しく肥えたままの肢体を晒していてびっくりした。逆にニルス・シュネデールは、(この夏の大ヒット映画)『ド・ゴールの闘い 1&2』(アントナン・ボードリー監督)でのルクレール将軍の役作りのため極端な減量を強いられ、肋骨が浮き出る痩身の胴体と頬のこけた眼光鋭い顔で、凄みのある孤独のフォトグラファーの態が印象的だった。上(↑)の文中でも繰り返したが、乗り移りの後の自分でない自分を演じるという難しさを、この名優二人は見事にクリアーしていたと思う。脱帽。ラジカルに過去を消去する/されるという連続的な悪夢の渦、素晴らしいシナリオ、名人芸と思いましたよ。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『見知らぬ女 L'inconnue 』予告編

2026年9月16日水曜日

セコムサ、ララララ....(追悼カトリーヌ・ランジェ)

Les Rita Mitsouko "C'est comme ça"
レ・リタ・ミツコ「セ・コム・サ」

1986年11月リリース
作詞作曲:フレッド・シシャン&カトリーヌ・ランジェ
プロデュース:トニー・ヴィスコンティ

2026年9月14日、カトリーヌ・ランジェが亡くなった。68歳だった。ずっと自分と同世代と思っていたし、同時代を生きた同志のように感じていたのだが、私よりも4歳も若かった。死因は "cancer foudroyant(進行の極めて早いガン)"と報道された。突然の死。急に具合が悪くなったのだ。レ・リタ・ミツコの最初の大ヒット曲となった「マルシア・バイーラ Marcia Baïla」(1984年リリース)は、レ・リタがまだアンダーグラウンドで活動していた時期にステージを共にしていたアルゼンチン人ダンサー/コレオグラファーで親友だったマルシア・モレトの死を歌ったものだったが、そのサビの歌詞は

Mais c'est la mort
マルシア、
Qui t'a assassinée Marcia
あなたを殺したのは死神
C'est la mort
マルシアを
Tu t'es consumée Marcia
焼き尽くしたのは死神
C'est le cancer
あなたが
Que tu as pris sous ton bras
自分の腕で抱いてしまったのはガン

つまり、マルシアの命を奪ったのはガンだった。だから今日「マルシア」という歌詞を「カトリーヌ」に替えたようなカトリーヌ・ランジェの最後だったが、歌詞替えたら韻を踏まなくなっちまうんだよぉ、メルド...。失礼。悲しい。ほんとうに悲しい。ガンは惜しみなく愛するものを奪う。

 2007年11月、フレッド・シシャンの命を奪ったのもガンだった。53歳だった。その3ヶ月前2007年8月、レ・リタ・ミツコはわが家の対岸のサン・クルーのロックフェス「ロック・アン・セーヌ(Rock En Seine)」に出演していて、私と妻と娘の3人はそのライヴをおおいに楽しんだのだが、それがレ・リタ・ミツコの最後のステージになった。その2007年夏、向風三郎は『ポップ・フランセーズの40年』というガイド本を執筆していて、その中でレ・リタ・ミツコは2曲で紹介されている。ポップ・フランセーズと私が呼んでいる音楽の最良のアーチストなのだから当然だ。一つは「マルシア・バイーア」(1985年の項)、もう一つは「セ・コム・サ」(1987年の項)。両方とも向風は力込めて書いている。われながらよくあんな文章書けたものだと驚いている。以下に「セ・コム・サ」の項を再録する:

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問答無用のマニフェスト

 ある日、あなたの愛する人があなたに言う「別れましょう」と。藪から棒にそう言われてあなたは動転して、一体どうしたんだ? なぜなんだ? と聞き返す。すると相手はたったひと言「セ・コム・サ」と答える。ここですべては停止するのである。
 これは問答無用なのだ。理由なんかない、あるいは千もの理由があるがあなたに言ってもしかたない、ということなのだ。「セ・コム・サ」は相手のやり返しを断ち切る。日本語にするのは難しいが、「だってこうなんだから」とでも訳しておこうか。こうなんだからしかたがない、おしまい、なのだ。

 見えざる手の介在、神の思し召し、宿命、運命、みんな含めて「セ・コム・サ」なのだ。不毛でチープな会話と言わば言え。議論の余地はない。役所窓口の公務員に「そういう決まりになってますから」と言われているようなものだ。これを言われたら、問答を停止せざるとえない。
 なぜロジャー・フェデラーは負けないのか。セ・コム・サ。なぜスイス人は金があるのにまずものを食べるのか。セ・コム・サ。どうしてラ・ヴァシュ・キリとモナリザは笑っているのか。セ・コム・サ。なぜフランス人はサルコジを大統領に選んだのか。セ・コム・サ。朝ベッドで目を覚ますとなぜ女は髪をボリボリ掻き、男は股の間をボリボリ掻くのか。セ・コム・サ。なぜ私の奥様はいつまでもきれいなのか。セ・コム・サ。 ー もう理由なんかどうでもいいではないか、世の中がそうなっているのだから。問われても理由を言えず、セ・コム・サで問題や議論から逃げる人たちを見たら、”コムサ系”と呼ぶことにしよう。

 レ・リタ・ミツコのアルバム『ザ・ノー・コンプレンド(The No Comprendo)』(1986年9月発表)はそのアートの頂点であった。カトリーヌ・ランジェ、フレッド・シシャン、トニー・ヴィスコンティの3人の溢れ出るアイディアが最も突出した形で表現された奇跡のアルバムである。このアルバムの録音の模様はジャン=リュック・ゴダール監督映画『右側に気をつけろ(Soigne Ta Droite)』(1987年)で見ることができる。連続してシングルカットされた「アンディー(Andy)」、「セ・コム・サ」、「レ・ジストワール・ダ(Les Histoires d'A)」はすべてメガヒットになった。まさにレ・リタ・ミツコの恩寵の時期であった。
 「セ・コム・サ」のヴィデオクリップはジャン=バチスト・モンディーノ制作で、CGアニメやコマ早回しなどをふんだんに駆使した童心あふれる作品で、おそらくモンディーノの最高傑作のひとつに挙げられるだろう。そして「セ・コム・サ」のサウンドはタイトルが示すように、問答無用、るせえ、文句あっか、の快速ロックンロールである。
 歌詞はカトリーヌのふてぶてしい歌唱にも関わらず、やむにやまれぬ欲求のようなものを喚起していて、ひょっとしてこれはドラッグかなとも聞かれるきらいがある。しかし勢いは「出て行く女」のそれで、あんたのことは捨てたくないんだ、あんたと終わりにしたくないんだ、と言いながら、道祖神に吹かれて、セ・コム・サとバッサリ結論する。ほとんど意味はないが文句を言わせない迫力の勝利だ。私のレ・リタのベスト・トラックである。

(向風三郎『ポップ・フランセーズの40年』 pp200〜201)


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今から19年前、私はこんなことを書いていたのか。パンク、独創的ロックミュージシャン/ダンサー、詩人、骨太のフェミニスト、生粋のアンチレイシスト、環境問題・貧富格差・住居問題に現場に赴いて戦うアクティヴィスト、ハグしようとしたマクロン大統領を両手で撥ね退けた傑女... カトリーヌ・ランジェの記憶は絶対的に大切にしなければならない、と私は思う。合掌。

(↓)レ・リタ・ミツコ「セ・コム・サ」(1986年ジャン=バチスト・モンディーノのクリップ

(↓)カトリーヌ・ランジェ「セ・コム・サ」(2020年 TVフランス2「タラタタ」)



(↓)レ・リタ・ミツコ最後のステージ(フレッド・シシャンがこの3ヶ月後に他界) : 2007年8月 Rock En Seine、18分20秒めからレ・リタ・ミツコ最後の「セ・コム・サ」

2026年9月10日木曜日

オウム倍返し

Amélie Nothomb "L'adolescence du perroquet"
アメリー・ノトンブ『オウムの思春期』

毎夏の終わり恒例のアメリー・ノトンブ新作小説(第35作め)。ルーヴル美術館に始まり、ルーヴル美術館に終わるパリの小説である。話者はアルバンと名乗る40代の男、職業はパリ16区にある公共ラジオ(ラジオ・フランス)の時事コメンテーター(chroniqueur クロニクール)であるが、著名人ではない(町ですれ違っても誰も気に留めない)。コメントする話題対象は「日常茶飯事」であり、その毒にも薬にもならない月並みさが、とんがった突飛な事象しか追い求めようとしない風潮のメディア界にあって、逆に貴重で稀有なトピックとして重宝され、静かな固定聴取者層に好まれ、局から番組を降ろされることなく飄々と続く時事コメントコーナーとなっている。これといった欲もなく、女性関係も長続きしない。むしろ周りにたくさんいる(同性異性を問わず)カップルが諍い・揉め事・啀み合いに自分をすり減らしながらも一緒にいる傾向を見るにつけ、一人で生きていくことがどれほど楽か、と思うクチ。目立たないが、世の中との軋轢を好まず、教養も審美眼も持つ確かな自己を保ちながら、静かに心優しく生きているようなキャラ。ノトンブの小説では珍しい”いいヤツ”っぽい小人物。日常生活の些細なことを拾って、それをネタにラジオで喋るという仕事柄、一応フツーっぽい生活者の佇まいで世間を観察している、谷口ジロー漫画の登場人物のような男。
 その日常生活ウォッチャーの男がある日自宅アパルトマン建物の入り口にある住民共同掲示ボードに貼り出された「生まれたてのオウム差し上げます」の告知に目が止まる。 好奇心からその建物6階の告知主のドアを叩く。戸口に出てきた住人の老人は、要件をやりとりするひまも与えず、アルバンの手のひらに嘴の大きな生まれたての(羽根の生えていない)雛鳥を置き、注射器と植物性ミルクのパックを手渡し、これで一日に3度授乳するように、と。口早に老人から与えられたこの雛鳥に関する驚くべき情報:名前はジョー(Jo)、種類は "gris du gabon = オウム目ヨウム科”、ただしこの鳥種は2016年から絶滅危惧種としてワシントン条約で輸入商業取引が全面的に禁止になり、一般人がペットとして飼うことはできなくなった。見つかれば没収され、飼い主は処罰を受ける。だから、ジョーが病気になっても獣医には連れていくな、と。万が一、見つけられた場合には、「道で拾った」としらばっくれろ、と。そして寿命が人間と同じほど長く、飼うのは一生のつきあいと思え、と。アルバンはそれらの情報にさすがにビビってしまうのであるが、しかしそれよりも彼の手のひらから伝わってくるこの小さな生命の微動と温度に、これまで感じたことのない温情の昂まりを覚えてしまうのである。So you don't have to worry, worry, 守ってあげたい。父性なのか、母性なのか、親性なのか、(世の掟を破ってでも)この子を育て、この子と生きる、という選択は瞬時のうちに決定されてしまうのである。
 アルバンはインターネット上からこの鳥に関する集められる限りの全ての情報を集め、アパルトマンにこの子の生きられる環境を整えてやる。小説はさながら”シングルファザー子育て奮闘記”(cf 辻仁成)のような様相を帯びてくる。人間と同じほどの寿命の長さを持つこの鳥とのつきあいは人間の育児の時間と同じほどの時間と労力を要することになるが、人間の子育ては、”物心がつくまで”、”自分で何でもできるようになるまで”といったピリオドで手間がかからなくなり、”独り立ちして親離れする”という段階で解放される。ところが西アフリカの自然環境からかけ離れて人間社会の中で出現してしまったこの子には、”独り立ちして巣立つ”という段階が最初から欠落している。この子を育てるとは、この子と一生を共にし、お前百までわしゃ九十九まで、というパースペクティヴで考えなければならない。ペットのことをフランス語ではいみじくも”animal de compagnie(アニマル・ド・コンパニー = 同伴動物)”と表現するが、アルバンは同じ建物に住む見知らぬ老人から、瞬時にして「これがあんたの一生の同伴者だ」と託され、それを瞬時のエモーションで受諾してしまった、という何とも魅力的な不条理文学を思わせる始まりだったのだ。だがこの小説の時間は”一生”は続かないのである。
 エキスパートではない、鳥類学者ではない、と文中で断りながらも、この小説はこの鳥のさまざまな生態の特殊さを開陳してくれる。一般的によく知られていることではあるが、この灰色オウム(日本で”ヨウム”と呼ばれているということは私、初めて知りましたよ)の知能の高さである。人間の言語や物音を模倣再生する。オウムが喋る? どうだろうか。その模倣再生は何よりも「聴くこと」ができるからである。このことについてノトンブはこう描写している。
言葉を話す鳥?それは何よりも聞くことができる鳥ということだ。人間と違って、この鳥は聞き取れるから話せるのだ。人間がものを聞くということは、目には見えない。ジョーが聞いているのはその鋭い視線に現れる。その目が今聞いてるぞと知らせてくれる。この鳥がある音(言語に類する音が好みであるが)を聞いた瞬間、その瞳にキラリと閃光が走る。(P31)

まあ、思い込みが多分にあるわけだが、話者はこの鳥との日々のつきあいで観察できるこの鳥の可能性に魅了されていく。この鳥といつか意思伝達はできるのか、会話は可能なのか? それは人間の親が、新生児がいつ最初の言葉を発語してくれるか、第一語は「パパ」なのか「ママン」なのか、と気を揉んで待っているのとほぼ同じ感覚なのだろう。
 話者の気構えとしては一般的なペット飼育とは異なる”育児”のそれである。その言語能力と知能を”育てよう”という意欲がある。植物ミルクによる授乳期を経て、アルバンの手料理(野菜や果物や種子を細かく刻んだミックス)で雛鳥は成長し、羽根を増やし、鋭利な嘴が発達していく。そしてその鋭利な嘴から囀りとも呻きとも歌とも叫びともつかぬ音が出るようになり、その知能の成長は聞いて学習認識した音を再生するということを可能にしていく。それは人間の子育てと同様に、(男)親がその変化・変容・成長がどんなことでも奇跡的に見え、夢中で観察できる、何とも幸福な恩寵の時期である。その”進歩”がうれしくてたまらない。外に出なくなる。友だちとつきあわなくなる。自分の生活のすべてが”子育て”であっても構わない。ああ、私だって覚えがありますよ。この子が自分のすべてだった時期のことを。それはそれ。
 その蜜月時代は短く、やがて数ヶ月後に人間の”思春期”に相当する時期がやってくる。このフィクション小説は題名が示すように、オウムのジョーの思春期と向き合うアルバンの地獄のような日々が綴られているのである。日本語ウィキペディアの「ヨウム」の項にはこういう記述がある。

反抗期になる事がある。時期はまちまちのようだが、2度の反抗期を経験する個体が多いようである。反抗期には自己主張が激しく攻撃的になる事も。第一反抗期は幼鳥換羽が済んだあとの1歳半-2歳あたりに迎えることが多い。

思春期ジョーは凶暴であり性悪である。手がつけられない。死んだ両親が大事にしていた絵画などに容赦なく破壊行為をかけ、稀に訪れる部外者(アパルトマン管理人、鉛管工事、ペットシッター、女友達...)を口汚く(人間の言葉で)罵ったり、嘴と爪で攻撃をかけたり...。
 そして知能と”精神”(と言っていいのかな?)が発達していく時期に、この種のオウムは(人間的環境においての話と解釈できようが)孤独を極端に嫌い、人間の声がしないところに最長36時間(1日半)置いておかれると神経症で激しく変調し、死に至る場合がある、と。ノトンブの説では、それは人間の”肉声”でないとダメで、テレビ・ラジオや機械的に録音された人声では生命の気配を感じることができない。そういうセンシティヴな聴覚とセンシブルな心性を持ち合わせている。だから日中仕事に出かけたり買い物に出たりということはできても、1日を超えて不在にすることはできない。週末遠出やヴァカンスなどとんでもない。ますます外出が難しくなり、友だちと疎遠になるが、それはアルバンには苦ではない。苦はこの凶暴さ、性悪さである。雛鳥の授乳時の愛らしさはどこへ行ったのだ?自己主張、好き嫌いは激しい。ジョーの衣食住、あ、衣はないか、食住、つまり生きるための必要はアルバンに依存している、という自覚がない。自分の方が上で、命令できる立場だと言わんばかり。"親”としてアルバンはそれを言葉で諭し、糺そうとするのだが、オウムの耳に念仏。
 クロワッサンが大好物。朝パン屋から買ってきたばかりの紙袋の音を聞くや、ジョーはご機嫌で、頬張ると"Mmmm"と人間と同じ満足の声をあげる。また、アルバンへの嫌がらせで、おそらくアルバンの恥辱とする音と知った上でのことだろうが、水洗トイレ排泄流水音をそっくりに模倣し、当てつけがましく繰り返す。
 アレサ・フランクリンの歌が大好きで、聞こえると踊るようにスウィングする。音楽には耳が肥えているのか、好き嫌いの反応がはっきりしている。アルバンはこの音楽に、手のつけられなくなったジョーとの関係改善の糸口を見つけ出そうとする。アルバンは自らさまざまなメロディーをジョーに歌って見せて、そのメロディーにジョーが応えてメロディーを囀ってくれるのを待っている。ハーモニーを誘い出そうと。歌ってくれ、ジョー。涙ぐましい努力。このいじらしい音楽対話の試みを、ノトンブは1972年アメリカ映画『脱出 (Deliverance)』(ジョン・ブーアマン監督)の、カヌー探検レジャー都会人とダム建設反対の渓谷現地人の敵対対峙緊張シーンのさなか、都会人ギターと渓谷人バンジョーが(警戒→和解を仄めかす)見事なデュエット・バトリング("Dueling Banjo"という曲)を展開するくだりに例えているのですよ。(↓)       


ところがアルバンの努力は報われず、音楽対話は成立しない。言語での対話は成立するか?これは鳥類学者でも議論のあるところであろうが、言語を認知し、再生する、ということは言語を理解していることなのか、その意味を分かって発語しているのか。程度の問題ではあるとは言え、ノトンブはこのオウムは分かった上で意思を持って発語しているに違いないという説である。だからその性悪さが明白に見えるのである。ああ言えばこう言うという舌戦ではない。ジョーはこう言えばアルバンが傷ついたり、憤慨したり、追求を諦めたり、という結果が分かっているいくつかのキメ言葉を知って、使い分けている。
 最初に雛鳥ジョーが手のひらに置かれた時に、電撃的に目覚めた”父性愛(親性愛)”はこの思春期に何度も挫けそうになるのであるが、”親”というのは途中でやめられないのだ。特にこの灰色ガボンオウムでは、その寿命のせいであと60年も70年も80年も続けなければならないことになる。めまいがする思い。
 小説の時期は、コロナ禍の外出制限期の直後であり、誰も味わったその外出制限フラストレーションを晴らすべく夜の飲食街、劇場、コンサートホールに外出しまくっていた頃である。親譲りの文化教養・趣味人であるアルバンにルイス・モロー・ゴットシャルク(1829 - 1869)のピアノ作品プログラムのリサイタル・コンサートの招待券が来る。衒学的なノトンブよろしくこの米国ニューオーリンズ出身の超絶ピアノ・ヴィルツオーゾ作曲家についてひとしきり解説があり、全然知らなかった私はありがたく拝読して、YouTubeに載っている録音を何曲か聞いてみたり(特にそのコンサートのハイライトとなる夜想曲 "Le Mancenillier")。ためになる小説。このリサイタルにどうしても行きたくて仕方がないアルバンは、たった3時間の不在だから大丈夫なはずなのに、”大事をとって”ジョーの見張りにペットシッターを雇うことに。ネットでいろいろ探して適任と踏んだのが20歳の女子学生エメランス(Emerence、なんともノトンブ小説的な古風な名前)。「不在中、決して鳥篭を開けてはなりません」とペットシッター嬢に念を押す。あれあれ?これはノトンブ2023年の同じく鳥を題材にした小説『プシコポンプ』の冒頭に出てくる神戸の乳母ニシオさんから聞いた日本民話「鶴の恩返し」の「決して機織り小屋を覗いてはいけません」のヴァリエーション?
 素晴らしいコンサートに酔いしれ、会場を出がけにスマホをチェックすると、57回の不在通話受信の記録が。急いで帰宅するとテーブルの下に隠れ、鍋の蓋を盾にして顔面をガードしてエメランスが恐怖で震えている。「鶴の恩返し」と同じようにこのペットシッターも絶対的な禁止を破ったのだ。ジョーを鳥篭に戻して閉じ込め、危険は去ったから、と顔面傷だらけのエメランスをなだめ、どうして鳥籠を開けたのかと問うと、ジョーが(人間の言葉で) "J'ai besoin d'air (息苦しい=空気が吸いたい)”と繰り返し言ったと言うのだ...。
 それは”非日常的な不在をしてはならない”というアルバンが守るべき義務を破り、自分の空間に見知らぬ(外敵かもしれない)人間を闖入させた、というアルバンの二つの大罪へのジョーの制裁であった。そしてこの大罪をジョーはずっと根に持ち、忘れず、アルバンをこのことで恨み続けることになる。大好きなクロワッサンを与えても、アレサ・フランクリンを聞かせても、その機嫌は直ることはない...。

 これは比喩的に「育児は難しい」といったレベルで済まされる問題なのではない。猫犬を筆頭にペットとの調和的共生・同居の幸福美談ばかりの風潮に一石を投じる意図の物語でもない。アルバンの”愛”の問題なのである。最初は電撃的な”父性愛(親性愛)”の覚醒に始まったものかもしれないが、ジョーの思春期で崩れそうになりながら、必死に愛し続けよう、このオウムとの融合的な愛の瞬間を求め続けようとするアルバンの献身・無償の愛の悲喜劇なのである。そしてこの小説本の背表紙に印刷され、文中128ページめに登場するこの結語的な1行である。
L'amour n'est pas un dû.
ちょっと難しかったのでAIに訳を手伝ってもらったら、こんな数例が出てきた。
「愛は当然もらえるものではない」「愛されることは当たり前ではない」「愛は義務ではない」「愛は(誰かに)請求できるものではない」「愛は当たり前の権利ではない」...。お分かりかな? たとえどんなに強く愛しても、成就されない愛というのは(フツーに)ある、ということをノトンブはこの小説で、どうだ、分かったか、と強く説いているわけ。この128ページめのパラグラフを訳してみよう:
これが人生というもの。あなたの子供はあなたをもはや愛さなくなる時まで愛し続ける。そのために子供に正当な理由づけが必要になれば、子供はその理由を見つけられる。恩知らずと言うか? この世界の列強権力国がいつから恩義を守るようになったと言うのか? 愛は当たり前に与えられるものではない(L'amour n'est pas un dû)。
 これが人生というもの = セ・ラ・ヴィ。ねえねえ、こんなことを言うために、凶暴で性悪のオウムとの仁義なき戦いの物語なんですか? たとえどんなことになっても、この子を一生守ってあげたい、という無償の愛は不条理ゆえに人の心を打つんじゃないですか? ノトンブの教養と審美観と皮肉な諧謔の視点・論点が、単純で寓話的な(無償)愛情物語として成り立つことを妨げているのだけれど、アメリー・ノトンブ作品とつきあうというのはそれの連続さ。ではまた来年8月、ノトンブ36作めの小説で会いましょう。

Amélie Nothomb "L'adolescence du perroquet"
Albin Michel 刊 2026年8月19日 160ページ 18,90ユーロ


カストール爺の採点:★★☆☆☆

(↓)アルバン・ミッシェル社による刊行インタヴュー動画