ラ・タルヴェーロ『バレティ・ブルース』
2026年夏に書いています。日本ではちょうど盆踊りのシーズンで、ネットで見る限りの乏しい情報だが、近年の全国的な盆踊りリヴァイヴァルは大変な盛上がりのように報じられている。民謡・民踊・トラッドのイヴェントは大盛況で、サウンドシステム、DJセットも参入して若返り、老若男女の踊り手+地元・非地元を問わぬ愛好参加者たちが、その繰り返しダンスに興じてトランス状態に入っていく...。この現象はヨーロッパも同じで、フランスでは特にブルターニュ、サントル、オーヴェルニュ、オクシタニア地方の村々で「バル・トラッド(Bal Trad)」あるいは「バル・フォルク(Bal Folk)」と呼ばれる伝統民踊ダンス会が、公民館やダンスホールや改装倉庫や野外ステージで開催され、夏のヴァカンス期は多くの観光客/ヴァカンス客を巻き込んで大変な人気を博している。80年代から既に話題になっていたものに、ブルターニュの「フェスト=ノズ(Fest-Noz)」というケルトのチェーンダンスパーティーがあり、ブルターニュのいたるところで毎週末踊り興じているさまが世界的に有名になり、2012年にユネスコ世界(無形)文化遺産にまで登録されることになった。フランスの民謡・民踊回帰のムーヴメントは、1968年5月革命の後、都会でエリートになることを拒否した学生たちが下野して、英米のロックやフォークに影響を受けて、フランスの伝統大衆音楽を掘り起こしたり、消滅した伝統楽器を復元再生(例:ブルターニュのセルティック・ハープ)したり、レパートリーとサウンドを刷新して行ったことから始まる。このムーヴメントは英語そのままで「フォーク・リヴァイヴァル」と呼ばれるが、フランスにおけるパイオニアとしてブルターニュのアラン・スティヴェル(1944 - )の名が挙げられ、それと同じような復興刷新運動がオーヴェルニュやサントルやオクシタニアでも起こったのである。それから60年という長い時間をかけて、フランスのフォーク・トラッドは現在のような活況を見るに至ったのですよ。
ブルターニュにアラン・スティヴェルがいたように、オクシタニアにも1970年代にトラッド刷新のパイオニアとしてモン=ジョイア(Mont-Jóia)という4人組フォーク・トラッドアンサンブルがあり、古楽器+中世レパートリー+ダンスフォークをプロヴァンサル語(オック語)で演奏していた。この分野においてブルターニュとオクシタニアが他をリードしているのは、その地方語(少数言語)すなわちブルトン語とオック語の使用による明白なアイデンティティー表出に拘ったからであり、中央言語とも中央文化とも異なる表現への誇りは、中央権力へのカウンター意識も育んでいった。田舎者&異文化者の誹りを(中央から)受けていた地方人たちは誇り高く民謡・民踊+マイノリティー言語でリヴェンジしていったのだ。
オクシタニアのタルン県の村、コルド・シュル・シエルで、ダニエル・ロッドー(1954 - )がオクシタニア文化研究保存普及(伝承民話・民謡の発掘、文献化、出版、展示、イヴェント主催)のためのアソシエーション CORDAEが創立したのは1979年のこと。その運営資金を捻出するために結成されたのがトラッドフォークバンド、ラ・タルヴェーロだった。トゥールーズ大学法科で修士過程だった頃はロックバンドでエレクトリック・ギターを弾いていたというダニエルだったが、24歳でディアトニック・アコーディオン(ディアベルトン diabeltonと呼ばれるタルン地方の楽器らしい)を独習でマスターし、その他クラーバ(craba別名bodèga)、ボーア(boha)といったオクシタニアのコルヌミューズ(バグパイプ)などの伝統民衆楽器を加えていき、オクシタン・トラッドのマルチインストルメンタリストとしてバンドを引っ張っていく。オクシタニア地方全域を旅して口承民謡を録音・採譜し、アソシアシオンCORDAEが文献化し資料音源として発表していった。その一方でそのレパートリー化された民謡の音楽をベースにしたオリジナル楽曲(作詞作曲ダニエル・ロッドー)をラ・タルヴェーロが録音/レコードCD化し、バルで演奏していった。ロッドーの歌詞はオック語で書かれ、時事的な社会風刺・政治風刺を含み、状況にコミットする内容になっている。バルでの演奏はロッドーの伴侶のセリーヌ・リカールがMCと歌唱を担当し、それに加えてトラッド・ダンスの指導もして、聴衆をダンスに誘う。私がサントル地方のトラッド・フェスティヴァル(マッシリア・サウンド・システムも共演していた)で初めてラ・タルヴェーロを知った頃(2003年夏)、何よりも私を魅了したのはセリーヌの野鳥の囀りのような時に可憐で時に鋭く響くヴォーカルと節回しであった。ステージでは、目の不自由なダニエルがディアベルトン(ディアトニック・アコーディオン)や種々のコルヌミューズ(バグパイプ)を取っ替え引っ替え弾いている前を、セリーヌがフィフル笛(ファイフ)を吹きながら歌い、踊り、会場のダンスをリードする大活躍で、それがなんとも田園的な祝祭の喜びを想わせ、私の”オクシタニアの民”のイメージはここから形成されていったのだと思う。
2000年代初め、私たちは1970年代末から起こっていたオクシタニアのムーヴメントに注目してその主要なアーチストたちを日本に紹介しようとしていた。マルセイユのマッシリア・サウンドシステム、トゥールーズのファビュルス・トロバドール、ニースのニュックス・ヴォミカなどの都市型のバンドに混じって、ラ・タルヴェーロは村落部の代表のような感じだった。
(↓)2000年代初頭に撮られた動画だと思う。マッシリア・サウンドシステムとラ・タルヴェーロ、途中でインタヴューで中断されるが、マッシリアの "Tuba la pipa"を一緒にやっている。南仏のチェーンダンス「ファランドール」で会場が踊りの輪に。
というわけで、私とラ・タルヴェーロのつきあいは20年以上になるのだが、その最初のきっかけとなった2003年のアルバム『Poble, Mon Poble(民よ、わが民よ)』はたいへんな傑作にして、非常にラジカルな作品だった。伝統楽器とオクシタニア伝承民謡リヴァイヴァルを予想して聞き始めたら、エレクトロニクス、ダブ、ミュージック・コンクレート、電話遊び、フィールドレコーディングの乱入... 南仏レゲエ・ダブ・ラガのチャンピオン、マッシリア・サウンドシステムがスタジオワークに参加しているせいもあろうが、たぶんそれ以上に実験的なスタジオ遊び芸のアイディアはダニエル・ロッドーの創造性のなせる業であろう。
時間軸と逆に、それより後で知ることになった1999年のアルバム(この時既に”20周年記念”アルバムだった)『パンパリゴッサ Pampaligossa』(”パンパリゴッサ”とはラブレーの『ガルガンチュア物語』、アルフォンス・ドーデの『風車小屋だより』、ノーベル賞詩人フレデリック・ミストラルの詩に登場するオクシタニアの想像上の理想郷)は、その茶目っ気たっぷりのジャケットアート(→)とは裏腹に、次作『民よ、わが民よ』の数倍もラジカルで実験的でハチャメチャなアルバム(これにもマッシリア・サウンドシステムが大きく関わっている)だった(YouTubeリンクを貼ったので聴いてみてください)。
実を言えば、当時(つまり2003年〜2005年頃)私たちがラ・タルヴェーロに抱いていた興味というのはもっぱらこのラジカルさだったようなキライがある。”南フランス深部から世界を射つラジカルな民謡パワー”みたいな。”レゲエ、ブラジル、ポルトガル、ブルターニュ、エレクトロニクスと過激にミクスチャーするオクシタニア”みたいな。オクシタニアのアヴェイロン県ラルザック軍用地反対闘争(1971年〜81年、反対派の勝利!)を現地で戦い、ジョゼ・ボヴェの反グローバリゼーション運動に連帯していたダニエルが、闘士肌丸出しのオック語歌詞で地方と中央の政治を糾弾し、Un autre monde est possible (もうひとつの世界は可能だ)とアルテルモンディアリストなメッセージを南仏の田舎から世界に発する、これが私が勝手に描いていたオクシタン・ムーヴメントの音楽だった。それにはなによりもラジカルでなければならなかったのだね。音楽よりも”ムーヴメント”や”社会性”に興味を持ってしまう悪い性分。
日本盤の『民よ、わが民よ』は発売20数年後の今日、まだ在庫があるらしい。話題にならなかったし、高く評価もされなかった。それはそれで仕方がない。その後のラ・タルヴェーロのアルバムも、日本に紹介しようと努力はしたのであるが、なかなか”純オリジナル”の闘士型アルバムが出てくれなくて、「子供向け」として制作された”Quincarlet"(2005年)、トラッドの採譜レパートリー集”Cants e musicas del país de Lodeva ”(2006年)... とか私自身が食指が伸びないアルバムが続いて...。闘争メッセージの曲が多かった2007年の『ブラマディス』は私が歌詞訳して日本盤が出たらしい。その後のアルバムは(子供もの、純トラッド採譜もの、ダンス教習ものを除いて)爺ブログはちゃんと紹介しているはず。『ソパック・エ・パタック』(2009年)、『ソレルー・ソレライール(さんさんの太陽)』(2014年)、『A Tu Vai (ごたくはたくさんだ)』(2020年)など、私の紹介にも力が入っている(が、それほど読まれていない)。その途中で、2011年から12年にかけて、ブラジル・ノルデスティ(ペルナンブーコ)の代表的アーチストのひとり、シルヴェリオ・ペソアとのジョイントプロジェクト"ForrOccitania"(フォホオクシタニア)のアルバム制作と(フランスとブラジルの)ツアーという出来事もあった (←私このツアー見ていない)。
で、正直なところ、ー ロッドーの歌詞の上の闘士気質は衰えていないのだけど ー あの2003年当時のラジカルさはどんどん薄くなっているなあ、というのが偽りのない印象。思えば、あの当時フランスのメジャーのレコード会社から作品を発表していたファビュルス・トルバドール(クロード・シクル)も、音楽シーンでの登場はほとんどなくなってしまったし、まだまだ元気なマッシリア・サウンドシステムでもたまにやるツアーの規模も、会場の器もどんどん小さくなっていった。みんな私と同世代。ダニエルは私と同い年、クロード・シクルはちょっと上、タトゥー(マッシリア)はちょっと下、だけどみんな70代である。人が老いていくことはしかたないことではあるが、Time waits for no one. 女性のことで失礼を覚悟で言えば、可憐な野鳥のようだったセリーヌ・リカールは貫禄の「大地の母」になってしまった。
2025年10月、ラ・タルヴェーロは長年バンドの重鎮だったクラリネッティスト/サクソフォニストのファブリス・ルージエ(Fabrice Rougier)を失い、2026年1月に追悼コンサートを行った。その同じ月、バンドはタルン県のラカーズ城(Château de Lacaze 15世紀建造)のオーディトリアムを5日間借り切り、バル(オクシタニアのバル・トラッドは Balèti バレティと呼ばれる)でのライヴ演奏と同じ条件(ダニエルの言葉では、一切の”frlabiaque = 南西フランス/オクシタニア地方の俗語表現で小細工”なし)でレコーディングしたのがこのアルバム『バレティ・ブルース』であり、アルバムはファブリス・ルージエに捧げられた。そしてジャケット写真およびヴィデオクリップはタルン県ラバルト=ブレイ(Labarthe-Bleys)村にある赤土のマラヴァル砂丘(Dunes de Maraval ↓)で撮影された。
ダニエル曰く、他のアルバムに比べたら、とても「ルーツ roots」な音であり、ラ・タルヴェーロがバレティでやっていることを忠実に再現している、と。キーワードはルーツである。私がそれまで好きだったスタジオ遊び的なダブやエレクトロニクスやエフェクトやコラージュやらを一切排除して、アンプラグドの楽器の生音と肉声ヴォーカルの一発録り。もう一つのキーワードはタイトルにある(バレティ・)ブルースという言葉だろう。(門外漢の私であるが)1920年代のアメリカ南部録音のブルース音楽とどこか通じるものがあるように聞こえる。
このアコースティックでオーガニックでルーツなアルバム録音に登場するのは4人編成ラ・タルヴェーロ:
ダニエル・ロッドー:ヴォーカル、ディアベルトン、コルヌミューズ(バグパイプ)3種、ポドリトミー(足踏み)、ハーモニカ
セリーヌ・リカール:ヴォーカル、フィフル笛、オーボエ、口琴、ブラウ
アエリス・ロッドー:ヴォーカル、ヴァイオリン、ヴィオラ、アルファイア
ゾエ・デュラン:ヴォーカル、バンジョー、タンブリン
オーガニックな女性上位。 元始女性は太陽であった。この4人がバレティで老若男女をダンスの陶酔へと誘っていく。
8曲目 "La Ressegaira"のヴィデオクリップ(↓マラヴァル砂丘で撮影)
11トラック48分。11トラックと言っても、2曲をメドレーにしたトラックが3つあるので曲数では14曲ということになるのかな。採譜トラッド曲もロッドー作オリジナル曲もほとんどが既発のCDアルバムに収められていた(ダンス)楽曲で、これは一種のラ・タルヴェーロの”ベスト・オブ・バレティ”選曲のアンプラグド・ライヴ再録音集。しかしながら、曲によってはダニエルが新しい詞に変えてある。世情を見て黙っていられないタチなので、ダニエルは言う。例えば上にヴィデオを貼った "La Ressegaira"というブーレ曲は、2000年に発表した"Fabuem Ribòta"(アルビジョワ、ルエルグ・ケルシー地方のオクシタンダンス曲集)というアルバムに収められているが、この新しいヴァージョンではこんな5行の詞の繰り返しになっている。
L’amor de la planeta 地球を愛する心を
Lo nos cal ben servar 私たちは持ち続けなければ
Lo nos cal ben servar 私たちは持ち続けなければ
L’amor de la planeta 地球を愛すること
La podèm pas trompar 私たちは裏切ってはいけない
昨今の世界状況を見て、繰り返し唱えたくなる気持ちをダニエルたちは抑えない。バル(バレティ)では、聴衆は歌詞に気を留めるだろうか。このあたりは、マッシリアのライヴなどにも同じ印象を持ってしまうのだが、マッシリアに集まる連中は、ゴキゲンに騒いで楽しむのが目的で、歌詞なんかどうでもいいかと言うと、みんな暗記して唱和できるほど歌詞を知っている。ラ・タルヴェーロのバルはダンソ!ダンソ !(Dança, dança 踊ろう!踊ろう!)で踊るのが第一義のように見えて、たぶんメッセージは伝わっているのだろう。民衆の闘士ダニエルがダンスパーティーの音楽/ダンスのアジテーターである姿は晴々しい。
アルバム2曲目で、(上述したが)私がラ・タルヴェーロを知るきっかけとなったアルバムであり、おそらく最高傑作と私が勝手に思っている『民よ、わが民よ』(2003年)の最初の歌(track 2 !)"Lo prumièr de mai(5月1日)"が、23年後にアンプラグド再録音で再訪されている。この新録音がネット上で公開されていないので、ここで”聴き比べ”紹介できないのが残念だが、23年前、たくさんの楽器と多重のコーラスワークとエフェクトでまさにアヴァンなトラッドダンス(スコティッシュ)ヴァージョンだったこの曲が、セリーヌとアエリスの母娘掛け合いヴォーカル、バンジョーとコルヌミューズのシンプルで音数少ないユニゾン伴奏、なんとも原初的な牧歌ワールドが現出している。ルーツとはこのことだと思う。ダニエルはこういう”地(じ)の音”に戻ってみたかったんだろう。私は23年前にダニエルたちと出会った時は、音楽業界の一”商人”であった。つまりダニエルたちの音楽を”売りたい”と思っていた人間として会った。だからその23年前の斬新さ、ラジカルさ、突拍子のなさに魅了されて、これは「新しい!」と飛びついたのだろう。もしも23年前に、このアンプラグドの録音を聞かされたら、「これは売れませんよ」と言っていたに違いない。そういう当時の私の愚考を、23年後に、しっかり戒められたのだ。
これを書いている1週間後の8月21日、コルド・シュル・シエルでセリーヌとダニエルに22年ぶりの再会を果たす。しっかり叱ってもらおう。歳取らないとわからないこともあるのだ。
<<< トラックリスト >>>
1. Viva las Sentantinas !
2. Lo prumièr de mai
3. La passèm
4. Seguida de rigaudons
5. Tindelon / Lo menal
6. La femna del fabre (下に貼ったYouTubeは別録音のヴァージョンです)
7. Balada / Libertat liberdatde
8. La ressegaira
9. Lo Brisa pè
10. Pèire e Joan / Las bacinas
11. Farandòla dels Martins
La Talvera "Balèti Blues"
CORDAE/La Talvera CD Tal24
フランスでのリリース:2026年7月
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)"La femna del fabre" 2021年撮影のクリップ。クラリネットでファブリス・ルージェ(2025年没)の姿も見える。



























