2026年3月8日日曜日
そ、そ、そ、ソリダリテ!
『女たちの家』
2025年フランス映画
監督:メリッサ・ゴデ(初長編映画)
主演:カリン・ヴィアール、レティシア・ドッシュ、エイエ・アイダラ、ウーラヤ・アマムラ、ジュリエット・アルマネ
フランス公開:2026年3月4日
「ラ・メゾン・デ・ファム La Maison des Femmes」はフランスに実在する医療機関である。パリ北郊外サン・ドニにある公立総合病院施設ホピタル・ドラフォンテーヌ(サン・ドニ医療センター)の産科主任だった産婦人科医ガーダ・ハテム=ガンツェールが、臨床経験から多くの女性たちが性暴力および暴力によって心身に大きな影響を被っているにも関わらず、患者たちがそのことを訴えるのは稀で、その被害を訴えてもそれに対応できる医療機関が存在しない、という現実に抵抗して、同病院内に独立した施設として性暴力/暴力やハラスメントの被害者女性専用の医療・心神医療センターを2016年に開設したことが始まり。
このフィクション映画は、その「ラ・メゾン・デ・ファム」の実際の活動をベースに展開するメゾンの医師たちスタッフたちの奮闘を描くものである。メゾン創設者ガーダ・ハテム=ガンツェールをモデルにしたこのメゾンの責任者であるディアーヌ(演カリン・ヴィアール)は産婦人科医であり、このメゾンの重要な活動のひとつである(主にアフリカ諸国のFGM=女性器切除慣習の被害者たちへの)クリトリス再生手術の執刀医でもある。この病院がそのクリトリス再生手術のパイオニアであることも大きな理由であろうが、このメゾンの門を叩く女性たちにはアフリカ出身者たちが少なくない。北郊外サン・ドニという土地柄もあって、エキゾチックな女性たちが多く見えるが、それだけではない。女性への暴力には人種も国籍もない。映画の重要なエピソードのひとつで、カトリーヌという名の65歳のフランス(白人)女性が裕福な環境にあるが、数十年もの間(社会的に地位も高いとされる)夫にひどい暴力を受け続けていて、このメゾンの門を叩いている。
傷ついた女性たちを迎えるメゾンの個性的なスタッフたちがみな素晴らしい。医師、理学療養士、心療カウンセラー、ソーシャルヘルパー、セラピーアトリエのアニメーター...。演じるのはレティシア・ドッシュ、エイエ・アイダラ、ウーラヤ・アマムラ、ジュリエット・アルマネ、そしてこの”女性世界”の中でひとり”白人男性医師”ということだけでともすれば敵視白眼視を避けられない運命にある心療医チームのチーフという役でピエール・ドラドンシャン(これが度量の広い人徳者的立ち回りで信頼を勝ち得ていて、好演)。みなこのメゾンの仕事に誇りを持っていて、女性たちへの世の理不尽に熱血的に立ち向かっていく姿勢は揺るぎない。が、実は揺るぎはあり、この激務をこなす上での施設の予算も人員も少なく、患者=女性被害者たちの数は増加の一途だがその来訪をメゾンは拒んではいけない、ゆえにスタッフへの負担は増大していく...。院長ディアーヌはそのストレスを軽減するために、毎日プールで泳ぐことを忘れない。映画は何度かその水泳シーンを映し出すが、これ本当にカリーヌ・ヴィアールが泳いでいるのだろうか、実に見事なクロール泳法で観る者のストレスも運び去ってくれるような美しさ。
さてこの種の社会的な理不尽さと(人知れず)闘う人々の連帯を描いたフランス映画を、当ブログでは既に3本紹介している。マイウェン監督の『ポリス(Polisse)』(2011年 = 未成年児童が被害者および加害者となる事件すべてを担当するパリ警察・未成年保護部隊BPM、カリン・ヴィアールも隊員のひとりとして出演している)、トレダノ&ナカッシュ監督の『規格はずれ (Hors Norme)』(2019年 = 自閉症児たちを迎える民間NGO施設の責任者=ヴァンサン・カセル、郊外でそのケアヘルパーを養育するエデュケーター=レダ・カテブ)、ルイ=ジュリアン・プチ監督『見えない女たち (Les Invisibles)』(2019年 = ホームレス、長期失業無収入者、元セックスワーカー、元刑務者などの困窮女性たちを日中のみ迎え各種サービスを提供する公立の収容施設)。いずれも卓抜な社会派映画である。しかしこの3本に共通しているのは、この弱者を守るために奮闘する女たち男たちに立ちはだかる壁となるのは、その敵たる社会的な理不尽さよりも、その上で監視する行政だったり役所だったり組織上部だったり、なのである。日常の奮闘激務に疲れながら、勇敢なヒーロー/ヒロインたちはこの”役所”の攻撃にも疲弊していく。悲劇はここにあるのだ。
この『メゾン・デ・ファム』にも監査が入り、資金の運用などについていろいろ難癖がつけられ、監督官が常駐するようになり、その報告次第では閉鎖もやむなし、という方向に。毎日これだけ多くの患者/被害者/困窮者が門を叩き、人員も時間も施設も足りないのに。”余分な”セラピーアトリエやリハビリジム活動など削ってしまえ、と求められたり。やり甲斐と誇りを持ってこの仕事に従事しているスタッフたちの前でディアーヌは絶対にこのメゾンは存続させる、と息巻くのであるが。
だがメゾンの現状というのは、そのままの(現予算のままの)”存続”というのは何らの解決ではなく、不十分な施設環境でスタッフたちの過酷な労働条件の悪化は止められない。国や公共機関の施し予算に頼りっぱなしではいられない。ディアーヌはこの危機を、”禍転じて福”とすべく、性暴力やDVなどの女性の問題に理解あるメディア/市民/大企業の協力を訴え、メゾンの拡張化/増設化のプランを立てる。マスコミに露出し、大企業を巡回訪問し、Tシャツなどのグッズを販売し...。行動する産婦人科長、こういう姿のカリン・ヴィアールは堂に入っている。
映画はメインにこのメゾンの日常的な活動を映し出す。やってくる女性たちは性暴力被害者、DV被害者、性器切除や強制結婚から逃れて難民となってフランスに辿り着いた女性、”事故的”に妊娠してしまった未成年女性、ハラスメントで精神を病んでしまった女性、極端な家父長制因習に耐えられず家庭を飛び出した女性...。長い間タブー視されていたアフリカの女性器切除慣習の被害者が、失われた”女性”を求めてクリトリス再生手術を願い出る者もいる(この”再生”のドラマがこの映画の最重要シーンの一つでもある)。反面(北アフリカ系の家父長制因習の影響と思われるが)家族親族や同じ共同体の人々に指弾されない、真っ当な結婚をしたいので、”処女膜再生手術”をして欲しいと嘆願する娘もいる。← これに対してスタッフは世の”ヒーメン神話”のウソを説明し、それを理由に結婚できない社会にあなたは生きていないと説き、もしもあなたがその時点その種のハラスメントを受けたら、もう一度ここに来なさい、解決策はある、と。
同時にこのスタッフたちも生身の人間であるから、それぞれ個人的な事情も悩みもある。ディアーヌの右腕のような立場の現場チーフであるマノン(演レティシア・ドッシュ)は、仕事はめっぽうできるしこのメゾンを愛する気持ちは誰よりも強いのだが、往々にして家庭(独立心の強いやり手の夫+幼い息子)との兼ね合いが難しく、メゾンの仕事を優先させてしまう傾向があり、それが夫婦の危機にまで達してしまいそうになる。ディアーヌはマノンと徹夜で飲み、その悩みを解消しようとする。仕事が好きか夫が好きか、その両方が好きだったら、両方ともものにしてしまえばいい(←ごもっともな意見)。
心療内科医のたまごとして、パリ6区の”高級”病院のポストを断って、この郊外病院の”女性専科”メゾンに研修スタッフとなって仲間入りしたイネス(演ウーラヤ・アマムラ)は、傷ついた女性たちがこのメゾンで少しずつ治癒し再生していくさまざまなドラマを目の当たりで見ることで、この仕事こそ自分が探していたこと、と目覚めていく。しかし彼女に好環境で安定した医師コースを用意していた母はイネスの選択が全く理解できず、二人の関係は悪化する(←まあ、円満なエンディングはあるのだが)。イネスは悩みを上司同僚に告白する。
そういったスタッフたちの悩みやストレスを一挙に解消してしまうのが、一緒に飲み、一緒に踊り、一緒に歌い、一緒に騒ぐ、というクラブやディスコまがいの場所でのお祭り騒ぎなのである。この戦士たちの羽目はずしシーンというのは、上に紹介した3本の映画『ポリス』、『規格はずれ』、『見えない女たち』にも共通して登場するし、これが観る者を本当に幸せにするし、映画を見事に救ってくれるのである。
しかしこの映画にも暗部はあり、本文の最初の方で紹介した(DV被害でカウンセリングを受けていた)65歳のブルジョワ白人女性カトリーヌが、夫の暴力によって殺されてしまうのである。なぜメゾンはカトリーヌを救えなかったのか。このショックこそ、今日のフランスで1日に2人の女性が殺されている(2025年の数字で年間782人の被害者)というフェミサイドの現実なのである。だからこそ、このようなメゾンはもっともっと増えなければならない。
映画の結末部は、晴れて監査報告がこのメゾンの存続を認めただけでなく、ディアーヌのメゾンの拡大と増設のプランも多くの寄付賛同が得られて具体的に進行するようになる、という朗報をバックに、ディアーヌをはじめ傷ついた女性たちを守り治癒再生させる現場で働くスタッフたちが全員街頭に出て、「フェミサイド糾弾デモ」の最前列で(バトゥカーダのリズムに乗って)踊りながら行進していく、という素晴らしいエンディング!こういうヒロイン/ヒーローたちは映画の中だけでなく、実際に現場にたくさんいるのだ、ということを私は知っている。多くの人に知ってもらいたい。
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)『女たちの家 La Maison des Femmes 』予告編
2026年2月13日金曜日
売れない作家の価値
『即仕事可』
2025年フランス映画
監督:ヴァレリー・ドンゼリ
主演:バスティアン・ブイヨン、アンドレ・マルコン、ヴィルジニー・ルドワイヤン
フランス公開:2026年2月4日
2025年ヴェネツィア映画祭最優秀脚本賞
原作はフランク・クールテスの自伝的小説”A Pied d'Oeuvre"(ガリマール刊 2023年)。フォトグラファーとしてそこそこ売れていた40歳過ぎの男ポール(演バスティアン・ブイヨン)が、小説家としてデビューする。第一作めはフランス語で "succeès d'estime(シュクセ・デスティム)"と呼ばれる、評論家受けだけが良くて売れ行きが芳しくない結果に終わっている。それでも出版社のプロモーションでテレビやラジオに出演したし、紙メディアに書評も多く登場した。出版社(映画でももろにガリマール社ということになっている)の編集担当のアリス(演ヴィルジニー・ルドワイヤン、冷徹なやり手プロという役どころ、 この女優に合ってる)は、この新人作家の才能を買っていて、これよりずっといいものが書けるはずだ、と激励半分モラハラ半分の態度で責めてくる。ポールは安定していたフォトグラファーという職業を捨て、文筆ひとつで生きようとするのだが、月日は経ち、出版社が出した次作品アドバンス(前払い金)も底を突き、月の収入は印税250ユーロだけになる。映画では時期ははっきりしないが、おそらくそれと同じ頃にポールは妻(この別れた妻の役を監督ヴァレリー・ドンゼリが演じている)と破局し、妻と子供二人(男と女、共に十代)は別居して地方に住み始める。ポールは小説を書き続けたいが、自分の生活費も稼がなければならない。
遅い時期に人生を変えたポール。安定を捨て、文芸作品を創造することこそ自分の道と決めたポールだが、このことを妻をはじめ誰も理解しようとしない。映画で重要な役割を担う実家の父(演アンドレ・マルコン)は、どこにでもいるフツーの親父のように息子のことを真剣に心配するのだが、どこにでもいるフツーの親父のように、文学のようなヤクザな道を捨ててフツーの大人になってほしいとばかり説教する保守反動ぶりである。父母と姉のいる実家の食卓で、ポールはひとりだけいつまでたっても小さな子供のままである自分を感じている。
作家とはどれほどまでに”喰えない”職業なのか。第一作の小説は5千部売ったという。これでは全く喰えない。それでも出版社は次作の原稿を待っている。良い作品が出来たら出版しますよ、という態度。だがその作品ができるまでの作家の生活を保証するわけではない。原稿の出来次第では平気でボツにする。そういう世界だから、余程の蓄えがあったり、裕福なバックボーンでもなければ、おいそれと作家になどなれないのだ。ポールは40歳過ぎてから、それに挑戦しているのだ。元の職業の財産だったマミヤ、ニコン、キャノンだのの高級カメラ機を売り、姉の所有する半地下階のアパート(2019年ポン・ジュノ監督韓国映画『パラサイト』を想わせる)に家賃タダで住まわせてもらい、創作活動を続けながら、生活のためにバイトしようと思っていた。
学歴はバカロレア止まり、職業経験のない高年齢者、そういう人間が公共の職業斡旋窓口へ行く。(文筆活動の)時間の余裕が残せるような仕事を探している、建物のコンシエルジュとか、ホテルの夜番フロント係とか...。斡旋窓口係に鼻で笑われる。
この労働の貧困化と不安定化をフランス語ではプレカリテ(précarité)と言い、1990年代から今日にかけて顕著になっている労働&生活環境の極貧化(格差と貧困率の増大)を表す言葉となっている。ポールは作家として生きることを選択した途端に、プレカリテ環境に突入してしまう。文学創造を選んだことは”意志”であっても、プレカリテは選んだことではないが意志と関係なくポールを包み込んでしまったのである。それでもポールは”書くこと”を続ける意志を曲げない。
映画はポールのさまざまな労働現場を映し出す。誰でもできる肉体労働というわけではない。それなりにコツと要領と用具(工具)が要る。時間も要る。それをレストランのチップほどの金額を労賃としてやらせようと言うのだ。ポールは卑屈にならずにそれを受けるが、作家であるからその現場と人間(依頼主)たちを観察し、メモすることを忘れない(→ それがポールの未来の小説の素材になっていく)。ヴァレリー・ドンゼリは茶目っ気でこれらの雑務依頼人として、エリック・レナール(Eric Reinhardt、中堅ベストセラー作家)、クリストファー・トンプソン(Christopher Thompson、俳優・映画作家、ダニエル・トンプソンの息子)、ミッシェル・ゴンドリー(映画作家)などをチョイ役出演させていて、これがなかなか利いている。チョイ役ということで言えば、フィリップ・カトリーヌも(いかにも不正直な)宝石商という役で出演している。
しかしポールの生活苦は止まらない。JOBBINGだけでは足らず、叔母から車を借りてVTC(自営ハイヤー)としても働き始める。そのハイヤーの客の中に、ポールのフォトグラファー時代をよく知っている男と出会ったりするのだが、ポールの転身を信じられない男の驚きにも動じず、ポールは後戻りなしの自分の生き方を通すのだった。もうひとつのハイヤーのエピソードは、空港からフォンテーヌブローの自宅まで送り届けた”寂しい”貴婦人に誘惑されるまま、そのベッドまで引き摺られ、セックスという運びになるのだが、長いことそれと遠ざかっていたことと”空腹”が原因でできなくなってしまう。悲しい。
映画の大きなターニングポイントはここで、そのフォンテーヌブローからパリに戻る夜道の途中、ポールの車は何かとてつもないものと衝突してしまう。それは鹿だった。鹿は死んでおらず流血して苦しんでいた。ポールは警察や消防(救急)に電話してなんとかこの鹿を救ってほしいと頼むのだが、どこも取り合ってくれない。ポールは鹿をトランクに載せ、アパートまで持って帰り、浴槽に置く。瀕死の鹿を目の前にした時、ポールの極度の空腹はこれが多量の食肉を含んでいると思ってしまうのだ。そしてカッターで鹿を捌いていく...。
翌朝、ポールのことが気がかりで通りかかったポールの父親は、アパートの異様な匂いと血だらけの床を見るや、激昂し、ポールの狂気のすべての原因はここにすべて入っていると、ポールの小説原稿すべてが保存されているノートパソコンを叩き壊してしまう。ポールは破壊されたパソコンを修理屋に持っていき、ハードディスクだけでも回収できたらと望むのだが、それそのものも破壊されてしまっている。俺はすべてを失ってしまった...。
しかし(映画ですから)(詳しくは書かないが)救いはある。すべてを失ったと思っていたポールに、数冊の真っさらノートとボールペンを授けし人あり。このタバコ屋ビストロの女主人は菩薩の化身のようだ。かくしてポールは手書きでノート数冊の長さの小説 "A pied d'oeuvre"を書き上げ、ガリマール社に届けるのだった。
"A pied d'oeuvre"は字句通りには”仕事に足がかかっている”という意味で、「仕事の準備ができている」「すぐにでも仕事ができる状態」のこと。よろず雑務ジョブを嫌がりもせず「すぐできますよ」と答えるプレカリテ労働者たちの合言葉のように聞こえる。小説にしても映画にしても良い題名だと思う。
一途に「俺には文学しかない」と腹を決めた中年男が、ルーザーになりかけながらどん底から生き返って小説を書き上げる。これはサクセスストーリーではない。それが証拠に、結末はガリマール社がこの小説を晴れて出版することになるのだが、そのことが「喰えるようになる」を意味していない。ポールは新作の書店サイン会の合間にも、JOBBINGアプリで明日の食い扶持の仕事を探し続けている。そういう生き方がポールを救ったように、ポールはその生き方を続けることに意味を見出している。売れない作家にも生きる意味がある。
ポールを演じたバスティアン・ブイヨンの打たれ強さと、そこから見える世界の見え方がこの映画を”見せる”ものにしている。誇り高い貧困者の姿がある。そこから”文学”と”創造”が浮かび上がるか、という問題は、原作本を読んで判断したい(未読)。映画はその”文学”よりも、それを選んだ中年男の生還の清々しさに心を動かされる。それはバスティアン・ブイヨンという男優の力によるものと言えよう。
最後に映画中で流れる3曲のシャンソン・フランセーズ : ヴァネッサ・パラディ「ジョー・ル・タクシー」、アラン・スーション「フール・サンティマンタル」、セルジュ・レジアニ「ル・ヴィユ・クープル」、あまりにも効果的で泣けること、泣けること... 。
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)『ア・ピエ・ドゥーヴル(A Pied d'Oeuvre)』予告編
2026年2月6日金曜日
Ils ont changé ma chanson, ma...
ミッシェル・デルペッシュ「哀しみの終わりに」
作詞:ジャン=ミッシェル・リヴァ、ミッシェル・デルペッシュ
作曲:クロード・モルガン
1974年 アルバム"Le Chasseur"所収
2026年1月から2月、わが娘の住むブルターニュ地方は3つの海洋ハリケーンに襲われ、それに伴う局地的集中豪雨で、海岸地帯から内陸深くまで大洪水に見舞われ、長期にわたる波状降雨のため水が引かず、私たちは毎日のようにブルターニュの洪水惨状をテレビで見ていた。気候変動による甚大な自然災害に、私たちの目は慣れっこになってしまったようだが、壊滅的な被害で家屋を失った人たちの悲痛な姿を見るにつけ、わが身にいつ起こっても不思議ではない病んだ地球の現状に気が重くなる。
今から10年前の2016年1月、ボウイーと同じ正月に、ボウイーと同じ歳(69歳)で、ボウイーと同じガンでこの世を去ったミッシェル・デルペッシュ。この歌が出た1974年頃は、日本でもそこそこ知られていて、ポルナレフ、ジュリアン・クレールなど共に(おシャンソンから脱皮した新しめの)”フレンチ・ポップス”のアーチストとして紹介されていて、「青春に乾杯 (Pour un flirt)」、「ワイト・イズ・ワイト (Wight is Wight)」の2曲は1972年当時、青森のAM局でもよく聞こえてきたものだ。その人気を裏づけるように、この1974年の"La Maison est en ruine"は本国フランスでシングルカットされなかったのに、日本では「悲しみの終わりに」とムード的な日本題がついてキングレコードからシングル化されたのだった。この人の場合、フランスでは都会性よりも土の香りに近いような、ずっと後年にオーガニックとかエコロジックと言われるようになる自然/田舎情緒がつきまとうのであるが、1974年のアルバム "Le Chasseur (狩人)”はまさにその傾向の曲が多く...。で、この曲はその田園牧歌調の良い例で、リンゴ農家が大災害(洪水)で家も果樹園も壊滅的打撃を受け、悲嘆に暮れてないで夫婦で別の土地でやり直そうと、自らに言い聞かせる歌なのね。「哀しみの終りに」という日本語題はまんざら当たってないというわけではないのね。
Avant l'inondation, c'était notre maison
洪水の前はそこが僕たちの家だった
C'était notre jardin
僕たちの庭だった
On avait réussi à se faire une vie
ここで生活を築き上げられたんだが
Et nous n'avons plus rien
今僕たちには何も残っていない
Regarde nos pommiers, ils n'ont pas résistés
このリンゴ畑を見てごらん、洪水の勢いに
Aux forces du torrent
耐えられなかった
On ne voit plus d'oiseaux, il n'y a que de l'eau
鳥の姿も見えない、あるのは風と
Et puis du vent
水だけだ
Allez viens mon amour
おいでモナムール、
Là-haut sur la colline
あの丘の上に行こう
Regarde, la maison est en ruine
見てごらん、僕たちの家は廃墟と化した
Il faut l'abandonner
放棄しなければならない
Et tu te fais du mal à pleurer
きみは泣いて自分を傷つけるけれど
Nous avons des amis là-haut sur la colline
あの丘の上で僕たちには友だちができるさ
On en a dans les villes voisines
隣町でも友だちができるさ
On est sûr de trouver quelqu'un qui voudra bien
きっと僕たちを助けてくれる人が
Nous aider
見つかるよ
On a vu bien des gens comme nous maintenant
僕たちのような人たちもたくさんいた
Qui avaient tout perdu, ils vont bien quelque part
すべてを失ってしまい、どこかに行ってしまった
Je voudrais bien savoir ce qu'ils sont devenus
あの人たちがどうなったのか僕は知りたい
Tu sais je n'ai pas peur, il y a peut-être ailleurs
僕は怖くないよ、たぶんよその地にも
Des coins plus beaux qu'ici
ここよりも美しいところがあるかもしれない
Regarde la vallée, le village est noyé
あの谷を見てごらん、村は水に沈んでしまった
Tout est fini
すべてはおしまいさ
Allez viens mon amour
おいでモナムール、
Là-haut sur la colline
あの丘の上に行こう
Regarde, la maison est en ruine
見てごらん、僕たちの家は廃墟と化した
Il faut l'abandonner
放棄しなければならない
Et tu te fais du mal à pleurer
きみは泣いて自分を傷つけるけれど
Nous avons des amis là-haut sur la colline
あの丘の上で僕たちには友だちができるさ
On en a dans les villes voisines
隣町でも友だちができるさ
On est sûr de trouver quelqu'un qui voudra bien
きっと僕たちを助けてくれる人が
Nous aider
見つかるよ
Allez viens mon amour
おいでモナムール
On recommencera
もう一度やり直すんだ
Il me reste mon coeur et mes bras
僕にはまだ心と両腕がある
La maison mon amour, on la rebâtira
モナムール、僕たちの家をもう一度建てよう
Toi et moi
きみと僕とで
Allez viens mon amour
おいでモナムール
Là-haut sur la colline
あの丘の上に行こう
Regarde, la maison est en ruine
見てごらん、僕たちの家は廃墟と化した
名唱ではありませんか。大災害ですべてを失った夫婦の、絶望からの立ち上がりを歌い上げる。傍らで泣いてばかりいる妻に「おいでモナムール (Allez viens mon amour)」と声をかけ、あの丘の上に行こう Running up that hill と一歩を踏み出す。エモーショナル。だが... この「モナムール」という呼びかけに、執拗に注目してしまった日本人がいたのだね。
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Look what they've done to my song, ma...
2026年2月4日18時頃、フランス国営ラジオFIPで、私はこの日本語カヴァーヴァージョンを初めて聴いた。わが最愛のラジオFIPは、開局55年の歴史を持つ世界的に定評あるオールラウンド選曲の音楽FMであるが、日本の楽曲はかなり重要な頻度でオンエアされ、ここ5年ほどは70/80年代のいわゆる「シティーポップ」が驚くほどハバを利かせている。こんな選曲はフランスではここしかないだろうが、私が日本からフランスに移住した後の時期の日本産ポップスなので私も知らない曲がほとんどだ。
このデルペッシュ”La maison est en ruine"の日本語カヴァー(シティーポップ)ヴァージョンは、1983年日本コロンピアからリリースされていて、タイトルは「いってモナムール」、アーチスト名は清野由美(せいの・ゆみ)。80年代に3種のレコードを出していて、この曲は1983年のLP”Continental"のB面1曲めに収められている。アーチスト自身は80年代で第一線を退いていたようだが、昨今のシティーポップ再評価のおかげで再び脚光を浴びているような話もあるらしい。この人に関して私には全く情報がない。ただ2月4日のFIPでのオンエアの際に、FIPのアニマトリス嬢が「デルペッシュのあの曲がシティーポップとして魔法のような変身」とベタ褒めの紹介をしていた。そりゃあ、一聴して大変身ですとも。
恋人より情婦がいい
歯止めもなく溺れて行く
そんな時が私は好き
薄い絹の灯りの中
爪を噛めばやがて浅く
やがて深く泡立つ
男は風 女は空
揺れてきしむ愛よ
いってモナムール いってモナムール
好きと
いってモナムール いってモナムール
ただひと言好きと
いってモナムール いってモナムール
好きと
これをかなりハイランクな(複雑にオシャレで都会的で洗練された)シティーポップとして持ち上げるFIPリスナーたちのことがわからないわけではない。レコード会社がフランスの権利者からちゃんと許諾をとった上でのカヴァー・ヴァージョン制作だったであろうから、文句つける筋合いはないのではあるが、この日本語詞、かなり問題あると私は思うのだよ。”訳詞”としていないから、どんな歌詞になろうが知ったこっちゃないのかな。日本語詞を書いたのは杉山政美という作詞家。”官能”ものである。「いってモナムール」というキメは、どうにも下卑て聞こえる。これ、原曲へのリスペクトという観点が大きく欠落している。デルペッシュは一度でもこのヴァージョン聞いたのかな?
(↓)古賀力のカヴァー。これはおシャンソンになってしまう。これもなぁ...。
(↓)私の歌を無茶苦茶にしたのはダリだ(Look what they've done to my song, ma)
2026年1月24日土曜日
「贋札のセザンヌ」と呼ばれた男
『ボヤルスキー事件』
2025年フランス映画
監督:ジャン=ポール・サロメ
主演:レダ・カテブ、サラ・ジロドー、バスティアン・ブイヨン、ピエール・ロタン
フランス公開:2026年1月14日
実在した人物、実際にあった事件に基づくフィクション映画。チェスラフ・ヤン・ボヤルスキー(1912 - 2003)はポーランド生れのエンジニア、第二次大戦中ポーランド兵としてハンガリーで捕虜になり、脱走してフランスに辿り着いた。この男が後年1950年から1964年まで、フランス”銀行”を震撼させた贋札事件の主犯(と言うより単独犯)となるのだが、映画はこの人物を孤高のアーチストとして描く擬似バイオピックとなっている。文句なしにレダ・カテブのキャラが良い。この帽子とメガネと口髭は昭和天皇である。自宅地下の秘密基地のような贋札工房に一人籠もって精密な紙幣印刷に打ち込むボヤルスキー=レダ・カテブの姿に、私は東京空襲激しいさなか皇居の地下バンカーでひとり特設海洋研究室に籠もって顕微鏡でヒドラを観察する昭和天皇の姿(cf 2005年アレクサンドル・ソコロフ映画『太陽』)を想ってしまったが、フランスの映画館でそんなこと想像する私はかなり異質であるよね。
映画の重要なファクターの一つが”移民”問題である。戦後期とは言え高度成長期に入る前は、ポーランド系帰化人であるボヤルスキーには職探しなどで難関に直面する。技術者としてしっかりとした基礎があるにも関わらず、まともな職はない。ポーランド移民には仕方なく”危ない道”に踏み込む部分もある。それがボヤルスキーのダチのアントン(演ピエール・ロタン)の場合で、”やばい”方面で生きているので金遣いも荒く、ボヤルスキーはこの男と関わるのは危険だと一時は絶交するのであるが、結局”ダチ”の縁を断ち切れず、映画の終わりはこのアントンから”足がつき”、逮捕されることになる。ポーランドをはじめ戦後期の東欧からの移民は共産主義から逃れてのこと。帰国の意思を断ち、フランス同化を望むが、フランスの”戦後”もそれどころではない状況だったろう。ボヤルスキーに関しては、大戦中にフランスの抗独レジスタンスとして動いていたこともあり、フランスはこの元レジスタンス闘士に好待遇で処さねばならないはずなのだが、根深い移民レイシズムはそれを妨げる。因みにそのレジスタンスでのボヤルスキーの活動というのが、その高度な図面工作技術を買われて、活動家たちやユダヤ人たちを国境検問通過させるための身分証明書やパスポートの偽造であった。この精巧な偽造技術が...。
ボヤルスキーは技術者であり発明家である。さまざまな発明の特許を取って製造会社に売り込もうとするのだが、そのフランス語力が禍い(特許申請書や取説の仏語間違い)したり、発明を横取りされたり。この映画の中だけでも、電動歯ブラシ、インク漏れのないボールペン、高さ調節自在の回転椅子、カプセル式コーヒーマシーンなどがボヤルスキー発明品が出てくるが、どれも商業化に至らない。この天才発明家は日の目を見ることはない。そこで戦争中の証明書偽造のテクニックが...。映画では最初はギャング界からその技術を贋札に使ってみてはと誘われて...。
ボヤルスキーは美しくもウブな富裕ブルジョワ娘シュザンヌ(演サラ・ジロドー)と恋に落ち、結婚して二人の子供をもうけることになるが、この関係はきわめて純愛のように描かれる。サラ・ジロドーは(ウブな)純愛の似合う女優さんだ。その純愛は映画の最後まで貫かれる。しかしボヤルスキーは昼は売れない発明家/夜は改造地下室に籠もって贋札づくりという”二重生活”をひた隠しに隠していた(だがバレる)。まあ犯罪者としては当然の防御ではあるが、このマニアックな秘密主義は孤高の人としての描かれ方の重要なファクターである。
奇しくも今”マニアック”という形容詞を使ったが、まさにこの形容詞がこの主人公のほとんどを語っている。その地下贋札工房の工作機械・印刷システム・製紙プロセス・多重刷りの各銅板原版の手彫り、全部自身のオリジナルであり一人で数ヶ月をかけて作業する。この作成過程の現場に映画を観る者は立ち会うわけである。鬼気迫る巨匠の創作現場を見る思いがする。
ボヤルスキー作の贋札は3種。まずミネルヴァとヘラクレスが描かれた1000フラン札(1945年から流通)、これをボヤルスキーは1950年に作った。次いで1958年に、大地の女神ポーモーナと海の女神アムピトリーテーを描いた「大地と海」と称される5000フラン札。映画ではこの時から完全にボヤルスキーの単独犯行、つまり完全に秘密裏に印刷されこの紙幣を(最初に)使うのはボヤルスキーひとり。この紙幣の使用に関して、ボヤルスキーは3つの鉄則を自ら定める: 1. 1店舗につき1枚の紙幣のみ使用すること / 2. 決してこれ見よがしにならないこと / 3. 秘密厳守。
しかしこれはあくまでも犯罪なので、それを追求する警察もあの手この手でこの贋札犯を追うのである。そのチーフが当時フランスの随一の刑事と呼ばれたマテイ警視(演バスティアン・ブイヨン、怪演!)であったが、ダンディーな佇まい、派手な立ち回り(メディア出たがり)、政財界とのコネ、いかにも戦後サスペンス映画的なキャラなのである。しかし懸命の捜査にも関わらず10年以上もこの贋札犯を取り逃がしているマテイは、警察の中心から左遷され、パリ警察の屋根裏部屋に異動させられるほど落ちぶれる。マテイは燃えたぎる執念でこの事件を追い続ける。贋札の成分分析で、使用されている紙の原料が、巻きタバコの巻紙として市販されているOCBの巻紙であることがわかる。全国のタバコ屋でこの巻紙を大量に購入する人物をマークせよ。この作戦で、絞り出された某地方都市のタバコ屋、警察の張り込み、罠にはまりかかるボヤルスキー、しかし....。寸でのところで警察はこの男を取り逃してしまう...。
もうひとついいシーン。それはマテイとボヤルスキーの電話での会話。絶対にあなた(そうなのですよ、マテイは犯人を "vous"で呼ぶのだよ)を捕らえてみせると言うマテイに、私は捕らえられる前に(贋札作りを)やめてしまうかもしれないとボヤルスキーが堪えると、マテイは「あなたはやめるわけがない、あなたがそれを金のためにやっているのではないということを私は知っているから」と(!!!) ー すばり見抜いているのだ。これは金目的の行為ではない。いつの日か世に認められる芸術家の営為である。映画は孤高の芸術家をここで見てしまうのである。
慎ましやかであり、目立つことなく、人知れず秘密厳守で生き通したかったボヤルスキーだが、↑で書いたようにその原則を肝に銘じることができないポーランド友のアントンのせいで足がついて、ついに逮捕されてしまう。その秘密印刷所での贋札印刷工程の信じ難いほどの緻密さに、警察・政府・フランス銀行は驚愕するのだが....。
その偏執的なアルチザン/アーチスト気質を持ったボヤルスキーのなりわい、マテイ刑事の情念的で執拗な捜査追跡、妻ジュリエットとの揺るぎない純愛、すべてにおいてよく出来た映画。これだけの大事件ながら、それまで小説化も映画化もされなかったのが不思議である。俳優レダ・カテブは、『ジャンゴ』(2017年)よりも『ボヤルスキー』の方が自身の代表作として映画史に残ると思いますよ。
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)『ボヤルスキー事件』予告編
2026年1月12日月曜日
華麗なるアンドレ・ポップの世界 その3:故にわれあり
ブリジット・バルドー「われ踊る故にわれあり」
1964年シングル
作詞:ジャン=クロード・マスーリエ
作曲:アンドレ・ポップ
伴奏:アラン・ゴラゲール楽団
2025年12月28日、91歳でこの世を去ったブリジット・バルドーの1964年の4曲入りシングルでリリースされ、同年のバルドー2枚めのLPアルバム”B.B.”にも収録された曲。この時B.B.は29歳。映画史的にはゴダール『軽蔑』(1963年)とルイ・マル『ビバ!マリア』(1965年)の間。バルドー個人史的には2番目の夫ジャック・シャリエ(バルドーの唯一の子ニコラの父)と離婚、次の恋人サミ・フレイとも破局、この当時はブラジル人バスケットボール選手ボブ・ザギュリーと交際中で、その次にドイツ人大富豪ギュンター・ザックスが3番目の夫になる。
1964年、われわれ爺世代には「東京オリンピック&新幹線」の年として記憶されている。ど真ん中の高度成長期であった。ちなみに私は東北のただの小学生だった。
そして1964年フランスの映画と言えば、ジャック・ドミー『シェルブールの雨傘』(同年カンヌ映画祭パルム・ドール賞)だった。この時主演のカトリーヌ・ドヌーヴは20歳。バルドーとドヌーヴの犬猿関係はよく知られるところだが、何かに付けてドヌーヴの悪口を言うのはバルドーであった(これだけで一冊の本が書けそう)。まあこの際はっきりさせておくと、私ははっきりドヌーヴ贔屓です。
Je danse donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Ce n'est pas pour c'que tu penses
あなたが想像してることのためなんかじゃない
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ
Ne prends pas cet air triste
そんな悲しい顔しないで
Et ne prends pas la peine
私に愛を告げるために
De prendre tout ton temps à me dire que tu m'aimes
あなたの全時間を費やすなんて無駄なことよ
Je ne me fixe pas
私はひとりに決めたりしないから
Je ne prends pas racine
私はひとつところに留まったりしないから
Je ne suis pas de celles qu'un regard assassine
私は目配せ一つでイチコロに参る女とは違うの
Je danse, donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Moi je te suis pour la danse
あなたとダンスするだけのためなの
Faut pas que tu penses
あなたが私をモノにしたなんて
Que c'est acquis
勘違いしないでよ
C'est à toi de jouer et de savoir me plaire
あなたが探す番よ、私の気をどうやって引くのか
Je ne dis pas qu'un jour il ne puisse se faire
ダンスが終わった時に私が罠にかかったままでいるなんてことが
Que la danse finie, je reste prise au piège
いつか起こるのかしら
Qui sera celui-là peut-être toi, qu'en sais-je
そんな人誰なのか、たぶんあなたなのか、そんなこと知らないわ
Je danse donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Ce n'est pas pour c'que tu penses
あなたが想像してることのためなんかじゃない
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ
森の木陰でどんじゃらほい、コギトさんがそろって賑やかに。
哲人ルネ・デカルト(1596 - 1650) 曰く、コギト・エルゴ・スム = われ思う、故にわれあり = Je pense donc je suis(ジュ・パンス・ドンク・ジュ・シュイ)ー われ考えるコギトさんが、B.B.にあってはわれ踊るコギトさんになってしまう。1956年B.B.を全世界に知らしめた映画『素直な悪女 (E Dieu... créa la femme)』において主人公ジュリエット(演 B.B.)は踊るコギトであり、ダンスがその存在理由であり、ダンスは何よりも雄弁で挑発的で官能的で男たちを狂わさずにはおかないのだった。(↓『素直な悪女』ダンスシーン)
(↓)そのダンスの基礎は幼い頃からみっちり(コンセルヴァトワールで)仕込まれたクラシック・バレエであった。
(↓)何でも踊れる:フラメンコ(1958年大晦日テレビショー)
(↓)何でも踊れる:ロックンロール(1960年『真実』)
(↓)何でも踊れる:ツイスト(1962年「スロットマシーン」詞曲ゲンズブール)
まさに存在するが故に踊るスーパー映画スター、ブリジット・バルドーのためにデカルトの命題を引き合いに作詞作曲された「われ踊る故にわれあり Je Danse Donc Je Suis」。作詞のジャン=クロード・マスーリエ(1932 - 2009)は男優・歌手・テレビ司会者などでフランスではかなり名の知れた芸能界人だが、作詞家としても多作家でダリダ、イザベル・オーブレ、セリーヌ・ディオン、マルセル・アモン、マリー・ラフォレなどによって歌われている。そしてわれらがアンドレ・ポップ(作曲)とのコンビでは、世界の人たちは知らなくても日本ではかなり知られているマルティーヌ・クレマンソー「ただ愛に生きるだけ(Un jour l'amour)」(1971年第2回ヤマハ世界歌謡祭グランプリ)という大傑作がある。
(↓)ブリジット・バルドー "Je danse donc je suis" / (sec edit)によるリミックス
2026年1月5日月曜日
爺ブログのレトロスペクティヴ 2025
爺ブログ史上、最少の記事数だった。それまでの最少は2015年の38本で、その「爺ブログのレトロスペクティヴ 2015 」では、「7-8-9-10月の闘病生活もあったので、それを考えると、よく頑張ってブログ記事書いたものだな、と自分を誉めて...」と書いてある。10年前私は頑張っていたのだな。2025年2月、肝臓の4分の1ほどを切除する手術を受けたが、重かったのだろう、それからのコンバレサンスにかなりの月日を要してしまい、体が痛みなく動けるようになったのは夏近かった。これを言い訳にしようと思っていたのだが、それだけではない。1年前の「爺ブログのレトロスペクティヴ 2024」で既に「端的に言えば、書けなくなっているのです」と(わざわざ太字にして)白状している。これは日本語力とフランス語力の低下の問題であり、それは「書くこと」だけではなく「聞くこと」も「読むこと」も、なのである。自ずと人に「話すこと」など...。私はこの10年間、さまざまな病院の医師・医療スタッフと面談するたびに、この人たちが私の理解できないことを(理解しない私に構わず)話し続けるという地獄の場面を経験してきた。私は私の病気の”現在位置”を把握していない。カフカ的。それでもこの治療をせよと言われれば定期的に(体に負担が重い)点滴治療を受け、音波熱や放射線を浴び、手術が効果的と言われれば言われるままに手術台に乗ってきた。その前よりもその後の方が良くなったという確証は私の理解力では得られるに至っていない。
2025年2月の手術は私が思っていた以上にダメージがきつかった。麻酔とその後の長期の鎮痛剤服用は脳に直接作用したような印象がある。その数ヶ月、私は本が読めなかった。読むことに集中できず、数行で寝落ちするありさまだった。滅多に日本語の本を読まない私であるが、フランス語だから読めないのであって日本語なら、と思って日本語の本を手にしたが結果は同じだった。2025年、おそらく私が手にしたフランス語の新刊書は20冊もない。わが町のFNACで立ち読みすることは”楽しみ”から”苦しみ”に変わった感がある。
映画にしても音楽にしても状態は似たようなもので、ついていけない/理解できないという印象が優っていて、その体験として流れる時間はおぼろげである場合が多くなった。過去のものを再体験することばかりが楽しみになりつつある。これはいかんと思いながら、ノスタルジーで涙することは増えつつある。
2025年度ゴンクール賞ローラン・モーヴィニエ著『La Maison Vide(空き家)』(744ページ!)は、その受賞が発表された11月から読み始めて2ヶ月、いまだに読み終えていない。年内に紹介記事を書きたかったが、私の頭の衰えなのだろうね、まだ600ページにも至っていない。近々必ず、と約束しましょう。ちょっと自分を鞭打たないとダメな時期なのだろう。
年始恒例のレトロスペクティヴ、(たった)31本(やっぱり恥じる)の記事で、多く読まれた記事10本を振り返ります。爺さん、それでもがんばったね。
(記事タイトルにリンク貼っているので、クリックすると該当記事に飛べます)
1.『イニシャルズ BB』(2025年8月3日掲載)2025年12月28日に91歳で亡くなったブリジット・バルドー、その直後から急激にビュー数を伸ばして、たった3日で2025年最多ビュー数記事に。元記事はラティーナ2009年12月号に載せた、良い意味でダイジェスト的なバルドー”入門”。50年代に始まる性と文化の革命の象徴的アイコンとして、世界の女性たちを変えてしまった功績を残したように褒めそやして書いているが、どうしたものだろうか。その(極右寄りでレイシスト丸出しの)政治的な言辞で5回の有罪判決を受けたことは、死の際に国民一致的な哀悼を妨げる大きな要因であった。一年前に死んだアラン・ドロンと同様に万人に愛された人ではない。『そして神は女をお創りになった Et Dieu... créa la femme』(1956年)の BBを懐かしみ、涙しよう。それだけのことはした女性である。
2. 『あんぽんたん』(2025年5月7日掲載)
冒頭でこう書いてある「80歳。8トラック31分、歌もの4トラック、インストルメンタル4トラック。歌もの4曲の作詞はご本人。ご自分ひとりだけでやりました感あふれる晩期ナレフこれでもかアルバム。」 ー ミッシェル・ポルナレフの2025年アルバム"Un temps pour elle"はかなりひどい。それを思ったまま書いた紹介記事であるが、やはり日本の長年のファンたちは読んでくれる。長年のファンたちは同じようなことを思ったのかもしれない。反論or同意といったご意見メールは皆無。言っただけ口寒くなる作品なのだろう。輝かしい過去だけで十分ではないか。記事文末でも触れたが、AI介在なしの実写写真とされているジャケットアートだけは素晴らしいと思いますよ。
3. 『棋士棋士盤々』(2025年3月29日掲載)
2024年の日本映画『碁盤斬り』(白石和彌監督、草彅剛主演)の紹介記事である。わが町のアートシアター系上映館ランドフスキー座はまめに日本映画をかけてくれ、2026年1月現在かの『国宝』を上映中である。2025年同館で観た日本映画で最も印象に残っているのは『遠い山並みの光』(石川慶 x カズオ・イシグロ)であるが、爺ブログの出る幕ではないので...。本来ならこの『碁盤斬り』も私の出る幕ではないのではあるが、文中にもあるように、私の最も信頼する文化批評誌テレラマが妙な褒め方をしていたので、その古典日本映画的なエンターテインメント性を私なりの見方で反証してみた。”武士道”やら”仇討ち”やらを21世紀的現在に日本ソフトパワーとしてエンターテインメント化することを私はやっぱり間違っていると思う。テレラマ誌がそれを褒めたら、引き摺られるフランス人映画ファンは多いので...。
4.『The Unforgettable Fire』(2025年9月29日掲載)
水林章のフランス語小説第5作めの作品『炎と影の森(La forêt de flammes et d'ombres)』は大風呂敷な絵巻物である。これまでの4作の準主役となっていた”音楽”に加えて、新作は”絵画”が”音楽”と同じほどの重要なファクターとなっている。水林のobsessionとなっている大日本帝国による15年戦争(1931 - 1945)に蹂躙された日本とその若者たちが、いかにその傷から再生していくか、というテーマはこの小説では3人の芸術家(画家と音楽家)とその子孫たちに至る90余年の大河小説として進行する。水林の筆がノッている感じ。名調子。その名調子に最も熱がこもるのが、絵画創造および完成された姿の(文章による)描写であり、音楽楽曲とその演奏家表現の(文章による)描写である。ここが私が留保してしまうところで、私にはそれで絵の姿や色彩やタッチが見えてこないし、音楽は聞こえてこない。これは私の理解力の問題だけなのかもしれない。フランスでの高い評価は、その情念的物語性においてであり、そこには私にも何の異論もないのであるが。
5.『シャル ウィ ダンス』(2025年4月11日掲載)
6. 『愉快で詩的なメタフィジック』(2025年6月30日掲載)
7. 『Don't look back in anger』(2025年10月20日掲載)
民放TVトークショー番組「コティディアン」の切れ者ジャーナリスト、ポール・ガスニエの初小説で、2025年度ゴンクール賞候補作(第ニ選考まで)だった『衝突(La Colision)』の紹介記事。移民系不良少年の暴走バイクに衝突され命を失った母親の事件をその10年後に詳細に再検証する。ジャーナリストの眼を持った著者はその現場となったリヨンの街区の成り立ちの歴史、少年の生い立ち、極右排外主義が大幅な支持を得る時代の空気、敬虔なイスラム者である少年の姉との対話など、さまざまなファクターを交えながら、答えのない服喪の物語を綴っていく。一体これは何と何の衝突だったのか。著者はそれに「赦し」を与えられるのか。同じ番組「コティディアン」の同僚ジャーナリストであるアンブル・シャリュモーの初小説『生きとし生けるもの』と共に、2025年に出会えた若い二人の作家の2冊がこの1年で最も印象に残った。二人とも次作がとても楽しみ。
8.『手を取り行くのも絵空事』(2025年2月28日掲載)
これは2月の肝臓の手術の後で初めて観れた映画だった。シンガポール人監督エリック・クーの日本を舞台にした作品で、カトリーヌ・ドヌーヴ(+堺正章、竹野内豊)が主演していた。2025年10月には日本でも『スピリット・ワールド』という題で公開になった。どれほどひどい映画かということは記事中に書いてあるので繰り返さないが、カトリーヌ・ドヌーヴという大女優はちゃんと作品を選んで出演を決めてほしい。これは爺ブログの傾向であるが、日本がらみの映画を取り上げるとビュー数はグンと上がる。そういうウケを狙って紹介記事を書いているわけではない。日本で上映されるケースが多いので、ネタバレ記事はその方面に迷惑をかけているかもしれないが、本当にひどいものが多いので黙っておれなくなるのだよ。とりわけ不思議の国ニッポンをエサにして釣る映画には(それをフランス人が褒めるので)怒りが込み上げてくる。
9.『美しい星あかり』(2025年9月13日掲載)
(↑)のレトロスペクティヴ2025のイントロで書いた「ノスタルジーで涙すること」の端的な例。極個人的・極私的な1987年の回想を、1987年のイタリアヒット曲にかこつけて書いている。父親が今の私と同じ病気が原因で他界した年だった。33歳でレコードを山ほど買って山ほど聞いていた頃だった。そんなことを長々と書くようになってしまったのだよ、私は、嗚呼。エロズ・ラマッツォッティは私より9歳若くて今62歳で、イタリアの国民的大歌手になってしまった。金満趣味がぷんぷん匂う。だがあの頃のイタリアものには本当に懐かしみを感じている。2025年、最も聴き、最も愛したアルバムがアンドレア・ラスロ・シモーネの『かくも長き影』であったことはそれと無縁ではない。イタリアはいろいろな意味で遠い夢の国になりつつある。
10.『生者を眠らせ生者の屋根に雪ふりつむ 死者を眠らせ死者の屋根に雪ふりつむ』(2025年1月17日掲載)
2025年1年間で私が観た最高の映画。ペドロ・アルモドバールの『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(2024年ヴェネツィア映画祭金獅子賞)、もちろん爺ブログ評価★★★★★。
ー「私の快楽の源泉はすべて枯渇してしまった」とマーサは言う。これが病気の”真実”である。その状態を見て、まだ五体が動くではないか、という楽観論を述べ、危機的状態を見ようとしない人々を私は多く知っている。生きる喜びがすべて消え失せた状態、これをおしまいにしたいという欲求は正当化されないものなのか。映画はそれを問い、死に行く者の尊厳に加担する。そしてそこに友がいてくれたら。ー と記事に書いてある。私の正直な気持ちである。極私的にこの映画でどれほど救われたか。マーサ(演ティルダ・スウィントン)に感謝し、その上にふりつむ雪にも感謝した映画だった。2026年もこんな映画に出会えますように。
2025年12月31日水曜日
2025年の1曲:鼻で笑う
テオドラ「みんな私を鼻で笑う」(ライヴ・ヴァージョン、feat. チリー・ゴンザレス)
From mixtape "MEGA BBL" (Réédition)
(2025年5月29日リリース)
テオドラは今22歳。コンゴ民主共和国(RDC)出身の両親のもと、ルッツェルン(スイス)生まれ、RDCコンゴとフランスの二重国籍、17歳の時から音楽アーチストとして活動しているが、大ブレイクは2024年、TikTokに端を発した"Kongolese Sous BBL"の大ヒット。この"BBL"とは3つの意味で使っているが、この歌では Brazilian Butt Liftという臀部のヴォリュームを大きくする整形手術の意味で、肉感セクシーを誇示する女性たちをあっけらかんと体現してしまっている。またテオドラの別源氏名で Big Boss Ladyを自称しているのだが、奇天烈エキセントリックなイデタチのアフロ黒人女性たちのリーダー格を自認している所以。そして初アルバムで連作として展開される Bad Boy Lovestory もBBLのひとつ。
この”Bad Boy Lovestory”をタイトルにした13曲33分のテオドラ初のアルバム(彼女はアルバムではなく Mixtape と呼んでいる)がリリースされたのが2024年11月1日。これに「みんな私を鼻で笑う Ils me rient tous au nez」のオリジナルヴァージョンが収められている。それはそれで悪くないのであるが。
その7ヶ月後、(フランス最高の人気を誇るマルセイユのラッパー)JUL、今や中堅大物女性SSWジュリエット・アルマネなどを招いて、12トラック31分を追加した増補版アルバム”MEGA BBL"(25トラック66分)を2025年5月29日にリリースしている。これがまた大ブレイクで、フランスのアーバンミュージック専門アワード”Les Flammes"賞で最優秀新人女性アーチストに選出され、さらに2026年4月の4日間のパリ・ゼニット(キャパ7千)のコンサートチケットを15分で完売した。世界的には(ビルボードによると)”フランス語”アーチストとしてアイヤ・ナカムラに次ぐ第二位のリスナー数を獲得している。いやはや、短期間で大変な出世を成し遂げたのである。
さてこの"MEGA BBL”の最終の25トラックめに収めされているのが、チリー・ゴンザレスによるピアノ+ストリングスアレンジ+プロデュースで録音された「みんな私を鼻で笑う Ils me rient tous au nez」のライヴヴァージョン(3分)なのである。
J'ai souvent trop donnéPourtant, j'suis juste passionnelle
私はしょっちゅうやりすぎるのよ
Ils me rient tous au nez
みんな私を鼻で笑う
Quand je les traite d'ingrats
彼らのことをつまらない奴らとあしらうと
Ils disent qu'ils m'avaient pas sonné
おまえのことなんか何とも思わないと言われる
Pourtant, j'suis juste passionnelle
でも私は激情的なのよ
Au point d'en perdre sommeil
眠気を失ってしまうほどに
Si j't'aime et que ça va pas
あなたが好きで何かうまく行かないんだったら
Sans demander, je te passe mon aide
頼まれなくても、私はあなたに助け舟を出すわ
Mais comme moi, personne n'aime
でも私と同じように、誰も好きじゃないの
Toi non plus, rien de personnel
あなたも同じ、全然個性的じゃない
Tes messages donnent hyper sommeil
あなたのメッセージは過剰に眠気を誘うのよ
Donc j'ai le plaide et le bon sommier
だから私にはブランケットとベッドが要るの
Pourtant, j'suis juste passionnelle
でも私は激情的なのよ
Au point d'en perdre sommeil
眠気を失ってしまうほどに
Si j't'aime et que ça va pas
あなたが好きで何かうまく行かないんだったら
Sans demander, je te passe mon aide
頼まれなくても、私はあなたに助け舟を出すわ
Les super vilains l'sont pour une raison
超タチ悪がそうなのは理由あってのこと
Moi, j'suis une garce née, un peu trop garçonnée
私は生まれついてのあばずれ、ちょっと男勝りすぎた
Méchante à cause de la pression qui me monte au nez
むかつくプレッシャーのせいで意地悪になるのよ
Trop gentille, tous me frappent
優しすぎると、みんなに叩かれる
C'est moi qu'ai tendu le putain de bâtonnet
私がその忌々しい棒を差し出したのよ
Stationne devant mon cœur, évite de sonner
私の心の真ん前に立って、音を出さないで
Les problèmes m'ont déjà fait perdre sommeil
既にいろんな問題が私の眠気を失せてしまったの
Mon cœur est resté seul plusieurs longues semaines
私の心はもう何週間も孤独のまま
Pourtant, j'ai pleuré, personne m'a tendu sa main (mh-mh)
でも私は泣いたのよ、それでも誰も手を差し伸べてくれなかった
Mais comme moi, personne n'aime
でも私と同じように、誰も好きじゃないの
Toi non plus, rien de personnel
あなたも同じ、全然個性的じゃない
Tes messages donnent hyper sommeil
あなたのメッセージは過剰に眠気を誘うのよ
Donc j'ai le plaide et le bon sommier
だから私にはブランケットとベッドが要るの
Pourtant, j'suis juste passionnelle
でも私は激情的なのよ
Au point d'en perdre sommeil
眠気を失ってしまうほどに
Si j't'aime et que ça va pas
あなたが好きで何かうまく行かないんだったら
Sans demander, je te passe mon aide
頼まれなくても、私はあなたに助け舟を出すわ
でも私は激情的なだけなのよ
Au point d'en perdre sommeil
眠気を失ってしまうほどに
何度聴いても、この2行のところで涙が迸り出る。これはこういう歌なのだ。ゴンザレスのピアノとストリングスもおおいに泣かせる。そしてテオドラの歌も泣いている。2025年、私はこの歌で何度泣いたことだろう。バス/地下鉄の中のヘッドフォンでやってしまったこともある。
(↓)YouTubeに載ってたゴンザレス+テオドラのアコースティック・ヴァージョン。
テオドラ、エモーションをありがっとう。2025年はこの歌の年だった。
(↓)YouTubeに載ってた2025年10月ジョゼフィーヌ賞セレモニー(於オランピア劇場)でのライヴ動画。動くテオドラの”本物っぽさ”よ。




























