2024年3月23日土曜日

オート・シネマ・ヴェリテ


"Une Famille"
『ある家族』

2023年フランス映画(ドキュメンタリー)
監督:クリスティーヌ・アンゴ
フランス公開:2024年3月20日


2021年晩夏、クリスティーヌ・アンゴはそれまでの作家キャリアで最も評価の高い作品となる『東への旅(Le Voyage dans l'Est)』(同年のゴンクール賞候補にも上り、最終的にはフランスで重要な文学賞であるメディシス賞を獲得することになる)を発表し、その出版社フラマリオンはそのプロモーションにその小説題にあやかりフランスの東部3都市(ナンシー、ストラズブール、ミュルーズ)をめぐるレクチャーとサイン会のツアーを企画した。その中のストラズブールはアンゴには深すぎる因縁の町であり、1999年に他界した実の父ピエール・アンゴがその妻と二人の子供(つまり義弟と義妹)と共に住んでいた町であり、クリスティーヌが13歳の時に始まり長期間にわたって続いた実父による近親相姦の最初の場所であった。2021年の時点でその未亡人エリザベートと義弟と義妹はまだその場所に住んでいる。フラマリオン社がこのフランス東部へのプロモツアーを提案した2021年6月(小説はまだ最終校正段階で誰も読んでいない)、アンゴはこのツアーにヴィデオ撮影班を同行させるというアイディアがひらめく。私の真実はすべてエクリチュールの中にある、だがそれは映像としても提出できるのではないか。シノプシスもシナリオもなくアンゴが撮りたいもの、見せたいものを映像化する。その夏の終わり、アンゴの”東への旅”は二人の撮影スタッフを同行し、”監督”アンゴの指示で自分(+対話者)を撮るカメラは回る。アンゴ流(セルフ)シネマ・ヴェリテである。
 父ピエール・アンゴとの文通先の住所、そこが亡き父のストラズブールの邸宅であった。自らの記憶では約35年ぶり、その住所にタクシーで乗りつける。まだそれは残っているのだろうか。半信半疑でタクシーを降り、辺りの風景にかつての痕跡があるか自問するが記憶の答えは確かではない。その白い建物の外門から入り、ポーチの下の玄関扉の横にあるインターフォンの名前を確認する。父の未亡人、すなわちクリスティーヌの義母にあたる人物エリザベートの名前があった。「名前があったわ」とクリスティーヌは撮影スタッフに言う。さあ、どうしよう、何と言おう、門前払いを喰ったらどうしよう、ここまで来てクリスティーヌは極度にナーヴァスになる。その人物とは父の死後面会したい旨の連絡は書簡で何度か試みたが、固定電話の番号は持っているものの相手は受話器を取らず、携帯番号もメールアドレスもない。会う意思があるのかも定かではない。さあどうしたらいいのか。クリスティーヌは意を決して、扉のインターフォンのボタンを押す。応答はあった。インターフォンに向かって言う「私、クリスティーヌよ」。
 扉が開き、エリザベートが現れる。門戸開放されたと思われた瞬間、中の女はクリスティーヌの背後にカメラを構えた撮影スタッフ二人の姿を認めたとたん、猛然と三人を押し返し扉を閉めようとする。クリスティーヌはドアの間に足を挟みいれる勢いでドアを再び押し開けエリザベートに「あなたは私たちをここに入れなければならない!」と叫ぶ。エリザベートとクリスティーヌの怒号の応酬による押し問答。あなたひとりならばと思ったけれど、私はカメラを家の中に入れるのは許さない、と言うエリザベート。それに対してクリスティーヌはこう叫ぶ:
J'ai besoin de me sentir soutenue par des gens qui sont de mon côté !
(私は私の側にいる人たちに支えられてると感じていなければならないのよ!) 
アンゴがこの映画全編で求めていたのはまさにこのことだったのだ。クリスティーヌ・アンゴはあまりにも孤独だった。孤立無援だった。たったひとりの反乱だった。近親相姦という世のタブーをオートフィクション小説『近親相姦(L'Inceste)』(1999年)で、「クリスティーヌ」という名の「私」という一人称体の話者で告発して以来、この作家はそのスキャンダル性ばかりを取り沙汰され、世にも重大ながら社会が目をつぶり続ける近親相姦という問題については議論すらされない。そればかりか、(映画の中でその録画映像が挿入されるが)、テレビのトークショー番組(ティエリー・アルディッソンの"Tout le monde en parle" 1999年11月)でコメンテーターと聴衆の嘲笑の対象にされ、屈辱に耐えきれず番組のゲスト席から立ち上がりその場から去っている。だがアンゴはその反乱を止めることなく、父による近親相姦はその後の小説でも繰り返し登場し、書けば書くほどその問題は深化され、アンゴの一生の傷はその度にいよいよその後遺症を増幅させていくのだっt。2021年の小説『東への旅』はアンゴ”近親相姦”年代記のような総括編であり、彼女自身の入魂もすさまじいものであったろうが、文壇の評価もそれまでのアンゴ作品とは全く異なり、ゴンクール賞候補(最終的はメディシス賞受賞)にも上った。これも映画の中に挿入されるのだが、アンゴが自宅のラジオで国営フランス・アンテールの著名な文芸時評番組"Le Masque et la Plume"を聞いているシーンがあり、その番組(2021年放送)の中で文芸批評家アルノー・ヴィヴィアンがこの『東への旅』に触れて、この20年あまり(つまり『近親相姦』発表後)フランス文壇がどれほどクリスティーヌ・アンゴを軽視・蔑視してきたか、と発言している。(この最新小説への手の裏を返したような高評価に)ヴィヴィアンは「クリスティーヌ・アンゴが変わったのではない(アンゴは一貫している)、世の中が変わったのだ」と付け加えている。それはヴァネッサ・スプリンゴラの『合意』(2020年)とカミーユ・クーシュネール『ラ・ファミリア・グランデ』(2021年)という2冊の性犯罪告発の書の大ベストセラーによって市民たちの性犯罪への見方が大きく変わったことを指してのことであろう。確かに世の中は変わったのだが、それでもクリスティーヌ・アンゴはまだまだ”たったひとり”なのである。
 映画の始めのシーンに戻ろう。激しい押し問答の末、エリザベートはクリスティーヌと撮影スタッフ二人をサロンに通し、着座する。さあ、話を聞かせて、あなたの亡き夫が私に何をしていたかをあなたは知っているはず。「あなたのことで私は心痛めているわ J'ai de la peine pour toi」というエリザベートの言葉にアンゴは逆上する。あたかもこの義理の娘が未亡人の心を傷つけているかのような。義母はクリスティーヌが”暴力的だ”とも言う。あなたの20年間の沈黙の方がどれほど暴力的なの?とアンゴは抗弁する。生前夫ピエールがあなたに何をしたのかは全く知らなかったが、あなたの小説でそれを知った。でもそれは小説でしょ、事実の部分もあれば創作の部分もあるでしょ(ここでもアンゴは逆上する)。あなたの父は私にとっては最良の夫であり、私の二人の子供にとっても最良の父だった。あなたはそれを破壊しようとしている....。
 近親相姦のメカニズムとはまさにここなのである。それを公にすれば、その個人だけでなく家族や属する社会のもろもろを破壊してしまう。被害者であるおまえの被害よりも、告発するおまえが破壊する世界の被害の方が甚大なのである。この方便をもってこの未亡人は亡き夫の被害者たるクリスティーヌを逆に攻撃してくる。おまえさえ忍んで黙っていれば、こんなことにはならなかった...。
 この映画の冒頭のストラズブールの故ピエール・アンゴ邸でのエリザベートとクリスティーヌの応酬の映像は10分ほど続いたであろうか。希に見るヴァイオレントなダイアローグが展開されるのだが、およそ”対話”なんてものではない。その生々しさに胸がキリキリする。こうして映画のあたまのストラズブールでクリスティーヌ・アンゴは茫々たる砂漠の孤独をあらためてかみしめることになる。
 アンゴのシネマ・ヴェリテは、"les gens qui sont de mon côté (私の側にいる人々)"は本当に存在して、私の孤独に手を差し伸べてくれたのだろうか、という問いを”身内”を通じて確かめようとする。登場するのは母ラシェル・シュワルツ(二部のパートで現れる)、最初の夫クロード・シャスタニェ(アンゴの一人娘レオノールの父)、2000年代の伴侶だったミュージシャンのシャルリー・クロヴィス(マルティニック系黒人)、そして娘のレオノール・シャスタニェ(1992年生れ、彫刻家/造形アーチスト、↑写真)。
 映画公開時のラジオなどでのインタヴューで、アンゴが最もしんどかったのは母ラシェルの2回に分けたインタヴューだったと述懐している。母のことはアンゴの小説『ある不可能な愛(Un amour impossible)』(2015年、のちに2018年ヴィルジニー・エフィラ主演で映画化)にくわしく書かれているのあが、ピエール・アンゴはラシェルとの熱烈な恋愛にも関わらず、もろに属する社会階層の違い(ブルジョワと貧乏人)とラシェルのユダヤ人の血を理由に結婚を拒否し、二人の子クリスティーヌ誕生にもかかわらず、ストラズブールでドイツ系上流階級の女エリザベートと結婚し家庭を持った。しかしラシェルとの不倫関係はその後も続いていて、仕事出張を装ってラシェルと逢瀬を重ねていた。しかしクリスティーヌが少女の年頃になり、このインテリ博識のパパに惹かれるクリスティーヌをラシェル抜きで連れ出すようになった時から、ラシェルはクリスティーヌに嫉妬するようになるのである。妙な三角関係。そのピエールによるクリスティーヌの連れ出しが、13歳の時から近親相姦関係になっていったことをラシェルは知らない。そしてこのことをクリスティーヌが母ラシェルに告白できなかったのは、娘が母をプロテクトするためだった、と。映画は上のような説明は一切ない状態で、ラシェルが、母が娘を守らなければならなかったはずなのに、あの13歳の時から娘が母を守って犠牲になっていたことを後悔して涙するシーンがある。この不幸な”三角関係”と言うべきか、母ラシェルは娘がその男の性犯罪の犠牲になっていたの知ってからもなお、ピエールとの”愛”の思い出にしがみつこうとすることに、クリスティーヌとラシェルを分つものがあるというのがこのシネマ・ヴェリテに見えてしまうというのが....。
 そして最初の夫クロード・シャスタニェ(←写真)はどうしようもない。結婚2年後、クリスティーヌが25歳の時(父ピエールとの近親相姦関係が終止して9年後)、ピエールと「正常な父娘関係を築きたい」と望んで再会することにしたが、クロードが住む部屋の上の階の部屋に宿を取ったピエールはその部屋で9年前と同じようにクリスティーヌに性交を強要した。その一部始終を下の部屋で聞いていたクロードはクリスティーヌを助けに行かなかった。なぜかとこのシネマ・ヴェリテはクロードに問う。クロードが怖気付いて下の部屋で動けなくなっていたのは、自分が11歳の時に2歳上の少年によって強姦された記憶のせいだ、と。このシークエンスは終始穏やかなダイアローグなのだが、クリスティーヌの寒々とした反応は痛々しい。
 映画はこれらのシネマ・ヴェリテ対話映像の合間に、クリスティーヌ・アンゴの幼少時からの写真アルバムや、幼いレオノールとクロードと20代のクリスティーヌの子育てシーンのプライヴェートヴィデオ映像などが挿入される。若いママのクリスティーヌの幸せそうな表情が印象的だ。そう、こういう孤立無援の戦いを強いられている女性にも、幸せな瞬間はあるのだ。父親ピエールが少女クリスティーヌを呼び出すのは学校がヴァカンスの時期に決まっていた。みんながヴァカンスの時に私は父親に犯され続けていた。そういう回想のバックに流れる挿入音楽がミッシェル・ポルナレフ「愛の休日(Holidays)」(1972年)なのだよ。クリスティーヌ・アンゴ(1959年生)が13歳の時(父による近親相姦関係が始まった年)のヒット曲か、計算が合っているな。

 そしてこのシナリオもカタストロフもないアンゴの孤独に満たされていく映画にも、救済はやってくる。ニースの海の見える日の当たるカフェ、大人の女になったレオノールとその母クリスティーヌが紅茶を飲みながら静かに語り合う。レオノールははっきりとこう言う:
Je suis désolée, maman, qu'il te soit arrivée ça.
(ママン、あなたにあんなことがあったということが私にはとても悲しいの)
おそらく、これは誰ひとりとしてクリスティーヌ・アンゴに言わなかったことなのだ。誰ひとりとして。誰ひとりとして少女クリスティーヌが見舞われたおぞましい性犯罪について、心を暗くすることなどなかったのだ。母クリスティーヌ、人間クリスティーヌ・アンゴはここに太陽が差し込んできたことを感じたに違いない。シネマ・ヴェリテは期せずにして光あふれるエンディングに向かう。ふたりはカフェを出て岸壁の遊歩道にたたずみ、無言で光あふれる紺碧の海を見つめるのである。そしてここで流れる音楽が、カエターノ・ヴェローゾの「ラ・メール」(シャルル・トレネのシャンソンのカヴァー、新録音!)なのだよ。これがどれほどエモーショナルか。そしてそのまま画面はエンドロールへ。

たしかに私のような「アンゴ読み」でなければ、無説明にこの映画を見せられても理解が難しいところが多いと思う。だからクリスティーヌ・アンゴがほとんど紹介されていない日本では上映が難しいだろう。私が入った映画館では入場者ほぼ全部女性だが、最後の「ラ・メール」のところで拍手が起こった。『東への旅』の成功のおかげだと思うが、アンゴは(熱く)読まれているということをあらためて実感した。この人たちは私の同志。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『ある家族(Une Famille)』予告編

2024年3月18日月曜日

小説ミドリ事件

Karyn NISHIMURA "L'Affaire Midori"
西村カリン『ミドリ事件』


西村カリンは在東京のフランス人ジャーナリストである。私はリベラシオン紙の読者であり、公共放送ラジオ・フランス(France Inter、France Info等)のリスナーであるから、彼女の記事やラジオ報道レポートの声にはずいぶん前から親しんでいると思う(多々参考にしていただいている、多謝)。ジャーナリスト活動は日本語とフランス語の両方で行っていて、日本のメディアにも登場しているので、知る人も多いはずである。著作も日本語で日本で発表しているものと、フランス語でフランスで発表しているものがある。フランスでの近著では2023年10月にエッセイ『日本 - 完璧さの裏側La face cachée de la perfection)』(Editions Taillandier刊)があり、書名が示すように表面的に完璧を装うことができる国日本の議会制民主主義の”半独裁”状態や、報道の自由の大メディア側からの”自主規制”など、日本の「反権力」不在の状態について詳説している(是非とも日本語訳出してもらわないと)。
 さてこの本は上述の著からわずか4ヶ月後に発表された西村カリンの初の小説作品である。フィクションであるが、"Presque tout est vrai"(ほぼすべてが真実)と序文と裏表紙に強調されている。小説の話者「私」は日本に長年駐在しているフランス人ジャーナリストであり、日本で二人の子を産み育ててもいる”日本生活者”である。作者自身を投影させたような設定ではあるが、建前はフィクションの人物である。事件は2017年の東京、ヤマダ・ミドリという名の20代の女性が5歳になる娘を自宅で殺害し、バラバラに切断した遺体を自宅で発見された状態で逮捕され、犯行を自供した。さらに、その前に起こっていた双子の嬰児殺害+コインロッカー遺棄事件の容疑がかかり、DNA鑑定の結果ミドリと一致してその犯行も自供した。自分の幼子を3人惨殺した風俗系の職業のごく若い女、事件は連日のワイドショーねたとなり、その出演タレントたちの情緒的なコメントで全国のお茶の間の犯人バッシングの大波を形成していく(というような”日本的特殊事情”を話者はフランス読者に説明しなければならない)。バッシングの矛先は家族に及び、全国ネットテレビのカメラの前に母親が引き摺り出され、深々と頭を下げて娘の凶行を全国民にお詫びすることになる(これも”日本的事情”)。そして、このような稀に見る非道な凶悪犯罪には「当然死刑でしょ」という一般市民のオピニオンがすぐに出来上がってしまう。
 話者はここで日本が世界の時流に逆らうように死刑を頑なに固持している国であり、しかもその刑の執行が確実に行われているという事情を示す。OECD加盟38か国のうち、今なお死刑を執行している国は日本だけ。日本で死刑廃止を求めて運動している市民たちはいる。しかし世論調査をすれば死刑存続賛成が大多数になってしまう。この世論の支持を担保にするかのように、日本の司法は死刑基準(話者は”永山スタンダードという言葉で説明する)に相当すると判断するや躊躇なく死刑判決を下している。

 ジャーナリストとして話者はこの残忍な子殺し事件を理解しようとする。理解することは犯罪を赦すことではない。なぜ、いかにして、この若い娘は凶行に至ったか。彼女は貧困など不幸な生い立ちがあるわけではない。そのヤマダ家は自営業(漁業+魚類販売)の父、主婦の母、早稲田まで進学することになる兄リュージ、そして近隣都市(いわき市)の専門大学に進学するミドリの四人家族だった。だがその家族のいた場所を聞いて合点がいく者も多かろう:福島県双葉郡双葉町。すなわち2011年3月11日東日本大震災による福島原発事故で、全町民が家屋を捨て強制的に避難を余儀なくされた町である。小説は悲劇のルーツをここに集中させる。父母は家業も家も放棄し、2度の避難移転の末、県内の仮説住宅に身を寄せる。子供二人の学費は?(話者はフランスとは全く違う日本の教育事情を子供が大学を出て社会人になるまでの莫大な費用についても言及している)ー そしてこのような大惨事が待っているとはつゆ知らず20歳になったミドリは恋(と呼べるのか)をし、妊娠してしまう。大震災+原発事故はヤマダ両親を徹底的に痛めつけ(のちに父は自殺に追い込まれる)、両親に相談できたり頼れる場合では全くないと悟ったミドリは、(おまけに子供の父親になるはずだった男は無責任に逃げ、生まれても子を認知しない、と)、大学を捨て、首都圏に出てシングルマザーとして生きることに。そこからのミドリの行状はフランスの読者にも想像できないことではないと思うが(ネットカフェに寝泊まりしたり、JKの扮装で接客したり、NGOに子守りを押しつけたり...)、”風俗の闇”へ深々と入っていくのである。生まれた娘マヤは食事を食べさせてもらえないことはざらで、愛人か客か、そういう男がミドリのアパートに来る時は、ベランダに出されて夜を明かすこともあった...。
 ディテールであるが、作者は兄のリュージをあまり登場させることなく、非常に重要な役目を課している。それは小説の最終3ページのカタストロフィーの中心人物にまでなるのだが、その結末についてはネタバレしないでおこう。ヤマダ家にあって父親はリュージに家業の魚類販売業を継がせたいのだが、リュージは包丁で魚をさばくことを覚えようとしない。次いでジェンダー問題である。リュージはゲイである。ステロタイプ化された見方であるが封建的東北人のオヤジたる父親はこのことでリュージと軋轢があり、その間に入ってリュージを擁護するのが妹のミドリだった。この兄妹には強い絆があった、という重要な軸がなければ、あの最後のカタストロフィーは成立しないのだけど、この小説のこの分の組み立てはかなり強引で無理がある(と私は思う)。
 ミドリは捕らえられ、2件計3人の子殺しを認め、長い取り調べの間中抗弁もせず、自分の犯した罪の大きさに打ちひしがれ、憔悴していった。ジャーナリストとして話者はこの裁判に立ち会っていくのだが、もはや争点は有罪か無罪かではなく、誰が見ても有罪が確定しているこの事件にあって、検事側が間違いなく求刑するであろう死刑、そのために検察が準備した鉄壁の書類の壁に、弁護側がどれだけ情状酌量の可能性で抵抗できるか、ということになる。話者の視点はロベール・バダンテール(1928年 - 2024年、奇しくもこの小説の発表時期だった2月8日に他界し国葬となった)の尽力で1981年に死刑を廃止した国フランスのそれであり、ヒューマニストの立場と言っていい。死刑から救うために凶悪殺人犯を法廷で弁護していたバダンテールを想起し、話者はこのミドリ裁判でバダンテールのような弁護士の弁論があれば、と願う。ここがこの小説の重要な読ませどころで、法廷に立った弁護士ニシミヤ・カズオは小説の6ページ(p74 - 79)にわたって、ミドリの双葉町での生い立ちから大震災・原発事故そして首都圏での風俗地獄など、仔細におよんで展開し、この境遇を考慮に入れる必要性を力説した。おそらく西村カリンが最も力を込めて書いた箇所であろう。見事にシアトリカルにしてロジック。そしてなんとニシミヤ弁護士はこの弁論の中で、フランスでのテロ事件も引き合いに出すのである。
想像してみてください。フランスのような国がその国籍を持つ若者たちによる数度のテロリズム攻撃に見舞われたのです。これは私のつくりごとではありません。最近の出来事から例として引き出したのです。彼らが犯した行為の動機を、その社会的背景を抜きにして、彼らの狂気によるものとだけ見なすことは可能でしょうか?みなさんは普通の日本市民であり、この事件について何も知らないかもしれない、フランスは遠い国でしょう、しかしながら、みなさんの心の中で直感的にこう思うでしょう:この若者たちには明らかに生きづらさがあり、憎悪を抱いている、と。そして彼らの生活について思いをめぐらすでしょう。彼らは不幸なのだろうか、移民系の出身なのだろうか、差別の被害にあっていたのだろうか、仕事はあったのだろうか、彼らは社会から放棄されたと感じていたのだろうか?みなさんはそう考える前提としてその社会的背景を問うのです。それはごく当然なことであり、社会的背景は間違いなくある役割を果たしたのです。ミドリ事件についてもみなさんの同じような考慮をお願いしたいのです。(p78-79)
(↑)これ日本の法廷でどうでしょうね? それはそれとして、ニシミヤ弁護士の大雄弁は見事に功を奏し、判決は死刑を退け、無期懲役刑となる。これに話者はある程度の安堵は得るのであるが、監獄で一生を終わるであろうミドリという若い娘に心とらわれ、ジャーナリスティックな視点を離れて、ひとりの女性として(ひとりの二児の母として)このミドリを深く知りたいと思うのである。つまり記事やルポルタージュのためではなく、人間として出会いたい、と。ここが言わば”作家西村カリン”誕生の瞬間であろう。ミドリの母に会いに行きミドリの生い立ちや人となりや夫(ミドリの父)の自殺について聞く。次に話者は獄中のミドリに手紙を書く。ミドリから手紙の返事が来たら小菅の東京拘置所に面会に行こう、と。この手紙を書く段で話者はフランスの読者向けに日本語で手紙を書くことがいかに難しいかを講釈している。あいさつはどうするのか、敬語はどうするのか、主題の切り出しはどうするのか、たしかに日本語の手紙は難しい。手紙文例集などを参考に話者はミドリにペン書き日本語書簡をしたためる...。
 話者はジャーナリストとしてではなく私的個人としてミドリと向かい合い、ミドリに信頼のようなものが芽生えていく。ミドリの母とミドリの繋ぎ役になり、さらにミドリは兄リュージへのメッセージも話者に託す。
 だが死刑の国日本の司法はリベンジを用意していて、ミドリ事件第一審の無期懲役判決を不服として検事側が控訴する。何が何でも死刑をもぎとろうとするこの圧力はどこから来るのか。刑事裁判において99.4%が有罪となることを誇示する日本の検察は、それを100%にすることが目標(上からのお達し)であるかのようだ。上のお達しへの服従に関連して作者は司法の政治権力への”忖度”の可能性もフランス人読者に解説する。

 この小説の時間の中で、話者はオウム真理教事件の死刑囚13人全員の刑執行(2018年7月)、カルロス・ゴーンの逮捕と逃亡劇(2018年11月から2019年12月)、京都アニメーション放火殺人事件(2019年7月)、袴田事件(1966年から現在。この項で話者はメディアや一般市民が間違って”ハカマダ”と呼んでいるが、”ハカマタ”が正しいと強調している)を詳説している。それは在日本ジャーナリストとして20年のキャリアを持つ西村カリンから見える、なにかが立ち行かない日本の例であり、私人として自分が愛する日本ゆえに憤りやエモーションを禁じ得ない書き方になる。自分名義での小説の上で初めてできている「告発」かもしれない。この小説で私が最も評価し、同意するのはこの部分である。

 かくして、あたかも最初から予定されていた事柄のように、ヤマダ・ミドリ事件の控訴審は一審を覆して死刑判決を下すのである(!)
 話者の心はおさまりがつかず、最終ページでジャーナリスト業を休止して在野で行動する(児童虐待防止、死刑廃止、袴田事件再審実現、貧窮者救済...)決意まで語るのである。容易ならぬことを知りながら。
  175ページの勇気ある書であり、(職業上)メディアでのルポルタージュではできなかった(怒りを伴った)プライベートな視点にも共感できる読み物で感服する。フランス人読者にはたくさんの”立ち行かない日本”が見えるであろう。観光絵はがきのような日本を称賛し、この夏の海外旅行デスティネーションの上位に日本を押し上げているフランス人たちにこそ読んでもらいたいものである。上にも書いたことだが、この批判精神は作者の「日本を愛すればこそ」の所為である。これには私も感服しかないのであるが、文学作品(フィクション小説)としてはどうなのだろうか。ジャーナリスト視線を離れた話者のパトス、情念のようなものはよく現れていると読めるのだが、ミドリ、ミドリの母、リュージというプロタゴニストたちの人間的な厚みが見えず、ルポルタージュ記事のインタヴューで語っている程度の人間像に留まっているのが、私には残念に思えた。(上にも書いたがあのレベルのリュージの描き方で、最後のカタストロフィーの大役を任せるのはちょっと無理)。もっと文学であってほしいと私は次作に期待します。

Karyn Nishimura "L'Affaire Midori"
Editions Picquier刊 2024年2月 175ページ 17ユーロ

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)自身のYouTube チャンネルで「ミドリ事件」と日本の死刑の現状について語る西村カリン。日本にはまだロベール・バダンテールに相当する人物が出ていないと。



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追記(2024年3月31日)

 
著者西村カリン氏がご自身の「X」でこの『小説ミドリ事件』記事を紹介してくださったおかげで、この記事のビュー数が一日で300ビューに迫る勢いで読まれています。ありがとうございます。この記事の掲載前の3月14日に私のFACEBOOKページに紹介記事のイントロとして、話者がミドリの世代が抱えてしまった無気力・無抵抗の性向を戦後日本の歩みによって俯瞰的かつ総括的に(主にフランス人読者たちに)説明する2ページのパッセージを日本語訳して紹介した。この日本を見るジャーナリストの視点を私は正しいと思う。以下再録します。

ミドリにはその世代に顕著な弱さがあった、戦うことをせず、ガードを下げてしまう弱さである。彼女も最初はいわゆる三つの「安(あん)」を求めていた。すなわち安全、安心、安定であり、20-30代の若者たちがこの3つを追求することが、彼ら自身を麻痺させ、萎縮させ、危険を避けるようにさせた。この三つの「安」こそが何年も何十年も前から政治家たちがその長広舌の中で約束してきたものだった。かつて1950-1960年代においては、「三種の神器」とは電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビであり、次いで「3C」と呼ばれたカー、クーラー、カラーテレビがそれに代わった。これらの物質的財産はしまいには万人が所有するものとなった。しかしながらそれは幸福とは別のものだった。人々は過剰なまでにその物欲に耽ったあとでそのことに気がついた。それ以後彼らは若い世代に与えるものが何もなくなってしまった。三つの「安」を約束すること以外は。ミドリにとっては、2008-2009年の(リーマンショック)地球規模の金融危機、そして2011年の福島原発事故がそのすべてを放棄させることになった。しかしこの二つの事件は当時から10年前と7年前に起こったことで、この二つによって直接の影響を受けなかった者たちにとっては、すでに過ぎ去ったことにすぎなかった。ある尺度から見れば、とりわけ大学新卒者たちにとっては、三つの「安」は現実のものとなっていた。彼らは全員大学課程終了の数週間前あるいは数ヶ月前には就職の内定を得ていた。彼らは柔軟で従順であればあるほど、安定した職業生活、職の安全性、精神的安心感を得られる可能性が高かった。しかしそのためにはいくつかの権利を放棄することが必要だった;要求すること、反抗すること、自己主張すること、よそで冒険を試みること、外国に発つこと、拒否すること、背くこと。多くの者たちは三つの「安」のためにそれらの権利を犠牲にする準備ができていた。この安定、この安心、この安全、彼らはそのために政府を信頼することにした。獲得した平静さをなにものも動じさせたり混乱させたりすることのないように。彼らが投票するのは変動を妨げるためであり、政権はそれを過剰なまでに利用した。50年間同じ保守政党(極右を含む)が支配した。そして2009年にある別の(中道派)政党による政権交代があった時、その2年後にあの悲劇があり、その政党は収拾のすべを知らなかった。人々の失望。それゆえにかの前政権保守政党は以前よりもさらに強力になって返り咲き、救世主のごとく安倍晋三が君臨することになる。
(Karyn Nishimura “L’Affaire Midori” p63-64)

https://x.com/AgenceLaBande/status/174695593 (み3756903738?s=20 (↓)小説の重要な舞台のひとつ福島県双葉町を再訪し(警察/パトロールの目を掻い潜って!)映像でルポルタージュする西村カリン。2011年3月の姿をそのままとどめ、瞬時にしてゴーストタウン化した町の細部をその場で解説する勇気あるジャーナリストの姿が衝撃的。12分。

2024年3月2日土曜日

美しい人よ、お茶を(ベッラ、チャオ)

”Black Tea"
『ブラック・ティー』

2023年フランス+ルクセンブルク+台湾合作映画
監督:アブデラマン・シサコ
主演:ニーナ・メロ、
張翰(チャン・ハン)、吳可熙(ウー・ケイ・シ)
フランス公開:2024年2月28日

ザール賞7部門(作品賞、監督賞、シナリオ賞....)を総なめにした『ティンブクトゥ』(2014年)のモーリタニア人監督アブデラマン・シサコによる10年後の新作で、舞台は中国である。設定では広東省広州市だったのだが、中国から撮影許可がもらえず、撮影は台湾で行われていて、俳優陣も台湾で固められている。まず予備知識として知っていただきたいこととして、広州市には「チョコレート・シティー」と呼ばれるアフリカからの移民が多く住む地区があり、そのアフリカ系住民の数は数十万人と言われている。
  映画は西アフリカ、コートジボワール某所で行われている結婚セレモニーから始まる。りっぱな会場で列席者も多く、その列席者たちは(暑い中それぞれ携帯扇風機で涼をとりながら)みな西洋風に正装で着飾り、それなりのステイタスを感じさせる(私の偏見か?)。白のタキシード姿の新郎と白のウェディングドレスの新婦は、この席に至ってもいがみ合っている。不本意な結婚、不実な男。(ここで大上段に”アフリカにおける女性の立場”を誇張しているわけでは決してない)。式のクライマックス、司祭が「なんじ、この女を...」と男に問うと、男は「ウイ!」と勝ち誇ったように答える。そして「なんじ、この男を...」と女に問うと、なんたることか女は「ノン! 」と答え、そのまま式場から駆け出して逃げて行く。ウェデングドレスのまま、女の自由への逃走が始まる。ここで映画は、誇り高く町を駆け抜けていく女のバックに(マリの行動的歌姫)ファトゥーマタ・ジャワラの歌声で「フィーリング・グッド」(ニーナ・シモン曲カバー)をかぶせるのである。
It's a new dawn it's a new day it's a new life for me
And I'm feeling good
わおっ、これはマニフェスト的。女の旅立ちに幸あれ。
 その女アイヤ(演ニーナ・メロ、コートジボワール女性の役だがニーナ・メロはフランスの女優)の行き着いた先が、中国広東省広州市のアフリカ人居住区通称チョコレート・シティなのである。映画はここからほぼ全編中国語(マンダリン語か広東語か私には判別できないが)で展開する。唐突にここで描かれる世界に入ると、多くの観る者は驚くと思う。中国の大都市の中にアフリカ人コミュニティーが非常に調和的に溶け込んでいる(ように描かれる)。アフリカ人たちはその美容サロンや装身具店があり、女性たちはエレガントにヘアーを決め、エレガントに着飾っていて、店の中には中国人客も普通に出入りしている。「ゲットー」というイメージは微塵もない。
 アイヤは完璧な中国語(とフランス語と英語)を話し、この中国社会の中に深く入っていく。大きな茶園を所有する中国茶商に雇われ、その主人チャイ(演チャン・ハン)の教育で奥深い中国茶の真髄を知っていく。映画はこの茶の育て方、扱い方、
淹れ方、味わい方などにも焦点をあてるのだが、それはチャイがアイヤに(触れ合いながら)手ほどきで伝授するものであり、茶が官能の触媒のように描かれている。かくして茶のマジックがとりもったのか、二人は恋に落ちる。この映画で二人の間に愛の言葉はない。身分ある中年男と教養あるアラサー女性の寡黙な恋物語であり、激情はなく音静かにひかえめに、ひかえめに。
 これがなぜひかえめなのか、というと、このリッチな茶商主人は別居中だが離婚していない妻があり、その妻が離れて行った理由には、チャイの過去の別の女性関係があり、といったことが映画の進行で徐々にわかってくる。寡黙で影のさした面影のある美男の中国人チャイは、その現在(妻子ある家主)とその過去(外国 = カボ・ヴェルデでの女性関係+その結果20歳になる隠し娘あり)ゆえに、おおっぴらにアイヤと恋愛できるポジションにはない。それをアイヤが解放してやるというシナリオを観る者は期待してしまうのだが、アイヤもまた過去において不義の男を捨ててきたという消えないわだかまりもあり...。

 (アブデラマン・シサコがフランス国営ラジオFrance Interのインタヴューの中で、この映画の撮影を中国が許可しなかった理由のひとつは、このチャイという男性主役の人間的キャラクターが中国的ではない、ということだった、と証言している)

 ここでチャイの妻のイン(演ウー・ケイ・シ)の微妙な立ち位置というのがあり、夫との冷めた関係はあれど、十代の息子リベン(演マイケル・チャン)は夫と自分を愛していて、この三人親子のバランスを保っていたいと願っているが...。1920年代の一夫多妻富豪を背景とした中国映画『紅夢』(チャン・イーモウ監督、1991年、ヴェネツィア映画祭銀獅子賞)をリファレンスにしているのか、映画の終盤、正妻インと”愛人”アイヤの間に和解と友情の芽生えのような関係をつくっている。← これがこの映画の救済と捉えるべきかな?

 映画はチャイがカボ・ヴェルデに置き去りにして一度も再会していない(当時の愛人との)娘エヴァが20歳になったことを祝ってやりたくて、茶器を手土産にしてひとりカボ・ヴェルデに会いに行くというエピソードを挿入する。夢にまで見た娘との再会・・・だがそれは文字通りチャイが見た夢、という話で終わるのだった。こうしてこの映画の第三のロケ地、カボ・ヴェルデが登場し、しっかりチャイが現地でポルトガル語で人としゃべっている。そして挿入曲としてカボ・ヴェルデの哀歌モルナ、マイラ・アンドレーデの「レガス(Regasu)」が流れてくるのですよ。うっとりですね。
 前作『ティンブクトゥ』でも音楽(この場合は砂漠のブルース)がたいへん重要なエレメントであったけれど、今作も音楽の使い方はすばらしい。テレサ・テン(1953-1995)の「莫忘今宵 」も挿入されている。それからチャイの息子リ・ベンとその若い仲間たちが、チョコレート・シティーのダンススタジオで、RDCコンゴのイノスB (Innoss'B)の「オランディ(Olandi)」(2020年コロナ禍期の世界的ダンスヒット)をアフリカ系も中国人もごっちゃになって踊るシーンは、感動的としか。
 この「オランディ」のシーンが象徴するように、この映画でチョコレート・シティーでのアフリカ系移民と中国人住民との共存関係はきわめて調和的友好的に描かれている。アフリカ系移民たちがこの地に同化して(中国語でコミュニケートして)自分たちの快適な居場所を得ている、という描き方は、やっぱり相当バイアスがかかっているのではないか、と訝しげに見てしまう私である。映画の中で、唯一露骨なレイシズムが見られるのは、チャイの家を訪れた義理の両親(妻インの両親)の父親の方が食事の席でアフリカ移民排斥論をぶちまけるシーンがある。寝室に隠れていた愛人アイヤにそれは全部聞こえてしまいアイヤは胸を痛める。だが映画上、これはさほど重要な問題ではない。
 国家や政治のレベルではなく、民衆のレベルとしてアフリカと中国の出会いは調和的友好的であってほしい。現実はそうではないと知りつつも、この映画の捉え方はひとつのオピニオンであろう。
 ひとりのアフリカ女性アイヤはこの地で出会った文化によって開花していく契機を掴んでいる。恋愛はポジティヴであり、ネガティヴであるわけがない。そして(チャイも含めて)身勝手な男たちに道を閉ざされるわけにはいかない未来がある。

 最後に、西欧人やわれわれが勝手に思い込んでいる”アフリカ移民”の偏見イメージである「貧困・悲惨から逃れて先進大国へ」は、この映画には全くない。私が日本からフランスに移住したように、「遠くに行きたい」「新しいものに出会いたい」「違うことをしたい」という理由で外国に移住することは、日本人や欧米人には出来ても、アフリカ人には出来ないと思っているフシはないですか? この映画で描かれるチョコレート・シティーのアフリカ移民たちはそうではない。だから文化と出会える。滞在したければ/仕事が欲しければこの国のやり方に100%従い、同化して、B級市民となることもやむなし、という卑屈さがない。ここがダメならばよそへ行けばいいという選択肢がある。アフリカ人だからそれができない、ということは絶対ない。そのことをこの映画ははっきりと示していると見た。
 だが、恋愛映画としてはどうなんだろうか。アイヤの行く先はまだあれど、この恋愛に行先はないように見える。そこがもやもやしてしまうのだ。

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)『ブラック・ティー』予告編


(↓)ファトゥーマタ・ジャワラ「フィーリング・グッド」(ニーナ・シモン)が流れるシーン