2010年5月16日日曜日

地中海の6人



ONEIRA "SI LA MAR"
オネイラ 『もしも海が』


 イランの血を引くパーカッショニスト、ビージャン・シェミラニを中心とした6人組です。シェミラニ家はペルシャ古典音楽の名門で,父ジャムシッド,兄ケイヴァン,妹マリヤム共にミュージシャンで,この4人は「シェミラニ・アンサンブル」として,世界的な舞台を踏んでいました。若きザルブの達人として,ペルシャ古典だけでなく,ユーロピアン・トラッドやエスノジャズの分野で幅広く交流していたビージャン・シェミラニは,ホワン・カルモーナ(フラメンコ),チチ・ロバン(アンジェのマルチエスノ・ギタリスト),サム・カルピエニア(オクシタニア,元デュパン),パトリック・ヴァイヤン(オクシタニアのマンドリン弾き),さらにスティングなどとも共演しています。
 オネイラは2006年から活動している,イラン,ギリシャ,フランス(&オクシタニア)という異なったオリジンを持つミュージシャン6人が集ったアンサンブルです。ビージャンの妹のマリヤム・シェミラニも,父ジャムシッドからペルシャ古典音楽の声楽と打楽器を伝授され,この兄のオネイラに参加しています。もう一人の女性はギリシャ,テッサロニキ(中央マケドニア地方の首府)出身のトラッド/クラシック両分野で活躍する歌手マリア・シモグルー。同じくギリシャから,同国当代一の女性歌手として君臨するサヴィナ・ヤナトゥーのバンドのネイ奏者,ハリス・ランブラキス。彼はネイをフィーチャーしたジャズ・クアルテットを率いて,世界中を飛び回っています。
 パリからはアコースティック・ギタリストのケヴィン・セディッキ。2009年4月にケヴィンはユーロピアン・ギター・アワードに優勝,同年11月からアル・ディ・メオラのアンサンブル「ワールド・シンフォニア」に参加して世界をツアーしています。
 そしてマルセイユから,サム・カルピエニアと共にエレクトロ・アコースティックなオクシタン・ビートバンド「デュパン」を引っ張っていたヴィエル・ア・ルー(ハーディー・ガーディー)奏者のピエール=ローラン・ベルトリノ。彼はサリフ・ケイタの2005年アルバム"M'BEMBA"でも4曲でヴィエルを弾いています。
 こういう腕達者ばかりの6人が集って,トルコ,ペルシャ,クレタ,ギリシャ,アラブ・アンダルシア,オクシタニアなどのレパートリーをベースにした,イマジナティヴな夢の地中海音楽を展開します。


「私たちは,その作られた曲から飛び立ってインプロヴィゼーションが自由に旅できるようなバンドを結成する。私たちはみんなこれまでこの夢を追ってきた。伝統を重んじるように創作を大事にし,よいものすべてを保持できる,より良い音楽の夢を。私たちの楽器と情熱と友情で,私たちの祖先が私たちに歌っていたことを,さまざまな町が私たちにささやきかけることを,私たちは演奏し,こことよその音楽を創っていこう。地中海の岸辺で,さらにそのもう少し遠くで,私たちがひとときを分かち合える物語を。」(ピエール=ローラン・ベルトリノ)

 ↑すばらしいマニフェストではないですか。「オネイラ」とはギリシャ語で夢幻。地中海の6人は夢のバンドをつくったのです。4年間でいろいろと試行錯誤があったでしょう。その後で完成されたこのアルバムは,異なった過去を未来人たちが対話しながら,さまざまな和声法を用いて,倍音で響き合う刺激的な新古典を生む錬金術のようです。誰も体験したことがない地中海〜中東音楽のハーモニーです。

   もしも海がミルクでできていたら
   僕は漁師になるだろう
   愛の言葉で
   僕の苦悩を釣り上げてしまうだろう

   海の中にはひとつの塔がある
   その塔にはひとつの窓がある
   その窓辺にひとりの女がいて
   船乗りたちを呼んでいる

   鳩よ,手を貸しておくれ
   おまえの巣に登っていくから
   かわいそうにおまえはひとりで寝ている
   僕がおまえのそばで寝てあげるから
      (Si la mar もしも海が)

 4曲め "HYPNOVIELLE"(作者:ピエール=ローラン・ベルトリノ/ビージャン・シェミラニ/サム・カルピエニア)で,ゲストでサム・カルピエニアがオック語詩のヴォーカルで歌っていますが,ちょっとしたデュパン再結成のおもむきで,ファンにはうれしい1曲でしょう。

<<< トラックリスト >>>
1 .SE DROMOUS (Maria Simoglou / Bijan Chemirani)
2. DODEKA CHRONON KORISTI (Trad / Harris Lambrakis)
3. SI LA MAR (Trad/Bijan Chemirani)
4. HYPNOVIELLE (P-L Bertolino / B. Chemirani / Sam Karpienia)
5. INTERLUDIO (Kevin Seddiki)
6. MYNISE MOU (B Chemirani / Maria Simoglou)
7. YEK ROUZ (Saadi / P-L Bertolino/ B Chemirani)
8. Zarbi (B Chemirani/ N Gosh)
9. HOMAYOUN (Harris Lambrakis)
10. RAZENIAZ (Trad / MOSHTAGH ESFABANI)
11. ANATHEMA (Trad/Karpathos)
12. HAFT ZARBI (B Chemirani / Kevin Seddiki)
13. BAHAR (B Chemirani / Kevin Seddiki)
14. NANOURISMA (Maria Simoglou / B Chemirani)


ONEIRA "SI LA MAR"
CD HELICO MUSIC/L'AUTRE DISTRIBUTION HWB58119
フランスでのリリース : 2010年5月31日


(↓)2007年12月のライヴヴィデオ。オネイラ+サム・カルピエニアによる"HYPNOVIELLE"。


PS1(5月19日)
本日ベルヴィルのル・ゼーブルでのライヴを体験。イランとギリシャの女性歌手二人は、明らかに全く別の歌唱テクニックを持っていて、この二人がハモるというのは実にスリリング。今日は女性二人とビージャンとギターのケヴィン・セディッキがとりわけ前面に出ていたステージング。ネイのハリス・ランブラキスは1曲だけ長いアドリブで場内を沸かせました。私のお目当てだったヴィエルのベルトリノはエレクトロニクスに忙しくてあまり目立ちませんでした。セカンドセットの最終曲2曲で、サム・カルピエニアが登場。ル・ゼーブルの高〜い天井にぶつけるような圧倒的声量の歌い込み。こういう中世的かつオリエント的なアンサンブルがサムの声にこれほど調和するとは。吟遊詩人ならぬ、吟遊パワーヴォーカル、という図。もっとたくさん聞きたかったですね。

2010年5月7日金曜日

下半身にずし〜んとクールベ



Tony Hymas "DE L'ORIGINE DU MONDE"
トニー・ハイマス『《世界の起源》について』


 マルチなキーボディスト/ピアニスト/作曲家です。英国王室音楽アカデミーの出身で,現代音楽を経て,フランク・シナトラのピアニストになり,さらにジャック・ブルースやジェフ・ベックのバンドでロックに入り,一方でジム・ダイアモンドとサイモン・フィリップスとのトリオP.H.D. "I won't let you down"というミリオンヒット・シングルを放ち,nato のジャン・ロシャールと組めばドビュッシー〜サティー〜ネイティヴ・アメリカン・ミュージック〜ミッシェル・ポルタル〜ミネアポリス・ファンク...とにかく何でもできる人です。
 トニー・ハイマスとジャン・ロシャールは今度は19世紀フランス写実主義を代表する画家ギュスタヴ・クールベ(1819-1877)と,クールベも大きく関わったパリ市民の蜂起事件パリ・コミューン(1871)をテーマにした,ずっしり重い(234グラム)CDブックを作ってしまいました。ブックの部分だけで112ページあります。クールベの絵画の写し,12人のイラストレーター/BD作家によるオリジナル・イラストレーション,美術史家マニュエル・ジョヴェールによるクールベ「世界の起源」解説(英訳つき),ジャン・ロシャールによるクールベ論(英訳つき),そしてほとんど残されていないとされていた珍しいパリ・コミューンの写真(焼き討ちされたパリ市庁舎,バリケードの写真など)が掲載された豪華カラーブックです。これだけでもその仕事の濃さに圧倒されます。

 1866年に描かれたとされるギュスタヴ・クールベの問題作「世界の起源」が初めて一般に公開されたのは1988年,ニューヨークのブルックリン美術館でのクールベ回顧展でした。これで世人はこの絵が何を描いているのかを初めて知ったのです。そして1995年からはパリの国立オルセー美術館に陳列されるようになります。特別扱いされず,他の絵と同じように陳列されているので,未成年禁止とかの制約はなく、見学の小中学生たちでも見れるのです。
 こういう場所にこういうものがあっていいのか、という論議はありました。これは今日でも観る者が試されるような絵です。なぜ私は目を背けるのか。なぜ私は羞恥を感じるのか。それを凝視した時、頭や体を掻き回されるような感覚は一体何なのか。21世紀の今日、女性の裸体や生殖器、性交シーンなどの画像や映像は誰にも容易に手に入るものであり、19世紀人に比べれば、私たちはずいぶんと慣らされたと言っていいでしょうが、それでもこの絵の前に立った時の衝撃は21世紀人にあっても甚大でしょう。正視できない、同行者や周りの目が気になって見るどころではない、という反応は、私たちがその美を解釈するしないという次元に百歩も千歩も先立つのです。しかし、美術館を離れて、その画像を美術本やウェブなどでひとりで見る時、私たちはまるで別のものを見るように、その細部に見とれてしまうのです。これは私が愛して止まないものだ、これは世界で最も美しいものだ、というエモーションに心が満たされるはずです。この絵はこういうふうに見られるために描かれたのではないか。
 このCDブックに解説されている「世界の起源」のことの成り行き(マニュエル・ジョヴェール)は、この絵が必ずしも衆人の目に触れられることを想定していなかったように書かれています。1860年代象徴派の詩人シャルル・ボードレールは詩集『悪の華』で、その公序良俗を紊乱する詩句で発禁、裁判などの騒ぎを起こしていましたが、クールベはそれを「象徴」ではなく「写実」で描く一連の絵を1864年頃から描き始めます。
 その最初の1枚が「ヴィーナスとプシケ」(→)で、誰の目からも明白な女性同性愛が描かれています。詩集『悪の華』序文でボードレールが献辞を捧げた詩人/批評家のテオフィル・ゴーチエ(仏文科学生だった頃、私らは"屁をひる"ゴーチエと呼んでました)のところに、このクールベの「ヴィーナスとプシケ」をどうしても手に入れたいという大金満家の蒐集家があらわれます。その名をハリル・ベイと言い、元トルコの外交官で、その蒐集コレクションの中にすでにジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1780-1867)の「トルコ風呂」があったとされています。ゴーチエに連れられてハリル・ベイがクールベのところに絵を買いに行ったとき、すでに「ヴィーナスとプシケ」は売られてしまったあとでした。金満コレクター氏は、その複製で構わないから、ぜひ売ってくれと引き下がらないので、クールベはその連作の続編ではどうか、と提案します。それが現在はパリのプチ・パレ美術館に所蔵されている「睡り」(別名「眠る女たち」) でした。これも裸体の女性二人が体を絡ませて眠るという、もろな「写実」でありました。この絵を画家はたいへん高価な値段で売りつけようとします。いかに大金満家と言えど、ハリル・ベイはちょっとこれは高すぎると躊躇します。そこでクールベは値段は動かせないが、「おまけ」をつけてあげましょう、とこの「世界の起源」を差し出したのです。
 お立ち会い、よろしいですか、「世界の起源」はボーナスだったのですぞ!
 この絵をハリル・ベイはパリに所有する館の秘密の個室に置き、絵は緑の幕で覆われました。それをベイは心を許す愛好家にのみ拝見を許可するのですが、その際、緑の幕がにぎにぎしく左右に開くという「儀式」が行われたと言います。その後、絵は所有者がいろいろ変わり、最後に1951年に精神分析者ジャック・ラカンが入手するのですが、この緑の幕の儀式はずっと守られていたそうです。

 象徴派は象徴し(メタファーし、ヴェールで覆い)、写実派は写実する(ヴェールを剥がす)。簡単に言えばそういうことなんでしょうが、それが当時の画壇、ひいては当時の社会そのものにとってどれほど衝撃的で革命的であったか、ということをトニー・ハイマスとジャン・ロシャールはこのCDブックで開陳しようとします。ですから、音楽は抽象的なところがなく、古典的な楽器アンサンブル(弦楽と吹奏、そしてハイマスのピアノ)と、シャンソンと革命歌と、ボードレール詩の歌曲などで、写実的にクールベの画想とパリ民衆の闘いを描きます。
 正直に言いますと、他のnatoの作品と同様、私はこのアルバムを一生に何度も聞き直すとは思いません。しかし、このアルバムを聞き通し、このCDブックを読み通すということは、それだけでこちらの思考力や感性をフルに活動させざるをえない、貴重な知の体験の時間に他なりません。そしてレコードCD棚に戻っても、夜中に行ってみると、ひとつだけ異様な光を放っているかのように見える、そういうオブジェになってしまうのです。

<<< トラックリスト >>>
1. DE L'ORIGINE DU MONDE (1ERE PARTIE)
2. LA RUMEUR REALISTE (1866-1871)
3. NEL SORRISO (1ERE PARTIE)
4. IMAGES (LA SEMAINE SANGLANTE)
5. HORIZON (LE CHANT DES OUVRIERS)
6. ALLURE (QUAND VIENDRA-T-ELLE?)
7. SCENE (LA DEFENSE DE PARIS)
8. HUILES DE PLOMB
9. LA GEANTE (Charles Baudelaire)
10. DE L'ORIGINE DU MONDE (2EME PARTIE)
11. NEL SORRISO (SUITE)

<<< テクスト >>>
ギュスタヴ・クールベ、シャルル・ボードレール、リュス・カルネリ、ピエール・デュポン、マニュエル・ジョヴェール、ジャン・ロシャール、クリスチアン・タルタン

<<< 歌、朗読 >>>
モニカ・ブレット=クラウザー、ヴィオレッタ・フェレール、ナタリー・リシャール、マリー・トロ

<<< ミュージシャン >>>
エレーヌ・ブレッシャン、ジャニック・マルタン、ディディエ・プチ、ソニア・スラニー・ストリング・アンド・ウィンド・アンサンブル、トニー・ハイマス

TONY HYMAS "DE L'ORIGINE DU MONDE"
CDBOOK NATO3020
フランスでのリリース:2010年5月31日





PS : 2010年11月24日
あらあら...。フランスのCD配給会社ロートル・ディトリビューションが、CDのセロファン包装の上に,こんなスティッカーをつけちゃいました。赤いカーテンで絵が見えなくなってしまいました。セロファンを剥がせば,オリジナルジャケットが出て来て,絵も見えるのですが...。無粋です。レオ・フェレがこの絵をCDジャケに使った時も、FNACでは面出しせずに、わざわざ裏ジャケットを表にして置いてました。フランスの「公序良俗」通念というのはまだお固いようです。


 


 

2010年5月6日木曜日

兄弟の握りこぶし

MOUSS & HAKIM "LIVE - VINGT D'HONNEUR"
ムース&ハキム 『ライヴ - 栄光の20年』
 

まず、スクープから。  
ゼブダが新アルバムを出します。2011年。情報の出処はタクティクレクティフ(トゥールーズのゼブダ外郭市民団体)ですから、かなり確実性があると思います。  
ゼブダのフロントメン3人のうちの2人のアモクラン兄弟、ムースとハキムが、その音楽活動(ゼブダ、モチヴェ、100%コレーグ、100%ファミーユ、ムース&ハキム、オリジンヌ・コントロレ...)の20周年を記念して、2009年12月、トゥールーズで行ったコンサートのダブルライヴアルバムです。  
ゼブダはマジッド・シェルフィという「頭(かしら)」がいて、ムースとハキムはその行動隊のように見られるキライがありました。ゼブダが2003年に休止宣言をして以来,兄弟はブリジット・フォンテーヌ,アンヘル・パラ,ティケン・ジャー・ファコリー,シェブ・マミなどとのコラボレーションを経て,「ゼブダの」という枕詞を邪魔にするような,強烈なパフォーマー魂を発揮するライヴアーチストとしてどんどん伸びてきました。ムース&ハキムの初アルバム(2005年),そして流謫の地フランスで歌われたアルジェリア歌謡をレパートリーにしたアルバム『オリジンヌ・コントロレ』(2007年),兄弟はどんどん良くなってきました。  
ひとたびステージに立つや,老若男女を問わず見る者すべてを熱狂の祝祭ダンスに誘い込むその煽動力は,いつしかステージでゼブダのレパートリーを必要としなくなったのです。これがムース&ハキムの一本立ちの証しですね。このダブルアルバムはその20年で「成人」したムース&ハキムの円熟のライヴです。  

CD1は"LA FIBRE"(ラ・フィーブル)と副題されています。これは繊維という意味ですが,転じて「心の糸」「心根」と解釈され,兄弟が心の底に持っているルーツ,アルジェリア/カビリアと,その先達アーチストたちの手になるレパートリーを中心としたプログラムです。
<<< トラックリスト CD 1 >>>
- INTASS (作者 CHEIKH EL HASNAOUI) (初出アルバム ORIGINES CONTROLEES)
- GATLATO (作者 DJAMEL ALLAM) (初出アルバム ORIGINES CONTROLEES)
- LA CARTE DE RESIDENCE (作者 SLIMANE AZEM) (初出アルバム ORIGINES CONTROLEES)
- BHADJA (作者 DAHMANE EL HARRACHI) (初出アルバム ORIGINES CONTROLEES) - TELT INNYAM (作者 LOUNIS AIT MENGUELLET) (初出アルバム ORIGINES CONTROLEES)
- DITES-MOI (作者 SLIMANE AZEM) (初出アルバム 100% COLLEGUES) - MAZEL (作者 LOUNIS AIT MENGUELETT) (初出アルバム 100% COLLEGUES)
- AZGAR (作者 SLIMANE AZEM) (初出アルバム ORIGINES CONTROLEES) - ABRID (作者 MATOUB LOUNES) (初出アルバム ORIGINES CONTROLEES)
- CHTEDOUYE (作者 BRAHIM IZRI) (初出アルバム 100% COLLEGUES)
- LA FRANCE (作者 M MAZOUNI/A SOULIMANE) (初出アルバム ORIGINES CONTROLEES) 
- AWAH (作者 IDIR) (初出アルバム 100% COLLEGUES) - KAZAK (作者 JEAN-LUC AMESTOY) (初出アルバム 100% COLLEGUES)
最後の曲の作者のジャン=リュック・アメストイはトゥールーズのアコーディオニストで,モチヴェと100%コレーグにその最初から参加している人で,そのスラヴ系の名前が示すように,ここではオリジナルのスラヴ・アコーディオン曲(インストルメンタル)で,聴衆をノセまくります。  

CD2は "LA TRIBU"と副題されていて,文字通り,ムース&ハキムと「その一党」「その大家族」の大饗宴です。
<<< トラックリスト CD 2 >>>
- LA TRIBU (M.CHERFI/100% COLLEGUE) (初出アルバム 100% COLLEGUES)
- C'EST PAR MA MERE (M.CHERFI/H&M AMOKRANE, REMI SANCHEZ) (初出アルバム 100% COLLEGUES)
- PETITE HISTOIRE(M.CHERFI/100% COLLEGUE) (初出アルバム 100% COLLEGUES)
- ON EST VENU (M.CHERFI/100% COLLEGUE) (初出アルバム 100% COLLEGUES)
- BOTTES DE BANLIEUE (C.NOUGARO/H&M AMOKRANE, REMI SANCHEZ) (初出アルバム MOUSS & HAKIM)
- LA BOUCHE (M.CHERFI/H&M AMOKRANE, REMI SANCHEZ) (初出アルバム MOUSS & HAKIM)
- ESTACA (LLUIS LLACH) (初出アルバム MOTIVES)
- PASO DEL EBRO (trad) (初出アルバム MOTIVES)
- BELLE CIAO (trad) (初出アルバム MOTIVES)
- BANDIERA (trad) (初出アルバム MOTIVES)
- OUALALARADIME (M.CHERFI/ZEBDA) (初出アルバム ZEBRA "ESSENCE ORDINAIRE")
- MOTIVES - LE CHANT DES PARTISANS (J.KESSEL,M.DRUON/ANNA MARLY) (初出アルバム MOTIVES)  
この時客席にいたマジッド・シェルフィが,ステージに駆け上りたいという衝動を抑えるのに必死だったと言います。後半を革命歌/抵抗歌で固め,ゼブダのレパートリーを1曲だけ挟んで,必殺の「モチヴェ,モチヴェ」で締めます。赤いオリゾンに兄弟がこぶしを振り上げたジャケットアート。サルコジ治世3周年の今日,私たちは激烈に熱いレジスタンスのライヴアルバムを手にしたわけです。
<<< パースネル >>> Mustapha Amokrane (vo) Hakim Amokrane (vo, derbouka) Jean-Luc Amestoy (accordion) Rachid Benallaoua (mandole, ney, percussion) Julien Costa (dms) Serge Lopez (g) Manu Vigourous (g) Yannick Tournier (b)

MOUSS & HAKIM "LIVE - VINGT D'HONNEUR"
2CD Tactikollectif / blue line / l'autre distribution AD1713C
フランスでのリリース:2010年5月31日


(↓国営TVフランス3のニュースで報道された2009年12月トゥールーズのコンサート)

2010年5月4日火曜日

敗者,敗者,ecoute-moi,敗者,敗者,t'en vas pas.



THE BEAUTIFUL LOSERS "NOBODY KNOWS THE HEAVEN"
ザ・ビューティフル・ルーザーズ『ノーバディ・ノウズ・ザ・ヘヴン』


 どこにでもありそうなバンド名です。2008年に公開されたアート・ムーヴメントのドキュメンタリー映画のタイトルにもありました。「美しき敗者」とは潔さを重んじる日本的情緒と合致するんでしょうね,日本語で「美しき敗者」と検索すると7万4千件出てきました。しかし,このバンドの名の出典はカナダの小説家/シンガーソングライターであるレオナード・コーエンの1966年の小説『ビューティフル・ルーザーズ』だそうです。
 バンドと言ってもデュオです。ベースとバッキングヴォーカルにクリストフ・ジャック。彼はこのアルバムの7年後に「クリストフ・J」という名義で"SONS OF WATERLOO"というアルバムを発表して,そこそこの成功を収めます(その後シーンから退いて,英仏語の会議通訳の仕事をして今日に至ります)。もうひとりはギターとリードヴォーカル,そして全曲の作詞作曲をしているジェイ・アランスキーです。のちにリオの「バナナ・スプリット」やアラン・シャンフォールとのコラボレーション,90年代にはジル・カプランのピグマリオンとして,主にヴァリエテ・ポップの世界で名を成しますが,変名でア・レミニッセント・ドライヴを名乗り,エレクトロニック・ミュージックでも知られるアーチストになります。
 が,時は1975年。そういうメジャーシーンとは遠いところにいた20歳のジェイ・アランスキーの「若気の至り」の録音です。田舎家に4日間眠らずに籠っての4トラック録音。ローファイという言葉がなかった時代のローファイ。その2年後に亡くなるマーク・ボラン(1947-1977)をヒーローとしていた時期のアランスキーが,Tレックス,ロキシー・ミュージック,ヴェルヴェット・アンダーグラウンド,トッド・ラングレン,シド・バレットなどが作っていた「退廃」のアトモスフィアを自分なりに創ろうとするわけです。フランス人ですから,ロートレアモンやボードレールにも色濃く影響を受けて。
 4日間眠らないのは,薬物を使って,という意味だと思っていいでしょう。アコースティックながら,サイケデリックでデカダンで,人工の楽園願望がサウンドにびしびし盛り込まれて,やや痛々しい時もあります。これは私と同世代のアーチストによる,若き日の思いっきり手を伸ばして無理矢理引き寄せた退廃のようで,私的には泣きたくなるような美しさがあります。真剣に嫉妬しています。


<<< トラックリスト >>>
1. WELCOME
2. OXFORD 1825
3. SPANISH WOMAN
4. YOU ARE FREE
5. NOBODY KNOWS THE HEAVEN
6. RENDEZ-VOUS
7. I WONDER WHY YOU CRY TODAY
8. ALL IS GONE
9. LIKE AN OLD GENERAL
10. AFRICAN QUEEN
11. SOMETHING TO DO
12. THE SHINING CAR
13. SUICIDE/INSIDE OUT
14. ALL IS GOING SO SLOW
15. YEAH, YEAH, YEAH!
16. THERE IS A BLOW
17.(BONUS TRACK) NOBODY KNOWS THE HEAVEN

BEAUTIFUL LOSERS "NOBODY KNOWS THE HEAVEN"
CD (REISSUE) MARTYRS OF POP / LION622CD(MOP002)
フランスでのリリース 2010年3月

the beautiful losers - nobody knows the heaven from the beautiful losers on Vimeo.



PS 1 (5月5日)
CDについている30ページのブックレットに,レーベルMARTYRS OF POPのジャン=エマニュエル・デュボワによる,ジェイ・アランスキーとクリストフ・Jへのロングインタヴューが載っています(英語&仏語)。ジェイ・アランスキーの証言はあの頃の空気(プログレとメタルがロックの主流で,フランスは10年遅れていて云々)をよく伝えていて,それに逆らって自主制作でこういう誇り高い(と言うよりもうぬぼれ高い)作品ができたことを,若き日の奇跡のように語っています。LP盤はアランスキーが作ったSILK RECORDS(マーク・ボラン"Chariots of Silk"からインスパイアされたレーベル名)から発表され,パリのレコードショップ数軒で400〜500枚売れたそうです。その1枚を買ったのがベルギー人,ハーゲン・ディルクス(のちの名をジャック・デュヴァル)で,ディルクスがアランスキーにザ・ビューティフル・ルーザーズへのファンレターを送ったのがきっかけで,二人は出会い,意気投合して作詞作曲コンビとなってマリー=フランスに曲を提供,次いでリオのために「バナナ・スプリット」を書いたのです。