2010年5月7日金曜日
下半身にずし〜んとクールベ
Tony Hymas "DE L'ORIGINE DU MONDE"
トニー・ハイマス『《世界の起源》について』
マルチなキーボディスト/ピアニスト/作曲家です。英国王室音楽アカデミーの出身で,現代音楽を経て,フランク・シナトラのピアニストになり,さらにジャック・ブルースやジェフ・ベックのバンドでロックに入り,一方でジム・ダイアモンドとサイモン・フィリップスとのトリオP.H.D.で "I won't let you down"というミリオンヒット・シングルを放ち,nato のジャン・ロシャールと組めばドビュッシー〜サティー〜ネイティヴ・アメリカン・ミュージック〜ミッシェル・ポルタル〜ミネアポリス・ファンク...とにかく何でもできる人です。
トニー・ハイマスとジャン・ロシャールは今度は19世紀フランス写実主義を代表する画家ギュスタヴ・クールベ(1819-1877)と,クールベも大きく関わったパリ市民の蜂起事件パリ・コミューン(1871)をテーマにした,ずっしり重い(234グラム)CDブックを作ってしまいました。ブックの部分だけで112ページあります。クールベの絵画の写し,12人のイラストレーター/BD作家によるオリジナル・イラストレーション,美術史家マニュエル・ジョヴェールによるクールベ「世界の起源」解説(英訳つき),ジャン・ロシャールによるクールベ論(英訳つき),そしてほとんど残されていないとされていた珍しいパリ・コミューンの写真(焼き討ちされたパリ市庁舎,バリケードの写真など)が掲載された豪華カラーブックです。これだけでもその仕事の濃さに圧倒されます。
1866年に描かれたとされるギュスタヴ・クールベの問題作「世界の起源」が初めて一般に公開されたのは1988年,ニューヨークのブルックリン美術館でのクールベ回顧展でした。これで世人はこの絵が何を描いているのかを初めて知ったのです。そして1995年からはパリの国立オルセー美術館に陳列されるようになります。特別扱いされず,他の絵と同じように陳列されているので,未成年禁止とかの制約はなく、見学の小中学生たちでも見れるのです。
こういう場所にこういうものがあっていいのか、という論議はありました。これは今日でも観る者が試されるような絵です。なぜ私は目を背けるのか。なぜ私は羞恥を感じるのか。それを凝視した時、頭や体を掻き回されるような感覚は一体何なのか。21世紀の今日、女性の裸体や生殖器、性交シーンなどの画像や映像は誰にも容易に手に入るものであり、19世紀人に比べれば、私たちはずいぶんと慣らされたと言っていいでしょうが、それでもこの絵の前に立った時の衝撃は21世紀人にあっても甚大でしょう。正視できない、同行者や周りの目が気になって見るどころではない、という反応は、私たちがその美を解釈するしないという次元に百歩も千歩も先立つのです。しかし、美術館を離れて、その画像を美術本やウェブなどでひとりで見る時、私たちはまるで別のものを見るように、その細部に見とれてしまうのです。これは私が愛して止まないものだ、これは世界で最も美しいものだ、というエモーションに心が満たされるはずです。この絵はこういうふうに見られるために描かれたのではないか。
このCDブックに解説されている「世界の起源」のことの成り行き(マニュエル・ジョヴェール)は、この絵が必ずしも衆人の目に触れられることを想定していなかったように書かれています。1860年代象徴派の詩人シャルル・ボードレールは詩集『悪の華』で、その公序良俗を紊乱する詩句で発禁、裁判などの騒ぎを起こしていましたが、クールベはそれを「象徴」ではなく「写実」で描く一連の絵を1864年頃から描き始めます。
その最初の1枚が「ヴィーナスとプシケ」(→)で、誰の目からも明白な女性同性愛が描かれています。詩集『悪の華』序文でボードレールが献辞を捧げた詩人/批評家のテオフィル・ゴーチエ(仏文科学生だった頃、私らは"屁をひる"ゴーチエと呼んでました)のところに、このクールベの「ヴィーナスとプシケ」をどうしても手に入れたいという大金満家の蒐集家があらわれます。その名をハリル・ベイと言い、元トルコの外交官で、その蒐集コレクションの中にすでにジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1780-1867)の「トルコ風呂」があったとされています。ゴーチエに連れられてハリル・ベイがクールベのところに絵を買いに行ったとき、すでに「ヴィーナスとプシケ」は売られてしまったあとでした。金満コレクター氏は、その複製で構わないから、ぜひ売ってくれと引き下がらないので、クールベはその連作の続編ではどうか、と提案します。それが現在はパリのプチ・パレ美術館に所蔵されている「睡り」(別名「眠る女たち」) でした。これも裸体の女性二人が体を絡ませて眠るという、もろな「写実」でありました。この絵を画家はたいへん高価な値段で売りつけようとします。いかに大金満家と言えど、ハリル・ベイはちょっとこれは高すぎると躊躇します。そこでクールベは値段は動かせないが、「おまけ」をつけてあげましょう、とこの「世界の起源」を差し出したのです。
お立ち会い、よろしいですか、「世界の起源」はボーナスだったのですぞ!
この絵をハリル・ベイはパリに所有する館の秘密の個室に置き、絵は緑の幕で覆われました。それをベイは心を許す愛好家にのみ拝見を許可するのですが、その際、緑の幕がにぎにぎしく左右に開くという「儀式」が行われたと言います。その後、絵は所有者がいろいろ変わり、最後に1951年に精神分析者ジャック・ラカンが入手するのですが、この緑の幕の儀式はずっと守られていたそうです。
象徴派は象徴し(メタファーし、ヴェールで覆い)、写実派は写実する(ヴェールを剥がす)。簡単に言えばそういうことなんでしょうが、それが当時の画壇、ひいては当時の社会そのものにとってどれほど衝撃的で革命的であったか、ということをトニー・ハイマスとジャン・ロシャールはこのCDブックで開陳しようとします。ですから、音楽は抽象的なところがなく、古典的な楽器アンサンブル(弦楽と吹奏、そしてハイマスのピアノ)と、シャンソンと革命歌と、ボードレール詩の歌曲などで、写実的にクールベの画想とパリ民衆の闘いを描きます。
正直に言いますと、他のnatoの作品と同様、私はこのアルバムを一生に何度も聞き直すとは思いません。しかし、このアルバムを聞き通し、このCDブックを読み通すということは、それだけでこちらの思考力や感性をフルに活動させざるをえない、貴重な知の体験の時間に他なりません。そしてレコードCD棚に戻っても、夜中に行ってみると、ひとつだけ異様な光を放っているかのように見える、そういうオブジェになってしまうのです。
<<< トラックリスト >>>
1. DE L'ORIGINE DU MONDE (1ERE PARTIE)
2. LA RUMEUR REALISTE (1866-1871)
3. NEL SORRISO (1ERE PARTIE)
4. IMAGES (LA SEMAINE SANGLANTE)
5. HORIZON (LE CHANT DES OUVRIERS)
6. ALLURE (QUAND VIENDRA-T-ELLE?)
7. SCENE (LA DEFENSE DE PARIS)
8. HUILES DE PLOMB
9. LA GEANTE (Charles Baudelaire)
10. DE L'ORIGINE DU MONDE (2EME PARTIE)
11. NEL SORRISO (SUITE)
<<< テクスト >>>
ギュスタヴ・クールベ、シャルル・ボードレール、リュス・カルネリ、ピエール・デュポン、マニュエル・ジョヴェール、ジャン・ロシャール、クリスチアン・タルタン
<<< 歌、朗読 >>>
モニカ・ブレット=クラウザー、ヴィオレッタ・フェレール、ナタリー・リシャール、マリー・トロ
<<< ミュージシャン >>>
エレーヌ・ブレッシャン、ジャニック・マルタン、ディディエ・プチ、ソニア・スラニー・ストリング・アンド・ウィンド・アンサンブル、トニー・ハイマス
TONY HYMAS "DE L'ORIGINE DU MONDE"
CDBOOK NATO3020
フランスでのリリース:2010年5月31日
PS : 2010年11月24日
あらあら...。フランスのCD配給会社ロートル・ディトリビューションが、CDのセロファン包装の上に,こんなスティッカーをつけちゃいました。赤いカーテンで絵が見えなくなってしまいました。セロファンを剥がせば,オリジナルジャケットが出て来て,絵も見えるのですが...。無粋です。レオ・フェレがこの絵をCDジャケに使った時も、FNACでは面出しせずに、わざわざ裏ジャケットを表にして置いてました。フランスの「公序良俗」通念というのはまだお固いようです。
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1 件のコメント:
リンクを貼られていた wiki を読んで、いろいろ興味深く思いました。これでまたパリを再び訪れる理由(口実)が一つ増えました。
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