オレルサン『現実逃避』
43歳になったオレルサン、5枚めのアルバムであり、リリースと同時期にフランス公開された映画『Yoroï 鎧』(監督ダヴィッド・トマシェウスキー、主演オレルサン、クララ・ショイ)にインスパイアされて作られた曲で構成されている。10月末に劇場公開された『Yoroï』は12月現在で28万人の入場者数を記録する(まあまあの)ヒット映画となっている(私は観ていない、多分ストリーミングになったら観る)。あらすじは、フランスの大物ポップスター、オーレリアン(演オレルサン)がツアーで消耗し切って(燃え尽き症候群)、妊娠した妻ナナコ(演クララ・ショイ)と共だって日本に生活の拠点を移すのだが、住処に決めた過疎地の田舎屋敷の中にあった井戸に落ち、引き上げられると体が鎧(よろい)片に覆われていて剥がそうにも剥がせない、そして次々に登場する(水木しげる流)妖怪たちと格闘する羽目に。というこちら側から見ればエキゾティックな特撮ホラー・アクション映画のようなもの。ガキの時分から激愛していた漫画・アニメ・ゲームを通じて日本オタク上級者になったオレルサンの趣味全開のおめでたい娯楽映画であろう。(↓)映画『Yoroï』予告編
アルバムは同じような流れだが、大きなテーマは4つある。ポップスターのバーンアウト、逃走/逃避、初めての子/父親になることへの恐怖、(妖怪との闘いの末の)人格分裂/オレルサマ("Sama")の出現。アルバムタイトルが示すように、最重要のテーマは逃避であり、どこまで逃げてもどこまでも追ってくるものとのエンドレスな闘いである。追ってくるもの、これを西洋人はデーモンと呼び、日本人は妖怪と呼ぶ、なんていうわかりやすい図式。
冒頭の「契約 Le Pacte」から、燃え尽き症候群で現実から逃避しようとする仏ラップのトップスター(おのれ自身)を厳しく追求する”世間さま”の罵りのような激しい駆け足ライムがたたみかける。
そこから抜けると空虚が襲ってくる。2曲め「もはや何もない Plus rien 」は、フィーチャリングで幾田りら(Yoasobi)が参加しているのだが、この共演はたぶん幾田にも重要なことだったのかな、オレルサンのライムと幾田ヴォーカル部分詞を全日本語訳して、YouTube動画(Lylics video)化している(↓)
冒頭の「契約 Le Pacte」から、燃え尽き症候群で現実から逃避しようとする仏ラップのトップスター(おのれ自身)を厳しく追求する”世間さま”の罵りのような激しい駆け足ライムがたたみかける。
Tu l'as voulu, tu l'as eu, maintenant assume繰り返し連呼される自己責任論の嵐である。スターの座、リミットなく寄ってくるファンたち、全言全身インフルエンサーとなってあらゆる誤解が一人歩きする、責任を全うしろ。
(おまえ自身が望んでそれを勝ち得たのだ、責任を全うしろ)
そこから抜けると空虚が襲ってくる。2曲め「もはや何もない Plus rien 」は、フィーチャリングで幾田りら(Yoasobi)が参加しているのだが、この共演はたぶん幾田にも重要なことだったのかな、オレルサンのライムと幾田ヴォーカル部分詞を全日本語訳して、YouTube動画(Lylics video)化している(↓)
(↑)日本語読んでどう思われたかな? ポップスターが極めた頂上で襲われる虚無感、すべてに何も感じなくなってしまう空虚ゾーンに入ってしまった絶望的独白と、幾田の歌う日本語詞ってマッチしてるのかな?こういうのってマッチしなくても別にいいのかな?「いっそ書き換えて/咲ける日まで」 ー こういう日本語は私のような日本非在住の日本人には、ほんと、わからないのですよ。
3曲め「よその地 Ailleurs」はいよいよ逃亡の始まりで、テーマは「さがさないでください」。
Si vous me cherchez, j'suis ailleursこの「よその地」とはとりもなおさず日本のことなんだが。
俺を探してるんだったら、俺はよその地にいて
J'suis loin, loin, loin, loin, loin de vous
あんたたちから遠い遠い遠い遠いところだから
Oublie-moi
俺のことは忘れてくれ
(↑)日本オタクのフランス若衆に夢見られた”日本”全開のクリップ。とても良くわかるし、多くの(フランスの)若衆にとって日本は間違いなく夢の国なのだが... 爺さんはそのままにしておこうと思うのだよ。
さて映画の方は妻ナナコの妊娠というのが重要なファクターとなっているのだが、アルバムの方は40歳過ぎで初めて父親になる男の期待と不安(5曲め「二人半 Deux et demi 」)と、さらに出産が近づくにつれて父親になることへの恐怖、父親になる準備ができていない自分の葛藤(9曲め「数ヶ月後 Dans quelques mois 」)と二度にわたってこのテーマを登場させている。
さて映画の方は妻ナナコの妊娠というのが重要なファクターとなっているのだが、アルバムの方は40歳過ぎで初めて父親になる男の期待と不安(5曲め「二人半 Deux et demi 」)と、さらに出産が近づくにつれて父親になることへの恐怖、父親になる準備ができていない自分の葛藤(9曲め「数ヶ月後 Dans quelques mois 」)と二度にわたってこのテーマを登場させている。
Dans quelques mois tout va changer
あと数ヶ月ですべては変わるんだ
D'ailleurs tout a déjà changé
なにしろもうすべてはすべては変わってしまったんだ
J'regarde son ventre et j'me rappelle qu'c'est un mini miracle
そのおなかを見ると、これは小さな奇跡なんだと改めて思う
Maintenant un plus un font trois, on a fait mentir les maths
今や1+1=3なんだ、数学はうそっぱちだったのさ
À l'échographie, je vois sa tête et je verse une petite larme
腹部エコーでその頭部が見えると涙が出てしまう
C'est le plus beau film que j'ai vu
今まで見たうちで最も美しい映画みたいだ
Et c'est que le début de l'histoire
それは物語の始まりなんだ
それがしばらくすると黒々とした不安に変わってしまう。どうやって子育てをしたらいいのかわからない。まるで自信がない。俺は父親になれない...。
Dans quelques mois, dans quelques mois, dans quelques mois
数ヶ月後に、数ヶ月後に、数ヶ月後に
Il arrive bientôt, j'serai jamais prêt
もうすぐそれはやってくる、俺は到底準備できていない
Dans quelques mois, dans quelques mois
数ヶ月後までに、数ヶ月後までに
J'vois même pas comment j'vais savoir l'élever
俺が子育てのしかたを覚えるなんてできっこない
Dans quelques mois, dans quelques mois
数ヶ月後には、数ヶ月後には
J'fais la liste des erreurs que j'pourrais faire
俺がやってしまうヘマの数々のリストができてるさ
Dans quelques mois, dans quelques mois
数ヶ月後、数ヶ月後...
私は初めての子の誕生を待つプレ父親の葛藤の2曲がこのアルバムの中でことのほか好きである。私も40歳で父親になった遅めの初パパであったが、その「覚悟」には時間がかかった記憶がある。女性は具体的な身体の変化を伴って母親になっていくが、男は観念でしか父親になれない。この心理ドラマの上昇と下降は歌になるようなテーマではなかったはずだ。このあたりのオレルサンの極パーソナルな正直さを”音楽化”するところ、私は評価しますね。
映画の方は富士山麓の田舎家の井戸に落ちたことを発端に、鎧を纏った男になってしまったオーレリアンが次から次に現れる(水木しげる様式の)妖怪たちに襲われ、果てしない闘いを強いられるのだが、音楽アルバムの方はその妖怪たちとは外在的に出現するものではなく、内在的に噴き出して来る不安や恐怖や強迫観念の化身のように捉えられる。職業(この場合ラップアーチスト)、家族(+来るべき子供)、友だち、ファンを含めた群衆、フランス、ソーシャルネットワーク... それらが自分の心を蝕み、食い尽くされそうになる、と思ってしまうんだね。これは俗に言われる(往々にして40歳頃に起こる)"La Crise Existencielle ラ・クリーズ・エグジスタンシエル=実存的危機”と言い換えていいと思うのですよ。43歳になって心が折れそうになっているオレルサン。
最も激烈にオレルサンを攻撃する曲が12曲め「小さな声 La petite voix 」である。
Regarde la vérité en vrai, c'que t'es devenu
真実を直視しろ、おまえがなってしまった今の姿を
Vois c'que t'aurais pu être en vrai, tu t'es perdu
おまえが本来なるはずだった姿を思い出せ、おまえは自分を見失ったんだ
Arrête de faire le mec rangé, personne n'est dupe
真っ当な男のふりをするのはやめろ、誰も騙されない
T'es devenu, en vrai, c'que tu détestais au début
真実は、おまえが自分が元々唾棄していたものになっちまったということだ
T'es qu'une merde, mon p'tit Aurélien, en vrai, tu m'as déçu
オーレリアンちゃんよ、おまえはクソ野郎だ、俺はおまえにがっかりした
Comme t'as déçu tes parents quand tu ratais tes études
お前が勉学に失敗しておまえの両親を落胆させたようにな
Mais qu'ils aillent se faire foutre, en vrai, mon p'tit Aurélien
だが親なんていなくなっちまえばいいんだ、オーレリアンちゃんよ
J'suis l'seul qu'il faut qu't'écoutes, en vrai, mon p'tit Aurélien
俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだ、オーレリアンちゃん
Regarde où ça t'mène à force de vouloir plaire à tout l'monde
みんなに好かれようとした結果一体どうなったかよく見てみろ
Ils volent ta part d'oxygène, t'as comme une barre dans les poumons
奴らはおまえの酸素を盗んでいるんだ、おまえの肺に鉄棒を押し付けて
Boum-bou-bou-boum-boum, c'est ton cœur qui s'emballe
ブン・ブーブー・ブン・ブン、おまえの心臓がバーストする音だ
Boum-bou-bou-boum-boum, encore une crise d'angoisse
ブン・ブーブー・ブン・ブン、ほらまた苦悶のパニックだ
T'oses pas affronter tes p'tits problèmes, donc tu t'caches
おまえは些細な問題だと逃げてきたんだ、おまえは身を隠す
Et tu t'couches comme pendant les polémiques parce que t'es lâche
おまえは臆病だから論争の間身を屈めて逃げ隠れる
J'ai toujours su qu't'étais lâche, mais regarde c'que tu gâches
俺はずっとおまえが臆病だと知ってた、おまえが台無しにしたものを見てみろ
T'as toutes les choses dont tu rêvais à la moitié d'ton âge mais
おまえは若い頃に夢見ていたものすべてを手に入れた、だが
Boum-bou-bou-boum-boum, petite biatch
ブン・ブーブー・ブン・ブン、牝犬野郎め
自分を責め、自分を否定する自分は、人格分裂し、サイテー人間となった「オレルさん」に退場していただき、強靭な悪の化身となった「オレルさま」(13曲め「さま Sama 」)の登場を見る。
とまあ、こんな形而上学的ストーリーを孕んだアルバムとして仕上がっているのですよ。妖怪戦争の混沌という極端な自我葛藤で、ジキルとハイドのように分裂した「さん」と「さま」を再び統合させるという大団円に向かうのである。それは妖怪の弱点をポジティヴな何かに変容させる ー Turn the scary part of the Yôkaï into something positive ー ということなのだよ。よくわからんとは思うが。(16曲め「隠された真実 Epiphanie」)
Turn the scary part of the Yōkai into something positive
En regardant mes angoisses droit dans les yeux
俺の苦悶をしっかりと直視する
Sans les lunettes de la peur
恐怖という色眼鏡を通さずに
Sans m'dire qu'tout l'monde m'en veut
みんなが俺を恨んでいると自分に言うことなく
J'ai compris qu'l'habitude rend banals les trucs précieux
習慣が大切なものをつまらないものにしてしまうと俺はわかった
Qu'certaines choses ne changent pas
ある種のものは変わらない
Mais qu'au final, c'est peut-être mieux
だが最終的にはその方がいいのかもしれない
Si j'peux pas changer les choses
俺はものごとを変えられないかもしれないけれど
J'peux changer comment j'les vois
俺がどうやってそのものごとを見るのかは変えられる
Qu'si j'peux pas changer les autres
俺は他の人たちを変えられないけれど
J'peux changer leur influence sur moi
他の人たちの俺に及ぼす影響は変えられる
なんとも禅問答的であり、蘊蓄マンガ的でもあり、リセの「哲学」の授業で面白く説得力のある先生の話をうなづいて聞いたような印象もあり、果てしない苦悩の果てに見出したモアベターな自分自身という幻想のありがたさもある。ラップは今や浅くない。
主にストーリーの部分だけで、難しくなってしまうキライがないことはないが、音楽的には多彩なフィーチャリングの人たち:幾田りら、ヤメ(Yamê)、K-popのフィフティーフィフティー(素晴らしい)、SDM(まこと素晴らしい)ー に随分と助けられてレンジの広い音像を展開している。その最良の例がアルバム終曲17曲め(映画ではエンドロールで流れてくる)「鎧 Yoroï」で、トマ・バンガルテール(ex ダフト・パンク)との共同制作である。
悟りを開いたオーレリアンの未来への快進撃をダフト・パンクに景気づけてもらったようなつくりであるが、曲の最後にマニフェスト的に繰り返される言葉は
Le monde, c'est c'que t'en faisというもの。陳腐に聞こえるかな? 爺さんはその通りだと思うよ。
世界、それはおまえが作るものだ
<<< トラックリスト >>>
1. Le Pacte
2. Plus rien (feat. 幾田りら)
3. Ailleurs
4. Boss
5. Deux et demi
6. Osaka
7. Encore une fois (feat, Yamê)
8. Internet
9. Dans quelques mois
10. Ou la la la la (feat. Fifty Fifty)
11. Tellement d'amis
12. La Petite Voix
13. Sama
14. Soleil Levant (feat. SDM)
15. Les Monstres
3. Ailleurs
4. Boss
5. Deux et demi
6. Osaka
7. Encore une fois (feat, Yamê)
8. Internet
9. Dans quelques mois
10. Ou la la la la (feat. Fifty Fifty)
11. Tellement d'amis
12. La Petite Voix
13. Sama
14. Soleil Levant (feat. SDM)
15. Les Monstres
16. Epiphanie
17. Yoroï (feat. Thomas Bangalter)
ORELSAN "LA FUITE EN AVANT"
LP/CD/Digital Sony Music
フランスでのリリース:2025年11月7日
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)「日いづる国 Soleil Levant」(feat. SDM)
17. Yoroï (feat. Thomas Bangalter)
ORELSAN "LA FUITE EN AVANT"
LP/CD/Digital Sony Music
フランスでのリリース:2025年11月7日
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)「日いづる国 Soleil Levant」(feat. SDM)

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