2020年3月1日日曜日

レイラ・スリマニ、スプリンゴラ『合意』について語る

イラ・スリマニの第3作めの小説にして、20-21世紀にまたがる故国モロッコにおける自らの家族史と民衆史を土台とした大河小説三部作の第1巻になる『他人の国(Le Pays des Autres)』が3月5日に発表になる。
向風三郎はこの文学的事件をラティーナ誌連載「それでもセーヌは流れる」の最終回(2020年5月号)で紹介する予定にしている。この『他人の国』に関しては発売前週の2月最終週のプレスメディア(レ・ザンロキュブティーブル、テレラマ、パリ・マッチ...)が大々的に取り上げていて、その中でロプス誌 2月27日号は10ページにわたって「レイラ・スリマニ:"植民地主義の膿みを絞り出せ”」と題して特集している。
ちなみにこのロプス(L'Obs。旧称 Le Nouvel Observateur)は1964年に創刊された古参の左派系週刊誌であり、その創立者がジャーナリストのジャン・ダニエル(1920 - 2020)で、この2月19日に99歳で亡くなったばかり。レイラ・スリマニの特集記事掲載号は、このジャン・ダニエルへの追悼号(48ページのオマージュ)で、この訃報がなければレイラ・スリマニが表紙を飾ることになっていた。それはそれ。
 8ページのインタヴュー記事は、その新作小説の内容に関することが中心を占めるが、マクロン大統領から2018年に(私的任命による)「フランス語世界担当官」(つまり政府側の重要職)という立場にありながらも、歯に衣着せぬマクロン権力への批判も登場する。またフェミニストとして積極的な論客でもあるスリマニは、昨今の時事問題(今年のフランス映画界最も権威あるセザール賞において、複数の性犯罪で告発されているロマン・ポランスキー監督が11部門でノミネートされた件、2020年1月文学界の最大の事件であるヴァネッサ・スプリンゴラ著『合意』がペドフィル作家ガブリエル・マツネフを30数年後に告発した件など)についても、明解なコメントを披露している。以下、ポランスキー事件(インタヴューの時点では「セザール賞監督賞」のポランスキー受賞は決まっていない、ノミネートのみ)とスプリンゴラ/マツネフ事件に関するスリマニの見解が現れるインタヴュー箇所を日本語訳してみます。

(L'Obs) :「シャルル」誌上でのアラン・ドロンとミッシェル・ウーエルベックへの再評価称賛をあなたは歓迎していましたね。セザール賞におけるロマン・ポランスキーのノミネートに関してあなたはどう考えますか?
レイラ・スリマニ : 私は芸術家と人間をはっきりと分けて考えている。芸術家はその芸術的観点の基準によって判定され、人間は法廷で判定が決まる。何人も法の上に立つことはできない。しかし偉大な芸術作品はそれ自身の価値で認められる。たとえそれが怪物によって書かれたものであっても。『夜の果てへの旅』 (註:ルイ=フェルディナン・セリーヌ作 1932年発表)はとてつもなく大きな作品である。ウーエルベックやドロンの考え方に私は嫌悪感を覚える。二人のことを私はレイシストでミソジニーだと思っているが、彼らの言動は法律の許容範囲を超えるものではない。そのことが偉大な作家であることや偉大な俳優であることを妨げるものではない。この先20年後も『テナント/恐怖を借りた男』(1976年)や『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)のようなポランスキー作品は世に残るだろう。これらの制作時期において、彼は世間とメディアを騒がせていたわけで、何件もの暴行事件で糾弾されている人間が映画館では喝采を浴びていたということに、人は呆れ果てなかったことだろうか。事件は時効になり、推定無罪の原則もあるが、私は人々の不快な困惑感を全面的にに理解できる。
L'Obs) : ガブリエル・マツネフ事件についてはどんなふうに見ていますか?
レイラ・スリマニ : それまで私は(マツネフのことを)聞いたこともなかった。それで読んでみた。私には彼は非常に凡庸な作家でしかなく、正直に言って、世間が彼の小児性愛犯罪について寛大であったことに仰天してしまった。それを自慢げに披歴する汚らわしいやり方はぞっとするほどだ。ヴァネッサ・スプリンゴラの書はおおいなる尊厳さに満ちている。彼女は憎しみの中にもパトスの中にも閉じこもらない。このことを前面に出さなければならない。告発すること、憤激すること、被害者であることを堂々と披露すること、そのすべてに自らが体験したことに対する非常に複雑な考察と視点を持つことが肝要である。これは非常に重要な著書である。
(L'Obs) :あなたの出版社主アントワーヌ・ガリマールは、ガブリエル・マツネフの全著作を書店から引き上げました。その判断は正しいと思いますか?
レイラ・スリマニ : 私は彼のしたことが理解できる。彼はヴァネッサ・スプリンゴラの本に突き動かされたのだ。マツネフの本が読者の手に届かなくなるということには、私は個人的にはさほどのショックを受けない。しかしある種のメディア的大衆的な圧力(その圧力はどこから生まれたのかわからない)に屈しなければならないということには疑問がある。もしも近い将来、アンドレ・ジッドの『日記』ポール・ボウルズの小説、ジャン・ジュネの戯曲が本屋から消えるとしたら? 用心深く注視していなければならない。
(L'Obs 2020年2月27日号 p30-31)



(↓)L'Obs のインタヴュー動画。レイラ・スリマニ、感銘を受けた植民地問題に関する映画3篇について語る。(2020年2月末掲載のYouTube)



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