2022年7月5日火曜日

ワカモレ・ブードゥー

Eric Judor & Fabcaro "Guacamole Vaudou"
エリック・ジュドール&ファブカロ『ワカモレ・ブードゥー』


2022年5月に発売以来、7月現在書店ベストセラー6位の大ヒット作である。"ロマン=フォト(Roman-Photo)"というジャンルは日本では何と呼ばれているであろうか、フォトコミックかな? BD(バンド・デシネ)の絵の代わりに写真が使われる、漫画と映画のクロスオーバーのような第二次大戦後の出版ジャンルで、フランスでは1947年発刊の雑誌"NOUS DEUX"が(女性読者をターゲットにした)恋愛ストーリーのロマン=フォトで大評判となり、週刊誌となった50-60年代には毎週150万部を売るというキオスク/新聞スタンドの目玉商品となった。80年代にロワッシー空港のカーゴ会社で働いていた私は、その昼休みの食後に熱心にNOUS DEUXに読みふける老若の女性労働者の皆さんの姿を見ている。写真版のハーレクイン小説みたいなもののように思っていたが、往時の日本の昼ドラのようにエグい内容のものもあったようだ。しかし、”無教養人の娯楽読み物”のような低級カルチャー蔑視傾向が常につきまとい...。それはそれ。
 著者のひとりでこの写真ドラマの主演者でもあるエリック・ ジュドール(1968 - )は、90年代00年代に人気を博したお笑い二人組エリック&ラムジーの片割れで、ソロでも脚本家および映画監督でもある。2017年(コロナ禍の2年前)、世界的パンデミックで人類滅亡の危機の中、生き残ったフランス深部のアルテルモンディアリストのコミューンを描いたコミック映画『プロブレモス(Problemos)』はジュドール監督/主演の大傑作である。
 もうひとりの著者のファブカロは先月このブログで紹介したBD『ザイザイザイザイ』(2015年)の作者ファブリス・カロ。BD作家、脚本家、小説家として21世紀フランスを代表する不条理ユーモアの書き手。
 時はミニテルのある1980年代、男はみんなウェイヴのかかったセミ長髪のカツラをかぶっている。商標・看板のない高層ビルが立ち並ぶだけのビジネス街。広告会社に勤めるステファヌ(演エリック・ジュドール)は無能を理由に会社から疎んじられ、上司同僚からバカにされ、意中のコピー取り女子社員マリー=フランソワーズ(演アリソン・ウィーラー)にうまく告白もできず、社員食堂やパン屋では残り物しか給餌されず、通勤メトロでは郊外ワルガキどもに恫喝され...。そんなダメ男が、張り紙広告で見つけた「週末ブードゥー講習会」。さまざまな悩みや問題を抱えた都会人男女が、ブードゥーの秘儀を伝授されて、ブードゥー呪術で問題を一挙に解決、という胡散臭いもの。行ってみると...。
(←写真)講習会参加者のひとりに
私の名はルネ、かにかまスティックでマルチナ・ナブラチロワの模型を作っています」という男がいる。演じているのはこのロマン・フォトのゲストスターのひとり、2020年小説『異状』のゴンクール賞作家エルヴェ・ル・テリエ。冗談ぽい前衛文学工房ウリポの現代表者であるから、こんな作品に顔を出しても不思議ではないが、この人がいるおかげで諧謔のクオリティーがぐんとアップする感じ。ほんのちょい役なので、気にしない人は気にしないでしょう。
 呪術講習の最後に、自分だけの呪文をひとつ選べと言われ、ステファヌがとっさに口から出た言葉が「ワカモレ(guacamole)」。この呪文を30分に一度唱えれば、彼は超絶の弁舌者となり、その口車でどんなことでも実現してしまう、と。
 スーパーブードゥー呪術パワーを手に入れたステファヌは、会社ではヒット広告コピーを連発して会社の売上を急上昇させ、重役(熟女)のマドモワゼル・ビアンコ(演じるのは劇作家オリヴィア・クードリーヌ)と懇ろの関係になり、一躍業界のスターとしてメディアに露出し、ついには政界に打って出て、大統領選に出馬する。この急速な人気/権力奪取の過程でステファヌに捨てられて復讐の念に燃えるマドモワゼル・ビアンコは、ステファヌがブードゥー講習会で呪術パワーを会得したことを知り、ブードゥー導師と交渉して、まんまと呪文の変更に成功してしまう。
 それを知らないステファヌは、大統領選挙戦のハイライト、ファシスト候補との一対一のテレビ討論(その司会役で登場するのが、ARTE TVの切れ者女性ジャーナリストのエリザベート・カン)に臨む。 そして超絶弁舌人になるべく「ワカモレ」の呪文を連発するのだが、まったく効かず、しどろもどろの答弁で全国民からそっぽを向かれてしまう。すべてを失い、ホームレスまで身を落としていくステファヌだったが、それを見つけ、愛で包んでくれるのが、かつての意中の女性マリー・フランソワーズ...。ハッピー・エンド、しかし...。

 という、まあ、なんというか、不条理いっぱい、奇妙な出演者いっぱい、業界風刺、内輪ギャグも含む豪華絢爛ロマン=フォト本であるが、一回読んだら終わりっしょ。それがロマン=フォト本来の持ち味なんだから。

Eric Judor & Fabcaro "Guacamole Vaudou"
SEUIL刊 2022年5月6日、80(オールカラー)ページ、18,50ユーロ


カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)TV5による『ワカモレ・ブードゥー』紹介+ファブカロのインタヴュー

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