2022年6月28日火曜日

Winky don't lose that number

コードネーム:
WINKY RH776

ウィンキー さんが わが家にやってきたのは2017年4月29日のことだった。インターネット上のお見合いのあと、動物愛護財団30 millions d'amis のパリ郊外77県サン・ティリエの収容センターまで、娘の運転で孝子さんが迎えに行ってくれた。
 前任のジャック・ラッセル犬ドミノ君が前年の10月に15歳で亡くなって、(私はまだ働いていた頃だったので)飼育のほぼ一切を任されていた孝子さんが、自分たちの老いのことを考えるともうこれ以上犬さまを飼うのは無理と主張、私もそうだよね、と納得していたのだった。ところが、その年(2016年)暮れに(2015年夏/秋に全部切り取ったはずの)私の病気が再発してしまって、わが町のアンブロワーズ・パレ病院の担当医師が事態は深刻であり、仕事をやめて治療に専念するように、と。私はすぐに会社を閉鎖し、早期退職の年金受給の手続きを取り、治療のための病院通いと自宅隠居の身になった。会社閉鎖には6ヶ月を要したが、営業は2016年3月末で終了し、在庫と事務所の整理、種々の役所への閉鎖書類提出などで、重い気分の日々だったし、その年の1月から始まった通院治療は副作用がかなり体への負担がきつい(嘔吐・下痢、頭髪・体毛が抜け、直射日光で皮膚が火傷してしまう...)状態の時だった。適度な運動が必要とは言われていた。在宅でゴロゴロしていてはいけない。で、娘と孝子さんの発案で(私に内緒でいろいろ探してくれて)、ウィンキーさんとの出会いというドラマティックな展開となった。
(←2016年5月、わが家に来たての頃のウィンキーさん、慣れない男の抱っこはセクハラ、と言いたげな迷惑表情。私は眉毛も頭髪もなくなっていた頃)
あれから私は毎朝ウィンキーさんと散歩(3〜4キロ)するようになったし、おかげで公園知り合いも増えた。収容センターの人の話だと、洞窟に放置されていたところを発見されセンターに収容されたそうだが、どれほどの期間”半野生”の状態で生きていたのか、恐怖心と警戒心は非常に強く、人間とも他の犬たちとも接触/交流しようとしない。犬語がしゃべれないのだと思う。だから、わが家にも慣れるのにちょっと時間を要したし、なかなか安心して打ち解けた状態になってはくれなかった。リードで繋がれての散歩もどこに行っても怯えて、まっすぐには歩いてくれなかった。ま、そこから私たちの美しい物語はゆっくりと育まれていったわけですが。あれから6年、機会あるごとにSNS(Facebook, Twitter, Instagram)および当ブログでウィンキーさんと私たちのストーリーは紹介してきたし、2018年から毎年好評いただいている「ウィンキー・カレンダー」は今年5年目、来年は6年目を発表する予定でいる。ただ、2017年にセンターからウィンキーを受け取った時、その簡単な書類には詳しい情報が何も記載されておらず、私たちはウィンキーの(推定)生年月日も知らず、誕生日を祝ってやることもできずに今日まで過ごしてきたのである。
 そんな時2022年6月、フランス国農業食糧庁(Ministère de l'agriculture et de l'alimentation)のレターヘッドで、こんな書類がわが家に送られてきた。これはウィンキーさんの身分登録証明書。個人情報保護のため赤マーカーで消してあるが、身分証明番号(ウィンキーさん、この番号と書類を絶対に失ってはいけない!Winky don't lose that number ! )とそのパスワード、身分証明チップの埋め込まれた場所などが記載されている。そしてウィンキーさんの正式名は「ウィンキー RH776」である、と。なんか、R2-D2やC-3P0の仲間のドロイドみたい。そしてそして(!)、ウィンキーさんの生年月日は「2015年3月20日」とはっきり書かれている!これはめでたい、ありがたい。フランスのお役所が認定したウィンキーさんのオフィシャルな誕生日である。ウィンキーさんは(2022年6月)現在、7歳のレディーだったのだ。今年はもう遅いが、来年からはバースデイを祝ってあげられる。ウィンキーさん、お互いに長生きしましょうね。

(↓)スティーリー・ダン"Winky don't lose that number"feat ジェフ・スカンク・バクスター
(1974年)

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