2022年7月19日火曜日

無罪!無罪!

”Zaï zaï zaï zaï"
『ザイザイザイザイ』


2020年フランス映画
監督:フランソワ・ドザニャ
原作:ファブカロ
主演:ジャン=ポール・ルーヴ、ジュリー・ドパルデュー、ラムジー・ベディア、ジュリー・ガイエ、ヨランド・モロー
フランス劇場公開:2022年2月23日
フランスDVD発売 : 2022年6月29日


場公開がコロナ禍で延び延びになり、他の多くの公開待ち(大作)映画と共に2022年2月に封切られたものの、話題も客も取れず...。
 原作は本ブログでも紹介した2015年発表のファブカロ作のカルト的人気BD『ザイザイザイザイ』。スーパーマーケットでレジ会計の時、ポイントカード(フランス語のCarte de fidélitéなのだが、日本語で何と言う?)を忘れてきたという”大罪”を咎められ、ネギを武器にして抵抗し、警備マンを振り払って逃走、警察によって全国に指名手配され、フランス最深部(電話電波もテレビもラジオも通らない)"ロゼール”という地までヒッチハイクと徒歩で逃げていく、作者ファブカロがいみじくも「ロードムーヴィー」と副題した原作BD。「ロードムーヴィー」の映画化はおのずとロードムーヴィーになるか、というと、それほど単純ではない。映画化が"原作に忠実”なのを期待する人は映画なんか観なくて原作で満足したらいい。フツーはね、映画化がどれほど原作にないファクターを取り込めるか、それが原作の持ち味をどれほど増幅できるか、みたいな興味で映画化作品を観るのですよ。
 まず苦言。主役のジャン=ポール・ルーヴ。この頃映画に出過ぎ。とりわけブロックバスター連作コメディー映画『テュッシュ家の人々(Les Tuche)』(オリヴィエ・バルー監督)(2011年から2021年まで4作、いずれも集客ン百万人超え)の中心人物ジェフ・テュッシュ(フランス最深部の失業者がロト宝くじで10億ユーロをあて、モナコに移住、ついでアメリカへ、さらにフランス共和国大統領就任...)役のイメージは、この男をダメにしたと思いますよ。これしかできない俳優になってしまった感おおいにあり。2005年トレダノ&ナカッシュ映画『Nos jours heureux (われらが幸福の日々)』は当時11歳だった娘のカルトDVDになって私も何度も一緒に観たが、問題ある子供たちと問題あるアニマトゥール(引率員)たちで繰り広げられるヴァカンス・コロニー(林間キャンプ)の(問題ある)責任者役で主演した若き日のジャン=ポール・ルーヴにすっかり魅了された私としてはですね、昨今の厚みのない”道化化(どうけか)"は残念でしかないのですよ。というわけで、この映画『ザイザイザイザイ』を2022年的現在で観た人々は、"ジェフ・テュッシュ”ジャン=ポール・ルーヴ像と同質の過度な(単純)ドタバタを求めていたのかもしれない。原作『ザイザイザイザイ』はドタバタではなく不条理ユーモアなので、その点でもジャン=ポール・ルーヴはミスキャストの可能性。
 ストーリー的には(前半は)原作にかなり沿ってはいるが、まず主人公ファブリス(演
ジャン=ポール・ルーヴ)が原作ではBD作家なのにこの映画ではコミック俳優という設定。主に喜劇映画に出演する男優。ジャン=ポール・ルーヴの素性に近づけた脚色。これが原作ではファブリスの孤軍奮闘逃亡劇だったところを、この映画では後半に喜劇映画関係者(俳優その他)や音楽アーチストやアンテルミッタン・デュ・スペクタクル(非常勤芸能従事労働者)らが、ファブリス救済のために立ち上がるという、非常に素敵なエピソードを盛り込む土台となっている。”凶悪犯”ファブリスの逃走中、その主演映画の上映館前で市民団体が映画ボイコットのデモをしたり(もちろん原作にはない)。
 もうひとつ原作にない重要な登場人物がファブリスの妻のファビエンヌ(演ジュリー・ドパルデュー)。不条理ストーリーにつじつまの合うエピソードを加えたかったのだろうか。コミック俳優の妻ながら、フツーそうな在宅主婦(小学男児つき)で、今や最悪の凶悪犯として逃走中のファブリスを心で支えながらも、芸能界の早技でこの事件を映画化しようという企画で主人公ファブリス役を演じることになったコミック俳優バンジャマン(演ラムジー・ベディア、exエリック&ラムジー)と恋に落ち、芸能ゴシップ誌の表紙を飾り(このニュースは逃亡中のファブリスにも伝わる)一躍時の人となったり...。最後にはファブリスと元の鞘に収まるハッピーエンドなのだが、このジュリー・ドパルデューとラムジー・ベディア絡みの挿話のシナリオは非常に弱い。ファブカロの世界とあまりシンクロしてないようだし、要らないんじゃないですかぁ?
 それから私も大好きな大女優ヨランド・モローが、退役後も非常勤でときどき現職を続けている(アルコール中毒の)老警視として特捜本部のトップに駆り出される、という役。これも原作にはない。まあ、ヨランド・モローだから許しますけど、挙動が戯画化されたジェラール・ドパルデューのようで笑える。 
 逃亡をめぐる原作BDの挿話の数々はほぼ忠実に再現されているし、原作どおり"最果ての地”ロゼールにたどり着き、リセ時代の同級生ソフィー・ガリベールとまさかの再会を果たし(この部分爺ブログ記事『野ばらのひと』にある部分訳参照してください。この長広舌、全部映画で再現されてます)、警官隊に包囲されたソフィー・ガリベール宅から逃走する途中、つまづいて転び、身柄を拘束される。原作はこの直後、簡単で不条理な裁判があり、カラオケで「野ばらのひと(ザイザイザイザイ)」を歌わされるという刑でエンディングとなる。ところがこの映画はその結末を踏襲しない。映画が俄然面白くなるのはここから後で、公判裁判抗争のやりとりはこの映画の白眉である。捜査官立会による犯行再現シーンもすばらしい(警備ガードマンの再現演技がまったく真実味がない、と苛立つ女性捜査官が、ファブリスに「あんた役者だろう?なんとかしろ」と命じ、ファブリスがガードマンにセリフ発音などの演技指導をするところ、本当にすばらしい)。
 たぶんこの映画が原作BDの意表をついた突飛な演出で最も笑えるのは、ファブリスの同僚たる映画人、俳優、音楽家、アンテルミッタンたちが、獄中のファブリス支援のために"We Are The World”型のチャリティーソングを録音、というシーンである。歌のタイトルは"De Meilleurs Lendemains(よりよき明日)"、作詞作曲はバンジャマン・ビオレー(!!)、歌い出しっぺはピアノ弾きながらのバンジャマン・ビオレーその人。続くソロおよび合唱はファブリス支援委員会:アリー・エルマレー、エレナ・ヌーゲラ、フランソワ=グザヴィエ・デメゾン、ニコル・フェローニ、MCソラールポーリーヌ・エチエンヌ、カド・メラード、リオネル・アベランスキー....。この歌、YouTubeにアップされていないのが、本当に残念。
 こういった映画終盤でどんどんよくなる映画の大団円は、裁判長による判決文読み上げが、誰にも理解できない.... と。裁きは終わって司法的決着はつき、裁判関係者も報道陣もみな仕事は終わり、不可解は不可解のままで、被告警護官たちはこの被告を牢獄に戻すのか釈放するのかもわからない。来るはずもない責任者の指示を待ちながら幾時間、被告警護官はお腹が空いてくる...。背に腹は替えられず、勝手に無罪無罪無罪無罪...というエンディング。

 BD『ザイザイザイザイ』は基本的に絵よりも言葉がものを言う作品である。絵がまさる映画というフォーマットでこれがどうなるか。このBDの幾多のエピソードがこの映画になって成功したものも冴えないものも。半々くらいでしょうか。ただ映画終盤の(映画独自)展開は、その冴えない部分をずいぶん挽回していると思いますよ。
 ちなみに原作者ファブカロ(ファブリス・カロ)自身もちょい役で出演していて、事件現場にいた当事者(警備ガードマン、レジ女性)たちの証言をもとに、犯人のモンタージュ似顔絵を描く司法似顔絵師の役(原作BDにはないエピソード)。左利きの絵師だったのですね。証人たちの眉毛がどうの、頬のこけがどうの、という言葉にしたがって描いていくと、ジョージ・クルーニーになってしまうというギャグ。笑えます。

カストール爺の採点:★★★☆☆


(↓)映画『ザイザイザイザイ』予告編

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