2007年9月25日火曜日

ベルベルの夢



 モハンド・フェラーグ著
 『ベルベルの夢に火を点す男』
 FELLAG
 "L'ALLUMEUR DE REVES BERBERES"

 カビリア(アルジェリア)の喜劇役者/演劇人/漫談家のフェラーグには,マルク・ペロンヌのコンサートの時に一度だけ,マルクから紹介されて挨拶したことがあります。マルクがフェラーグのスペクタクルの音楽をいくつか担当していて,その音楽はCD『その儚い熱情』と『マルク・ペロンヌの小さな歌』に何曲か入っています。私はそれまでフェラーグのことは良く知らなくて,アラブ系のジョークで笑わせる寄席芸人ぐらいにしか思っていませんでした。これがもう5作目の小説だそうです。私はてっきりお笑い系の小説だと思って,この本を手にしたのでしたが,裏表紙の状況説明が90年代初めのアルジェが舞台と書いてあって,アルジェリアのその時代をどうやって笑うことができるのか,と疑い始めました。
 アルジェリアは結社政党の自由を認め,多党による普通選挙をしたとたんに,イスラム原理主義政党FIS(イスラム救国戦線)が大勝利してしまい,この選挙結果を尊重すればFIS政府ができてしまうはずでした。ところが旧体制は軍事クーデターによって選挙の無効を宣言し,FISを非合法化し弾圧します。ここから軍政・対・イスラム過激派の内戦が始まり,多発するテロは市民を巻き込み,1992年から10年間におよぶ暗黒の時代に入ります。
 小説はまさにその市民戦争時代のアルジェが舞台で,戒厳令が布かれ,水道の極端な給水制限があり,週に2回の数時間しか配給されません。いつどこでテロがあってもおかしくない状況で,市民の中にはイスラム過激派シンパもいれば,政府側警察のスパイもいる,という,うかつにものも言えないような緊張した空気が支配します。水だけではなくあらゆるものが不足している中で,下町の市民たちはなんとか助け合って生きています。部品がなくてもなんとか代用品で自動車を直してしまう天才的な素人修理士がいたり,巨大なクスクス鍋をパラボラアンテナに改造して衛星放送を傍受して世界のニュースを知る者がいたり,なんとも味のある人間たちがこの小説には出てきます。人情に厚く義侠心にあふれる美貌の娼婦マリカ,産婆として長年この界隈の子供たちを取り上げてきたユダヤ人の老婆ローズ,ガス公社の技師で母ひとりを助けて生きる小市民ナセール,町の発明家でアルジェリアで最良の蒸留酒をつくる機械を開発したアジズ,戒厳令下でもなんとか人々に憩いの場をと,戒厳令の時間帯にだけ営業する酒場を開いたモクラン。これらの人々を記録していくのが,元ジャーナリストのザカリアで,彼はイスラム過激派か政府側かどちらが送ったかわからないような脅迫状を受け,職を失い,妻を病気で失い,子供二人が国外亡命してしまって,ひとりで生きている50歳の男です。彼はジャーナリストとしてあらゆる検閲を受け,書きたいことなど書けなかったのだから,この職を失ったことをきっかけに,これからは(発表することさえ考えなければ)好きなことを書いていける,と思ったのです。好きなこととは,この下町の人たちの生きざまであり,生の真実であるわけです。
 ある日ナセールが自分と同じように死を宣告する脅迫状を受け取ります。娼婦マリカはナセールを助けるために,イスラム過激派に通じた男たちと交渉して,脅迫状の出所までナセールを送り,脅迫状の撤回を求めさせます。ここでナセールはテロ組織の奥の奥まで入っていくのですが,フェラーグの文体はそれを凶悪な人々と描くのではなく,なんとも人間臭く書いているのです。みんな人間なのですから。私はこのフェラーグのアプローチにとても感銘を受けます。
 そして,私たちがアルジェリアのような国を外から想像するのとおおいに違って,フェラーグのこの小説ではみんなめちゃくちゃ酒を飲むのです。国営のビール醸造公社が二つあるのですが,そのうちのひとつをイスラム過激派がテロで機能を止めてしまいます。アルコールを禁止するイスラム国だから,そういうことは市民にとって何の影響もないと思われるかもしれませんが,これは(フェラーグの小説の中の人々には)大変なショックなわけです。ザカリアがものを書く時,ナセールが心を割って話す時,マリカがリラックスする時,アルコールは欠かせないのです。この小説はウィスキーやビールやワインや,その他たくさんのアルコールが登場して,場の空気を変えてしまうのです。イスラム過激派も政府高官も同じように飲むのです。
 下町の発明王アジズは,世にも不思議なアルコール蒸留器を開発し,アルジェリアで最高の「命の水」(eau de vie。蒸留酒)をふるまうビストロを開業したいと思っています。今のアルジェリアに必要な安らぎと語らいの場所に不可欠な飲料を作りたいと言います。これがアジズの「ベルベルの夢」です。今やテロが雨霰と降っているアルジェの地上から,地下蔵に降りていくとアジズの「ベルベルの夢」があり,そこでは極上のアルコールを友と酌み交わすのです。
 しかしこの夢は,数十万人がテロや弾圧の犠牲になって死んでいったアルジェリアの1990年代には叶うはずもなく,イスラム過激派か政府側か,それとも無関係な何者か,誰とも知れぬ者たちによってアジズとその協力者マリカは暗殺され,四肢胴体を切断され蒸留機械の上にさらされてしまいます。小説は当然笑い事ではなくなってしまいます。
 
 この小説はフェラーグの卓抜な諧謔センスによって,途中はたくさん笑えるところがあります。こういう状況でも笑わなければならないのだ,笑ってもいいのだ,と思わせるシーンにとても勇気づけられるのですが,現実に引き戻すことも必要です。このバランスは大切です。悲劇的な結末のあとで,この小説は給水制限の終了を告げて終わります。明日からはちょっとは楽になるのだ,と繋いでいるのです。Life goes on...。

 日本語訳が出て欲しいですね。世の中がアルコールの罪悪ばかりを喧伝するようになっている時,こういう小説は目からウロコですね。アルコールって,人を愉しくさせるものだったはず。人と人の間に美味しい酒,これをなくしたり禁止したりしてはいけないでしょう。たとえあの当時のアルジェリアのような状況であっても。今夜の酒を美味しくさせてくれたフェラーグに感謝感謝。
 
 Fellag "L'Allumeur de reves berberes" (J-C Lattes 刊 2007年9月。305頁。14ユーロ)

3 件のコメント:

Pere Castor さんのコメント...

「ベルベルの夢」の度が過ぎると「ベロベロの夢」になります。

Ouamria さんのコメント...

フェラーグのセンスはやはりすごいですね。
この小説、ぜひ日本語版出て欲しいです。
それからいまだにアルジェリアではかなりの給水制限があります。コンスタンチーヌの実家では二日に一回ぐらい1~2時間ぐらいしか水道から水が出なかったです。大きなタンクやバケツへの水汲みが大変でした。

Pere Castor さんのコメント...

ouamriaさん,コメントありがとうございました。
私はまだアルジェリアは一度も足を踏み入れていないのですが,日本人友人が通訳で行っていて,3ヶ月ごとにパリに帰ってくる度に苦労話は聞かされています。
給水制限の話ではこの小説では,週に2回の未明に水が出る時だけ人間が人間の顔を取り戻した生活を取り戻して,隣人同士が話し合う,みたいな厳しい状況の中での休息の瞬間のように,とてもよく描かれていました。素晴らしい作家だと思います。