2019年7月4日木曜日

プリティー・シングスとサン・トロペ

Philippe Debarge with the Pretty Things "Rock St. Trop"
フィリップ・ドバルジュ ウィズ・ザ・プリティー・シングス『ロック・サン・トロップ』

こから始めましょうか。ミック・ジャガー、キース・リチャーズと同じ年1943年、同じ町ケント州ダートフォードで生まれたディック・テイラーという男(存命中、現在76歳)がおりました。近所のダチづきあいのあったミックとディックは1959年リトル・ボーイ・ブルー&ザ・ブルース・ボーイズを結成、1961年そのバンドに共通のダチだったキースが加わり、同じ年にミックが出会ったブライアン・ジョーンズが早くもリーダーシップを発揮して、バンドはかのザ・ローリング・ストーンズとなっていきます。ところがディックもキースもブライアンもギタリスト、バンドに3人ギタリストはいらねえべ、とブライアンはディックにベースを任命したのです。これをディックは「降格」と受け止め、むっとしながらも1年間創成期ローリング・ストーンズのベーシストを務めますが、我慢ならず1962年脱退、翌1963年ダチでヴォーカリストのフィル・メイ(これもダートフォード出身、1944年生)と双頭リーダーで結成したのが、ザ・プリティー・シングス
 かたやフランス、1956年公開の映画『素直な悪女(Et Dieu créa la femme)』(ロジェ・ヴァディム監督) は、まぶしい裸身と扇情的で激しいダンスで男どもを狂わすブリジット・バルドーを一挙に世界のセックスシンボルにしただけでなく、その風光明媚な港と浜辺を有するサン・トロペを世界的セレブたちのリゾート地に変身させるきっかけとなったのでした。サン・トロペ半島の南側に位置するパンプロンヌの浜辺は7キロに渡る白く細いさらさらの砂の美しいビーチですが、1950年代当時、ここは人手の入っていない野生の浜でした。ここに1959年に作られたビーチクラブハウスが 「レピ・プラージュ L'Epi Plage」で、このビーチハウスが国際的スターたち、アーチストたち、インテリ文化人たち、金はなくてもお祭り騒ぎやゲームごとが好きな風流人たちを集める先駆けとなった、と言われてます。このことに関してはラティーナ誌2019年8月号の向風三郎「それでもセーヌは流れる」に詳しく書いているので、そちらを参照していただくとして、その創立者のひとり、アルベール・ドバルジュ(1916-1971)についてだけちょっと書きます。若い頃は非常に優秀な薬学博士/研究者で、研究所〜製薬会社を設立、鎮咳シロップという大ヒット薬品を生んで大成功します。ヨーロッパ有数の大製薬会社にのし上がったところで、経営権を売り、自分は趣味のヨットとクラブ経営に専念。ハイソサエティなイヴェントの第一人者だったジャン・カステル(パリ6区プランセス通りの超セレブなレストランクラブ「カステル」創業者)と組んで始めたモンパルナスの「レピ・クラブ (L'Epi Club)」の成功に続いて、まだ未開発だったリゾートビーチのパンプロンヌに注目、パリのレピ・クラブのセレブ客たちを夏場にごっそりサン・トロペに転地させるコンセプトで開業した海浜クラブがレピ・プラージュ。この成功の要因のひとつが世界的薬学博士アルベール・ドバルジュが文字通り「薬」のオーソリティーであり、質の高い(表向きに売買したり、嗜んだりしたらいけない方の)「薬」を入手供給できるルートを持っていた、ということもあるのです。それはそれ。セレブたちの集う前衛的で奇抜なイヴェントとセックスとドラッグのビーチレストランクラブ、レピ・プラージュはドバルジュの手腕で毎夏成功につぐ成功。
 この大金持ち遊び人経営者のアルベールの息子のひとりがフィリップ。甘いマスクのプレイボーイで、恋のハンター。サン・トロペの顔役でレコード王のエディー・バークレイは何人ものガールフレンドを従えることで有名だったが、そのバークレイが目をかけていた女たちと火遊びをしたというのでバークレイはこのフィリップと仲が悪かった(この話はあとで出てくる)。このプレイボーイ君の1968年当時の交際相手がフランス・ギャルだったとう。つまりクロード・フランソワとジュリアン・クレールの中継ぎ役だったのかもしれないですね。しかしこの青年は、プレイボーイとして成功することの他に大きな夢があり、それはロックスターになることなんでした。
 1967年夏、レピ・プラージュは「サイケデリック・ナイト」というイヴェントを開いていて、その時にライヴを行ったのがソフト・マシーンでした。この環境で陶酔するロックというのはそういうものであり、フィリップもまたそれこそがロックだと思っていたフシがある。そういうロックスターになりたかったフィリップが心酔していたバンドが、ザ・プリティー・シングスだったのでした。
 で、大金持ちの息子フィリップ・ドバルジュはかのバンドとコンタクトを取り、アルバム制作を提案します。作詞作曲編曲はすべてプリティー・シングスが行う、リードヴォーカルは全曲フィリップ・ドバルジュが担当する、録音・制作・商業化・宣伝にかかる費用はすべてドバルジュが負担する...。つまり、金に糸目をつけず、当時のブリティッシュ・ロックの第一線バンドを使って即席に国際的ロックスターに成上ろうという魂胆だったわけ。 普通プライドのある有名バンドならば、こういうの受け付けませんよ。
 ところが当のバンドはその頃危機的な状況にあった。1965年ファーストアルバム『ザ・プリティー・シングス』(ボ・ディドリーとチャック・ベリーのカヴァー多し)はそこそこ売れたものの、R&B路線からガレージ/サイケ路線に変えたが売れず、勝手にオーケストレーションを変えるレコード会社(サードアルバム『エモーションズ』1967年)とのトラブルを超えて、やっと完成させたアビーロードスタジオ録音の自信作『S.F. ソロウ』(1968年。ザ・フー『トミー』に先立つ初の本格的ロック・オペラアルバムと言われる)が、プレスの熱狂的評価にも関わらず全く売れなかった。このショックで創立リーダーのひとり(冒頭に書いた)ディック・テイラーが離脱。バンドは困窮し、変名(エレクトリック・バナナ)をつかってホラー映画やポルノ映画のサントラを録音して日銭を稼がなければならないほど。こんな時にフィル・メイに飛び込んできた大金持ちのボンボンからのプロポーザル、受けないわけにはいかないじゃないですか。そして会ってみると、フィリップは音楽センスも悪くなく、ヴォーカリストとしての魅力もあり、スター性のあるルックスも。そこでフィリップはバンド全員 ー プリティー・シングス史上ではかなり変則的なフォーメーション:フィル・メイ(ヴォーカル)、ウォーリー・ウォーラー(ベース)、ジョン・ポヴェイ(キーボード)、ヴィクター・ユニット(リードギター)、トゥウィンク(ドラムス)ー をサン・トロペに招待、1週間滞在させ、王侯貴族あつかいの接待をするんですな。太陽さんさん風光明媚なビーチ、美しい女性たち、新鮮な海鮮料理、極上のロゼ・ワイン、シャンパーニュ、超豪華ヨットクルージング、ポルシェ/フェラーリ/ロールスロイス乗り放題、そして極上のドラッグ。デビューしてこのかた"ロックスター”扱いなどされたことのない彼らはすっかりこの金持ちのプレゼントに魅了されてしまったわけです。
 その数週間後、フィリップはロンドンに飛び、プリティー・シングスとマーブル・アーチの録音スタジオに入り、6日間でアルバムを録音します。
 そしてサン・トロペに戻り、彼のショービジネス界のコネクションを使って、このアルバムを世に出そうとするのですが...。一説ではレコード界の巨魁エディー・バークレイが徹底的に邪魔したと言われてますが、どの会社もこのアルバムを受け付けようとしないのでした...。

 1971年アルベール・ドバルジュはドラッグその他の大スキャンダルで逮捕され、裁判の始まる前1972年の仮出所中にライフル銃を口にくわえて発砲し、自殺します。無一物となった息子フィリップも1999年に同じようにライフル銃自殺。
忘却の彼方にあったこのフィリップ・ドバルジュ+プリティー・シングスの幻のアルバムは、40年の眠りから覚めて2009年、フィル・メイとウォーリー・ウォーラーによって初めて製品化(CD化)されます。アルバムタイトルは『ザ・プリティー・シングス/フィリップ・ドバルジュ』。1969年オリジナル録音の12曲に加えて、プリティー・シングスによるフィリップ・ドバルジュへのオマージュ曲 「ムッシュー・ロック(バラード・オブ・フィリップ)」を新録音して追加してますが、その曲には(その後元の鞘にもどった)ディック・テイラーも参加しています。
 さらに2017年、アルバムタイトルを『ロック・サン・トロップ』 と変え、ジャケットを当時のレピ・ブラージュを象徴する常連客スター、ジョニー・アリデイとブリジット・バルドーとギターを持ってくつろぐフィリップ・ドバルジュのスリーショットに変えた新装復刻盤が英国のプログレ/サイケ復刻専門レーベルMADFISHから出まして、わが手元にあるのはその盤です。16ページブックレットには貴重レア写真たくさん。ファンには涙ものでしょうけど、音楽の方は当時のザ・フー、ピンク・フロイド、ザ・ムーヴ... あの頃のサイケだなぁ、という漠然とした印象しか持ちませんでした。売上はともかくそのクリエイティヴィティーの頂点にあったバンドが大金持ちに魂を売った、という余計な情報が頭をよぎるからでしょうね。ごめんなさい。

<<< トラックリスト >>>
1. Hello, how do you do
2. You might even say
3. Alexander
4. Send you with loving
5. You're running you and me
6. Peace
7. Eagle's son
8. Graves of grey
9. New day
10. It'll never be me
11. I'm checking out 
12. All gone now
Bonus Tracks
13. Monsieur Rock (Ballad of Philippe)
14. Lover
15. Silver stars

PHILIPPE DEBARGE WITH THE PRETTY THINGS "ROCK ST TROP"
MADFISH RECORDS CD/LP 2017

カストール爺の採点:★★★☆☆


(↓)復刻盤『ロック・サン・トロップ』のティーザー (フランス・ギャルとツーショット写真多用)



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