2025年3月22日土曜日

死出のVoyage Voyage

”On ira"
『オンニラ』

2025年フランス映画
監督:エンニャ・バルー
主演:エレーヌ・ヴァンサン、ピエール・ロタン、ダヴィッド・アラヤ、ジュリエット・ガスケ
フランス公開:2025年3月12日

れわれの世代では、”On ira"と第一声が来たら、”tous au paradis"と下の句が出るものと決まっている。”On ira tous au paradis"、ミッシェル・ポルナレフ1972年のヒット曲(日本題は「天国の道」)で曲ポルナレフ+詞ジャン=ルー・ダバディー+編曲ジャン=クロード・ヴァニエという強力トリオの作品だった。誰でも天国へ行く。泥棒だろうが聖者だろうがみんな天国へ行く、俺だって天国へ行く。ゴスペル風な大合唱を従えて歌われる祝祭的な死者礼賛葬送ソングと聞くべし。世界の多くの習俗で死者を送ることはお祭りである。これで思い出されるポップヒット曲が英国シンガー、カーメル(Carmel McCourt)の「サリー」(1986年)であり、歌とダンスとスウィングジャズに乗って天国へ旅立つ死者サリーの晴れやかな顔のMVが印象的だった。そしてこの映画の中でも、主人公一行4人が偶然立ち寄ったロマ(ジタン)の野営キャンプで、ひとりの死んだ女性のために大々的な祝宴が催されていて、”たまたまの客人”として歓待される。天国の道はこのように祝福されてほしいと私も願うよ。
 もとカド・メラッドの相棒(二人組カド&オリヴィエ)で、喜劇人・俳優・監督・脚本家のオリヴィエ・バルーの娘エンニャ・バルー(1991年生れ)の初監督長編映画。アルモドバール『ルーム・ネクスト・ドア』(2025年1月公開)、コスタ=ガヴラス『最後の息(Le dernier souffle)』(2025年2月公開)に続いて、安楽死/尊厳死をテーマにした映画であるが、これは名目上は”喜劇”。コメディーとして死にゆく者を笑って送り出す映画かと言うと、このテーマをそんな軽さで描くわけにはいかない。この国で安楽死/尊厳死は長い間真剣な議論がされているのに、隣国(スイス、ベルギー...)と異なりいまだに法制化に至る状況ではない。フィクション映画とは言え、軽薄な冗談は許されないような世の目がある。
 80歳のマリー(演エレーヌ・ヴァンサン)は、十数年前乳がんを発病、片方の乳房を失ったがしばらくして別箇所でがん再発、化学療法や免疫療法などいろいろ重い治療を受けたもののがんの進行は止まらず、ステージ4の状態。ほどなくして来るとわかっている耐え難く醜く長い苦痛を避け、威厳を持って自らの意志で死の世界に入りたい。マリーは家族に相談することなく、”自殺幇助”が合法的に許されているスイスに行って死を迎えることを決断する。そのスイスの機関の(フランスの)エージェントで契約署名に行くことになっていて、親族の同意署名が必要なため、息子のブルーノ(演ダヴィッド・アヤラ)に同行してもらい、その道々でブルーノにこの決断を告白しようと思っていたのだが、約束の時間になってもブルーノは来ない。悪い人間ではないのだがドリーマーにしてルーザーゆえに金欠トラブルが絶えず、口座欠損の弁解で銀行で足止めを喰らって母親との約束を守れない。その時マリーの家に居合わせたのが介護ヘルパーのルディー(演ピエール・ロタン、2024〜25年メキメキ頭角を現してきたコミック系男優)で、”レノン”という名のネズミをペットとして飼っている、気の良い一見献身的な介護マンでありながら、これも生活にだらしないルーザーで、生活苦(ホームレス)で介護宅に勝手に居候したり、ヘルパー会社から当てがわれている車を住居代わりに使ったり、ヘルパー会社から解雇されかかっている。マリーはその事情をルディーにかかってくる電話を傍受して知り、握ってしまったルディーの弱みに付け込んで、マリーの言うことを聞けばヘルパー会社に何も報告しないばかりか、優秀ヘルパーとして証言してあんたの窮地を救ってやると、ルディーを丸め込むのである。
 何でも言うことを聞く手下を得たマリーは、スイス安楽死機関のフランス支社に息子ブルーノの代わりに同行させ、ルディーを息子と偽って”安楽死契約書”に同意の署名をさせるのである。この時点でマリーの安楽死計画を知っているのは、昨日まで赤の他人だったルディーだけなのである。
 そしてその夜、マリーの家での夕食は、ルディーを含めた4人、すなわちマリー、息子ブルーノ、離婚後ブルーノが男手ひとつで育てている14歳の娘アンナ(演ジュリエット・ガスケ、素晴らしい!)そしてヘルパーのルディー。この席でマリーは自分の安楽死計画を公けにしようとするのだが、言い切れず、スイスに旅行するとだけ告げる。「何しに?」とブルーノが問えば、口から出まかせで「未処理の遺産相続の件でスイスの公証人に会いに」と。激しい金欠トラブルの只中にいるブルーノは、自分の窮地はこれで救われると勝手な早合点で自分もスイスに同行すると言い出す。学校休み中のアンナも一緒に行くと言い出す。家族でヴァカンス旅行などほとんどしたことのないマリーは、それもいいわね(その道々で機会が来たら真実を打ち明けようと)と乗り気になるが、車の運転ができないブルーノに代わって誰が?という問題に、マリーは何でも言うことを聞く手下となったルディーを指名する。こうして、車庫に長い間眠っていた1980年代の年式のキャンピング・カーに乗り込み、ルディー(+ネズミのレノン)の運転でマリーの”死出の旅”珍道中が始まる。南仏からスイス・チューリッヒまでの道、通常ならば1日ほどで走破できる距離、金のトラブルを早く解消したいブルーノはできるだけ急いで現地に行きたいのだが、マリーはルディーにできるだけゆっくり進むようにと頼む。躊躇しながらゆっくりと息子と孫娘に真実を告白する機会を伺っているのだから。
 こうして始まるロードムーヴィーは道中何度も停車し、何泊もの時間をかけて目的地スイスまで向かうことになる。この休み休みのゆっくり進む時間が、ギスギスしてトゲのあるコミュニケーションしかできなかった父の娘の関係を和らげたり、不本意ながらこの一種の運命共同体の一員にさせられたルディーのヒューマンさを全開にさせたり、マリーの”生きていた時間”の記憶を再生させたり、4人のひとつのユートピアが幻視される旅になっていく。この旅のテーマソングのように何度も挿入されるのが、1986年の地球規模ヒット曲デジルレス「ヴォワイヤージュ・ヴォワイヤージュ(Voyage Voyage)」なのだが、これがまさに必殺の効果を醸し出している。こんなにエモーショナルな歌だったのか、と今さらながら。泣ける。
 いつマリーは真実をブルーノとアンナに告げるのか、その時がたぶんこのユートピアの終わる時だ、ということを映画を観る者は勘付いていく。しかしその真実はマリーが告げる前に、具合の悪くなったマリーの薬を取りにキャンピング・カーに戻ったアンナが、マリーのバッグの中にあった”安楽死契約書”を見つけてしまう、というかたちで暴露され、そのショックでアンナはひとり走り出し、大人の世界の汚い隠し事に絶望したかのように大人3人から逃走していく。必死で追う大人たちの車はようやくアンナを見つけ出すのだが、そのアンナが紛れ込んだのが(↑)上の方で述べたロマ(ジタン)たちの野営キャンプ地なのだった。
 何十台ものキャラバン、何百人というロマの人たちがこの野営地に集結して、ひとりの死んだ女性の天国行きを祝福し、大盛餐を分かち合い、婆さんのたくさんの遺品を分配し合い、老若男女飲み歌い踊っている。一期一会の縁、ここに居合わせてしまった4人をロマたちは手厚く迎え、一緒に婆の旅立ちを祝ってくれ、と。この大祝宴の野営キャンプの一夜が、この映画のターニングポイント。ブルーノもアンナもルディーも「ヴォワイヤージュ・ヴォワイヤージュ」に合わせて踊り狂いながら、何かを悟るのである。死を迎える者を前にして、生きている者たちがなすべきことは何か。このロマたちのように、その生涯を祝い、向こうへの旅路を歓呼で送ってやることではないか。

 80年代型のキャンピング・カーは遂に動かなくなり、ロマたちが提供してくれたサーカスの呼び込み宣伝カー(これ、すごくいい!)に乗り換え、4人はスイスに入り、チューリッヒの”安楽死施設”に到着する。マリーに用意された部屋で、キャンピングカー道中での定番メニューだった配達ピザで最後の晩餐をし、4人でモノポリーゲームを夜更けまでワイワイはしゃぎながら興じて、その屈託のない笑顔でその夜は閉じる。

 The day after。3人はマリーの遺灰壺を持ち帰り、動かなくなったキャンピングカーのマリーの座席にマリーの灰を散らし、車体に沢山の花火筒を巻きつけ、車内にガソリンを撒いて... 点火する。マリーの死出のヴォワイヤージュ・ヴォワイヤージュは火祭りで送られる。ああ、良いエンディングだ。

 2024年のフランソワ・オゾン監督映画『秋が来るとき』("Quand vient l'automne")に続いて、(失礼ながら80歳を越えた)エレーヌ・ヴァンサンの主演映画である。どんな映画でも漂ってしまうこの人の持って生まれた気品のオーラはもちろん、不安げで壊れもののようで、少女的でもあるこの高齢女優の魅力に圧倒されるべし。安楽死/尊厳死という極端に重いテーマをここまで祝祭的に昇華させた”コメディー”風シナリオにも拍手を送りたい。死出の旅、かくあるべし。
Voyage, voyage
旅、旅
Plus loin que la nuit et le jour (voyage, voyage)
夜と昼よりも彼方へ(旅、旅)
Voyage (voyage)
旅(旅)
Dans l'espace inouï de l'amour
驚異の愛の空間へ
Voyage, voyage
旅、旅
Sur l'eau sacrée d'un fleuve indien (voyage, voyage)
インドの大河の聖なる流れの上(旅、旅)
Voyage (voyage)
旅(旅)
Et jamais ne reviens
そして二度と還ってこない
カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)『オンニラ』予告編

0 件のコメント: