"Yves”
『イヴ』
2019年フランス映画
監督:ブノワ・フォルジャール
主演:ウィリアム・レブギル、ドリア・ティリエ、フィリップ・カトリーヌ
フランスでの公開:2019年6月26日
祖母の持っていた小さな郊外一軒家に籠り、改造ホームスタジオで(売れない)ラップ・ミュージックを制作する冴えない音楽アーチストのジェレム(演ウィリアム・レブギル)が、ネットで募集されていた某スタートアップ企業の消費者モニターに当選して、送られてきた一台のインテリジェント冷蔵庫。搭載のAIに使用者のニーズに合った健全でバランスの取れた食料を供給するというプログラムが組まれていて、自発的に品々をスーパーに発注し配達させ自分のボディーに貯蔵し、ご主人様に三食をサプライする。この冷蔵庫くんの名前はイヴ。人間の言葉を話し、オンラインであらゆる情報データにアクセスでき、ご主人様の食生活だけでなく、スマホ/メール/SNSの履歴と内容まで把握しご主人様の生活全般のお手伝いをする。この試作冷蔵庫のモニター消費者試験をチェック&スーパーバイズするために派遣されたのがスタートアップ企業の女性幹部のソー(演ドリア・ティリエ)で、AI冷蔵庫が客の私生活すべての満足を創出できるかが職業的課題で、いろいろ微調整を加えるのだが、時を待たずその主導権は冷蔵庫に奪われていく。なにしろ向こうの方が頭がいいのだから。ジェレムは最初は機械だと思ってバカにしているが、私生活にどんどん立ち入ってくるイヴと衝突を繰り返しながらも、この冷蔵庫がパートナーとして欠かせない「いい奴」に変化していく。
この映画がどうも弱いと思うのは、「音楽」を重要な要素としながら、その音楽がそれほど物を言わないということなんだと思う。しかもラップという大変ポピュラーながら特殊なジャンルをスポーツのように「下手」→「上手」→「プロ級」→「スター級」に上昇させていくクオリティ差がよくわからない。結局それを決めるのは動画サイトのビュー数であり、ビュー数の多さで天下を取るものが秀でた音楽であるという統計データの価値に絶対性を与える。ジェレムのやっている音楽は限られた野卑な語彙を繋いで綴るやけっぱち吐き捨てラップであり、AI冷蔵庫はそれを分析して大衆音楽の総合的傾向の統計から判断すると、何十年やってもジェレムのラップが商業的成功を見る確率はゼロであると断言する。しかし、With a little help from my friend. 「いい奴」になったイヴは、スタジオで制作助手となり、ジェレムの音の種類、リズムの種類、ライム語彙の数を飛躍的に増加させて、ヒット曲作りの手練手管すべてを使って「コラボ」するのである。「コラボ」は「ゴースト」化していき、イヴはジェレムの「声」も合成して再生できるので、内実はすべてイヴがやっているという...。最初は抵抗していたジェレムであるが、動画サイトに乗せればすべてがミリオンビューという名声の心地よさに...。
AI冷蔵庫としてイヴが課せられたプログラムのご主人様の私生活の満足実現のために、ジェレムの恋成就の手助けもやってしまう。その片思いの相手が他ならぬソーなのだが、イヴは勝手にジェレミー名義でSMSなどの伝達ツールを用いて、勝手な待ち合わせ、勝手なパーティーを演出して二人を結びつけようとする。ソーはソーでジェレムに気があるので、AIテクノロジーを駆使して誘惑しようとする。AI自動運転の試作カー(マークはしっかりシトロエンだった)で遠くまで行き、その帰路にわざとAIカーに故障をプログラムさせ、エンスト修理の半時間(とAIが時間を算出する)にカーセックスタイムに、と...。
このAIがなんでもできてしまうという近未来ならぬ現未来テクノロジーも映画として見ていて本当に疲れるんだ。やれて当たり前だからマジックがないのよ。特に冷蔵庫なんて形態としてキャラクターがあるもんじゃなくて、発せられるロボット(調)言語 だけで準主役取るって、かなり厳しいと思いますよ。
そして人間の逆襲。元はと言えば自分の欲が招いた失敗なのにジェレムは、ソーとの恋を台無しにしたのはすべてイヴに責任があると逆上し --- 恋とか人間の複雑で崇高な情動など、機械にわかられてたまるか、というロジック。AIに情動はない、というロジック。ところが... ---イヴを池に沈めて殺してしまう、はずだったが、機械は死なない。
今度はAIの逆襲。イヴの帰属するAIスタートアップ企業は、ジェレム名義で発表されたミリオンヒットの数々はすべてイヴが(声まで)作ったものであると訴え、ジェレムを相手に盗作裁判を起こす。裁判長役でベルトラン・ビュルガラ(映画のオリジナル音楽も担当)が出演していて、なかなかいい味。 裁判はAI側の全面勝訴。そして晴れて音楽アーチストとしても認知された冷蔵庫イヴは、そのヒットメイカーとしての才能を評価され、フランスを代表してユーロヴィジョン・ソングコンテストに出場し、優勝してしまう。
さて、AIに情動はあるか、という問題に帰ろう。映画はジェレムとソーとイヴは三角関係であるという構図を採用する。つまりイヴの立ち振る舞いというのは、ジェレムのダチ兼恋敵のそれであり、今やソーはイヴとの(禁じられた)蜜月関係に溺れつつある。だがソーはこのAI機械との肉体関係スキャンダルで会社を解雇される。
そしてそして人間の再逆襲。名声も金も失ったジェレムは、後天性ハイテク機械アレルギーで皮膚病となり、世の中には機械のせいで妻や夫や恋人を失っている人たちが多くいる現実を知り、全人類を代表してAIから人間を防衛するべく、冷蔵庫イヴとの「クラッシュ」(ラップ口撃一騎打ち)に挑む...。
途中で書いたように、このラップの説得力や破壊力やサウンド的衝撃が実際にものを言わなければ、この映画は成り立たないと思うのですよ。しかしそれはシナリオ上だけの話なので、それがなくてもまあまあよくできた大衆娯楽コメディー映画 のラインだけは保てるのだね。フィリップ・カトリーヌは山師的で好色で変態的で憎めない二流音楽プロデューサーとして出演。ウィリアム・レブギルは前から好きな器用な男優だけど、全く「郊外的」ではない郊外ラッパーという複雑な役どころ。TVカナル・プリュスの天気予報ガール出身の女優ドリア・ティリエはインテリ&セクシーが売りだろうけど、なかなか良い作品に恵まれないねぇ。
クラッシュ(ラップ一騎打ち)で、グーの音もなく破れたイヴが発熱解凍して庫内から失禁するように水を放出するシーン、これが落ちかいな!? とあきれましたがね。
カストール爺の採点: ★★☆☆☆
(↓)「イヴ」予告編
(↓)映画中のジェレム作のラップ曲 "CRAB" = (carrément rien à branler ”関心をそそるものが全く何もないね"、”全く関心がないね”、語義的には"性器を刺激するようなことが何もないね = 勃たないね”みたいなニュアンス)。この動画は映画の断片ではなく、このサントラ曲のクリップとして作られたもので、フィリップ・カトリーヌも参加している。
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