2010年11月13日土曜日

ピアノ怪獣にさらわれた少女の物語



Babet "Piano Monstre"
 バベット『ピアノ怪獣』


 早いものです。バベットのソロアルバム『Drôle d'Oiseau奇妙な鳥』は3年前(2007年)のことだったのですね。その年最も印象に残ったアルバムの1枚なのに、ブログに紹介されていなかったのは、このブログ開設前に出ていたアルバムだったからでした。
 ディオニゾスのヴァイオリン奏者。最初はなぜこんなノイジーなバンドに、普通の娘っぽい佇まいのヴァイオリニストがいるのか、とても不思議でした。超強烈な個性とエゴと才能の持ち主マチアス・マルジウ(ディオニゾスのリーダー)の影で,10年も一緒にやっているのはよっぽどのことだと思いますよ。その間にマルジウはオリヴィア・ルイーズの公私とものパートナーになってしまいましたし。オリヴィア・ルイーズの才能の開花というのはマルジウに超ラジカルに触発されてのこと,というのは疑いの余地がありません。私はオリヴィア&マルジウのカップルは、今フランスで最も輝いているように見ています。
 そう言えばマチアス・マルジウの小説『時計じかけの心臓』が,リュック・ベッソンのプロデュースで3Dアニメーション映画化が進行していて、2012年公開だそうです。亡くなったバシュングを除いて、CDアルバムに出演した人たち(オリヴィア・ルイーズ,マチアス・マルジウ,グラン・コール・マラード,エミリー・ロワゾー、ロッシー・デ・パロマ,ジャン・ロッシュフォール...もちろんバベットも)が全部そのまま声優となって出るようです。その映画サントラの音楽の一部をバベットも担当するのだそうです。(リュック・ベッソンという偏見を捨てて)この映画非常に楽しみです。
 さてバベットは、そういうマルジウ路線とはっきりと一線を画する,さわやかなフォーク・アルバムをソロ第一作として発表したのですが、2010年のこのセカンドアルバム『ピアノ怪獣』は、ポップで物語性があり、なにか『時計じかけの心臓』にも近いものを感じさせるアルバムになっています。近いもの、と言うよりは、マチアスには『時計じかけの心臓』みたいな大作ができたけれど、私には鼻歌でこんなのができちゃったのよぉ、というお茶目な対抗意識みたいなものが感じられます。
 13曲中6曲がデュエット曲(12曲め"TES YEUX DANS CE BAR"では、マチアス・マルジウとアンディー・メストルとバベットの掛け合いなのでトリオ曲ですね)という構成では、どうしてもソロアルバムというより,ミュージカル仕立て/昔のジャック・ドミー映画風な雰囲気がまさります。前作のような生ギター主導のフォーク風な音が後退して、ピアノ(まあ一種の主役ですから)やストリングスが小アンサンブルとなってバックを固め,その上に少女の物語がモノローグやダイアローグになって歌われる,という作りです。ディヴァイン・コメディー(ニール・ハノン)みたいでもあり、小劇場のオペレッタみたいな雰囲気もあります。
 ピアノ弾きの少女はたった一度の弾き間違いのために、ピアノ怪獣に囚われてしまいます。アルバムはこう始まります。こういう始まりですと、少女がさまざまな知恵を働かせて,いろいろな人たちの助けを借りて,このピアノ怪獣から逃げ出す冒険物語のようなものを期待するじゃないですか。ところが進行していく歌の歌詞を追っていくと、そういう筋書きのはっきりしたストーリーではなくて、夢の中の話のように、いろんなところに飛んでしまうので、絵本的結末などなく、拡散してしまうのです。あるいは、このアルバムは来るべき大作『ピアノ怪獣』物語の断片的挿入歌集なのかもしれません。
 共演するメンツはヒュー・コルトマン(英国のフォーク・アーチスト,元THE HOAX)、アンディー・メストル(モンペリエのバンド,フーディーニのリーダー)、男優エドゥアール・ベール,アルチュール・アッシュ,そしてディオニゾスのマチアス・マルジウ。
 ベース(ステファン・ベルトリオ)とドラムス(エリック・セラ=トジオ)はディオニゾスのメンバー。そしてこのアルバムのバベットに次ぐ準主役とでも言うべきピアニスト氏はシルヴァン・グリオット(クラシック/コンテンポラリー/エクスペリメンタル系のピアニスト/作曲家のようです)。プロデューサー(フランス語で言うところのréalisateur)は超売れっ子のジャン・ラモート(バシュング,ラファエル,ノワール・デジール,ヴァネッサ・パラディ,サリフ・ケイタ....)。
 マルジウの『時計じかけの心臓』に比べてはいけないのでしょうが、物語という点では全然弱いものの、不思議の国のアリスみたいな飛び方はバベットの個性とよくマッチしていると思います。この個性的な鼻歌ヴォーカルと、マルジウより豊かであろう楽識がしっかり裏打ちしたようなメロディーが、バベットという不思議なキャラクターを作っています。
ベストトラックはエドゥアール・ベールとのデュエット『Le Miroir』(7曲め)。11-12-13曲は3つともとても好きな曲ですが、もっと工夫があってほしい(もっとドラマティックであってほしい)。ひょっとしてバベットはソングライター/コンポーザーとしての方が資質がもっとはっきり発揮できるかもしれない、とも思いました。これは前々からケレン・アン・ゼイデルに対して思っていたことでもあります。

<<< トラックリスト >>>
1. PIANO MONSTRE
2. LES AMOURATIQUES (feat. HUGH COLTMAN)
3. LA COULEUR DE LA NUIT
4. JE PENSE A NOUS
5. CIEL DE SOIE (feat. ARTHUR H)
6. LA CHAMBRE DES TOUJOURS
7. LE MIROIR (feat. EDOUARD BAER)
8. MEXICO (feat. ANDY MAISTRE)
9. LAIKA (feat. ARTHUR H)
10. LONDON INEDITE
11. LE BEL ETE
12. TES YEUX DANS CE BAR (feat. MATHIAS MALZIEU, ANDY MAISTRE)
13. UNDERWATER SONG

BABET "PIANO MONSTRE"
CD V2 / UNIVERSAL MUSIC FRANCE 2749783
フランスでのリリース 2010年9月27日


(↓『ピアノ怪獣』からのファーストシングル"JE PENSE A NOUS"のクリップ)

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