2010年11月10日水曜日

月月に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月

VERONIQUE SANSON "PLUSIEURS LUNES"
ヴェロニク・サンソン『月がとっても多いから』
 

が複数に見えるのは、酩酊状態のことでしょう。私はそう解釈しました。アルコール(またはその他)なしで酩酊は可能か、というと、それは可能でしょう。5年前のアルバム『ロング・ディスタンス』の頃,ヴェロさんは重度のアルコール中毒から抜け出すために、非常に苦しんでいました。当時のインタヴューでそれを救ってくれたのは、息子のクリストファー・スティルスだったということを何度も言ってました。  
 『ロング・ディスタンス』はそういう時期(おまけに、現代医学では手のほどこしようがない血液の病気を宣告された時期でもありました)の、たくさんの人たちに支えられたアルバムでした。詞も曲も半分は人に書いてもらっていて、ヴェロさんの曲よりもジャン=ノエル・シャレアの曲の方が「ヴェロニク・サンソン風」だったり、という不満もややありました。  
 そのたいへんな時期から5年を経て,ずいぶん変わったでしょう。今年ヴェロさんは61歳になりました。その間に2010年春のヒット映画『輝くものはすべて』(TOUT CE QUI BRILLE)の中でヒロイン二人に歌われたヴェロさん1973年の曲"Une drole de vie"が若い人たちの間でヒットして、(後年はどうでも)1972-73年頃のヴェロニク・サンソンというのはメロディーとリズムがふんだんに溢れ出ていたすごい才能だったのだ,ということを人々に再認識させたのでした。  
 そうなんですよ。多くのヴェロニク・サンソンのファンたちと同様に、私も72-73年頃のヴェロさんが最高だと思ってますし、あの頃のヴェロさんというのはもう帰ってこない、というのを悔やんでいるのです。    
 アルコールなし。それでも酩酊しているヴェロニク・サンソン。新アルバムはそんな意味だと思います。  制作の経緯を見ますと、最初に2009年夏からトリエル・シュル・セーヌの自宅にミュージシャンを招集して、真ん中にピアノを置き,バジル・ルルー(ギター)、ドミニク・ベルタム(ベース)、ロイック・ポンチュー(ドラムス)、メーディ・ベンジェルーン(キーボード,コーラスアレンジメント)などが見守る中で、1曲1曲ダイレクトに作詞作曲していったそうです。籠るのではなく,友人たちに囲まれた状態で曲作りをしたわけです。一人でなくて,チームでやろう、という姿勢が,アルバムの統一感に大きな効果があったようです。  コンピューターなどの手を借りずに、昔ながらの方法でひとつひとつ曲を仕上げたわけです。みんなでわいわい話しながら。  
 『ロング・ディスタンス』に比べたら,たくさん曲を書いてます。14曲中,自分が作詞作曲に関わっていない曲は3曲しかありません。姉ヴィオレーヌ・サンソン=トリカールの曲「私を許して QU'ON ME PARDONNE」(4曲め)は、ヴィオレーヌがジョニー・アリデイのために書いた曲ですが、ジョニーから拒否されたのだそうです。なにか人生の終わりを感じさせる歌です。10曲め「すべてはそれ次第 TOUT DEPEND D'ELLE」も、この"それ(ELLE)"は、"死神(LA MORT)"なのです。死と隣合わせに今日を生きているヴェロさんの胸の内でしょう。  そういう歌は少数派で,1曲めのサルサ仕立ての「夜には待ってもらって LA NUIT SE FAIT ATTENDRE」から、なにかあの頃のメロディーの宝箱だったヴェロさんが帰ってきたかのようなうれしさです。あの「うなり歌唱」だけはなんとかならないものか、と思うムキも多いでしょうけど、5曲ぐらいで登場しますが大目に見てください。あれがなければヴェロさんじゃなくなっちゃいますし。もう高音域の声は出ませんが,音符数の多い歌ばかりです。デビュー当時はガーシュウィンと比較されたメロディストでしたから。  
 13曲め「地平線奪い VOLS D'HORIZONS」は、1989年の「アッラー」に続いて,イスラム原理主義へのプロテスト・ソングです。やる気あるなあ。  そりゃあ72-73年のヴェロさんではありません。しかし『ロング・ディスタンス』よりは格段に「ヴェロニク・サンソン風」になっています。酩酊,陶酔は、来年2月のオランピアの時にヴェロさんと共にしたいと思ってます。私は一生ヴェロさんのファンですから。

<<< トラックリスト >>>
1. LA NUIT SE FAIT ATTENDRE (V.SANSON)
2. JE VEUX ETRE UN HOMME (V.SANSON / M. BENJELLOUN)
3. PAS BO PAS BIEN (V.SANSON, M. BENJELLOUN, D. BERTHAM / V.SANSON)
4. QU'ON ME PARDONNE (VIOLAINE SANSON-TRICARD)
5. CLIQUES CLAQUES (V. SANSON)
6. JUSTE POUR TOI (V.SANSON / M. BENJELLOUN)
7. SALE P'TITE MELODIE (V. SANSON)
8. SI TOUTES LES SAISON (V. SANSON)
9. SAY MY LAST GOODBYE (duet with CHRISTOPHER STILLS) (C.STILLS)
10. JE ME FOUS DE TOUT (V. SANSON / C. STILLS)
11. YAYABO (aka YAYAVO) (A SANCHEZ REYES)
12. TOUT DEPEND D'ELLE (V. SANSON)
13. VOLS D'HORIZONS (V.SANSON / V.SANSON, M.BENJELLOUN)
14. AAH... ENFIN ! (instrumental) (V.SANSON)


VERONIQUE SANSON "PLUSIEURS LUNES"
WARNER MUSIC FRANCE CD 2564678504
フランスでのリリース 2010年10月25日


(↓1曲め"LA NUIT SE FAIT ATTENDRE")


PS: 国営TVフランス2のCDプロモ番組"CD'AUJOURD'HUI"(10月27日)の画像がYOUTUBEに公開されていて,そのヴェロさんの説明では、アメリカンインディアンの表現では「月」(MOON)は「月」(MONTH)と同じで,(これは日本語でも同じだ!)、この空に浮かぶ月と、30日の月が同じ言葉というのをポエティックと思ったらしいのです。アルバムを何ヶ月も何十ヶ月も作らずにいたということを「たくさんのお月様」と言ってみた、というわけです。この説明,つまんないですね。


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