2008年3月4日火曜日

爺は有頂天



 3月4日、国営ラジオの建物メゾン・ド・ラジオの隣のレストラン・ラウンジの特別予約のサルーンで、ヴェロさんと会いました。15-20分という最初の制限をはるかに超過して、45分は裕にしゃべっていました。
 こんな幸せ、二度とないかもしれません。ファン冥利に尽きます。寝てもさめてもヴェロ、ヴェロ、ヴェロだったこの数日間の爺のときめきは、実のその人を前にして(居合わせたタカコバー・ママの証言によると)緊張するどころか、突然に雄弁になってベラベラいろんなことをしゃべっていたようです。
 いろいろ重要なことも話してくれましたが、悲しいのは、かの遺伝子系の血液病のせいで、もう飛行機での長距離旅行は困難なのだそうです。70年に垂水で数ヶ月暮らして、日本に魅了されていたヴェロさんが、もう二度と日本の地を踏むことが(現在の医学の力では)できないのだそうです。とても残念がっていました。
 続報はまた明日。


PS
主にTomiさんへ。
ヴェロさんとジュジュ様のデュエット1974年「バイーア」です。こんなもん見たことないでしょう?ジュジュ様もきれいだけど、ヴェロさんはブロンドのチャーミングな女性でしたね。
Véro & Juju "Bahia" 1974

PS.2
3月11日、1週間前の爺のインタヴューの日、その午前中に録音された国営ラジオ/フランス・アンテールのイヴ・カルヴィの番組「ノノブスタン Nonobstant」が今日の午後オン・エアされました。さすがプロのインタヴューは違うなあ...。「自分の歌を聞かないという歌手が多いけれど、私は自分の歌をよく聞くの。私はこうやって以前とは同じようには歌わないようにしているの。」歌は変容していく、時間と共に。その時間は外に流れるものでもあり、自分の中の時間でもあります。確かに以前と同じようには歌っていません。それは声が出なくなるとかそういうことではなくて、歌も同じように熟して老いていくのですね。ヴェロさんは自分の声をよく聞いているのです。
France Inter "Nonobstant"

5 件のコメント:

さなえもん さんのコメント...

手なんか握っちゃってデレデレだねっ!!

本当によかったですね。見ている私も
嬉しくなっちゃいました。うふ♪
二人とも可愛いよ!

かっち。 さんのコメント...

すごいっす。
実は僕は、ヴェロさんにはまだ開眼していないので、真価を知る日がますます楽しみ。

ラティーナの連載が、どんどんハイレヴェルになってます。これも楽しみ。

ところで、スタニスラスの回転木馬がシングルチャートの2位になってます! 何があったの?

Pere Castor さんのコメント...

同志たち,コメントありがっとう。
ヴォイスレコーダーを聞き直したら,爺の失礼がかなり見つかって,同じことを何回も聞いたり,とんちんかんな受け答えをしたり...。
「日本のワーナーはあなたのためにはよい仕事をしていませんね」と言ったら,「むっ!」という顔をされたのですよ。こういうことは業界会話であって,ジャーナリズムの範疇じゃない。そう思ってもヴェロさんは「そうなのよ,あの人たちは何もしてくれない」などと言えるわけがないじゃないですか。
大阪万博のことはすごく懐かしそうで,昼もいいけど,夜景がすばらしかった,と言ってました。私がインターネットから拾った「フランス・パビリオン」の写真を見せたら,万博の時の写真が全然ないので,他の写真があったら見たい,と頼まれました。インターネットって本当に便利ですね。あの時の写真たくさん見つかります。ヴェロさんの個人メルアドをもらったので,そこに送る約束をしています(まだやってません)。
「大好きな日本へもう二度と行けない」という言葉を聞いた時は,私はショックでどうしていいのかわからなくなってしまいました。その間の悪さに,とっさに「たくさん質問を用意してきたのに,いっぱい忘れてしまいました」と私が言ったら,「もう一回来てくれてもいいのよ」と優しく言ってくれました。
音楽のこと,日本のこと,ブラジル(とボサノヴァのこと),短い間でしたが,いっぱい話してくれました。70年に覚えたひらがなとカタカナをまだ覚えていて,「フランス」(ちゃんと Fu Ra n Su」と読むのが可笑しかった)とか「サンソン」とか読めました。

あまりここで書きすぎると,原稿が書けなくなってしまうのでそろそろやめますが,ひとつだけ。向風が書いていた「宝塚」に関して,ヴェロさんはきっぱり否定。歌舞伎や能や文楽は母親に連れられて鑑賞したけれど,宝塚は行っていない,と。この「宝塚→サンソン・ヴィブラート」ということはジャン=フランソワ・ブリウーの評伝本"Doux dehors, fou dedans"(2001)に姉ヴィオレーヌの証言として載っていて,ヴィオレーヌが宝塚のヴェロニクへの大きな影響を語っています。ヴェロさんは,そういう記事がリベラシオンにも載ったことがあると言ってました。ただ,ヴェロさんは宝塚を見てなくて知らないのです。
「じゃあ私は間違ったことを書いてしまったのですね」と恐縮したら,「そんなことはない。私のヴィブラートはいろんなものに影響されていて,その中に日本の伝統芸能や歌謡曲もあるはずなんだから」と言ってくれました。寛大な大岡裁きでありました。

かっち。 さんのコメント...

昨日は大野修平先生の、お教室だったのですが、受講者にこのブログの愛読者がいらして、ヴェロニクさんが日本に来られないことを皆で嘆き、翁の満面の笑顔を皆で喜びました。いまや飯田橋欧名社にも並んでいる「101徹底ガイド」は皆さん入手されたのですが、ラティーナが見つからないとか、盛り上がりました。検索してると、このブログにあたってしまうようです。

ところで、ヴィクトワールの授賞式で物故者オマージュのためにジュリアン・ドレとエドゥアール・バエが「パパユー」をリハーサルしている動画を見ました。パパユーは本番をご覧になりましたか? あの曲はカルロスの代表作なのかな? それともジュリアン・ドレの趣味?

Pere Castor さんのコメント...

昨夜はちょっとお呼ばれがあって、ヴィクトワール賞は見ていませんでした。(お呼ばれがなくても見ていなかったかもしれません)。
メンツ見ただけであきれました。ザジー、ナレフ、IAM、ダオ、パラディ、クロードMCソラール... これが2008年のフランス大衆音楽のメインシーンなんでしょうか。
アブダル・マリック、クリストフ・マエ(気持ち悪いなあ、この子)、クリストフ・ウィレム、この人たちは「シーンはまだメジャー会社の手で作られている」という証明のために賞をあげなければならなかったのだと思っています。来年は国営テレビで生中継されなくなっても、不思議とは思われないでしょう。