2023年1月31日火曜日

最後にアイヤ勝つ

Aya Nakamura "DNK"
アイヤ・ナカムラ『DNK』

ず、2022年8月に起こった当時の伴侶でプロデューサーのヴラディミール・ブートニコフとアイヤの相互DV暴行事件(両者とも警察に連行され一晩留置されている)は、現在裁判中で、このアルバムのリリース日(2023年1月27日)の前日の1月26日にボビニー裁判所(93県)に両者が出廷して、それぞれに罰金刑(アイヤに5000ユーロ、元伴侶に2000ユーロ)が求刑され、判決は2月23日に下される。ことは(よくある話で)ブートニコフが友人の結婚式に招かれ、それをアイヤに言わずにひとりで出席したことになっていたが実は元カノと一緒だった、というのがバレて、口論→暴力の応酬に発展したということなのだが、上の罰金額でわかるように暴力行為の質と量においてアイヤがはるかに上回っていたということなのだ。元水泳選手、体力ではその辺の男どもとは違うものがあるかもしれない。あのカラダだもの。
 これはアイヤ・ナカムラというポップ・アイコンを象徴的に露呈させた事件だと思う。ストリーミングの世界では、フランス語歌手では世界で最大のリスナー(Spotify で月間2000万)を誇るスーパースターであるが、ファンは95%女性たちである。彼女のヴィデオクリップでよく現れるように、取り巻きの若い娘たちを引き連れた郊外の姐御というキャラクターであり、その独自の価値観/遊び方/ファッション/男のあしらい方/ライフスタイルを娘たちが手本にするようなポジション。リーダー(インフルエンサーではなくリーダー)。それにはあの声とあのカラダとあのライム(郊外フランス語+アフリカ俗語)とあのグルーヴがあってこそなのである。不貞の男をコテンパンに伸す。これはアイヤ・ナカムラ流では正義であり、多くの郊外女性たちが喝采したであろうことは想像に難くない。

 さてアイヤ・ナカムラの4枚目のアルバムである。セカンド『ナカムラ』(2018年)、サード『アイヤ』(2020年)ときて、4枚目のアルバムタイトルは『DNK』。これはアイヤの本姓Danioko(ダニオコ)の子音3つを並べたものである。私はこれは一種の「脱ナカムラ化」を準備しているのではないかと思っている。8年前19歳の時に芸名にした「ナカムラ」は、5年も経たずに世界的ビッグネームになってしまったものの、”日本系”or”日系”というあらぬ誤解はそのイメージにマイナス効果しかもたらしていない。私の聞く限りでの話だが、日本での冷ややかな反応は”名前ゆえ”であり、ありがちなアフリカ系へのレイシズムに"名前”が拍車をかけている印象がある。一種の”大坂なおみ現象”。業界の人の「これは日本では売れませんよぉ」という声は2018年の世界的大ブレイクの時に聞いた。けっ。日本なんか相手にしなければいい。それはそれ。『DNK』というタイトルに、アイヤの脱皮願望を深読みするのは私だけかもしれない。
(←アイヤのツイッターアカウントで1月21日公開されたキリヤン・ンバッペとのツーショット)
 1月27日のBFM TVで放映されたアイヤ・ナカムラのインタヴューの中で、このアルバムの制作について「私は何も深く考えずにものごとができそうな瞬間を待っていたの。つまりスタジオに入ったらもう自問自答せずに好きなものだけをするということができる瞬間ね」と語っている。あれこれ考えずに勢いで作ってしまったのだろう。「仕事の上で私はナイーヴさこそポジティヴなものだと思うの。自分にそれがない時は良いものができない。ナイーヴさはものごとを計算なしですることを可能にするのよ」とも。計算なしで作られたアルバム、それは聞けばわかる。自分が好きな音だけ入れました、というシンプルさ。おどろくほど”金太郎飴”サウンドの(アフロ・ディジタル)ズークアルバムで、2曲(7曲め"Beleck" と9曲め"J'ai mal")を除いて、若干のテンポの違いこそあれ、ズーク、ズーク、ズークなのである。従来のアフロ・トラップ/R&Bが後退したわけではないが、シンプルにズーク主体でやってみました、という感じ。これが「深く考えずに」「計算なしで」ナイーヴに好きなものだけやってみましたという結果なのだろう。これがテレラマ誌やリベラシオン紙などのアルバム評が(概ね好意的に論じているものの)新しいことは何ひとつない、という失望まじりになる要素なのである。
Il veut câlin partout, partout (partout)
いつでもどこでも甘えん坊Veut cher-tou partout, partout (partout)
いろんなところをオサワリしたい
Affection et tout et tout
あれもこれも愛情よ
Entre nous, c'est trop dar (c'est trop dar)
二人の間ではこれ最高
Parce que j'suis sa baby (baby)
私は彼のベビー
Veut devenir mon daddy (daddy)
彼は私のダディーになりたいの
Hey, baby (baby)
ヘイ、ベビー
Veut devenir mon daddy (daddy, daddy)
私のダディーになりたいの
("Baby")


(↑)2曲め"Baby"。アイヤ・ナカムラにしてみれば、こういう曲は長年の手クセ足クセでいくらでもできるのであろうな。"C'est trop dar"という表現は初めて知ったが今日びの若い衆の言葉で"cool"や"super"と同じ意味なんだそうな。姐御肌のネエさんが、気の利いた言葉のひとつも吐かずにオサワリばかりしたがる男に説教するような歌のように聞こえる。アイヤ・ナカムラのひとつのスタイル。後半のオートチューン処理された高音裏声ヴォイスがね、なんとも...。
 こんなんばっか、というアルバムであり、必殺なリフレインとギミックだけ閃いたらいくらでもナカムラ節は続けられる(あ、郷里津軽には”アイヤ節”という民謡がある)。
C'est toi qui m'a dit que t'avais du temps
私なしではどこにも行けない時がある、とQue sans moi, tu pouvais aller nulle part
あなたは私に言ったのよ
Mais je crois qu'au final tu mentais
でも結局あなたはウソをついていた
Évidemment, j't'ai écouté
もちろん私はあなたの言ったことを聞いていた
Tu peux pas faire semblant (semblant)
あなたは事実を否定するふりができない人De nier les faits, en vrai, j'suis dedans (ouais)
だって私は当事者だもの
Quand j'entends ta voix, j'avoue, je fonds (je fonds)
あなたの声を聞いてしまうと、私は蕩けてしまう
C'est peut-être ça le problème, yeah
たぶんそれが問題なのね、イエー
Juste un SMS
SMS だけにしてSans lui, j'ai essayé (j'ai essayé)
それなしで生きようと私は試したの
Bébé, j'veux juste réessayer
ベベ、もう一度試させて
Sans toi, j'ai essayé
あなたなしで生きようと私は試したの
("SMS”)


(↑)4曲め "SMS"。カリブ海の夕凪、ズーク・ラヴ。Siwo siwoのパー。金太郎飴だけど文句のつけようがない。折しも1月6日に発表されたアイヤ・ナカムラ初のメガ・コンサート(註:前アルバム『アイヤ』と共に予定されていたメガツアーはコロナ禍で全部中止になった)、2023年5月26/27/28日、パリ・アコール・アレナ(旧名ベルシー総合室内運動場、キャパ17000人)3日間はたちまちソールドアウトになった。若い(郊外)娘さんたちで超満員のベルシーが、このいと甘美なズーク・ラヴで大揺れの波模様で踊る光景が目に浮かぶようだ。
 こんなんばっか...、と聴き進めていくとぶつかる9曲め、内省的バラード、リズム音なしの(機械プログラミングによる)”ギター弾き語り” or "ピアノ弾き語り”効果のインストルメンタルで仏R&Bの女王が静かに(エモーション)抑え気味に歌い出す。

Tu m'entends mais tu m'écoutes pas
あなたは私の言葉を聞くフリはしても何も聞いてはいない
Ton amour, j'le ressens plus
あなたの愛を私はもう感じることができない
J'pensais que toi t'étais loyal
私はあなたを誠実だと思っていた
Sale habitude, moi j'finis déçue
悪い習慣ね、最後にはがっかりしたわ
T'as vu ma peine, j'suis restée bloquée là
あなたは私の苦しみを知っている、私はここで動けなくなっている
Mais, toi t'as rien fait pour arranger les choses
でもあなたは全くことを納めようとはしなかった
C'que tu m'as fait, j'vais jamais l'oublier, non (Non)
あなたが私にしたことを私は絶対に忘れないわ
Non, j’arrive pas à t'sortir de ma tête (Et tu m'disais)
でも私の頭からあなたを消し去ることはできない
"Fais-moi confiance, fais-moi confiance"
「俺を信じろ、信用しろ」
"Moi, j't'aime à la folie"
「俺は狂うほどにおまえを愛している」
Tu s'ras où au final quand tout ça va finir ?
もうおしまいだというのに、あなたはどこへ行こうとするの?
"Fais-moi confiance, fais-moi confiance"
「俺を信じろ、信用しろ」
"Moi, j't'aime à la folie"
「俺は狂うほどにおまえを愛している」
Tu s'ras où au final quand tout ça va finir ?
もうおしまいだというのに、あなたはどこへ行こうとするの?

Mon cœur crie à l'aide (À l'aide), c'est pour ça que je t'appelle
私の心は助けを求めて叫んでいる、それであなたにコールしているのよ
Offr
е-moi ta main, elle me sеrvira d'attelle
あなたの手をちょうだい、私の副え木になるわ
Mon cœur crie à l'aide, tu vois pas que je t'appelle ?
私の心は助けを求めて叫んでいる、あなたを呼んでいるのがわからないの?
J'ai mal, j'ai mal
苦しいわ、苦しいわ
("J'ai mal")



(↑)9曲め "J'ai mal"。コンポーザー/ソングライターとしてのアイヤ・ナカムラの資質をどうこう言うつもりはない。やはりこの人は(機械エフェクトがどんなものであっても)ヴォーカリストなのだと思う。こういう息遣いがはっきり聞こえてくる時のアイヤの歌唱のわれわれの耳と心の琴線への波動が、たぶん人々を魅了するα(アルファ)波なのである。何も新しいことなどしなくてもいい。これがある限りアイヤは勝ち続けるのだ、と私は言ってしまってもいいよ。まだ27歳。

<<< トラックリスト >>>
1. Corazon
2. Baby
3. Daddy (feat. SDM)
4. SMS
5. Tous les jours
6. T'as peur
7. Beleck
8. Cadeau (feat. Tiakola)
9. J'ai Mal
10. Coller
11. Le goût
12. Chacun (feat. Kim)
13. Haut niveau
14. Bloqué
15. Fin

Aya Nakamura "DNK"
CD/LP/Digital REC118/Warner Music France
フランスでのリリース:2023年1月27日

カストール爺の採点:★★★☆☆


(↓)フランス最大の音楽FMネットワーク、NRJでのインタヴューヴィデオ。このものの喋り方よ。

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