2023年1月19日木曜日

グラシエ小僧の恋煩い

Nelick "Vanille Fraise"
ネリック『いちごバニラうずまきソフト』


リ東郊外94(ヴァル・ド・マルヌ)県、シャンピニー・シュル・マルヌ出身、1997年生まれ、もうすぐ26歳。ネリック、またの名をキィウィバニー(Kiwibunny)。前歯がバッグスバニー状だったのと、リセの学食デザートで(バナナやリンゴではなく)必ずキィウィを取っていたからつけられたあだ名だった、と。なんか罪のない健全な若者だったようなエピソード。12歳でライムを書き始め、15歳でラッパーとしてデビュー、2017年にオリジナルEPを世に出すと同時に、このキィウィバニーのキャラでストリートウェアやグッズを展開する「実業家」に。ストロマエやオルレサンのようなビッグネームでなくても、今日びの”アーバン”系ミュージシャンの多くがアパレルやらキャラグッズやら自社企業展開するのですよ。総合イメージビジネス。いやだいやだ。オレルサンが弟を含む4人組で音楽制作/映像作品(劇場上映用とストリーミング長編”ドキュ”映画など+クリップ)/マーチャンダイジングなどをやってしまう企業体であるのと同じように、この若造ネリックも数人のダチで「ネリック/キィウィバニー」というブランドをあの手この手で”ビッグ”にしようとしている企業(名前はKiwibunny Corp)なのである。
 この『ヴァニーユ・フレーズ』は、ネリックの7枚目のEP(まだフルアルバム出していないようだけど、もうそういう"アルバム”フォーマットに頓着してないですよね、若い人たちは)で9トラック20分(うち2トラックはインタールード的音楽ギャグ寸劇)。一本のはっきりしたコンセプトはあって、季節バイトでアイスクリームで働くキィウィバニーの恋煩いのようなものを中心に展開する。若く青くクサくもある外見である。少なくとも1990年代初頭からフランスのラップを聴いている私のような老人には、この擬似”軟派”路線は一聴めにはかなり面食らうものではあるが、通して聴かせてしまうツボのようなものがあるのは、年寄りもうなずくオールドスクールなポップ仕掛けを入れ込んでいるからなのかもしれない。
 このEPとほぼ同時にYouTube公開されたショート連ドラ仕立てのアイスクリーム売り小僧キィウィ君の淡い恋物語『ヴァニーユ・フレーズ』(エピソード 1/2/3。6分 x 3編 = 18分)という動画があって、たぶん、EPの数曲のヴィデオクリップの撮影のついでに勢いで作ってしまったものだろうが、実にくだらない18分を最後まで見せるなにかがあるんだろう。いや、実にくだらない。
 EPの5トラックめに"Camion de glace"(フードトラックのアイスクリーム屋)という、アイスクリーム売りキィウィが、英語しゃべれないくせに、一目惚れの非仏語娘に英語で何か言おうとするダメ男ショートコント(1分34秒)があるのだが、それと同じ"Camion de glace"というタイトルで、アイスクリーム屋「ヴァニーユ・フレーズ」のイントロダクション動画が公開されている(↓)。


こういうお笑いキャラでウケを狙っているのね、このキィウイ氏は。フィリップ・カトリーヌがあのキャラを自分のものにするのに20年はかかったと思う。一朝一夕にはできるものではないけれど、キィウィ君は4年でまだ駆け出しのようなポジション。それがライムと音楽性とシンクロしてくれれば、爺さんは何も言うことないのだけれど。
 唐突に2トラックめにこういうの(↓)が来る。「マック・レスギー(Mac Lesggy)」

威勢のいいオールドスクールなポップ・ラップでしょう。タイトルの「マック・レスギー」とは90年代から民放テレビM6で科学一般(雑学)をわかりやすくかつ面白おかしく取り上げる長寿番組「E=M6」でホストをつとめる科学者の名。言わば科学知識を大衆化/通俗化することにたいへん功績のあったテレビ人であるが、俺はマック・レスギーのようにやるんだ、というラップ。何を?と言われても、ほとんど無内容の口から出るにまかせての韻踏みダジャレ/言葉遊び。まあ、こういうスタイルでラッパーの実力というのはわかることはわかる。何を?というのは多分アイスクリームを売り、恋を患うことなのだろう。
 続いて3つめのトラックはローファイなモコモコしたイントロに乗って始まるオールドスクールなハウス・ディスコ「プティブエルタ!(Putivuelta!)。

おおお。男ばかりのディスコの絵。季節バイトで一日中アイスクリームを売ったあとは、ディスコで恋人探し。”Putivuelta"とは21世紀にメキシコから世界に伝播した言葉だそうで、語源的には "puta"(娼婦、あばずれ)と"vuelta"(歩く)の合体語で、娼婦が客を求めてぐるぐる歩き回ることおよび客が娼婦を求めてぐるぐる歩き回ること、だったのが、転じて、ディスコ/クラブ/盛り場で女や男が一夜の(あるいは長続きしてもいい)パートナーを探し回るというのが今日的な用法。この歌ではキィウィ君が、きみを待ちながら一晩中踊ってるんだから、俺のことを見てくれよ、と。
 ところが、4トラックめ "Elle danse toute seule dans sa chambre"(彼女はたったひとり自分の部屋で踊っている)。まだ見ぬ恋人は(男だらけのディスコなど行かず)自分の部屋で踊っている。ドリーミーなソフトロック。ね、ここまでちゃんと一連のストーリーになってるでしょ。
 続く5トラックめ"Camion de glace"は上で少し触れたように、アイスクリーム屋に現れた理想の恋人がフランス語を解さず、キィウィ君しどろもどろの英語で話しかけていくのだが...。
 そしてこのEPの山場と言えるだろう6トラックめ "I LOVE U"は次の夏(すなわちサマー2023)の必殺のスローバラード(ヒット)になるポテンシャルを持った曲になるはずだったんだが...。(↓)

(↑)のクリップには姿を表さないが、ゲスト女性ヴォーカルはなんとアリエル・ドンバルである。完全にミスキャストだと思う。申し出る方も申し出る方だが、受ける方も受ける方。言ってはならんことではないので言うが、この女優/歌手/ダンサー/メディアコメンテーター/著述家(加えて哲学者ベルナール・アンリ=レヴィの伴侶)などマルチタレント女性は私(現在68歳)より年上である。この曲での設定は、5トラックめで登場するフランス語を解さない(夢の)恋人が、夢心地でいる若造キィウィ君に歳その他の真相がバレないように、フランス語をわからないふりをする、という....。(↓赤字部分アリエル・ドンバル)
Au lieu de bonjour je lui dis je t'aime elle comprend pas
(what do u mean?)
Girl all I want for me is you
(I have to leave I'm sorry)
Girl all I want for me is you
(...)
(Je lui dis que je parle pas français pour éviter de me faire coincer but it's too late for me)

あほらしくて翻訳もしませんが、クーガー女性アリエル・ドンバルのクサい演技にも関わらず妄想膨らませていくキィウィ君はあげくの果てに...。
 当然の帰結として、孤独の身に逆戻りする(英語では alone again naturallyと言う)キィウィ君の歌が7トラックめの"2 seul"(あ、tout seulと読んであげてね、つまりひとりぼっち)である。(↓)

冒頭で「もう大丈夫だ」と日本語セリフが導入されるが、こういう日本語入れ込みはネクフー(Nekfeu、ケンちゃん)やオレルサン(オーレリアンさん)がよくやる。まあ、このネリック君のスタイルはネクフー/オレルサンのライトなお笑い版と言えなくはない。だが、作品はもっと練らなければならないし、もっと深く掘ってほしい。
Quand je regarde le ciel
空を眺めると
J'sais que y'a quelqu'un qui pense à moi
これらの星のどこかに
Parmi toutes ces étoiles
僕のことを思っている誰かがいるはずなんだ
J'essaye d'oublier ce qui me fait du mal
そうして僕を苦しめるものを忘れようとしているんだ
おいおい、かりそめにもラッパーたるもの、こういうライムは書かないものだと思うよ。
というわけで8トラックめと9トラックめは割愛。

<<< トラックリスト >>>
1. Debout dans la cuisine
2. Mac Lesggy
3. Putivuelta !
4. Elle danse toute seule dans sa chambre (feat. Milèna Leblanc)
5. Camion de glace (feat. Le Sid & Anna Majidson)
6. I love U (feat. Arielle Dombasle)
7. 2 seul
8. Skiiit
9. Triple triple cheese

NELICK "VANILLE FRAISE"
LP/CD/Digital Entreprise/Kiwibunny Corp
フランスでのリリース:2022年10月

カストール爺の採点:★★☆☆☆

(↓)ショート連ドラ『ヴァニーユ・フレーズ』エピソード1


!3月26日追加の動画!
(↓)国営FranceTVの音楽情報番組 Basique でのインタヴューとスタジオライブ3曲;
1. Putivuelta ! / 2.  Mac Lesgy  / 3. J'ai encore rêvé d'elle (Il était une fois のカヴァー)

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