2011年9月30日金曜日

サンセットは日没だが、日はまた昇るはず



Paul Auster "SUNSET PARK"
ポール・オースター『サンセット・パーク』


 この小説は2010年にアメリカで出版され、その仏語翻訳版が2011年9月にフランスで出た、ポール・オースターの最新作です。前作『インヴィジブル』についてはここで書いてませんが、前々作の『マン・イン・ザ・ダーク』については2009年1月の拙ブログで称賛しています。フランスではオースターの全作品が翻訳されていて、新作が出る度にベストセラーの上位にランクされる人気の高さで、フランスのブックフェアに常連のようにやってきます。毎回フランスでの新刊発表はメディア露出度も高く、この作家へのフランス人の関心の高さは、他のアメリカ人作家には見られない現象です。オースター自身もフランス留学経験があるだけでなく、フランス文化の造詣は並々ならぬ深さで、当地でのインタヴューはフランス語で応対しています。フランスとオースターの相思相愛関係は2000年代に入ってますます強まっているように見えます。それはおそらくフランス人にとって、最も良く「今のアメリカの空気」が見えてくる作家だからではないか、というのが私の見方です。9.11テロも、相次いだ戦争も、オバマ当選も、アメリカの大きな事件の数々をオースターはその小説の中で「空気」あるいは「状況」として深く取り込んでいて、その「現在」の中に私たちを引き込むのです。
 新作『サンセット・パーク』の年代設定は2008年から2009年にかけてです。サブプライム・ローン問題〜リーマン・ブラザース破綻の後です。われわれアメリカの外にいる人々にとって、この時に急に経済的な苦境にあるアメリカというのが現実となって見えてきます。貧しい人々の溢れる国アメリカ、職のない国アメリカ、それは今に始まったことではないにしても、私たちには2008年頃まで現実感がなかった。この小説は急激に未来の展望が難しくなった人々の現実が通奏低音になっています。最初の舞台はフロリダです。われわれフランスにいる者から見れば、「合衆国のコート・ダジュール」だったところです。ここでサブプライイム・ローンの返済不能で持ち家を手放した人々がゴマンといて、その借金返済の一部として補填するために、住宅に置いてあった家具調度、電化製品などをトラックで回収してまわる業者があります。28歳の若者マイルス・ヘラーはその雇われで、安い給料を得ながら、つましく暮らしています。テレビも携帯電話もインターネットもなく、楽しみと言えば写真を撮ることと文庫本を読むことぐらいで、彼は何事もなければ、そのまま質素に生きながらえると思っていました。
 それを一変させたのが、17歳のラティーナの少女、ピラールとの出会いです。二人はある日同じ公園で、偶然に同じ本(フィッツジェラルド『華麗なるギャツビー』の文庫本)を読んでいることに気付き、話し始めます。マイルスはこの少女が非常に聡明で、『ギャツビー』に関して独創的な解釈をしていることに驚かされます。高校生ピラールは大学進学を準備していて、マイルスはその援助を買って出ます。なぜならマイルスも一介の肉体労働者ではなく、さる事情でコロンビア大学を中退して家を出たという事情があり、中身は上級のインテリです。二人はこうしてマイルスの狭いアパートで同居生活を始めます。
 ピラールは両親を失った4人姉妹の末娘で、それまでは3人の姉と身を寄せ合って生活していました。貧乏ゆえに3人の姉は生活費のために職を選ばずに働いていますが、長姉アンジェラはおそらく売春まがいのことまでしながら夜の世界で生きています。アンジェラはマイルスとピラールの関係を良く思っていないばかりか、この関係を逆手に取ってマイルスに恐喝をしかけます。ピラールが未成年者であるために、誰かが警察に密告すれば、マイルスは未成年者誘拐の罪で監獄行きは免れません。マイルスはその脅しに屈しないために、ピラールに持ち金すべてを渡し、翌年の5月にピラールの誕生日が来て成人になった時に迎えに来る、という約束でフロリダを去ります。
 小説のもうひとつの出発点は崩壊してしまった家庭です。マイルスが7年前に出たニューヨークの家は、父モーリス・ヘラーの経営する大手出版社も電子書籍やインターネットの脅威の前に、これまで経験したことのない危機的な状態にあり、父の二度目の妻ウィラと父との関係も危機的です。マイルスはモーリスの最初の妻であるメアリー・リーとの息子ですが、女優であるメアリー・リーは育児に耐え切れず、女優の道を続けるためにモーリスと別れ、西海岸に移り住みます。二度目の妻ウィラには連れ子ボビーがいて、マイルスはその義理の兄であるボビーと一緒に育てられ、家族4人はうまく機能していたのですが、マイルスが17歳の時に二人は口論になり、人気のない道路を歩きながら二人の関係は険悪になり、マイルスが我慢がならなくなり、ボビーを腕で押してしまいます。ボビーはバランスを崩し、道に倒れ、そこに通りかかった自動車がボビーを轢き殺すという結果になります。月日が経っても、マイルスは後悔の念に苛まれ、この家で暮らすことはできないと、学業を放棄し、両親の援助を断ち切って旅に出ます。それがもう7年も続いてしまっているのです。
 とは言っても親は警察に捜索願を出すわけではない。モーリスはぎりぎりのところで息子を信頼している。息子も同じで遠くにありながら、親の安否を気遣っています。その両方に密かに通じながら、双方の状況を通報している二重スパイのような働きをしているのが、マイルスの古くからの親友のビングです。マイルスはビングを通じて親の状態を知り、モーリスもまたビングを通じて息子の状態を知るのですが、親も子もビングが両方に情報を送っているということを知りません。
 ジャズ・バンドのドラマーであり、タイプライターなどの古道具修繕業者でもあるビングは、ニューヨークのブルックリンに廃屋を見つけ、気の合った仲間と「スコッター」を始めます。管理者や市当局の監視の目がないことを幸いに建物を不法占拠することですが、電気も水道も使えるままの状態になっているこの無人の古い建物をビングは修繕し、4部屋を使用可能にします。
 ウィリアム・ワイラー映画『我等の生涯の最良の年』(この映画は小説の数人の登場人物によって論じられ、小説内の重要な共通話題となります)とをテーマにした博士論文を準備している女性アリス、不動産屋に勤めながら若い時の妊娠中絶のトラウマから逃れるために画家になろうとしている女性エレン、そしてビングがこのスコッターのスタート時からの住人です。オースターの小説構成の得意技ですが、個々の人物の物語は小説内小説と言える深さと複雑さがあり、味もありクセもある個性です。このブルックリン、サンセット・パークのスコッターに、フロリダを出て行かなければならなくなったマイルスが参入します。
 もう一度最初に述べたアメリカの今日的状況に話を戻しますと、彼らは「ニュー・プアー」です。ニューヨークでまともな家賃を払えるような収入のない人たちです。余裕があってドロップ・アウトしたのではありません。スコッターをしなければこの都市で暮らせない現実に生きている人たちです。いつの日か警察が立ち入って、強制退去させられる、という脅威におびえて生きています。このサンセット・パークで、4人は家賃ゼロの代わりに、食事や家屋管理を分担し、一人一人の負担を最小限にすることのために共同生活のルールを守っているのです。小説はこの不法占拠住宅が、コミューン的にどんどんユートピア化していく方向で描かれます。アリスもエレンもビングも、その個々の物語は紆余曲折ありながらどんどん良い方向に進んで行きます。
 そしてマイルスも7年ぶりに帰ってきたニューヨークで、父親との和解、義母との和解、加えて危機的であった父親と義母の関係も雪解けというチャンスが目の前までやってきます。その上、実母である女優のメアリー・リーもニューヨークでサミュエル・ベケット劇『しあわせの日々』の舞台に主演するために西海岸から出て来ています。一挙に三者との全面和解という展望が開けます。自分の7年の不在は無駄ではなかった、と。
 恋人の少女ピラールはクリスマス休暇に生まれて初めてフロリダからニューヨークにやってきて、マイルスとの変わらぬ愛を確認し、近い将来この町で大学教育を受け、マイルスと一緒になるという可能性を確信してフロリダに帰ります。
 小説はこのように夢のような最良のハッピーエンドに向かって、クレッシェンドの最高点まで達します。全編で317ページある小説は、その305ページまでこのハッピーエンド終結のピーク点を保ちます。読む者はここでジャック・ドミー映画『ロッシュフォールの恋人たち』の大団円、すなわちパズルのように複雑に入り組んでいて出会うことを拒絶されていた3組の恋人たちが最後に一挙に出会ってしまうエンディング、そういう終わり方を99%まで予想してしまいます。この305ページまでの幸せの予感は、この果てしない上昇感は並大抵のものではありません。
 ところが最終9ページには全く違う結末が待っているのです。

 ユートピアは実現しません。終わり方はそれが不可能というものではありません。無惨に破壊されても希望はつなげられるものでしょう。ここで傷ついた若者たちはまさに2008年的現実との戦いの負傷者であっても、討ち死にしたわけではありません。サンセット・パークは「日没公園」だが、日はまた昇るはず、と思いましょう。
 小説の中で父と子の和解は、二人とも大ファンである野球のエピソードがつなぎ役になっています。大リーグの名選手たちの名プレーとその生きざまをモーリスもマイルスも百科事典的に記憶しているのです。名選手のストーリーが、これも小説内小説として、名調子の講談のように何度も登場します。野球の話をし始めたら止まらなくなる父と子、この感じはアメリカ人や日本人には了解できても、フランス人にはわからないのではないかしらん。
 

Paul Auster "Sunset Park"
(Actes Sud刊。2011年9月。319ページ。22.80ユーロ)


↓「サンセット・パーク」を朗読するポール・オースター

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