2011年9月16日金曜日

復讐するは我にあり、我これを報いん



Philippe Djian "Vengeances"
フィリップ・ジアン『復讐』


 フィリップ・ジアン(1949- )は日本では『ベティー・ブルー』(原題"37°2 le matin" 1985年発表。翌年ジャン=ジャック・ベネイクスによって映画化)の一作でしか知られておりません。残念なことです。フランスでもこの作家は「真ん中」にいる人ではなく,マージナルな小説家と見られがちです。セリーヌとビート・ジェネレーションの直系のような文体は,えてして多くの人たちは「アメリカかぶれ」を思ってしまうわけで,サリンジャーやフィリップ・ロスと同じような読まれ方が可能なフランスでは独自なポジションにいる人です。80-90年代にはスイスのポップ・ロック・アーチスト,ステファン・エシェールの作詞家としてヒット曲もずいぶん出しました。こういうポップな立ち回りが,どうもこの作家を軽めに見てしまう原因かもしれません。三十余年の作家歴で文学賞とは無縁ですが、根強いファン層があります。私もそのひとりです。
 最新作『復讐』は2011年6月に発表されました。 
 まず目につくのは、数頁に一度の割で、この人差し指シンボルの「☛」が文頭に現れます。全編で四十数回「☛」が出ます。読み進めていくうちにわかるのですが、これは話者が変わる時の記号です。話者は二人いて「私」と第三者の「筆者」で、前者は一人称で書かれ、後者はすべて三人称で綴られます。これは一種の遠近法で、自分の目からの近距離描写と、第三者からのやや距離を置いた客観的で冷静な描写が、交互に現れるわけです。二人の話者は常に同時のことを語るわけではなく、時間の前後があり、読む側のリズムは一定でなくなります。「☛」はそのシンボルが示すように「あっち向けホイ」なのです。話者が変わる度に、私たちは首を横に向けて次元のラジカルな移動を体験することになります。「私」のテンションやパッションや疑いがクレッシェンドする時に、この「☛」が出てきてす〜っと熱を冷ましてくれるような効果もあります。
 出だしはすばらしいです。朝、地下鉄の中で急性アルコール中毒で死にかけているボロボロの若い女、自分の吐き出した嘔吐物の中で倒れている娘、これを主人公(マルク)が助け起こし、自宅に連れて帰って介抱します。この出会いにはマルクが何か直感したからに他ならないのですが、小説はいとも簡単にこの出会いが必然的であったことを認めてしまいます。出だしはいいのに、そのあとのフォローが短絡的で、このことがこの小説の唯一の弱点のように私は読みましたが、そんなものをどうでもいいようなものにする勢いがこの小説にはあります。
 マルクは50歳代の造型芸術家で、そこそこその世界では売れていて、その創造性はともかくとして世界中のコンテンポラリー・アートの蒐集家たちからまずまずの注文が来ていて、金に困ることのない地位にいる男です。そういう世界にそこそこ売ることを可能にしているのは、そのマネージャー兼秘書的な、その渉外関係の一切を担当するパートナーである男、ミッシェルがいるからで、このパートナーシップは30年近く続いています。当然この二人は最も親密な友情関係にあります。それは彼らが若かった頃、ある党派に属し、その理想のために既成の法律を無視するような活動まで一緒にしていた頃から持続しているものです。その頃のもう一人の仲間がアンヌという女性です。マルクとアンヌはそのお互いの旺盛な肉欲をしゃぶりつくすほどの狂熱的な関係にありました。その後、アンヌとミッシェルはカップルになり、二人は結婚し、マルクの親友としてマルクのアーチスト活動を支援しながら、マルクの稼ぎで生計を立てるという信頼関係と依存関係がごっちゃになった一種の運命共同体を形成しています。
 マルクは最初の妻との間にアレックスという長男をもうけますが、その妻は去り、ミッシェルとアンヌに親しいエリザベートという女性が伴侶となっていました。マルク=ミッシェル=アンヌの共同体に近かったこの女性も安定せず、そのうちに18歳の息子アレックスが頭部に弾丸を撃ち込み自殺する、という事件が起こり、その責任の是非を問う問わぬの口論の末、エリザベートはマルクのもとを去り、二度と帰ってきません。
 小説はこのマルクが息子を自殺で失い、エリザベートが去った後、独りで暮らしているところから始まります。その独りのマルクが、地下鉄で見た名も知らぬ泥酔少女を家に引き込むところから物語は始まるのです。少女はその数時間後に目が覚め、マルクが知らない間に、その介抱されて寝かされたいた部屋をめちゃめちゃに壊して姿を消してしまいます。何も盗まれたものはないのに、部屋に飾ってあった息子アレックスの写真だけがなくなっています。
 ミッシェルとアンヌはこのエピソードを好みません。マルクがエリザベートを失った反動で、衝動的に若い娘を連れ込んだ、という短絡した理由で説明しようとします。出会う前からミッシェルとアンヌはこの少女に猜疑心を抱いています。それはこの少女が三人の共同体を脅かす何かを持っているのだ、という直感に他なりません。
 ところがマルクのこの少女を守らねばならないという直感は、何よりも強くなっていきます。息子を自殺で失った不可解さのカギをこの少女は持っているかもしれない、という自分勝手な思い込みです。しかしてこの少女グロリアは、再びマルクの前に現れるのです。そしてグロリアは死んだアレックスの恋人だったことが告白され、マルクを密かに追い回していたという事実も明らかにされます。マルクは極貧の状態にあるグロリアを、何の条件もつけないから、マルクの家に住んでくれ、と嘆願し、二人の奇妙な同居生活が始まります。親友ミッシェルとアンヌはこのことをマルクの狂気の沙汰としか見ることができず、エリザベートが戻ってくることこそがマルクの正常化と考える二人は、マルクとグロリアの同居の早期破綻を願います。ところがこの情緒の欠落したようなパンクな少女グロリアは、そこに居座り、マルクと少しずつ接点を増やしていきます。マルクは、アレックスの恋人だったおまえは、俺の義理の娘のようなものだから、とその関係を自分に言い聞かせながらも、この少女が抗しがたい美しさと性的魅力を持っていることを否定できません。
 ジアンの多くの小説のように、この小説も生身の人間の性が通奏低音です。片方に50歳代のマルク、ミッシェル、アンヌという性の老いが深刻な世代があります。その前に突然現れた、はちきれんばかりの瑞々しい性を体現するグロリアがいます。これが衝突した場合、どうなるのか。アンヌは難しい問題を抱えています。それはミッシェルが性的不能に陥り、アンヌと性的に交われなくなっていて、アンヌは昔のようにマルクが性的パートナーとなってくれたら、と願って、マルクへの誘惑を再開します。マルクはミッシェルとの長年の友情を裏切るわけにはいかない、とそれを拒否します。ところが、マルクはアンヌとそれはできないにも関わらず、その世界のパーティーの機会ごとに一夜の性的パートナーを簡単に見つけてしまうのです。アンヌにはそれが許せない。
 その上、その三人の親友関係を揺るがす大異変は、不能と思われていたミッシェルが、少女グロリアの前では欲望を取り戻してしまうのです。肉体の悪魔はこうして現れ、アンヌとミッシェルはそれぞれ別の理由で、この若い娘の挑発が許せなくなっていきます。ミッシェルはマルクを疑い、マルクがこの娘を家に引き入れた理由はまさに性のことであるに違いないと思い込みます。アンヌはアンヌでマルクが自分の誘惑に屈しないのはグロリアのせいだと思うようになります。こうして三人の関係は緊張化していきます。
 グロリアは欲望に抗しきれずに執拗につきまとってくるミッシェルを拒否し続け、ミッシェルの欲望は狂気の域まで達しているのがマルクには見えてきます。4人は一緒に旅行に出かけ、ある夜、そのテンションは頂点に達してしまいます。その数日後、海岸でグロリアは全身を打ちのめされ、その顔が原型をとどめぬほどに殴打された瀕死の状態で発見されます。病院に収容された彼女はずっと昏睡状態のままで、生死の境を行き来しています。
 このことを知った親友三人は一様に大ショックに打たれ、ミッシェルはひとりになりたいと山のホテルに引きこもってしまいます。しかしマルクには確信があります。グロリアを殺そうとしたのはミッシェルに違いない、と。復讐心に狩られたマルクは、ミッシェルを殺しにその山岳地帯に乗り込みます。
 この小説のクライマックスで、ジアンの筆致は混沌しまくります。ミッシェルのいるところへの近道とホテルに教えられた道順を進むとマルクは深い森の中に迷ってしまいます。その森の中で、さまざまな幻視/幻聴/幻覚のような体験がやってきます。大鹿と出会い、突き飛ばされて気絶し、猟師の銃弾で頭を吹き飛ばされた大鹿を庇い、死神の女と不可解な言葉で会話し、行き先の知れぬトンネルに迷い込み...。フリー・ジャズの集団ブローを聞いているような大混乱の数ページがあります。すばらしいパッセージです。
 その末にマルクはミッシェルを殺すことになるのですが、グロリアを襲った犯人は実はミッシェルではないのです....。

 老いつつある3人は、長年続いた運命共同体的な関係にすがって、その老いを隠そうとするのですが、それを隠すにはアルコールやコカイン(その他の薬物)がどうしても必要なのです。その無理矢理なバランスを、ひとりの美しくまぶしい少女の出現は、いとも簡単に壊してしまいます。ミッシェルを焦燥に狩らせ、アンヌを嫉妬とフラストレーションで狂わせたこの少女は、最後にマルクを復讐の念で破壊してしまうのです。このデストロイのインパクトは、映画にしたらもっとはっきりするのではないか、と想像したりします。


Phillpe Djian "Vengeances"
(ガリマール刊 2011年6月。196ページ。17.50ユーロ)

 
(↓)1001librairie.comで公開された「フィリップ・ジアン、自作最新小説『復讐』を語る」。

 

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