2011年9月25日日曜日

勝てる戦いに負けることを「トラファルガー」と言う



Archimède "TRAFALGAR"
アルシメード『トラファルガー』


 ニコラとフレデリックのボワナール兄弟のバンド、アルシメードのセカンドアルバムです。ファーストアルバムは2009年6月に当ブログのここで紹介しているので参照してください。
 しかし、セカンドはファーストよりもずっと優れています。相変わらずのブリティッシュ・サウンドへのこだわりがあるもの、ファーストの「英語のように響くフランス語」を越えて、しっかりとフランス語で響くポップ・ロックを作り出しています。ビシビシ決まるポップなメロディーに、ビリビリ風刺のきいたフランス語詞が流麗に乗っています。ヴァレリー・ルウー(テレラマ誌)は、その詞のキマリ方をジャック・デュトロン(すなわち、ジャック・ランズマン詞)に、その風刺性をルノー(のプロテスト・ソング)にたとえました。大変なほめ方だと思いますが、この完成度の高さはフランス語を解さない人たちにも了解できるだろうと私は思います。一語一語がよく「鳴っている」感じ。英語コンプレックスをはね返せる鳴り方に聞こえます。
 シングルカットされた2曲め「Le bonheur(幸福)」は、「腕にローレックスをはめていないからと言って、きみはルーザーなんかじゃないんだ」と第一行が始まったとたん、それはサルコジとその宣伝マンだったジャック・セゲラ(「50歳でローレックスを持っていなかったら、おまえの人生は失敗だ」とほざいた)への小気味いいジャブ攻撃になります。5曲め「Les petites mains(小さな手)」は、大企業の王道主義や保守政党UMPの専制に爪を立てられるのは小さな手からでも可能と言っているように聞こえます。また6曲め「On aura tout essayé(全部試してみたところで)」は、失いつつある愛を救うには、効き目があると世に宣伝されていること(温泉、精神分析、セックストイ、風水、ヨガ、豪華旅行、エロい下着...)を全部試してみたところで、どうにもならないんだ、という真実を歌います。愛を救うのは愛しかないのだ、と。10曲め「Tout fusionne (みんな融合)」は、企業や役所やレコード会社などがどんどん併合/合併/一本化していっている現状を皮肉って、音楽ジャンルの融合、世界の料理の融合、銀行と保険会社の融合、航空会社の融合、ブルジョワとボヘミアンの融合...みんな融合できるんだったら、きみと僕も融合しないか、というオチの痛快な歌。
 8曲め「Les Premiers Lundis de Septembre(毎年9月の第一月曜日には)」で、私たちフランスに暮らすすべての人々のメランコリーが、美しいバラードで浮き彫りにされます。
9月の第一月曜日は
悲しみが僕たちを絞め殺しそうになっても
がまんするんだ、抵抗するんだ
と僕たちに教えるために毎年やってくるんだろうか
9月の第一月曜日は
歳月は過ぎても
何も変わらないんだ
と僕たちを絶望させるために毎年やってくるんだろうか

 フランスに住む人たちが共有する、この9月第一月曜日の悲しみは、私は娘が学校に行くようになってから初めてわかりました。9月第一月曜日は新学年の第一学期が始まる日です。この日を子供たちは最も忌み嫌います。長く楽しい夏のヴァカンスは終わり、この日から生活は「元通り」という現実を思い知らされるわけです。私はフランスで学校生活を送ったことがないし、日本での子供時代の夏休みしか知らなかったし、そんなに夏休みに遊んだ記憶もないし、学生の頃はバイトばかりしていたし、という事情で、こんな悲しみは知る由もなかったのですが、娘は私たちとは違い、毎年この9月最初のメランコリーを実体験して暗い顔になっているのです。私はそれが娘から伝染して、9月のメランコリーを肌で感じるようになったのですが、あらゆるメランコリーがそうであるように、それはある種甘美なものでもあるのです。
 このアルバムは2011年9月5日にリリースされました。つまり今年の9月第一月曜日です。この歌がこのアルバムで非常に重要な位置にあることを証明していましょう。私にとってのベストトラックです。
 トラファルガーの戦いは1805年、ネルソン提督率いるイギリス艦隊と、ナポレオン皇帝のフランス帝国海軍とそれに追随するスペイン艦隊の連合軍との間に交わされた海戦で、艦船数でまさった仏西連合艦隊をイギリス艦隊が破ってしまいます。ロンドンにはその戦勝を記念してトラファルガー広場があり、ネルソン提督の碑が立てられています。フランスではそのショックが後をひいて、今でも勝てる戦いに負けることを「トラファルガー」と表現します。
 アルバムがどういう経緯でこのタイトルになったのかは定かではありません。英ロックに並々ならぬ敬意を抱くボワナール兄弟の、「イギリスさんにはかなわない」という自虐的表現なのかもしれません。
 ところがアルバム最終曲の「Bye Bye Bailleur(賃貸者よ、さらば)」を聞いてごらんなさいよ。これは言わばアルシメード版の(ビートルズ)"I am the walrus"で、分厚くサイケデリックなストリングスと弓弾きギター、コーラス、サンプル、ナンセンスな歌詞、クレッシェンドする塊のようなウォール・オブ・サウンド、ニコラのふてぶてしいヴォーカル。たとえイギリスにモデルがあるとしても、こういう歌はイギリスに何らの遜色もないと思うのですよ。
 最後にもうひとつ特筆すると、アルバムのいろんなところで、フレデリック・ボワナールの弓弾きギターがよく鳴っています。これもファーストアルバムにはなかったこと。

<<< トラックリスト >>>
1. L'intrus
2. Le Bonheur
3. Je prends
4. A mes dépens
5. Les Petites Mains
6. On aura tout essayé
7. Est-ce que c'est juste ?
8. Les premiers lundis de septembre
9. Nos vies d'avant
10. Tout fusionne
11. Bye Bye Bailleur

Archimède "Trafalgar"
CD JIVE/EPIC - SONY MUSIC FRANCE 88697898442
フランスでのリリース:2011年9月5日


オフィシャルサイト:www.archimedemusic.com

(↓)「Le Bonheur(幸福)」オフィシャル・クリップ

ARCHIMEDE - Le bonheur par Lesairsavif

1 件のコメント:

さなえもん さんのコメント...

爺からの手紙に「デュトロン色が濃くなった」と書かれて​
あったので てっきりファーストの方がお好きなのかな?と
思っていま​したが、やっぱり
セカンド・・・いいね!
私も大好きなアルバムであります​。
爺の解説を読んで、色々と理解出来ました。メロディーは​断然
こちらのアルバムの方が完成度高いし、
ツボに入りまくり​ました。
私は3曲目Je prendsとか9曲目のNos Vies d'avantなども優れて
いると思うし、演奏がしっかりしてきたと強く感じました​。
一番好きな曲はOn aura tout essaye。
2年前には「ルックスがどうたら」と私もコメントしち​ゃったけど
冷静に見てみたら、イギリスの方の兄弟だって大したルッ​クスでは
ないし、もうあのバンドも兄弟もバラバラになったのだか​ら、
アルシメードの二人には思いっきり活躍して欲しいなと思​います。
(10曲目はOasisのAll around The worldにちょっと似てると思った。)
このアルバムに巡り合わせてくれてありがとう!