"Marcello Mio"
『マルチェロ・ミーオ』
2024年フランス+イタリア映画
監督:クリストフ・オノレ
主演:キアラ・マストロヤンニ、ファブリス・ルキーニ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ニコル・ガルシア、バンジャマン・ビオレー、メルヴィル・プーポー
フランス公開:2024年5月21日
ことわるまでもなくフィクション映画である。主演陣の中ではヒュー・スキナー(コリンという名のNATO軍のフランス駐屯英国兵の役)を唯一の例外として、あとは全員”実名”役で出演している。カトリーヌ・ドヌーヴ(大女優にしてキアラの母)、ファブリス・ルキーニ(超雄弁男優)、ニコル・ガルシア(女優/映画監督)、バンジャマン・ビオレー(歌手/男優にしてキアラの元夫)、メルヴィル・プーポー(男優にしてキアラの元々カレ)。そういう設定のフィクション映画なので、観る者はひょっとしてこれはこの人たちに実生活に近いのではないか、という眼で見てしまうキライがあろう。
キアラ・マストロヤンニはイタリアの大男優マルチェロ・マストロヤンニ(1924 - 1996)とフランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴの間にできた娘であり、1972年生れだからもう50歳を過ぎている。その宿命のようにいくら歳を重ねてもこの女は「〜と〜の娘」としてしか見られない。女優としての評価はどうなのか、というと、両親の御威光が強すぎて....。いつまで私は「〜と〜の娘」なのか、という実存コンプレックスがこの映画の発端である。
脚本と監督はクリストフ・オノレ。1970年生れだからキアラと同世代。出世作『愛のうた、パリ(Les Chansons d'Amour)』(2007年)以来、オノレ+キアラの共同作業は多く、気心の知れた仲であり、最近ではオノレの自伝的戯曲『ナントの空(Le Ciel de Nantes)』(2021年)の舞台でキアラが主演している。そのオノレの自伝的演劇と対をなすかのように、このキアラの自伝的フィクション映画ができている。
映画冒頭はトレヴィの泉ではないが、パリ、サン・シュルピス教会前の大泉水、ここでフェリーニ『ラ・ドルチェ・ヴィータ(邦題:甘い生活)』(1960年)のアニタ・エクバーグのような黒いドレスを着たキアラが泉水の中に入り、水と戯れるというシーンを設定したフォト・シューティング。フォトグラファー(女性)が激しい口調でキアラにさまざまなポーズを要求し、しまいには降りかかる噴水の中でキアラに「マルチェ〜ロ!」と言え、と強要する。「マルチェ〜ロ!」「マルチェ〜ロ!」「マルチェ〜ロ!」... ここでキアラはこんな生活、いやっ!という顔をして撮影現場から去る。
おもむろに私事であるが、私には30数年前に73歳で亡くなった父がいて、私の奥さんも娘も生前に会ったことがなく、実家の仏壇に飾ってある遺影写真でしか知らないのに、私とそっくりだと言うのである。私はそれを言われるのが実に嫌であったのだが、床屋で髪を短くしてもらって最後にメガネをかけて鏡で確認するときに、目の前にはモロに父親の顔が現れる。それが自分が歳とってだんだん父親の死んだ歳に近づいてきて、その極似はいよいよ...。このフィクション映画のキアラ・マストロヤンニはそれと同じことを体験している。若い頃はドヌーヴ似の側面もあったのに、歳とるにつれてドヌーヴ要素が薄くなり、いよいよマストロヤンニ似が際立ってくる。朝起きて鏡を見るとそこに見えるのはマルチェロであり、多くの映画で見たことのあるあの顔なのである。
次に映画監督ニコル・ガルシアによる次の映画のキャスティングの場面がある。このフィクション映画でのキアラ・マストロヤンニは女優として”確立”していなくて、映画の仕事を得るために数々のキャスティングに応募しなければならない。その不出来な女優である娘を母親/大女優のカトリーヌ・ドヌーヴは心配していて、”先輩/業界通”として、ニコル・ガルシアは気難しいから気をつけないと、などと忠告したりもする(ちょっと笑ってしまう)。
そのキャスティングはニコル・ガルシアのアパルトマンと思しきところで行われていて、横柄なさまでベッドに横臥しているガルシア監督の前で主演予定のファブリス・ルキーニとキャスティング候補(この場合キアラ・マストロヤンニ)が台本に沿ったダイアローグ演技をして見せる、というもの。ひとしきりセリフのやりとりが終わって、ルキーニは相手役としてキアラが申し分ないと言うのだが、ガルシアはどうも気に入らない。当然この女優の両親が大俳優であることは承知の上で、ガルシアはキアラに「この役ではね、私はあなたにドヌーヴ的なところを抑えてもっとマストロヤンニ的であってほしいのよ」と言ってしまう。これがこの映画の発火点となってしまうのである。
ここで強調されるのが、身長170センチでスレンダーのキアラが醸し出すアンドロギュノス性である。”男装の麗人”ではない。女性性は消えず、男性性も際立っていない。それを物語るエピソードが、深夜のパリを彷徨する男装のキアラが出会う、セーヌ川の橋から飛び降り自殺寸前の若い英国人兵士コリン(演ヒュー・スキナー)とのやりとりである。ハートブロークンなコリンをなだめ、二人は夜更のパリをそぞろ歩きはじめ(このシーン会話は全部英語)、”いい感じ”になるのだが、どうもこの英国の若者はヘテロではないようだとキアラは気づいている。マルチェロ化して中性化したキアラにはマッチしそうな中性っぽい男。コリンの兵舎に着いて別れ際にキアラは再会の約束をとりつけたいのだが...。
それとは真逆に、このキアラ/マルチェロの登場を大きな感動と共に大歓迎するのがファブリス・ルキーニであり、若き日の憧れだったマルチェロ・マストロヤンニの化身に身も心も魅了され、ニコル・ガルシア監督に絶対にこのキアラ/マルチェロと共演させてくれ、台本を全部変えてくれ、とまで嘆願するのである。そしてこのキアラ/マルチェロを俳優として成功させるためにあらゆる援助を約束する。こうしてルキーニはこの映画の最重要な守護天使/道化師の役回りをするのだが、こういうのやらせたら本当にうまいのだ、この人。
周囲の賛否を気にせず、”マルチェロの道”をひた進むキアラ、この世界では避けられないことだが、その姿は芸能ゴシップ誌の表紙になってしまう。これをかぎつけた(マストロヤンニの故国)イタリアのテレビ局が生放送でインタヴューしたいのでローマまで来てくれ、と。母ドヌーヴが「イタリアの芸能メディアは本当にひどいから気をつけて」とあちらの事情をよく知る同業先輩として忠告するのであるが、本人は”マルチェロ”となった自分をマルチェロの国でアピールできる願ってもないチャンスと意気揚々とローマへ。(パスポート写真と違うのが咎められないかしら、などと、シェンゲン協定圏には国境がないことも知らないウブなキアラであった)ー ところがイタリアのテレビ局が準備していたのは、大女優ステファニア・サンドレーリ(1961年『イタリア式離婚』でマルチェロ・マルトロヤンニと共に主演している)をメインゲストにしたサンドリーニ回顧トーク番組で、その仲の余興のように何人かのマストロヤンニのそっくりさん(そのうちの一人がキアラ)を登場させ、サンドリーニに誰が一番似てるかを指名させるという....。キアラは単なる余興の端役...。幻滅したキアラはテレビスタジオから逃走し、夜、あのトレヴィの泉で、マルチェロ扮装のまま泉水に身を浸していたところを警察に捕まって....。映画はイタリア式ドタバタ喜劇になってしまう。これはマストロヤンニ風と言えるんだろうな(イタリア喜劇映画に疎い私には確証がない)。
キアラのマルチェロ幻想の終焉、それが映画の大団円である。イタリアのテレビがキアラにギャラの一部として用意した海辺のホテル、ここが映画の終着点である。キアラの幻滅と傷心を見透かしていたファビリス・ルキーニがキアラの前に現れる。私だけじゃないよ、パリの仲間をみんな連れてきたよ、と。カトリーヌ・ドヌーヴ、ニコル・ガルシア、バンジャマン・ビオレー、メルヴィル・プーポー、英国人兵士コリン。これらがキアラのブロークンハートを慰め、砂浜でビーチ・バレーボールに興じるという温かくもシュールなシーンがある。また上に書いたように、無意識にマルチェロ/キアラの唇に接吻するというアクシデントを冒してしまったカトリーヌ・ドヌーヴがひとり、"Di Marcello, perché ridi(ねえマルチェロ、どうして笑うの?)”(クリストフ・オノレと長年のコンビの作曲家アレックス・ボーパン作のこの映画用のオリジナル曲)と歌う美しいシーンあり。これだけでサントラ盤が欲しくなる。
そしてキアラはマルチェロ扮装をすべて脱ぎ捨てて、ほぼ全裸に海に入り、遠くへ遠くへと泳いでいく、というエンディング。
おおいなる映画全盛時代へのオマージュ、マストロヤンニとイタリア映画へのオマージュ、まるで20代の娘のような50女の実存の危機コンプレックス、映画は仲間たちでこの危機を救済するのであるが...。実名登場人物たちの”内輪の事情”に通じていなければ、そんなに楽しめる映画ではないと思う。私は楽しんだけれど、楽しめない人たちの多さは想像できる。キアラ・マストロヤンニは一生両親の偉大さの影に小さくなっていなければならないサダメ。自虐パロディーでもいい、もっと若い時期にジタバタしてもよかったのに。まあ、フィクションであるから、極端に誇張されている部分はたくさんあるのだけど、キアラはかなり楽しんでこの役を演じていたのだと思う。いい映画をもらってよかったね。
カストール爺の採点:★★☆☆☆
(↓)『マルチェロ・ミーオ』予告編
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