主演:レア・セイドゥー、ヴァンサン・ランドン、ルイ・ガレル、ラファエル・クナール、マニュエル・ギヨー
【2024年カンヌ映画祭オープニング上映作品】
フランス公開:2024年5月14日
多産映画作家(2024年公開分だけで3本)で、奇想天外映画の巨匠と世界的に評価の高いカンタン・デュピューが撮った新作で、今年のカンヌ映画祭オープニング上映作品となった(いちおう)話題作。限りなく湧き上がるアイディアを映像化せずにはいられない欲求があるのだろう、多作ペースを持続するにはそれなりに各作品が興行ヒットしてもらわないと困る、そのためにデュピューは有名俳優たちを出演させる。有名俳優たちがデュピューの奇想天外シナリオを演じるということだけで、ある程度興行成功が見込めるというわけだが、その有名俳優たちはデュピューについていけるだけの超絶の”器用さ”が求められる。前作の『ダアアアアアアリ!』で6人の男優(そのうち4人が有名男優)がサルバドール・ダリという超有名人物を時にはそれぞれの持ち味を出し時にはそれを殺して(誰がそれを演じているのかわからなくなるような)”器用さ”で成り立つような、きびしい芸を求められているように見える。
今回もデュピューは有名俳優でしかも芸達者の4人(ヴァンサン・ランドン、ルイ・ガレル、レア・セイドゥー、ラファエル・クナール)をメインに据えた。このメンツならば多少奇想天外でも観客はついてくるだろうという思惑か。映画はこの4人が”まわして”いくことになるのだが、最初この4人が何者で何をしているのか把握するのは難しい。車を乗り捨て、野原の中に一本通った長〜〜〜い土道を早足で歩いていく。まずルイ・ガレルとラファエル・クナールの二人。それぞれに役名がついていて、ガレルはダヴィッド、クナールはウィリー。長い道のりを歩きながらの二人の会話で、この二人は映画の撮影に行く(あるいは撮影はその道で始まっている、”カメラの前でそんなこと言うなよ”と言うくだりがあり、二人は既に撮影されているのを知っている)のでそのおさらいで役作りをお互いに確認しあっているような、あるいはその役に入ってしまっているような....。それを水平移動カメラが前面からずっと撮り続けている、つまり映画の画面に映り続けている。どこまで映画制作か、どこまで役者演技か、それを曖昧にさせたまま映画は突き進むのだが、この作られようとしている映画、役者が演じようとしているシナリオがだんだん見えてくる。それはダヴィッド(ガレル)にしつこく結婚をせまってくる女がいて、俺には全然タイプではないから、ダチのウィリー(クナール)に振りたいという話なのである。
一方その女フローランスを演じることになっている女優(レア・セイドゥー)と、フローランスの父親ギヨームを演じることになっている男優(ヴァンサン・ランドン)も同じように車を捨てて、野原の中に一本通った長〜〜い土道を歩きながら、これから会うことになるフィアンセ候補のダヴィッドに関するなにか映画的な打ち合わせのような会話を展開する。同じように長〜い前面からの水平移動撮影。撮影カメラをドリーという台車に乗せてレールの上を走らせながら撮影することを英語と日本語ではトラッキング・ショットと言い、フランス語ではTravelling(トラベリング)と言う。映画の序盤で、この映画はトラベリングばかりだなあ、という印象。それもそのはず、これは映画の最後に大地に延々と敷かれた水平移動撮影用のレールの長〜いショットでも明らかになるのだが、後日テレラマ誌YouTubeで知ったことにこの移動撮影レールはなんと全長650メートルあり、世界記録としてギネスブックが認定した、と。
この延々と歩き続けるという図は、前作『ダアアアアアアリ!』でホテルのエレベーター出口から目的のスイートルームに至る長い長い廊下を天才画家ダリが延々と歩き続けるというシュールなシーンでも見ているが、デュピューの得意技になりそう。
そして延々と歩いた末、4人が落ち合うのが、コンクリート箱のような味気ないB級の街道レストラン、その名は”Le Deuxième Acte(ル・ドゥジエム・アクト)”すなわち「第二幕」。映画もここから第二段階に突入するというわけ。ここでも今や撮影されつつある映画とその俳優たちの打ち合わせのような”本チャン”のような判然としないシーンが続き、積極的な娘フローランス(セイドゥー)と保守反動的銀行重役ギヨーム(ランドン)といつの間にか二人の婿候補になったダヴィッド(ガレル)とウィリー(クナール)の、愛憎ドラマでもあり映画俳優同士のエゴのぶつかり合いでもある奇妙な言葉の応酬がある。
そこに割って入るのがこの冴えないレストラン主兼ウェイターであるステファヌ(という役でこの映画に出演が決まったデビュー俳優)(という役の無名俳優マニュエル・ギヨー、55歳)である。このデビュー俳優は今日撮影があるということで緊張のあまり昨夜は一睡もできず、今朝もこのレストランに4人が来るまで緊張しまくっていて手の震えが止まらない。その役というのは、テーブルについた4人の主演俳優たちに、みなさまのためにブルゴーニュ赤ワインを用意しました、とワインの栓をあけ、4つのグラスに注ぐ、というだけのことなのだ。ところがこのデビュー俳優(役の無名俳優)はそれができないのである。何度やっても緊張で手が震えてワインをグラスに注ぐことができない。4人のプロの有名俳優たちはこれで撮影がオジャンになるのは叶わないから、デビュー俳優をなだめたり励ましたり助言を与えたりして、落ち着いて演技を遂行するよう促すのであるが...。
フランス公開:2024年5月14日
多産映画作家(2024年公開分だけで3本)で、奇想天外映画の巨匠と世界的に評価の高いカンタン・デュピューが撮った新作で、今年のカンヌ映画祭オープニング上映作品となった(いちおう)話題作。限りなく湧き上がるアイディアを映像化せずにはいられない欲求があるのだろう、多作ペースを持続するにはそれなりに各作品が興行ヒットしてもらわないと困る、そのためにデュピューは有名俳優たちを出演させる。有名俳優たちがデュピューの奇想天外シナリオを演じるということだけで、ある程度興行成功が見込めるというわけだが、その有名俳優たちはデュピューについていけるだけの超絶の”器用さ”が求められる。前作の『ダアアアアアアリ!』で6人の男優(そのうち4人が有名男優)がサルバドール・ダリという超有名人物を時にはそれぞれの持ち味を出し時にはそれを殺して(誰がそれを演じているのかわからなくなるような)”器用さ”で成り立つような、きびしい芸を求められているように見える。
今回もデュピューは有名俳優でしかも芸達者の4人(ヴァンサン・ランドン、ルイ・ガレル、レア・セイドゥー、ラファエル・クナール)をメインに据えた。このメンツならば多少奇想天外でも観客はついてくるだろうという思惑か。映画はこの4人が”まわして”いくことになるのだが、最初この4人が何者で何をしているのか把握するのは難しい。車を乗り捨て、野原の中に一本通った長〜〜〜い土道を早足で歩いていく。まずルイ・ガレルとラファエル・クナールの二人。それぞれに役名がついていて、ガレルはダヴィッド、クナールはウィリー。長い道のりを歩きながらの二人の会話で、この二人は映画の撮影に行く(あるいは撮影はその道で始まっている、”カメラの前でそんなこと言うなよ”と言うくだりがあり、二人は既に撮影されているのを知っている)のでそのおさらいで役作りをお互いに確認しあっているような、あるいはその役に入ってしまっているような....。それを水平移動カメラが前面からずっと撮り続けている、つまり映画の画面に映り続けている。どこまで映画制作か、どこまで役者演技か、それを曖昧にさせたまま映画は突き進むのだが、この作られようとしている映画、役者が演じようとしているシナリオがだんだん見えてくる。それはダヴィッド(ガレル)にしつこく結婚をせまってくる女がいて、俺には全然タイプではないから、ダチのウィリー(クナール)に振りたいという話なのである。
一方その女フローランスを演じることになっている女優(レア・セイドゥー)と、フローランスの父親ギヨームを演じることになっている男優(ヴァンサン・ランドン)も同じように車を捨てて、野原の中に一本通った長〜〜い土道を歩きながら、これから会うことになるフィアンセ候補のダヴィッドに関するなにか映画的な打ち合わせのような会話を展開する。同じように長〜い前面からの水平移動撮影。撮影カメラをドリーという台車に乗せてレールの上を走らせながら撮影することを英語と日本語ではトラッキング・ショットと言い、フランス語ではTravelling(トラベリング)と言う。映画の序盤で、この映画はトラベリングばかりだなあ、という印象。それもそのはず、これは映画の最後に大地に延々と敷かれた水平移動撮影用のレールの長〜いショットでも明らかになるのだが、後日テレラマ誌YouTubeで知ったことにこの移動撮影レールはなんと全長650メートルあり、世界記録としてギネスブックが認定した、と。
この延々と歩き続けるという図は、前作『ダアアアアアアリ!』でホテルのエレベーター出口から目的のスイートルームに至る長い長い廊下を天才画家ダリが延々と歩き続けるというシュールなシーンでも見ているが、デュピューの得意技になりそう。
そして延々と歩いた末、4人が落ち合うのが、コンクリート箱のような味気ないB級の街道レストラン、その名は”Le Deuxième Acte(ル・ドゥジエム・アクト)”すなわち「第二幕」。映画もここから第二段階に突入するというわけ。ここでも今や撮影されつつある映画とその俳優たちの打ち合わせのような”本チャン”のような判然としないシーンが続き、積極的な娘フローランス(セイドゥー)と保守反動的銀行重役ギヨーム(ランドン)といつの間にか二人の婿候補になったダヴィッド(ガレル)とウィリー(クナール)の、愛憎ドラマでもあり映画俳優同士のエゴのぶつかり合いでもある奇妙な言葉の応酬がある。
そこに割って入るのがこの冴えないレストラン主兼ウェイターであるステファヌ(という役でこの映画に出演が決まったデビュー俳優)(という役の無名俳優マニュエル・ギヨー、55歳)である。このデビュー俳優は今日撮影があるということで緊張のあまり昨夜は一睡もできず、今朝もこのレストランに4人が来るまで緊張しまくっていて手の震えが止まらない。その役というのは、テーブルについた4人の主演俳優たちに、みなさまのためにブルゴーニュ赤ワインを用意しました、とワインの栓をあけ、4つのグラスに注ぐ、というだけのことなのだ。ところがこのデビュー俳優(役の無名俳優)はそれができないのである。何度やっても緊張で手が震えてワインをグラスに注ぐことができない。4人のプロの有名俳優たちはこれで撮影がオジャンになるのは叶わないから、デビュー俳優をなだめたり励ましたり助言を与えたりして、落ち着いて演技を遂行するよう促すのであるが...。
ステファヌ(役のデビュー俳優)(役の無名俳優)は映画撮影されているのかされていないのか判然としないこのシーンで映画の中心に収まってしまう。 デビュー俳優のドジのせいで出番の空いたダヴィッド(役のガレル)は退屈しのぎにとなりのテーブルに座って食事している二人のご婦人(というエキストラ役の女優)のところへ談笑に。このご婦人二人はこれが映画撮影ということを知っていてエキストラ役をしながら撮影のなりゆきを見ていたのだが、その難渋ぶりに同情的。そしてダヴィッド役男優に「なんでもこの映画、監督がAIって聞いたんだけど本当なの?」と聞くと男優は「世界初の脚本監督すべてAIの映画」と答えるが、男優はそれにあまり肯定的ではない。この仕事続けていく上はしかたない、というニュアンス。そしてぼそっと本音でご婦人に「夢を持ち続けましょう、夢を」なんてことまで言ってしまう。
しかしながら、デビュー俳優の極度の緊張はついに直ることはなく、映画撮影は万事休す、何十年もこの日が来るのを待っていたのに自らのドジで映画デビューを果たすことができないと悟った男は、店の前に留めてあった自分の車、旧年式のフィアット・パンダの運転席でピストル自殺してしまう。その死体を有名俳優のセイドゥーとランドンが見つけて衝撃を受けた、というところで「カット、撮影終了、すべてOK」となる。
ここで助手の持つノートパソコンのモニター画面にAI監督がアバター姿で登場、俳優たちにごくろうさん、と。このAI監督は既にこの映画が世界各国から配給契約希望が殺到してることなどで自信満々なのだけど、俳優たちにはかなり細かいことを言う。例えばウィリー役男優には、台本通りのセリフを言わなかったところがあるとして、その台本行数分を減給にする、と。ステファヌ役デビュー俳優役俳優には、撮影前に要求した体型よりも痩せて出演したので、あとでCGグラフィックで体型をリタッチする費用分を減給する、と。なるほど、AIは完全主義の管理をするのだね。しかし経験豊富な名アクターであるギヨーム役男優がAIにここをこう変えてみたら良くなるよといろいろ提案しても、AIはあなたの個人的意見には対応できない、という機械的返答。そうか、AIの支配による来るべき”映画の死”までデュピューは遊びのタネにしているのか、とこの時点で観客は気付く。
だが映画は続き、有名俳優たちは撮影終了してそれぞれの楽屋で普段の生活の姿に衣替えして帰路につくわけだが、銀行重役ギヨーム役だった男優(演ヴァンサン・ランドン)がかなりハードゲイないでたちに変身するので、有名俳優たちは絶対”生身”を見せないというデュピューの含みなのだろう。4人の有名俳優は帰路はガレルとセイドゥーの二人組、ランドンとクナールの二人組、という組み合わせで往路と同じように長〜〜い土道を早足で歩きながら...。ランドンとクナールはおもむろにゲイのカップルが成立してしまい、ガレルとセイドゥーはおもむろに男優が女優にナンパしようとする、という映画界ありありの展開に。そして無事映画デビューできた55歳男優は、ひとり(車種は覚えてないがフィアット・パンダよりもずっと上のクラスの車)車を運転して、わが道を進むように見えるのだが....。
最終映像は上に書いたように、土道に延々と敷かれた水平移動撮影用のレールばかりをこれまた長々と水平移動撮影で映し出すのである。
1時間20分、ほどよい短かさ。見終わると、これは AIによる映画制作と生身の俳優たちのせめぎあい、ギネスブック世界記録認定の650メートルの移動撮影レール、55歳無名男優(マニュエル・ギヨー)の見事な映画乗っ取りデビュー、という三題噺なのだということがはっきりわかる。なんだこれはとあきれるのも一興、おとぼけ奇才デュピューの技の冴えを称賛するのも一興、私はその半分半分。
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)"Le Deuxième Acte"予告編。この予告編でしっかりと無名男優マニュエル・ギヨーが4人の有名俳優たちの言い分を一蹴して「これは俺のストーリーだ」と宣言している。
(↓)"Le Deuxième Acte"断片。4人の有名俳優がそれぞれの役どころを演じて一同に会しレストランで初顔合わせの談笑中、レストラン主兼ウェイターのステファヌ役のデビュー俳優が緊張で両手をぶるぶる震わせながらお盆にワインを運んでくる図。
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