2023年4月11日火曜日

シャンソン・フランセーズの未来

Zaho de Sagazan "La Symphonie des Eclairs"
ザオ・ド・サガザン『稲妻交響曲』


2000年の3日前、1999年12月28日生れ、現在23歳。出身地はフランス最大の造船業の町サン・ナゼール(西海岸ロワール・アトランティック県)。現在も両親はサン・ナゼールに住んでいるが、ザオは同じロワール・アトランティック県の首邑ナントに住み、音楽活動の拠点としている。ナントと言えばバルバラゆかりの地、とピンと来る方もおられようが、バルバラ(とジャック・ブレル) がザオに与えた影響は多大なものがある。
 父親がその世界では高名な画家/彫刻家/ヴィジュアル・アーチスト/パフォーマーのオリヴィエ・ド・サガザンリンク閲覧注意)で、家の中や庭にかなりフリーキーな作品・試作品・蒐集品が陳列されていて、ザオが子供の頃は友だちが怖がって近付かなかったという。母親は教育者(日本で言うところの”特殊学級”の教師)だが、シャンソン・フランセーズの熱心な愛好者で、ザオのブレルとバルバラ (その他アズナヴール、モーリス・ファノンなど)偏愛はこの母親の影響らしい。五人姉妹(3人の姉とザオと双子の妹)。奇態な芸術の棲まう家で娘たちはそれぞれ自由勝手に育ったようだ。長い間家のサロンに放置されていたピアノの蓋を開けるや、少女ザオは独習だがそれに憑かれたように弾き始めたら止まらなくなり、やがて求める音は電子化していく。最もハマった音楽は60/70年代クラウトロックと80年代シンセウェイヴ。ベルリンをあこがれの町と公言しているが、こういう音楽的背景からなのかもしれない。

 15歳でインスタグラムに動画投稿開始。最初は曲ではなく友だちウケを狙った数秒から数十秒のキメ台詞、サビ、リフレインのショート動画だったそう。この基本スタイルが後年のシンガーソングライターとしてザオの土台となったようで、彼女の場合、ひとつの言葉やひとつのフレーズを見つけると、それを繰り返し使うことによって曲を膨らませていく。「私はたったひとつの言葉を40分でも50分でも繰り返すことができて、繰り返すことでその言葉の位相が微妙に変化していくことで曲ができていく」と言っている。デビューアルバム『稲妻交響曲』にも、言葉やフレーズの螺旋階段的繰り返しのパターンを使った曲が多くある。たとえばこの2曲めの「吸煙(Aspiration)」という歌。

Quelques aspirations 何度か吸い込むとEt la spirale commence 渦巻が始まるPour de l'inspiration 霊感を呼ぶためMadame caresse la démence マダムは狂気を愛撫するMais jamais ne s'arrête それはやめられないEt jamais ne s'arrêtera それは決してやめられないのよCette voix dans la tête 頭の中のこの声がQui toujours la ramènera 彼女をまた誘いこむ
À sa jolie cigarette 麗しいシガレットへSa jolie cigarette 麗しいシガレットへC'est sa dernière cigarette これが彼女の頭をかき回していたDe celles qui font tourner la tête 最後のシガレットよ
Quelques aspirations 何度か吸い込むとEt la spirale recommence 渦巻がまた始まるPour de l'inspiration 霊感を呼ぶためJe deviens bête, tout devient dense 私は狂い、すべては濃厚になるMais jamais ne s'arrête それは止められないEt jamais ne s'arrêtera それは決して止められないのよCette voix dans la tête 頭の中のこの声がQui toujours me ramènera 私をまた誘い込む
À ma jolie cigarette 私の麗しいシガレットにMa jolie cigarette 私の麗しいシガレットC'est ma dernière cigarette 私の頭をかき回すDe celles qui font tourner ma tête ごれが私の最後のシガレットよ
Tourner la tête 頭をかき回すTourner la tête 頭をかき回すTourner la tête 頭をかき回すTourner ma tête 私の頭をかき回す
Dernière cigarette 最後のシガレットDernière cigarette 最後のシガレットDernière cigarette 最後のシガレットCe sera ma dernière cigarette これが私の最後のシガレット
Je veux une dernière cigarette 最後にもう一本だけほしいシガレットDernière cigarette 最後のシガレットDernière cigarette 最後のシガレットCe sera ma dernière cigarette ごれが私の最後のシガレット
Je veux une dernière cigarette 最後にもう一本だけほしいシガレット
(くりかえし5回)

この曲を私は4月2日わが町のセーヌ・ミュージカル”フェスティヴァル・コリュス”のステージで見た(聴いた)のだけど、”derniere cigarette"と"tourner la tête"(韻踏んでますわな)の螺旋階段式の繰り返しはほぼ呪術トランスのレベルまで上昇していく。繰り返すたびに情動の変化がわかってくる。アズナヴール「イザベル」みたいなものか(←わ、例がよくないな)。この歌でニコチン(あるいは別のもののメタファー)依存症の禁断症状の表現と直接的に聞いてしまう人はいるかもしれないけれど、隠された別の情動のクレッシェンドでなにかギュっと心を掴まれるようなセンセーション。ザオの表現のすごさのひとつはこれだなと思った。
 ステージで見たらすごく小柄な人なのだが、その顔の持つなにかかな、すごく存在感あるし、ステージ狭しとアクションを展開するのは、レトロっぽい左岸派キャバレーを思わせる。エレクトロニクスの猛者のような二人の男(ピエール・シェギヨームとアレクシ・ドロン、このアルバムの共同プロデューサーでもある)が機械と共にステージ上にいるのだけど、音楽監督はワタシと言わんばかりのザオの目配りに驚く。で、この顔は多くを語っている。23歳の若さで、熟年を越したシャーロット・ランプリングと同じ目つきをして、シャーロット・ランプリングと同じ低く艶やかな響きの声をしている(そう言えば、シャーロット・ランプリングもこれまで3枚の”歌”アルバムを発表しているのだが、ザオに関連して参照できるしろものではない)。表現的存在感(大物感)はこの大女優と通じるものがある。(↓アルバム10曲め「悲しみ(Tristesse)」のクリップはこの人の女優的”顔”表現の良い例)


 私がザオの歌を初めてラジオFIPで耳にしたのは去年(2022年)の秋のこと、シンセテクノに乗ったマルレーネ・ディートリッヒのような印象だった。その時の歌は"Suffisamment"(「十分に」という意味、このアルバムでは11曲め)で、この歌も上で紹介した"Aspiration"と同じように、同じフレーズの繰り返しで展開される。
Je t'aime passionnément わたしは激烈にあなたを愛している
Tu m'aimes suffiamment あなたはわたしが離れずにいるに足る分だけ
Pour que je reste わたしを愛している

この3行で”相思相愛”の激しい温度差を表現したのである。この3行だけでどれほど微妙に悲しいシャンソン表現が可能なのか。以下歌詞全編訳。

Je t'aime
わたしはあなたを死ぬほど愛しているけど
Passionn
ément, tu m'aimes
あなたはわたしがとどまっていればいいという程度にしか
Suffisamment, pour que je reste
愛していない
Mais pourquoi je reste?
だったらなぜわたしはとどまっているの?
S
ûrement, parce que je t'aime
だってわたしはあなたを死ぬほど愛しているから
Passionn
ément, tu m'aimes
でもあなたはわたしがとどまっていればいいという程度にしか
Suffisamment, pour que je reste
愛していない
Mais pourquoi je reste?
だったらなぜわたしはとどまっているの?
L'amour est tel
恋とはそんなふうに
Que l'on pardonne tout
すべてを許すものだし
Personne de nous n'est fou
二人のどちらもバカじゃない
Si ce n'est d'amour
もしもそれが恋じゃなかったら
On entend, on voit
それはわかるし、それは見えるし
On ne veut pas
誰も望まないわ
Non, je ne suis pas aveugle
わたしはめくらじゃないけれど
Je n'veux juste pas voir
見たくないだけなのよ
Laissez-moi y croire
わたしを信じるままにしておいて
Laissez-moi pleurer
わたしの涙を流れるままにしておいて
Tout
ça parce que je t'aime
これもみんなわたしがあなたを死ぬほど愛しているからなの
Passionn
ément, tu m'aimes
でもあなたはわたしがとどまっていればいいという程度にしか
Suffisamment, pour que je reste
愛していない
Mais pourquoi je reste?
だったらなぜわたしはとどまっているの?
Mais parce que, moi, je t'aime
だってわたしは、わたしはあなたを死ぬほど愛しているの
Passionn
ément, tu m'aimes
でもあなたはわたしがとどまっていればいいという程度にしか
Suffisamment, pour que je reste
愛していない
Pourquoi je reste?
なぜわたしはとどまっているの?
Un jour peut-
être tu m'aimeras
いつの日かたぶんあなたもわたしのように
À la folie, comme je t'aime, toi
わたしを狂おしいまでに愛してくれるようになるかもしれない
Un jour peut-
être tu m'aimeras
いつの日かたぶんわたしを愛してくれるかもしれない
Un jour
いつの日か
Peut-
être
たぶん
Mais pour l'instant, moi, je t'aime
でも今のところ、わたしはあなたを死ぬほど愛しているけど
Passionn
ément, et toi, tu m'aimes
あなたは、あなたは
Suffisamment, pour que je reste
わたしがとどまっていればいいという程度にしか愛していない
Alors pour toi, je reste
だからあなたのために、わたしはとどまっている



幸福な愛などない。これはシャンソン・フランセーズだと私は思うのである。フェアーな恋愛などない(少なくとも私は知らない)。だからこれはシャンソンになるのである。愛の度合いの違いにどうしていいのかわからない時、この歌は薄い薄い希望にすがって”いつの日か”と想像してみる。私はこの歌を最初に聴いた時から、これはシャンソンの”古典”だと思った。そのシャンソンの古典性を感じさせる曲がこのほかにもアルバムには数曲ある。私はこのシンガーソングライターは、すごいシャンソンをたくさん生み出すだろうと確信している。
 エディー・ド・プレット、(3枚目”Multitude"以降の)ストロマエ、そしてザオ・ド・サガザン、この3人は同じ発語発音術(ディクション)を用いてフランス語歌詞を転がし、歌を劇的な情緒表現に 昇華できる、バルバラ/ブレル直系の後継者たちであり、シャンソン・フランセーズの未来なのだ、と言ってしまおう。

<<< トラックリスト >>>
1. La fontaine de sang
2. Aspiration
3. Les Dormantes
4. La symphonie des éclairs
5. Les garçons
6. Langage
7. Dis-moi que tu m'aimes
8. Mon inconnu
9. Je rêve
10. Tristesse
11. Suffisamment
12. Mon corps
13. Ne te regarde pas

Zaho de Sagazan "La Symphonie des Eclairs"
LP/CD/Digital Disparate/Virgin/Universal
フランスでのリリース:2023年3月31日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)"Les Dormantes"オフィシャルクリップ


(↓)テレラマ誌3月31日号の表紙を飾ったザオ・ド・サガザン、同誌シャンソンジャーナリスト、オディル・ド・プラによるインタヴュー動画、題して”Dès que j'ai un crush, j'écris une chanson = (恋の)衝撃を受けるやいなや私は歌を書く”

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