2012年9月27日木曜日

海にいたるまで



アメリー・レ・クレヨン『海にいたるまで』
Amélie-Les-Crayons "Jusqu'à la mer"


私の生のすべて,そのひとかけを
あなたは盗んだ,そのあとは?
いいわ,私はあなたにそれを預けておくわ,心配しないで

私は去り,あなたはここに残る
ふたりとも狂っていたのね,残念だわ
このほうがいいのね
このほうがいいのよ

川床は
決して消え去るものではないけれど
雨の場合はそんなふうにはいかない

水は私たちを結ぶのと同じように
水は私たちを離ればなれにさせる
大洋はここからあまりにも遠い

旅をして 私は歳をとり
欲が少なくなった
そしてほんの少しだけど私は大きくなった

でもそれだけじゃ十分じゃないの
私はまだ探しているの そして人は私に言う
大洋はここからまだまだ遠いって

雨のしずくから
川床の流れへ
それがすべて何度も繰り返されるのは明白

海にいたるまで
         (Jusqu'à la mer)

 アメリー・レ・クレヨンはリヨンの人です。パリと同様に海から遠い内陸にありますが,パリにセーヌ川があるように,リヨンにはローヌ川が あります。この水の上に小舟を浮かべ,それに乗って川の流れにまかせておけば,大きな海に行き着くはずです。ところがこの少女は,ローヌ川に運ばれて地中海に至ることを拒否して,雨水や小川や運河をつたって,大西洋に至ろうとしているようなのです。少女の目指すのは "l'Océan"(オセアン,大洋)であって,他の海(例えばメディテラネ)ではない。
 川の流れにも,時代の流れにも逆らって... アメリー・レ・クレヨンの3枚めのスタジオアルバム『海にいたるまで』 はそんな海行きの旅の物語であり,私たちへの旅の誘いでもあります。ダルシマー,リラ,コルヌミューズ,グロッケンスピール,蘆笛,コンセルティーナ,マンドリン,トイピアノ... そういう楽器群が奏でる非21世紀的なアンサンブルは,歩くリズム,櫂を漕ぐリズム,円舞しながら移動するリズムに乗せて,アメリーの旅物語の喜びや辛さや出会いを綴り上げていきます。いつも詩的で(大人の)童話的な世界をつくってきたアメリーとその仲間たちにあって,このアルバムに特徴的なのは,近代性を排除して,中世的でケルト的で神話的なものを援用して,一夜に千里を進むようなスケールの大きい展開を可能にしていることです。
 ウィキペディアの記述ではアメリーは1981年に生まれたことになっています。ミッテラン元年。演劇の勉強を終え,街頭劇などを経験したのちに,1999年から作詞作曲を始めました。「色えんぴつのアメリー = Amélie-les-Crayons」は彼女が創り上げたペルソナージュ(作中人物)。このペルソナージュの周りに3人の男性ミュージシャンたちが集ってきて,音楽劇一座「アメリー・レ・クレヨン」が結成されます。つまり,アメリー・レ・クレヨンとは4人の一座の名前でもあり,その中心人物たる女性歌手の芸名でもあるのです。
 この一座のスタイルは,舞台装飾,大道具小道具,衣装といった演劇的な効果に重きを置いて,登場人物(アメリー+ミュージシャン)キャラクターを劇的に際立たせ,歌のショーであるよりも,音楽劇スペクタクルとして楽しまれることを本領としています。その最初に立ち上げたスペクタクル『ル・シャン・デ・コクリコ(ひなげしの歌)』 から,自主制作の6曲入り初ミニアルバム『ル・シャン・デ・コクリコ』(2002年。4000枚完売。現在入手不可能)は生まれました。
 2年間にわたってリヨンとその周辺の地方でこのスペクタクルを巡演したのち,2004年アメリー一座は『エ・プルコワ・レ・クレヨン?(どうしてエンピツなの?)』と題するファーストフルアルバムと,同名のスペクタクルを創演します。アルバムはすぐさまチャートインし,売上枚数は2012年までで4万2千枚を記録しています。そして『エ・プルコワ・レ・クレヨン?』のショーはフランス全土だけでなく,スイス,ベルギー,ケベック,フィンナンドにも及び,3年間で200回におよぶ公演回数となりました。ここでアメリーは"Bête de scène"(ベート・ド・セーヌ,舞台アニマル,舞台狂)という評判がついてしまいます。
 2006年から2007年,アメリー(+一座)は1年間舞台から離れて新アルバム&新スペクタクルを準備します。完成したのが『ラ・ポルト・プリュム(羽根の扉)』という作品で,このアルバムに関してはわがブログの『歌ってクレヨン』という記事で紹介しています。アルバムはアカデミー・シャルル・クロ・ディスク大賞を受賞,売上も3万2千枚という強さ。そしてそれに続く3年間の『ラ・ポルト・プリュム』ツアーは,2009年にDVD化され,"A l'Ouest je te plumerai la tête"というタイトルで発売されましたが,このDVDもわがブログは取り上げていて『やせっぽちのことを日本語で「えんぴつ」と言う』の記事になりました。
 1枚のアルバム+3年のツアー,次いで1枚のアルバム+3年のツアーというサイクルでやってきたアメリー・レ・クレヨン一座は,同じように1年間の舞台から離れての準備期間をとって,この2012年『Jusqu'à la mer (海にいたるまで)』を完成させました。旅と詩とイマジナリー・フォークロアの13曲。より女性的で,より大人になったアメリーの曲と歌,それがどんなスペクタクルになるのか。
 9月28日,私はサン・ジェルマン・アン・レイ(パリ西郊外)で,アメリー一座の『海にいたるまで』スペクタクルの初演を見ることができる,という幸運を得ました。またアメリーにインタヴューする,という幸運も。このことは音楽誌「ラティーナ」(2012年11月号)に書きます。ぜひ読んでみてください。

<<< トラックリスト >>>
1. Voyager léger
2. On n'est pas fatigués
3. Mon ami
4. Marie Morgane
5. Si tu veux
6. Les filles des forges
7. Jusqu'à la mer
8. Mes très chers
9. Les vents de brume
10. Les Saintes
11. La balançoire
12. La solution
13. Tout de nous

AMELIE-LES-CRAYONS "JUSQU'A LA MER"
CD L'Autre Distribution OP14AC3246
フランスでのリリース : 2012年10月8日

(↓ "Tout de nous" オフィシャル・クリップ)

2012年9月14日金曜日

J'aime le Japon moi non plus

Saint Michel "I love Japan"
サン・ミッシェル 『アイ・ラヴ・ジャパン』

 ダフト・パンク、エール、フェニックスを生んだ太陽王の城下町ヴェルサイユからの新しいエレ・ポップデュオです。
フィリップ・チュイリエ(ひげつき君。28歳。ヴォーカル、アナログ・シンセサイザー各種、ギター各種...)とエミール・ラロッシュ(ひげなし君。19歳。ベース、アナログ・シンセサイザー各種、ギター、ヴォーカル...)。微妙な年齢差ですね。これではガキの頃から聞いていた音楽もまるで違うでしょう。フィリップはヴェルサイユのイメージ通りの「カトリック系ブルジョワ」の家庭環境で、義務的にボーイスカウトに入れられたり、コンセルヴァトワールで楽器習わされたり。兄貴の影響でジャズとビートルズの洗礼を受けるのですが、最大の音楽的ショックはレイディオヘッドだったりします。エミールは国際舞台の演劇人の家庭に生まれ、ガキの時分からその世界各地の上演地に連れていかれて生来のコスモポリタンとして育つんですね。フィリップの最初のバンド、Milestone(マイルストーン。世界中どこにでもありそうなバンド名)はヴェルサイユとパリを除いては誰にも知られないロックバンドでしたが、エミールはその最初のファンのひとりでした。ファンとあこがれのバンドリーダーとの出会いというのが、この微妙な年齢差の理由かもしれません。
 サン・ミッシェル(聖ミカエル)という大天使の名前をバンド名にするのは、ブルジョワ・カトリックなヴェルサイユの雰囲気を良く伝えるものですが、ある種フランス的なるもの(たとえばフランス第二の観光客集客地モン・サン・ミッシェル、パリの学生街目抜き通りブールヴァール・サン・ミッシェル...)もおおいに喚起するすぐれたものです。この点はアルノー・フルーラン=ディディエ が最初のバンド名をノートル・ダムと名乗ったことに類似点があります。
 ディエーズ・プロダクションのローラン・マンガナス(バンジャマン・ビオレー、ドルヴァル、アンリ・サルヴァドールの『かくも長き時間』...)に発掘され、エールの元相棒でフェイダーの魔術師と呼ばれるフレンチ・タッチDJアレックス・ゴファーをミキサーに 迎えて自主制作されたのがこの5曲入りEP。音源ダウンロードのみの流通でしたが、サン・トノレ通りのセレクトショップのColetteなどで注目を集め、4月のディスケール・デイ(仏版レコードストア・デイ)や6月の音楽の日(フェット・ド・ラ・ミュージック)でのライヴパフォーマンスに登場したサン・ミッシェルはテレラマ誌から「ミネ」(minets。好ルックスの男子。beaux gosses ボ・ゴスが男性的なきれいな男であるのに対して、ミネは女性的に可愛い男子を指す)系新人バンドの筆頭と「評価」されます。このフレンチ・タッチ・ポップの「女性性」はエール、タヒチ80、フェニックス等のデビュー時にも言われたことですね。
 さてサン・ミッシェルはこの5曲入りEPの後に、メジャーのSony Music Franceと契約し、現在制作中の初フルアルバムは, 2013年2月リリース予定です。フレンチ・エレ・ポップのファンサイトなどで、<<『ムーン・サファリ』(エール、1998年)、『パズル』(タヒチ80、1998年)に匹敵するアルバム >>という期待が既に先行していますが、どうなることやら。
 その特徴はメロウな90年代風フレンチ・シンセ・ポップのサウンド環境で、 MGMTのような高音エアリアル&サイケデリックなヴォーカルが歌い、ダンスフロアーの魔手のミックスが快感ビートのメリハリを決めていく、というもののようです。フィリップのヴォーカル言語は英語です。余談ですが、フェースブック上でマルタン・メソニエが、この9月にアルバムデビューしたルー・ドワヨンに触れて、昨今の「英語で歌うフランスのアーチストたちはひとりとして自分が何を歌っているのかすらわかっていない」と手厳しい評価をしました。そう言われると、このサン・ミッシェルのフィリップの英語は「フンイキ語」でしかないようにも聞こえてきて、歌詞はあまり重要ではないと容易に判断できます。特に表題曲の"I LOVE JAPAN"(2曲め)は、多くの人たちがこのタイトルから想像する「大震災復興支援」みたいなものとは全く関係がありまっせん。(自分たちがお世話になっている)エレクトロニクス楽器の宝庫&原産地たる日本への目配せ、といった程度のことです。それでもこの曲が5曲中で最もうなずいて聞き込んでしまう、必殺の哀愁エレ・ポップの仕上がりです。
 「キャスリーン」ではなく「カッツリーヌ」と聞こえる1曲め "Katherine"、ダフト・パンク寄りのヴォコーダー遊びが冴える3曲め"Wastin' Tastin'"、タヒチ80風の流麗&軽妙酒脱なアップテンポ曲の4曲め "Crooner's Eyes"、そして冬景色風チル・アウトでセンチメンタルなエレ・ポップの5曲め "Noël Faded"。このデュオのさまざまな可能性をよく伝える好サンプラーの5曲です。(来年のフルアルバムには1.2.5.が別ミックスで収録予定)
 かつてタヒチ80が日本の女子高生たちのアイドルになってしまったように、「ミネ」であるサン・ミッシェルの仮想ターゲットは女子ティーンネイジャーとゲイ・コミュニティーだ、と制作会社代表のローラン・マンガナスは私に言いました。中高年のおじさん&おばさんたちにも受けると思いますがねぇ。

<<< トラックリスト  >>>
1. Katherine
2. I love Japan
3. Wastin' Tastin'
4. Crooner's eyes
5. Noël Fadded

SAINT MICHEL "I LOVE JAPAN  - EXTENDED PLAY No.1"
Diese Productions CDEP (no ref)
フランスでのリリース:2012年4月

(↓ "I Love Japan" Teaser 03#)

 

2012年9月11日火曜日

今朝のフランス語:「カス・トワ、リッシュ・コン!」

2012年9月10日付けリベラシオン紙の第一面です。写っている人物はベルナール・アルノー。高級ブランドグループLVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)の総裁にして、ヨーロッパ長者番付第4位の大富豪です。この雲上人が、オランド大統領の誕生以来、フランスの富裕な人々への所得税率が75%になるということへの反応か、ベルギーの国籍を取得したい、と発言。ベリギーの方がフランスよりも相続税などが格段に安いのが理由ということは明言しませんが、誰もがそう思ってしまいます。アルノー本人はたとえベルギー国籍が与えられたとしても、フランス人としてフランスの租税義務は履行すると言っているようです。つまり二重国籍となるわけですね。既にブリュッセル郊外に住所は持っていて、そこに一家共々滞在する構え。
 こういうことはこの大富豪だけでなく、超高額所得者の財閥家、巨大企業オーナー、巨額収入のアーチストやスポーツ選手などが普通にやっていることで、スイス、ベルギー、リュクセンブルクなどに住所を持って、その国の(フランスよりも)安い税金を払っているのですね。
 オランドのこの所得税政策は、危機的な状態にある国庫を一時的にあらゆる階層の人々の努力である程度支えてもらうための緊急策であり、長期的なものではありません。富裕階層もこの国家の一大事に手を貸すべきだ、それがパトリオティスムだ、と言っているわけです。国を愛するのなら手を貸してくれ、誰もがこの国の危機を救うために少々の努力を、と。このパトリオット精神に期待しているのです。
フランス共産党の新聞 l'Humanité(ユマニテ)も、この大富豪アルノーの国外逃避を第一面で論じ、その見出しは
La France, Il l'aime ou il la quitte...
となっています。これはサルコジ前大統領が大統領になる前の2006年の発言として有名な "La France, tu l'aimes ou tu la quittes" (フランスを愛するか、さもなくばフランスを去るか)というフレーズに由来しています。このサルコジ発言のコンテクストは、移民および移民出身国籍取得者たちが、フランスにいながらフランスの慣習に従わなかったり、反フランス的な言動に走ったりという現象がある、ということを指して、そういう者たちがフランスを愛していないのなら、出て行ってもらいたい、という極右的で排外主義的なニュアンスであったわけです。これをユマニテ紙は、ベルナール・アルノーの能動的フランス離国のことを評して「彼はフランスを愛するか、それとも国を去るか...」とサルコジ論法で皮肉っているのです。これも悪くありません。
 しかしリベラシオン紙はその数倍ショッキングな第一面見出しです。
 Casse-toi riche con !
カス・トワ、リッシュ・コン! ー これも有名なサルコジ発言のもじりです。2008年2月23日、ポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場の「農業展」でサルコジ大統領が、握手攻めにあっていると思いきや、大統領が手を差し伸べたひとりの市民にそれを拒否され、激昂して「カス・トワ、ポーフ・コン!」と口をすべらせたという事件です。(詳細は拙ブログのこのページに)。当時の拙ブログはこれを「消え失せろ、〇〇〇野郎!」という感じの訳で紹介しましたが、それは「ポーフ・コン pauvre con」の「コン con」(バカ者という意味の他に女性器という意味あり)の方を強調したからなんですね。しかし今回はその前についた「ポーヴル pauvre」(惨めな、貧乏な)が重要な意味があるわけで、リベラシオンはそれをベルナール・アルノーという大富豪に合わせて、「リッシュ・コン riche con」というヴァリエーションを造語したのです。どう訳しましょうか。「金持ち〇〇〇野郎」となりましょうか。「消え失せろ、金持ち〇〇〇野郎!」というのは日本語の罵倒表現としてあまり迫力ないかもしれませんが、フランスでは大変な威力があります。
 この第一面見出しで、70年代の過激だったリベラシオン紙のエスプリが戻ってきた、と大歓迎する一部の人たちもいます。しかしこれをまともに受けてしまったベルナール・アルノーは即日にリベラシオンを相手取って、公然侮辱の訴訟を起こしました。リベラシオン紙は謝罪などせずに訴訟を受けて立つつもりです。国を侮辱したのはベルナール・アルノーの方である、という論です。がんばれ。

2012年8月31日金曜日

女性器の反逆と書いてプッシー・ライオット

 プッシー・ライオットの事件は、大体のところは日本でも報道されたし、日本語版ウィキペディアにも詳しく記述されているので、ここでは詳しく述べません。2012年2月21日、モスクワのロシア正教・聖救世主教会大聖堂に、この反体制闘士のパンク・バンドが闖入し、パンク的に聖母マリアへの祈りとして「プーチンを放逐したまへ」と歌うパフォーマンスを挙行したというのが、この事件の発端です。1分ほどで警備員に取り押さえられてしまったこのパフォーマンスの映像は YouTube を介して世界中に伝播されました。
 その結果バンドのフロントウィメンたる目だし帽の3人の女性、マリア・アリョーヒナ (Мария Алёхина) 、ナジェージダ・トロコンニコワ (Надежда Толоконникова)、エカチェリーナ・サムツェヴィッチ (Екатерина Самуцевич)が逮捕され、6ヶ月の拘置の末、8月17日の裁判で「破壊活動」と「宗教的憎悪煽動」の罪で2年間の収容所での強制労働刑の判決が出ました。アムネスティー・インターナショナルをはじめ世界の人権団体がこの不当に重い判決に抗議し、マドンナ、ビョーク、ポール・マッカートニー、スティング、小野洋子などの著名アーチストたちもプッシー・ライオット支援の声明を上げています。
 では一体この覆面ねえちゃんたちは何を歌って重刑判決を受けたのでしょうか。ロシア語からではなく、フランス語訳からの又訳になりますが、以下に訳出します。
聖処女よ、プーチンを追い出したまへ
神の母たる乙女よ、プーチンを追い出したまへ
プーチンを追い出したまへ、プーチンを追い出したまへ
黒の僧衣に金色の肩飾りをつけた男に
すべての信者たちは這いつくばって頭を垂れる
自由の亡霊は空の彼方
ゲイ・プライドはシベリアに送られて鉄格子の中
KGBの長官こそが彼らの聖者
異議を申し立てる者たちを護衛つきで牢屋に送り
聖なる教会会議の決定に背かないために
女たちは黙って子供を産み、愛さなければならない
糞、糞、神の糞
糞、糞、神の糞
神の母たる乙女よ、フェミニストになりたまへ
フェミニストになりたまへ、フェミニストになりたまへ
腐敗した指導者たちへの教会のへつらい
黒塗りリムジンの中での宗教儀式
説教者はおまえの学校にやってくる
授業にやってくる - 彼に金を持たせてやれ!
総主教グーンディエフはプーチンを信じている
卑劣なやつ、そんなものより神を信じられないなんて
聖母の帯は政治集会の役はしないぞ
聖母マリアは私たちと共にあって抗議している
神の母たる乙女よ、プーチンを追い出したまへ
プーチンを追い出したまへ、プーチンを追い出したまへ

 権力におもねる正教会の腐敗、プーチンの圧政を手助けする正教会、これを告発するために聖母マリアに祈ったわけですね。これをロシアの司法当局は "Hooliganisme"(スポーツ競技の過度に熱狂した観衆が起こす破壊行為。転じてこの場合は単純に破壊行為)と断定したのです。
 
ナント生まれの女性シンガー・ソングライター、ジャンヌ・シェラル(1978 -   )が先週緊急でプッシー・ライオットに捧げる曲を作り、ワン・テイクで録音して YouTubeに公開しました。これも祈りの歌です。プッシー・ライオットが聖母マリアに祈ったやり方とは全く違う祈り方ですが、これは女の祈りです。

おお、ピンク色の目だし帽をかぶった私の姉妹たち
大胆にもモスクワっ子
この祈りはあなたたちのため
あなたたちの怒りと嫌悪のため
あなたたちの毒のこもった詩のため
あなたたちのおまんこの叫び
あなたたちの狂ったダンス
身内としてあなたたちに喝采と感謝を言うため
女戦士たち、解放された女たち
そんなプッシーたちがいる限り
乱暴でセクシーなヒロインたちがいる限り
女戦士たち、解放された女たち
憤激する女たち、屈服しない女たちがいる限り
希望は約束されたものよ
あなたたちのために私は祈るわ
心と性器と頭と中指を使って祈るわ
あなたたちのために私は祈るわ
心とおまんこと頭と中指を使って祈るわ

 女の反逆を「プッシー」で。ジャンヌ・シェラルは女として性器の反逆に連帯したのですね。すばらしい連帯でしょ。フェミニスト万歳。

(↓ジャンヌ・シェラル『プッシーたちがいる限り』)







2012年7月30日月曜日

Castor in holidays

暑中お見舞い申し上げます。

8月12日までサン・ローラン・デュ・ヴァール(南仏コート・ダジュール)におります。ブログの次回の更新は8月後半になります。
皆様、よい夏をお過ごしください。
      カストール爺

2012年7月18日水曜日

アンリの頂上

Henri Salvador "Tant de temps"
アンリ・サルヴァドール『かくも長き時間』

 愛撫するような声で歌う老人アンリ・サルヴァドール(1917-2008)が90歳で亡くなってから4年が過ぎました。この老人が,何度かコミック芸人ではなくミュージシャン/アーチストとして正当な評価を得ようとしたのですが,なかなか果たせず,その日は2000年にリリースされたアルバム『眺めのよい部屋』("Chambre avec vue",日本盤タイトルはなさけなくも『サルヴァドールからの手紙』)にやっとやってきたのでした。その時既にアンリ翁は80歳を過ぎていたのです。世界で最も甘美で哀愁的な声を持ったクルーナーを復活させるのに大きく貢献したのが,ケレン=アン・ゼイデルとバンジャマン・ビオレーという21世紀に華ひらく若いミュージシャン/アーチストでした。
 このアルバムの後,アンリ翁は幸せなアーチストとして,死ぬその日までコンサートとアルバム制作に夢中で,その途中で立ったまま前のめりで倒れるように昇天しました。この人だったら,100歳まででも歌い続けられるだろう,と言われもしました。まあ,文字通り,天寿を全うした,と言っていいんじゃないでしょうか。
 その3年後,仏ユニバーサル・ミュージックの社内レーベルPolydorに,作曲家フランシス・マッジューリが,実はアンリ・サルヴァドールの未発表デモ録音を6曲保管している,と告げます。マッジューリは90年代の仏ポップ・トリオ,レ・チャート(Les Charts。カロジェロとジョアキノのマウリチ兄弟とマッジューリのイタリア系3人少年のバンド)としてデビューしていて,その後は作曲家としてナターシャ・サン=ピエール,パトリック・フィオリなどに曲を提供しており,その最大のヒット曲はノルウェン・ルロワの"Cassé"(2003年)ということになっています。
 このデモ6曲は1999年に録音されています。つまり『眺めのよい部屋』とほぼ同時期ということです。このもうひとつの「クルーナー・アルバム」は,実を結ぶことなく,デモテープのままお蔵入りしていました。これをPolydorは『眺めのよい部屋』の立役者バンジャマン・ビオレーに委託して,アルバムとして「完成」させるという企画を立てたのです。(途中でレーベルはPolydorから同じユニバーサル社内のV2に移っています)。
 その作業中に未発表録音は全部で10曲まで見つかりました。1999年に録音された8曲,1991年に録音された1曲(6曲め "Qui es-tu ?"),そして1962年に録音された1曲(4曲め "Mon amour")。この10曲がバンジャマン・ビオレーのきめ細かく,巧みと贅を尽くしたオーケストレーションで「完成」されてしまいます。ジャズ・ビッグ・バンドのアレンジに包まれた6曲め "Qui es-tu?"では,元ラフェール・ルイス・トリオのユベール・ムーニエがデュエット・ヴォーカルで参加。もう1曲ビッグ・バンド編曲の9曲"Ca leur passera"では,バンジャマン・ビオレー自身がデュエット歌手として,ルイス・アームストロングのようなヴォーカルを聞かせます。
 この10曲に加えて,ビオレーはサルヴァドールの代表曲「シラキューズ」(1962年録音版)のサルヴァドールのヴォーカルとギターだけを抽出して,それにビオレーの全く新しいオーケストレーションをかぶせ,まるでドビュッシー/ラヴェルを聞くような「ビオレー版シラキューズ」に仕上げて,このアルバムの終曲にしています。
 奇妙な曲がひとつ。4曲めの"Mon amour"は,サルヴァドールがこの「モ・ナムール」という「わが愛する人よ」という言葉をくりかえして,ギターに合わせてヴォカリーズしているだけなのです。たぶん即興のいたずら録音だったかもしれないこのギターと「モ・ナムール」だけの曲に,ビオレー編曲のピアノ,サックス,ベース,パーカッションが介入することによって,これは「祈り」(テレラマ誌のヴァレリー・ルウーの表現です)のレベルまで高められていくのです。引き上げられたのはビオレーの編曲のせいかもしれませんが,私たちはここにアンリ・サルヴァドールの声の魔力の頂点のようなものを聞いてしまうでしょう。私はこれを「アンリの頂上」と名付けます。
 ベストトラックは2曲め(そしてアルバムタイトル曲)"Tant de temps"。何度でも聞きたくなるようなサルヴァドール・サウダージがびしびし迫るボサ・ノヴァ曲です。
11曲34分19秒,なにか悠久の時の中で聞いているような体験です。 かくも長き時間。

<<< トラックリスト >>>
1. Ca n'a pas d'importance
2. Tant de temps
3. Une île sans elle
4. Mon amour
5. Une belle journée
6. Qui es-tu ? (with Hubert Mounier)
7. Paname à la havane
8. Mes petites préférences
9. Ca leur passera (with Benjamin Biolay)
10. Doucement
11. Syracuse


HENRI SALVADOR "TANT DE TEMPS"
V2/Universal CD 3700631
フランスでのリリース:2012年6月18日

(↓アルバム1曲め「たいしたことじゃないさ (Ca n'a pas d'importance)」。「歌入れ」が1999年、編曲が2012年。これは墓場の向こう側の声を目の前で聞く体験でしょう。)

(↓ Universal Musicで公開されているメイキング・オブ "Tant de temps")
      

2012年7月11日水曜日

カイリー来ぬ青春

『ホリー・モーターズ』
"Holy Motors" 
2012年フランス映画
監督レオス・カラックス
主演:ドニ・ラヴァン、エディット・スコブ、エヴァ・メンデス、カイリー・ミノーグ
フランス公開:2012年7月4日

 レオス・カラックスの13年ぶりの新作です。5月のカンヌ映画祭にオフィシャル(コンペティション)出品されたのですが、非常にポジティヴだったプレス評にも関わらず、賞なしでした。しょうないものはしょうない。この時の審査委員長はナンニ・モレッティでした。この映画にはナンニ・モ。
 思えば私は『ボーイ・ミーツ・ガール』(1984年)から『ポーラ・X』(1999年)までの4本の長編映画はほとんど封切時に観ていて、多分多くのカラックス・フォロワーと同じように『ポーラ・X』を観るまではずいぶんポジティヴにこの監督を持ち上げていたと思いますよ。そして知ったふりして『ポーラ・X』褒める人たちとは口を聞かなくなりました。私は『ポーラ・X』は嘔吐寸前でしたからね。
 『ポーラ・X』で東欧女イザベルを演じたカテリーナ・ゴルベヴァが、44歳で謎の死を遂げたのが2011年8月14日のこと。(自殺説もあり)。カラックスの伴侶として10年連れ添っていて、3人の子供あり。新作『ホリー・モーターズ』 はジェネリックで写真入りで「カテリーナ・ゴルベヴァに捧ぐ」と出てきます。

 レオス・カラックスは本名をアレックス・デュポンというのですが、映画アカデミー賞の "Oscar"と自分のファースト・ネーム "Alex"の二つ "Oscar Alex"のアナグラム(字の並び替え遊び)で "Leos Carax "という源氏名を考えついたのです。映画守護神オスカーの子アレックスは、レオス・カラックスとして映画のアンファン・テリブルになったのです。そしてこの『ホリー・モーターズ』で11役をこなすドニ・ラヴァンの役名は「ムッシュー・オスカー」なのです。
 一体、映画って何でしょうね? 唐突にこんなこと言ってしまいますが、巨大映画会社が大予算かけて小難しくてややこしい映画を作るはずはないのです。あらゆる映画がみんな金が取れるわけではない。映画にはいろんな可能性があるはずで、銭勘定だけでみんながみんなあんな映画やこんな映画になってもらっては困る、と思います。特にパリ/東京などの飛行機長距離便の機内サービス映画の数々を見るとそう思います。これではわれわれの映画は死んでしまうのだ、という危機意識から、古今の映画人は警鐘として「映画のための映画」を作ってきました。トリュフォーの『アメリカの夜』、ヴェンダースの『ことの次第』、フェリーニの『インテルヴィスタ』などがそうです。(私はゴダールの『映画史』を観ていません)。
 映画の子でいながら(2007年に3者連作の短編映画集『東京』 の中に「メルド」という作品を作ったという例外はありますが)13年の沈黙を守っていたカラックスが、ここでカラックス流儀の「映画のための映画」を作ってしまったのです。

 映画は寝室で長い眠りから醒めたパジャマ姿のレオス・カラックス(himself)から始まります。カラックスが壁の隠し扉を開けて、別の間に入っていくと、そこは映画館なのです。いっぱいの観客は音もなく座っていて、座席の間の通路には小さな女の子が歩いていたり、猛獣が歩いていたり...。ここで映画はなにものでもないのです。ただの活動写真。古い時代のスポーツ選手の動作を捉えるだけの「動く写真」。
 転じて郊外の超高級邸宅から、早朝に仕事に出かける「ムッシュー・オスカー」(ドニ・ラヴァン)の登場です。白塗りのスーパーリムジンには運転手兼秘書のセリーヌ(エディット・スコブ)がいて、今日のアポイントメントをバインダーファイルにしてオスカーに教えます。電話が入り、わけのわからないファイナンシャル用語での会話があります。オスカーはここで世界経済上のVIPという役をひとつこなすわけですが、その陳腐なファイナンシャル用語でのダイアローグで、どうしようもなくヘボいのです。リムジンの中は舞台俳優の楽屋のようになっていて、化粧台、衣装、小道具などがたくさん詰まっています。これから一日、深夜遅くまでムッシュー・オスカーはそのアポイントをひとつひとつこなしていくのですが、その度に化粧と衣装を変え、まったく別の人格としてリムジンから降りていきます。全部で11。オスカーは11種の人間の役を演じるわけです。「11人いる!」は萩尾望都のSF漫画でしたが、関連は全くないとは誰にも言いきれないでしょう。
 映画に何ができるのか? カラックスは彼の流儀で映画の11の可能性を提示するのです。オスカーは国際経済のVIPから、パリの橋の上にいる腰の曲がった老婆乞食になり人々から侮蔑の目で見られます(超社会派ルンペン・プロレタリア映画?)。サイバー格闘技の戦士になり、ゲーム空間のような暗闇の中で戦闘したり、くねくねうねるセックストイのようなサイバー女とセックスしたり、それをCGで別映像化したり(超アバター映画?)。中華街でヤクザの兄弟分の敵討ちのような、残忍でヘモグロビンが多量に出る殺害シーンと、害者の顔を改造してしまう後始末(超バイオレント・アジア映画?超タランティーノ映画?)。労働者階級の優しいパパが、十代の娘が行った友だちのホームパーティー(窓からカイリー・ミノーグの曲が聞こえる)に迎えに行って、車(プジョー205)の中で父娘の優しい会話があるのですが、娘がそのパーティーで誰ともダンスしなかったと聞くや、突然態度が豹変して激怒し、娘を途中で車から降ろしてしまうのです(超ホームドラマ?)。金持ちの老紳士が超高級ホテルのベッドの上で死につつあり、その死の床に姪(演エリーズ・ロモー)が現れ、そのあまりに歳のかけ離れた激しい恋愛の悲しい告白ダイアローグがあります(超メロドラマ?)が、それがすべて演技であり、即興のシチュエーション・フィクションであることが後でばらされます(超クサイ映画?)。
 映画のハイライトは2つあります。短編映画『東京』(メルド編)で登場した、下水道マンホールから出てくる緑の服を着た乞食の狂人メルドです。片目が白眼で、手から黒い爪がうずを巻いて伸びた汚い男は、通行人たちにぶつかり、タバコを奪い、花や札束を食べます。行く先はペール・ラシェーズ墓地。そこで超トップ・モデル(演エヴァ・メンデス)が、超トップフォトグラファーと写真撮影中で、そこに荒々しく乱入したメルドに、このフォトグラファーはインスピレーションを得て、この醜さはただものではない、こうなったら「美女と野獣」をやってしまおうと被写体になることをプロポーズします。そんなものに聞く耳持たず、絶世の美女を前に激情してしまったメルドは、トップモデルを誘拐し、墓地の地下に逃げ込みます。ここで美女と野獣は恋に落ちるのです(超「美女と野獣」?)。メルドのペニスは雄々しく勃起し(画面上にはっきりと映されます)、その状態で裸のメルドはトップモデルの膝枕で安らかに(勃起したまま)眠り、トップモデルはメルドを優しく愛撫しながら子守唄を歌ってあげるのです(超X-rated映画?)。 
 アメリカ映画史において、男優のペニスの勃起角度で X-ratedの検閲度合いが違っていたという事実があります。あたかもペニスが勃起すれば革命が起こってしまうのではないか、と政府は恐れていたようです。その昔 X-ratedは「闘う映画」だったのです。
 もうひとつのハイライトは「ポン・ヌフの恋人」との再会です。恋人を演ずるのはジュリエット・ビノッシュではなく、カイリー・ミノーグです。過去の恋から醒めきれぬ二人は、リムジン同士の衝突事故で、ポン・ヌフ橋のたもとで再会し、今や廃屋となっているサマリテーヌ百貨店(1991年映画『ポン・ヌフの恋人たち』では、ポン・ヌフ橋とサマリテーヌの精巧な映画セットを作っておきながら、気に入らなくてつぶしてしまう、という曰くつきの撮影エピソードがあります。本当にサマリテーヌをつぶしてしまったのはカラックスかもしれない)にエヴァ(カイリー・ミノーグ)とオスカーは入っていき、階段を一段一段昇りながら屋上までいたるのですが、愛しながら別れた男女の悔恨を、ミュージカル映画仕立てでエヴァ=カイリー・ミノーグは歌っていくのです(超シェルブールの雨傘?)。「わたしたちは誰だったの? Who were we ?」(詞:レオス・カラックス+ニール・ハノン/曲:ニール・ハノン)という本当に泣かせる歌なのです。こんなにおセンチで痛々しい歌と情景は、めったな映画で見れるものではありません。私が涙しそうになったすぐあとで、ポン・ヌフ橋を眼下に見るサマリテーヌ百貨店の屋上で二人は再び別れ、男が立ち去ったあとで、なんとエヴァは屋上から飛び降り自殺をしてしまうのです。ちょっと待て!おまえは『ポン・ヌフの恋人たち』にこんな落とし前をつけるか!と、私は猛烈に腹が立ちましたね。 - (ジュリエット・ビノッシュ代理殺人事件という解釈も可能でしょう)。
 ムッシュー・オスカーの今日の最後の仕事はパパとしてある家庭に帰宅すること。「今帰ったぞ〜い」と入って行った家には、チンパンジーの奥さんがいて、その二階にはチンパンジーの娘さんがいます(超猿の惑星?)。そしてその平和な家庭の一日の終わりの情景をバックに、ジェラール・マンセの"Revivre"(再生)という歌が流れます。「再生したいんだ。それは同じことをするためにもう一度生きたいということだ」。
 セリーヌが運転するのと同じようなスーパー・リムジンがたくさん「ホリー・モーターズ」社の車庫に帰っていきます。ムッシュー・オスカーと同じような「仕事」をしている人たちは世の中にたくさんいて、人気がまったくなくなった車庫の中でその人たちのことをリムジンたちが(口のように車体ボンネットをバクバク開けて)嘲笑したり、揶揄したり。

 カラックスはどうだ映画はここまでできるんだ、というリミットを遠くに押しやるような映画を作りたかったのでしょう。11のエピソードは当たり外れはあれど、映画的にスリルもサスペンスもホラーもグロもSFもロマンティスムもエロもシュールレアリスムもある、というカタログのようです。ただ、それは「映画のための映画」かと言うと、私にはどうしてもその前に「自分のための映画」であるという強烈なメガロマニー(誇大妄想狂)な色づけが気になって、しばしば居心地が悪くなるのです。カラックスについてはよく言われることで、この性向を形容するフランス語は "Nombrilisme"(ノンブリリスム)です。手元の仏和辞書に載ってないので、日本語の訳語はわかりません。"nombril"とは「へそ」のことで、へそが体の中心であるように、自分のことを世界のへそ、つまり世界の中心と考える自己中心主義のことです。
 オスカーが何役もこなしてリムジンから出入りしているのを知っているひとりの男(ミッシェル・ピコリ)が、オスカーにどうしてそこまでするのか、と尋ねます。オスカーはそれに "Pour la beauté du geste"(行為の美しさを追求するために)と答えます。彼は美の探求のためにあらゆる役回りをしなければならない。その美を決定する審美眼はカラックスひとりしか持っていない(映画というのはそういうものと言われればそれまでですが)。美醜のリミットを破ろうとすることや、俺様式の完全主義は、この映画で当たるものもあれば外れるものもあり、その外れるものでは極端な不快感さえ呼び起こすかもしれない(それが狙いもありうる)。「私の審美眼が映画を決定する、なぜなら私は映画=オスカーなのだから」という鼻の高さは、拍手する人もいれば、どうしたものかと思う人もいるでしょう。この映画がカラックスの「私は映画だ」というマニフェストであるならば、私は7割の強度で拍手します。
 最後にこれだけははっきり言っておくと、カラックスは女性に対する敬意が欠落しています。『ボーイ・ミーツ・ガール』から数えて、私はカラックスの映画に登場するすべての女優たちはカラックスに大なり小なりの隷属を強いられているようにしか見えないのです。

(↓『ホリー・モーターズ』予告編)

Holy Motors, de Leos Carax (bande-annonce) par Telerama_BA