2023年3月28日火曜日

年金改革法反対:国立リヨン交響楽団の場合

【年金改革法に反対する】
リヨン交響楽団の年金法反対スピーチ、ブーイングで掻き消される

2023年3月17日金曜日、すなわちボルヌ首相政府による年金改革法が議会評決を通さず「49-3」で強行成立された翌日、リヨン市オーディトリアムでは、国立リヨン交響楽団がベートーヴェン交響曲第2番(指揮;ワシリー・ペトレンコ →2022年3月自国によるウクライナ侵攻に抗議してロシア連邦交響楽団の音楽監督を辞任した勇気ある人 / コンサートマスター:ルノー・カピュソン) を演奏することになっていたが、その演奏前に同交響楽団を代表してバスーン奏者フランソワ・アパップ(François Apap )が壇上中央に進み出て、クラシック音楽”業界”で働く人々を代表して年金改革法に反対する声明文を読み上げた。

プロの音楽家であること、それは5歳6歳の時から始まります。続いて15年間の音楽学校での習得があります -(中略)- 。この職業にあって私たちは常に失業の危機にさらされ、夜遅くに帰宅することになっています。しかしそれは私たちの選択であり...

 アパップの声明は5分も続かなかったが、その最初の「ボンソワール」のあいさつの時から客席は轟々のブーイングとヤジに包まれる。ソーシャルネットワーク上で投稿されている動画(↓)では”On n'est pas là pour ça !(そんなことを聞きにきたんじゃない!)、”Vous nous faites chier !(もううんざりだ!)"、”Remboursez !(金返せ!)、"Ferme ta gueule et joue !(黙って演奏しろ!)”などの怒号がはっきりと聞こえる。アパップの証言では、中にはステージに向かって小銭を投げつける輩もいたと言う。

 オーケストラ楽団員が置かれている厳しい労働環境を説明し、その上に「年金改革法案第7条」により、他のセクターの人々同様に年金受給年齢が2年延ばされ64歳からになることの不当性を訴えたこの声明には、この大声の怒号だけではなく、拍手で支持する反応もたしかにある。「場内の反応は二分された」とローヌ=アルプ圏音楽芸術家組合(SNAM-CGT)の書記長アントワーヌ・ガルヴァーニは証言している(メディアパート3月26日記事)。また同コンサートの客席にいたリヨン市在の音楽教師アリス・ロージエは「ほとんど聞き取れないその声明の息継ぎのたびに、烈火のごとく怒った人たちが唸り声を上げ、罵倒の言葉を吐き、”Musiiiique !(音楽をやれ!)”という叫び(つまり”黙れ!”という意味)をぶつけた。あたかもその人たちの前にあるのはジュークボックスであるかのように。金を払ったんだから、言うことを聞け、と言わんばかりに。もう唖然としてしまって、泣きたくなったわ」と証言している(同記事)。
 ”ジュークボックス”とは言い得て妙な喩えだ。この音楽家たちは音楽への情熱でもってその一生を演奏に捧げてもいいと思っている。だがそこで求められているのは、その音楽家全キャリアを通して同じレベルの高いパフォーマンス能力なのである。同じ曲を同じクオリティーで流し続けるジュークボックスのように。演奏能力は老いたり劣化したりすることは許されない。
 フランソワ・アパップはこう語る「クラシック音楽の文化は整然としてすべすべと艶やかなものと多くの人たちに思われていて、そうあり続けるべきものかもしれない。しかし私たちがある種の困難さと戦い続けなければならないということはまだまだタブーの事項であるけれど、実際それは多くの身体的なダメージを生じさせていて、とりわけ弦楽奏者たちに顕著である」。この国立リヨン交響楽団でも1年以上も前から4人の欠員(休職者)演奏家がいるばかりか、多くの団員がしょっちゅう整骨医の診察が必要で、別種の追加保険の加盟を余儀なくされ、一部の筋骨格障害に関しては社会保険の対象外になっているという。
 「私たちはいわばハイレベルのスポーツ選手と同じである。私が読んだ声明文はこの点に関しては全く好戦的でも攻撃的でもない。それで訴えているのは私たち音楽家の多くは2年多く働き続けることが不可能だということであり、加えて昨今の団員数の凍結、頻繁な演奏会中止、私たちに厳しく求められていることに対価となっていない俸給の安さがその不可能の原因にもなっている、ということだ」とアパップは続ける。

 国民の3分の2が反対し、その反対の声を政府と大統領に届けるために全労組共闘の大規模ストライキが2ヶ月間もの間社会の機能を乱し、全国で何百万人という人々が反対デモに参加しているという状況の中で、なぜクラシック音楽のコンサート会場ではその声がブルジョワ聴衆によって圧殺されてしまうのか?
 コンサートで社会運動のためにスピーチの場が提供されるのは決して稀なことではない。2014年、舞台映画音楽などに従事する不定期労働者、いわゆるアンテルミッタン(Intermittents du spectacle)の特例失業手当の改定をめぐる大規模な闘争があった時、さまざまな舞台ステージで演目の前にアンテルミッタンの支援を求める演説やカンパ募金が行われていた。私が特に印象に残っているのは ONJ(オルケストル・ナシオナル・ド・ジャズ、つまり国立ジャズオーケストラ)のコンサートで、この十数名のビッグバンドの全員がリレー掛け合いで闘争支援を求めるスピーチをつないで、大喝采を浴びながら演奏を始めたという場面。まあ、こういう音楽では観客はみんな音楽労働者たちの味方という自明の理なのではあるが。
 リヨン交響楽団の浴びたブーイングのニュースはソーシャルネットワークだけではなく、テレビラジオのニュースでも大きく取り上げられた。多くの人たちはこの場のクラシック音楽聴衆の反応を異常なもの、スキャンダラスなものと感じたと思う。ソーシャルネットワークの反応はほぼこのブーイングへの反感と怒りである。
 私はですね、元音楽業界の人間で、全ジャンルのレコードCD物流界にいた関係で、クラシックの人たちというのは少しは知っているつもり。フランスのクラシックのレコードレーベルやプロデューサーもつきあいがあったし、日本のクラシック盤バイヤーの人たちもパリでよく接待した。偏見だと言われてもしかたないが、クラシックの人たちはちょっと”違う”
と思う。偏見だと思われてかまわないが、このリヨン交響楽団の人たちが被った災難を知った時、こういう人たちだからなぁ、と納得した部分がある。ごめんなさい。

(↓)ロプス(L’Obs)の国立リヨン交響楽団ブーイング事件を報じる動画

2 件のコメント:

星 すみれ さんのコメント...

フランス及びヨーロッパのクラシック分野の聴衆がどういう区分の人たちで絞められているのか判らないのですが。
音楽の方向が、演奏者と聴衆とが、演奏される音楽の主張を共有することが基本のポップフランセーズやロックとかブルースなどと違って、クラシックは聴いてもらう / 聴いてやる「高尚な」分野だと思い込んでいる人。あるいは「高尚な」演奏会に世俗の憂いを持ち込まないでほしいと思っている人たちなのか、と想像しました。
こちら、日本の場合は、好きな人が演奏して好きな人が聴きに来て、お互い身を削って演奏 / 鑑賞していて。
オーケストラでまともな給与体系を持っているのはおそらくN響とか一握りの団体だけでしょう。声楽・ピアノ・ヴァイオリン問わず、教職や音楽教室の経営・個人レッスンの上がりで凌ぎ、リサイタルを開けば来てくれるのは友人知人、まるで互助会のようにお互いのステージを支え合っているのが現状です。なので、ここで年金改革反対の主張は出てこないだろうな、とため息をつくのです。

Pere Castor さんのコメント...

星さん、コメントありがとうございます。
クラシックの客層はだいぶ変わってきたと思いますよ。大衆音楽並みのスターシステムで売り込むようになって高級芸術感は減少したかもしれないけれどファン層の裾野はぐっと広がったと思います。クラシック系の音楽フェスティヴァルもずいぶん増えて大衆的になってますし、1995年に創設され大変な大人気イヴェントになったナントのフォルジュルネ・フェスティヴァルは東京にまで飛び地しましたし。年を追ってハードルが下がったと言うか、身近な音楽として楽しめるようになってる感があります。フランスは大きな地方都市にもクラシック音楽向けの劇場/オーディトリアムと国立の交響楽団があり、国と地方公共団体(+地方スポンサー)がその運営を支えていますが、採算ベースが保てているとは思えません。国立のオケの団員はいわば一種の「国家公務員」なんですが、どの程度まで保証されてるんだか...。まあそういうこともあって音楽家と言えども普通の労働者で、待遇改善のために労組があって、という世界です。
マクロン大統領第1期めで頓挫した年金改革法案はこれまであったすべての特例特権をなくして(例えば公務員と民間での年金の差を撤廃する、電車機関士のような“過酷労働”ゆえの早期退職が許されていた職種の特例を撤廃するなど)一律全部同じ条件で、と提案されていたので、2019年にオペラ座のバレエダンサーたちが私たちは60歳まで踊り続けることは不可能とストライキに踏み切って(オペラ座階段でデモバレエを披露して)話題になりました。このリヨン交響楽団の声明でも、64歳まで若い時と同じ水準の演奏テクニックを保つことなど不可能と言っています。その声を聞くこともせず、黙って演奏しろ、と罵声を浴びせる(一部の)観客が多くいた、ということでこのSNS動画はその心なさを非難して“炎上”したというわけです。その後国立リヨン交響楽団はストライキに突入しました。彼らも負けてはいません。
年金改革法反対闘争は政府が強硬姿勢を崩さないので長期戦化しています。一市民として注視を続けていきます。
末筆ですが、お誕生日おめでとうございます。お元気で、よい1年を。