2021年10月27日水曜日

秋の日のキュルビヨン身にしみてひたぶるに

Thomas Curbillon "Place Sainte Opportune"
トマ・キュルビヨン『聖オポルチュヌ広場』

ちょっと覚えにくい名前キュルビヨン。レコードともラジオとも関係していた人。仏Universal Jazz の制作担当から、ジャズ専門ラジオTSFの選曲構成番組ホストへ。 2001年からもっぱらジャズ・ギタリスト&ジャズギター教授。そして20年後、これが初アルバム。長い時間かかってますが、いいんじゃないですか。
とてもはっきりした制作意図のアルバム。ジャズとシャンソン・フランセーズ。一聴してアンリ・サルヴァドールと聞き間違えるビロードの声、サッシャ・ディステル、クロード・ヌーガロ、ミッシェル・ルグラン、アズナヴール、モンタン、50年代ゲンズブール... シャンソンがジャズだった頃、ジャズがシャンソンだった頃、すなわちヴァリエテもロックもシャンソンでなかった頃、というわけです。ヴィンテージ風味の渋めクルーナーおシャンソン。
 トマ・キュルビヨン(vo, g)
 エリック・レニーニ (p)
 トマ・ブラムリー (cb)
 アントワーヌ・パガノッティ (dms)
というフレンチ・ジャズシーンの凄腕クアルテットを土台に、ステファヌ・ベルモンド (tp, bugle)をソロイストとする金管5本を加えたビッグバンド仕立てのアレンジで。制作監督には元ONJ(オルケストル・ナシオナル・ド・ジャズ = 国立ジャズ楽団)のリーダー(2008〜2013、アルバム4枚)のダニエル・イヴィネック。このメンツ見ただけで、サウンド面は絶対の保証つきのジャズアルバム。

 さて、シャンソンと来るからにはフランス語詞がたいへん重要なファクターであり、この分野ではヌーガロ、アズナヴール、ゲンズブールといった巨匠がいて、なかなかおいそれと洗練され軽妙洒脱なジャズシャンソン詞などできるものではありません。そこで起用されたのがキュルビヨン同様のラジオの人、今年開局50周年を祝っているわが最愛の国営ラジオFIPの甘美な声のアニマトリス、ガエル・ルナール(右写真)なのでした。同局の名物番組(毎夕19時から20時)の"CLUB JAZZ A FIP"の進行をつとめるなど、ジャズには精通した人。またジャーナリストとしてマリークレール誌などに筆を振るうほか、エッセイ本3冊の著者でもある。しかし何よりもFIPの電波上で披露される機知と含蓄と遊び感覚あふれる語り、甘く優しく時にはセクシーなその声が最大の魅力。そんなガエル・ルナールがこんな歌詞を書くとは、たいへんな(うれしい)驚きでした。(↓)1曲め「レアはうんざり Léa est lasse」
Léa est lasse, hélas レアはうんざり、ひどいわね
Elle trouve l'amour fugace 恋なんて束の間のこと
Mais les traits de Théo でもテオのことには 
ne la laissent pas de glace 冷ややかになれない

Léa est lasse, hélas  可哀想に、レアはうんざり
D'attendre ça l'agace 待つことなんてもうたくさん
Dans la vie de Théo テオとの生活に
Elle aimerait plus de place もっと自分の場所があれば

Et moi qui suis son confident そして俺は彼女の相談相手
Je l'écoute et je me morfonds 聞いてやるがその話にはいらいらする
Car je n'trouve pas intelligent  悪い男ばかり好きになるのは
De n'aimer qu'les mauvais garçons 賢いことじゃないよ

Et voilà que je perds mon temps こうやって彼女をなだめすかして
A tenter de la rassurer 俺は時間を無駄にするのさ
Si seulement j'étais plus confiant もうちょっと自分に自信があれば
Je tenterais de l'embrasser 彼女にキスしようとするんだろうが
Mais je ne fais rien, et je me tais 何にもしないで黙っている俺

Léa trépasse, hélas  なんてこった、レアは逝っちゃったよ
Tuée par contumace 欠席裁判で死刑
Le texto de Théo テオが送った携帯メールで
L'a fusillée sur place レアはその場で昇天

 
仏語わかる人は原文見てくださいね。「レア・エ・ラス、エラス」という第一行から、すぐれた言葉遊びと押韻のセンスがわかると思います。たったこれだけで、恋は異なもの、愚かなゲーム、という雰囲気を気怠い大人ジャズで表現。
 アルバムは全9曲36分という、最近の"アルバム”サイズ。古い人間なので、もっと曲数多くて長いアルバムであってほしいが、このごろはそうもいかないらしい。詞ガエル・ルナール/曲トマ・キュルビヨンのオリジナル曲が6曲、大スタンダード曲「小さな花 Petite Fleur」(シドニー・ベシェ)(3曲め)、アズナヴールのデビュー当時(1953年)の楽曲"Et bailler et dormir”(4曲め)、そしてクロード・ヌーガロ1967年作の"Berceuse à pépé”(9曲め)という構成。
 アルバムタイトルになっている"Place Sainte Opportune(聖オポルチュヌ広場)"は、パリ一区シャトレ地区に実在する広場で、ジャズファンにはパリのジャズクラブの老舗「プティ・トポルチュン(Petit Opportun)」で知られる場所。シャトレ〜レ・アール地区にはほかにも多くの小さなジャズクラブがあり、100年近くジャズの都パリの風景を作っているところです。
 ガエル・ルナールの詞による「聖オポルチュヌ広場」はかなり高踏で、象徴がいっぱいなのですが、昆虫学者の女性が「私」を砂漠の蝶々ようにあみでとらえ針で標本にされ、気がついたら聖オポルチュヌ広場で羽を休めていたというイメージ。この探検家の女性がこれは甘美な愛だと言いながら、「私」の魂や憂鬱な悪を取り去っていく、なにやらボードレール的詩情。難しくて訳せないので、放っておきます。
 それに比べたらずっと平易でスムーズな歌で、私がこのアルバムで最も好きなのが「Berçons (揺らそう)」という歌 :
恋人よ、僕の腕の中へおいで、そして揺すろう
幻想や失望を揺すって放り出そう
人生はロッキングチェア、さあ揺らそう

恋人よ、僕の腕の中へおいで、そして揺すろう
烈火のような怒りや恨みを揺すって放り出そう
人生はブランコ椅子、さあ揺らそう

涙や僕たちにはふさわしくないシワを放り出そう
さあ揺らそう

恋人よ、僕の腕の中へおいで、そして揺すろう
新しい夢を揺らそう、仲直りしよう
人生は大空中ブランコ、
さあよくつかまって、そして揺すろう



 トマ・キュルビヨンの衒いのないクルーナー・ヴォーカルと、ジャック・ドミー/ミッシェル・ルグラン映画の一シーンのような映像が見えてきそうな上下に揺れるメロディー、ステファヌ・ベルモンドのソフト&クールなバグル・ソロ。人生は大空中ブランコ。大きな大きな振幅であることよ。
 2021年秋に出た、So French なヴォーカル・ジャズ・シャンソンアルバム。これはおセンチなフレンチ好きにはたまらない1枚でしょう。傑作アルバム"Chambre avec vue"(2000年)以降のアンリ・サルヴァドールがまさに21世紀的なクルーナー・シャンソンだったのに比べれば、キュルビヨンは20世紀中期ど真ん中のそれ。秋冬に聴くべき音楽。

<<< トラックリスト >>>
1. Léa est lasse
2. Place Sainte Opportune
3. Petite fleur (Sidney Bechet)
4. Et bailler, et dormir (Aznavour)
5. Oxymore
6. Berçons
7. La môme bling-bling
8. Sale gosse
9. Berceuse à pépé (Claude Nougaro)

THOMAS CURBILLON "PLACE SAINTE OPPORTUNE"
LP/CD/DIGITAL JAZZ & PEOPLE JP821003
フランスでのリリース:2021年10月8日

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)トマ・キュルビヨン『聖オポルチュヌ広場』ティーザー

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