2020年11月10日火曜日

心のとーびら

Gaël Faye "Lundi Méchant"
ガエル・ファイユ『むかつく月曜日』

1982年ブルンジ生まれ、ルワンダ人の母とフランス人の父を持つ混血のラッパー/シンガー・ソングライター/作家のガエル・ファイユに関しては、私は2016年の初小説(でベストセラー)『プティ・ペイ(小さな国)』以来絶賛しかしていないし、たいへんな大器であると信じて疑わない。2013年のファーストフルアルバム『唐辛子の乗ったクロワッサン(Pili pili sur un croissant au beurre)』から7年後のセカンドアルバムである。2つのアルバムの間は、小説『プティ・ペイ』の話題でいっぱいであったし、小説は映画化もされたが、音楽アーチストとしても2018年のヴィクトワール賞("Révélation scène" ライヴパフォーマンスへの賞だったのはレコード会社とのトラブルで新譜が出せなかったからと理解している)を取っているし、私はカフェ・ド・ラ・ダンスやラ・セーヌ・ミュージカルで3回ステージを見ている。しなやかな長身、両腕両脚を優美に用いる、歌って踊れるスターである。”ラップ/ヒップホップ"とはやや距離があるのだ。その点に関しては文句があるわけではない。それはサウンドを構築している長年のパートナーであるギヨーム・ポンスレ(1978年グルノーブル生れのジャズピアニスト/トランペッター)が織りなす緻密で博識でオールドスクールで折り目正しい"音楽”によるものであり、SKYROCKで聞こえるフレンチラップとは明確に異なるものだ。その文学性も含めてMC ソラール寄りで、中高年が深々と椅子に腰掛けて腕組みしながら聴いてもいいものなのだ。
 新作『むかつく月曜日(Lundi méchant)』は14曲、どれをとってもみな素晴らしい。私は何も言うことがない。だから同志たちはためらわずにこのアルバムを入手するべきだ。私がその感動をギャランティーする。その中で一曲だけ明らかに他と異なるものがある。8曲め"Seuls et vaincus(孤立して敗北する)"である。この詞だけがガエル・ファイユ作ではない。詞ではなく、むしろ"詩”と称するべきだろう。作者はクリスティアーヌ・トービラ、政治家であり、オランド大統領時代の法務大臣(在任2012〜2016年)だった女性である。その5年の大統領治世はもぱっら左派を落胆させることばかりだったオランド時代にあって、唯一歴史的な大革新として評価される同性婚法("Mariage pour tous"万人のための結婚法、別名トービラ法)を成立させたのが彼女だった。海外県ギュイアーヌ出身のクレオール系黒人であるため、同法に反対するカトリック十全主義勢力や極右政党や団体から人種差別攻撃を受けていた。国会答弁の際に哲学者の箴言や古典詩の一節を引用するなど、その文学に対する造詣の深さはよく知られるものであり、ネグリチュードの詩人エーメ・セゼールを敬愛し、自らも小説や詩集を発表する文芸人である。そのトービラを十代の頃から敬愛していたというガエル・ファイユが初めて彼女と面と向かったのは、2018年4月、国営テレビFrance 5の文芸番組"ラ・グランド・リブレーリー"のメイン出演者としてであった。そんな経緯でファイユが新アルバムのために「僕がつくる曲とマッチしそうな詩がありませんか?」と願い出たら、送られてきたのがこの21行の詩。ファイユは即座にこれがトービラが政治家/大臣として受けていた激しいレイシズム攻撃への詩的返答であると理解し、衝撃を受ける。
あなたたちは孤立し敗北するだろう、人々の脈動に耳を貸さぬ者たち
人々のしゃっくりの音、浮き沈み、無気力に肩をすぼめる音
水底を覆う砕かれた骨の数々を拾い集める音が聞こえない者たち

あなたたちは孤立し敗北するだろう、このしつこい生命のかけらたちを見ようとしない者たち、
それらは絡み合い、その愛は飽くことを知らない
引き裂かれてもなお、その夢の頂きによじ登ろうとする命が見えない者たち

あなたたちは孤立し敗北するだろう、幼稚な罵詈雑言を立てる者たち
地球の粗い殻の上を蠢くわれらの彷いに無頓着な者たち
希望につながった鼓動が途切れてしまうことに無関心な者たち
 
あなたたちは孤立し敗北するだろう、なぜなら足や肌やさよならの記憶は
長く長く続くのだから、そしてこの移りゆく時にあっても
あなたたちは決めつけ分断し、白と黒だけの世界をつくっている

あなたたちは孤立し敗北するだろう、あなたたちの角笛と猟犬の吠え声、
あなたたちの信条、紛いもので寄せ集めの権威など何も救いはしない
頑強なわれらの命の閃光はあなたたちの腹の内を照射するだろう

あなたたちの陽気で闊達な子たちはわれらの子たちと共に歌い共にロンドとファランドールを踊るだろう 警戒心を捨て、共に愛し合いながら
あなたたちに玉のように輝く孫たちをもたらして、あなたたちを罰するだろう

あなたたちは孤立し敗北するだろう
われらの現在が熱情に燃え上がり、われらの未来が白熱しているなら
この単純でかつ複合的な過去を生き延びてきた博愛のおかげをもって
われらの燃える思いは無敵なのだから

最後の行 "Grâce à la tendresse qui survit à ce passé simple et composé"は仏語文法用語の"passé simple"(日本語で"単純過去"と訳される)と"passé composé"("複合過去")を引き合いにして、あらゆる歴史的過去に絶えることのなかった慈愛・博愛・優愛(la tendresse ラ・タンドレス)の加護があれば、現在も未来もわれらの滾る思いは決して負けない、という結語。これがトービラのレイシストたちへの答えである。
ガエル・ファイユはこの歌のアウトロにメリッサ・ラヴォー(ハイチ系カナダ人シンガー・ソングライター)による英語詞(ラヴォー作)のヴォーカルをもってくるが、これがまたいい。
While you're holding on to your bones
Holding on to what you know
We won't make the same mistakes
Stakes are high we claim our fates
While you're holding on to your bones (seuls)
Holding on to what you know
We won't make the same mistakes (seuls)
Stakes are high we claim our fates (vaincus)
While you're holding on to your bones (seuls)
Holding on to what you know (vaincus)
We won't make the same mistakes (seuls)
Stakes are high we claim our fates
私はこの歌だけでこのアルバムはものすごいものになったと思っている。文学も音楽も政治も身のこなしも、私はこの長身の褐色の青年をずっと信頼し続けると思う。

<<< トラックリスト >>>
1. Kerozen (↓クリップ)
2. Respire (↓クリップ)
3. Chalouper
4. Boomer
5. Only way is up
6. Lundi méchant(↓クリップ)
7. C'est cool
8. Seuls et vaincus (↑)
9. Lueurs
10. Histoire d'amour
11. NYC
12. Jump in the line
13. Zanzibar
14. Kwibuka

Gaël Faye "Lundi Méchant"
Believe CD/2LP/Digital
フランスでのリリース:2020年11月6日

カストール爺の採点:★★★★★


(↓)"Kérozen" オフィシャルクリップ。


(↓)"Lundi méchant" オフィシャルクリップ。


(↓)"Respire" オフィシャルクリップ


(↓)アルバム"Lundi méchant"へのクリスティアーヌ・トービラの参加について語るガエル・ファイユ

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