2020年11月28日土曜日

元気でルースがいい

Lous & The Yakuza "Gore"
ルース&ザ・ヤクザ『ゴア』

器はまたもやベルギーからやってくる(ストロマエ、アンジェル...)。大器はまたもやアフリカからやってくる(ストロマエ、ガエル・ファイユ、アヤ・ナカムラ...)。
なぁんてね、アーチストを地域や出自に限定してそこだけ強調すると、「この人"ワールド"かぁ」で納得されてしまう。あんなとこから出てきたわりには洗練されてんじゃん、みたいな"上から批評"を誘発する。いやだいやだ。それはそれ。
1996年5月27日、マリー=ピエラ・カコマはRDCコンゴルブンバシで生まれた。産婦人科医の父親はコンゴ人、小児科医の母親はルアンダ人。後述するルース&ザ・ヤクザの歌「ソロ」の歌詞の中で「6(シス)0(ゼロ)は独立の年」と叫び、すなわち1960年にコンゴは独立したのに、その後ほぼ絶えることなく、内戦や民族紛争が続いていることを嘆いているが、その事情はカコマ家に直接降りかかっていて、1998年の第二次コンゴ内戦の際、マリー=ピエラの母親はルアンダ人であるという理由だけで2ヶ月間投獄されている。不安定な政情下にあっても医師家は文化的に恵まれていたようで、クラシック音楽の愛好家であった父の影響でマリー=ピエラは幼少から音楽を習い始め(ウィキペディアの記述によると)少女は7歳で作曲ができた、と。しかしこの音楽への傾倒が過ぎることを両親はよく思っておらず、その子供たちが両親と同じ医学の道を歩んでほしいと願っていた。一家はRDCコンゴの不安定な状況に振り回され、釈放された母親の身の安全を求めて家族の一部(母と子供ひとり)はベルギーのブリュッセルに移住し、その2年後の2000年にマリー=ピエラを含む子供たち全員がブリュッセルの母に合流するが、父親はRDCコンゴに留まっている。2005年一家全員は母の母国ルアンダに移住するも、6年後最終的にブリュッセルに居を定めている。この時マリー=ピエラ15歳。
 ここからマリー=ピアラのバイオグラフィーの暗部に入る。「私は両親をうんざりさせていた、他の子供たちと全く違っていたから、私は大声で歌い、いつも自己表現をしていないと気がすまなかったし、怪しげな友だちづきあいもしていた。」(テレラマ誌2020年10月21日号インタヴュー。同号表紙→)
 ブリュッセルの寄宿学校に入った彼女は優秀な成績でバカロレアを取得するが、すべてを投げ出してミュージシャンになるために動き始める。両親は激怒し、日本式にあてはめれば「勘当」を言い渡し、金銭援助を絶ってしまう。19歳マリー=ピエラは怒りをバネにストリート生活者となる。1年の彷徨生活、暴行も受け、転落しきった。「私は世の中すべて、神、人生に対して怒りでいっぱいだった。人は私が激烈すぎると言い、私のことを怖がった(... )私は誰にも負い目をつくりたくなかったからすべての援助を拒否した。私のことを全面的に受け付けてくれない人たちの世話にはなりたくなかった。でもある日友だちが人は意見を変えることができるのよ、あらゆる判定は決定的なものでも永遠のものでもないのよ、と説得してくれた。私はナミュールにいた私の姉を訪ねていったら、彼女は何も聞かずに両腕を広げて私を迎え入れてくれた。」(同インタヴュー)。彼女には受けた衝撃から回復していく天賦の能力があると言う。今年新型コロナウィルス禍でよく聞かれた "résillience(レジリアンス)"という言葉である。打たれ強く衝撃に打ち勝つ絶対的な能力、これを彼女は "don de résillience absolue"と呼ぶ。後述するが、デビューアルバムタイトルの"Gore”とはそういうテーマなのである。"ゴア”という映画ジャンルはフランス語圏でもスプラッター系ホラー映画のことを意味するが、これは怖いもの見たさのエンターテインメントであり、本物の残虐ではない。ある種のユーモア感覚が介在しなければ成立しない。彼女がこの歌で「すべてはゴア」と超速でリフレインするのは、本物の悲惨や残虐を跳ね返すものがゴアの意味に込められているからなのである。
 マリー=ピエラはストリート生活の果てにブリュッセルの小さな録音スタジオに住み着くようになり、さまざまなバイト(主にマヌカン)で飛び回りながらも、そのスタジオで音楽制作に没頭し、3年間で52曲録音し、7枚のEPを発表している。
 さて、ブリュッセルにはベルジャン(仏語)ラップシーンを急激かつ強烈に盛り上げてしまった重要アーチスト、ダムソ(Damso)という男がいるのだが、彼がまたRDCコンゴのキンシャサ出身なのである。今やベルギー/フランス/カナダ/RDCコンゴ/コートジボワールでスーパースターとなっているこのラッパーが、マニフェスト的にブリュッセルのシーンを描いてその人気を決定づけたメガヒット曲が"Bruxelles Vie"(2016年)である。このクリップ(↓)にマリー=ピエラの姿が何度もフィーチャーされている。マリー=ピエラ、20歳。


 ステージネームの "Lous"は英語の魂"Soul”のアナグラム。ひとりのアーチストなのに"Lous & The Yakuza"とバンドのように名乗っているのは、クリスティーヌ&ザ・クイーンズと同じノリなのだろうと思う。音楽アーチストとしての彼女の作品および表現行為はひとりでなされるわけではなく、常にクレアシオン・コレクティヴ(集団的創造)であるとする考え方。サポートミュージシャンやエンジニアやステージスタッフたちを含めた「ルースと仲間たち」がアーチストを形成している、とね。アフリカンアメリカン流儀では「ルース&ザ・ギャング」となるところだろうが、同じ意味会いを日本マンガと日本アニメの大ファンであるマリー=ピエラの流儀で「ルース&ザ・ヤクザ」とした。"ヤクザ”の意味は彼女の理解では花札の8+9+3という役にならない負け札であることから、敗者=ルーザーであると定義している。悪党/悪漢の意味よりも敗者として社会の周辺に追いやられた人々との意味を重要視する。このことは彼女の歌に登場する社会的メッセージとも大きく関係していて、マージナルな人々、社会から忘れられた人々、人種ほかの理由で差別されている人々、ロマ、LGBTQIA+... を擁護する姿勢を明らかにしていることを"ヤクザ”は象徴している。(これは日本では通用しないだろうな)
 2017年暮れ、22歳でSony Musicと契約。2018年バルセロナ人アーチスト(シンガーソングライター/エンジニア/プロデューサー)エル・グインチョロザリアのプロデューサー)と邂逅。2019年9月、エル・グインチョとの初の共作シングル「ジレンマ(Dilemme)」発表、たちまちSpotifyで1千万回再生、YouTubeで4百万ビュー.... (↓オフィシャルクリップ)

文句なくキャッチーな曲。日本のシンガーソングライターが書きそうな折り目正しい起伏のメロディーライン。私的体験に基づいたひとりで生きることへの省察(↓歌詞)。

憎しみが増せば増すほど
その分だけ人は私を苦しませる

私がもはや楽しみごとをしなくなったって

それはたいしたことじゃない
ルース、あんた平気なの?
人生は犬よ、鎖でつなぎとめておかなきゃ

生きることにつきまとわれる
私をとりまくすべてのものが、私をむかつかせた

失敗したら最初からやり直し
悲しくなったら歌うの

決して私のすべてを出してはいけない
この世界では王は悪魔
あの娘たちは私には不運が憑いていると言う

冗談なしで“という言い方はルースなしで”に変わった
ひとり、ひとり、たったひとり

できるんだったらたったひとりで生きていくわよ
問題やジレンマから遠く離れて

ナ、ナ、ナ、ナ、ナ...
できるんだったらたったひとりで生きていくわよ

私を縛る鎖や私の好きな人たちと遠く離れて

ナ、ナ、ナ、ナ、ナ...

もしも私が足を止めて、舞台に立たなくなったら

私を元の場所に放っておいてほしい

私が源泉に身を浸せるように

私の傷は血を噴き出し、私の血は頭に上っていく

私は同じままよ、たとえ何が起ころうと

憎しみが増せば増すほど
その分だけ人は私を苦しませる

私の肌の色は黒じゃない、漆黒色よ
ルース、あんた平気なの? あんた単に戦争をしてるだけ?
あんたは完璧じゃない、あんたも人間だから間違いはある

ひとり、ひとり、たったひとりになりたい
たったひとりに
できるんだったらたったひとりで生きていくわよ

問題やジレンマから遠く離れて
ナ、ナ、ナ、ナ、ナ...
できるんだったらたったひとりで生きていくわよ

私を縛る鎖や私の好きな人たちと遠く離れて

ナ、ナ、ナ、ナ、ナ...

私が進めば進むほど、多くの人を追い越してしまう
あんたが私の早さについてこれないのは残念ね

踊っているとどっちの足で踊っているのかすらわからなくなる
斬新すぎる黒人がまたひとり、世の迷惑よね

メロディーは私を揺さぶり、私を蝕む
ひとつひとつの言葉が私に突き刺さる

だから私は深く潜るの
私の夢の深海で

闇の中で私は泳ぎ、溺れてしまう
できるんだったらたったひとりで生きていくわよ

問題やジレンマから遠く離れて
ナ、ナ、ナ、ナ、ナ...
できるんだったらたったひとりで生きていくわよ

私を縛る鎖や私の好きな人たちと遠く離れて
ナ、ナ、ナ、ナ、ナ...
ひとり、ひとり、たったひとりになりたい

「斬新すぎる黒人がまたひとり現れたね、世の中にはいい迷惑」という一行がとても効いている。このルースは良い詞を書く。

 続いてエル・グインチョとの共作の第2弾、2019年12月発表の「すべてはゴア(Tout est gore)」(↓オフィシャルクリップ)


”ゴア”とは上に述べたようにスプラッター/ホラー映画に由来する血だらけでグロな状態を形容する言葉だが、ルースの文脈ではエンターテインメントとしてゴア映画を”楽しむ”ように、ゴアな瞬間瞬間を乗り越える(忘れる)方向性が示される。すべてはゴア だけど、なんてことないわ、という人生観。このクリップではフォトジェニックなマヌカン(ChloéLouis Vuitton などの顔になっている)の特性を生かして七変化しているが、きれいな顔も体も表現に長けた素晴らしい素養である。歌詞(↓)

ちょっと前からそれは感じていた(ウー)
梯子をよじ登るのは時間がかかる(ウー)
遠出をするのって、ちょっと興奮するわ(ウー)
あんたは息切れするってことめったにないわね(ウー)

私が何も怖くないってこと、人には厄介よね(ウー)

あんたが言うこと、あまり重要じゃないわ(ウー)
私の狂気に期待してね、すごいわよ

“Ma jolie”
なんて呼ばないでね、私の仲間は熱いわよ

私の言葉だけであんたの信頼なんてぶち壊し
今を生きてそして忘れちゃうの、すべてはゴアだから

すべてはゴア、すべてはゴア

すべてはゴア、すべてはゴア

箱の中で転がって、転がって

全速力で生きることを考えて
箱の中で転がって、転がって

全速力で生きることを考えて

箱の中で転がって、転がって
箱の中で転がって、転がって
すべてはゴアで、ゴアに終わってしまう

そう私の体に刻み込まれている

私は正しく、あんたは間違い、すべてはゴア、すべてはゴア

すべてはゴア、すべてはゴア

すべてはゴア、すべてはゴア
すべてはゴアで、ゴアに終わってしまう

そう私の体に刻み込まれている

私は正しく、あんたは間違い、すべてはゴア、すべてはゴア
すべてはゴア、すべてはゴア

すべてはゴア、すべてはゴア

私は今に生きてるの、過去なんかじゃない(ウー)
あの娘のお尻の振り方はなってないわ(ウー)

私たちは大昔からトゥワークを踊っているのよ(ウー)

なにも特別なことじゃない、私たちはこの瞬間に生きている(ウー)

あんたたちは私たちのエネルギーを無意味に失ってる(ウー)

私はまじ正直にそう罵ったのよ(ウー)
私の狂気に期待してね、すごいわよ

“Ma jolie”
なんて呼ばないでね、私の仲間は熱いわ

私の言葉だけであんたの信頼なんてぶち壊し
今を生きてそして忘れちゃうの、すべてはゴアだから

すべてはゴア、すべてはゴア
すべてはゴア、すべてはゴア


さらに第3弾のシングル「ソロ」が2020年4月に発表される。のちにリリースされるアルバム『ゴア』にも含まれているが、私はアルバム全曲中、この「ソロ」に最も深い感銘を受けた。これはアフリカの悲しみである。(↓オフィシャルクリップ)

この歌で重要な歌詞は2カ所。「虹の7色の中にどうして黒は入っていないの?」と「1960年は独立の年」。美しいもののシンボルのように言われる虹には黒色が含まれない。この"美”の価値観はいつまでたっても覆されない。めげそうにならないか? これを問う人たちと問わない人たちがいる。歌詞最終部で「ねえ、言ってみてよ、何があなたの気に入らないの?/あなたの視線でわかるよ、あなたの心が凍っていくのが」と言っている。(↓歌詞)

人がなんと言おうとみんなソロのままよ
人がどんなことをしようとみんなソロのままよ(ice ice

ソロ、ソロ (ice ice)
ソロ、ソロ
生まれた時から私たちは素晴らしいことばかり約束されてきた
口をつぐみ、根本を忘れ去るという条件で
永遠の父を除いて、誰に助けを求めろと言うの?

虹の7色の中にどうして黒は入っていないの?

神が私を復讐の道から遠ざけんことを

彼らに同じ仕打ちをすること、それにはそそられるわ

私の声がみんなに聞こえるように、叫ばないといけないの?
1960
年、それは独立の年だったのよ

いつも言い争わなければならない(Nan nan

いつも身を守らなければならない (Nan nan nan)
死滅するまで戦う (eh)
誇りが高すぎるから (eh)
人がなんと言おうとみんなソロのままよ

人がどんなことをしようとみんなソロのままよ(ice ice

ソロ、ソロ (ice ice)
ソロ、ソロ
絶対に彼らに復讐しないためにはどうしたらいいの?

友愛の絆を通して理解するということが誰にもできないなんて

ある人たちは私たちを敵と見なし続けている
虹の7色の中にどうして黒は入っていないの?
神が私を復讐の道から遠ざけんことを

彼らに同じ仕打ちをすること、それにはそそられるわ

私の声がみんなに聞こえるように、叫ばないといけないの?
1960
年、それは独立の年だったのよ
ねえ、言ってみてよ、何があなたの気に入らないの?
あなたの視線で感じるよ、あなたの心が凍っていくのを
ねえ、言ってみてよ、何があなたの気に入らないの?
あなたの視線で感じるよ、あなたの心が凍っていくのを

1960年独立以来、内戦/民族紛争で平和な時がなかなか訪れないアフリカの国々、いがみ合う人たち、肌の色で視線をゆがめてしまう人たち、悲しみと共にルースは見ている。「ソロ」とはどんな意味だろうか、と想像してみよう。

 アルバム『ゴア』は当初2020年6月リリースが予定されていて、それに伴う夏から秋にかけてのヨーロッパツアーが組まれていたが、新型コロナウイルス感染拡大ですべて中止になった。全10曲トータルランタイム30分という短いアルバムであるが、不足はない。上に紹介した3曲を除いた残り7曲もクオリティーは高い。インターネットとテレビでのプロモーションに支えられて、最終的に2020年10月16日にフランスでリリースされた。憂いも怒りも悲しみも前に進みたいという渇望もある24歳の(美しい)漆黒色の肌の女性。マンガ/アニメを通して親しんでいる日本にはいろいろな想像をしているようだ。ルースがこれまでの人生で最も強い感動を受けた歌は、アニメ『サムライチャンプルー』の挿入歌として聴いた朝崎郁恵の「おぼくり ええうみ」だったという。いいじゃないですか。

<<< トラックリスト >>>
1. Dilemme
2. Bon acteur
3. Téléphone sonne
4. Dans la hess
5. Tout est gore
6. Amigo
7. Messes basses
8. Courant d'air
9. Quatre heures du matin
10. Solo
 
Lous and the Yakuza "Gore"
LP/CD/Digital Columbia/Sony Music
フランスでのリリース:2020年10月16日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)"Solo" (Acoustic live TARATATA)

0 件のコメント: