Gaël Faye "Pili Pili Sur Un Croissant Au Beurre"
ガエル・ファイユ『唐辛子の乗ったクロワッサン』
2016年秋、ガエル・ファイユの初小説『プティ・ペイ(小さな国)』(グラッセ刊, 2016年8月)は大変な話題となっていて、FNAC小説賞を受賞したあと、フランスの権威ある文学賞であるゴンクール賞とメディシス賞の候補に選ばれ、ベストセラーを続行中。この小説についてはOVNI2016年9月15日号の「しょっぱい音符」で紹介したので、詳細はそちらにゆずるが、ガエル・ファイユの自伝的なフィクションで、ルアンダ人の母とフランス人の父の間にブルンディで生まれた主人公ガブリエルの幸福な少年時代が、90年代に始まる政変、クーデター、大統領暗殺、フツ族とツチ族の民族紛争から大虐殺へと進展していく歴史に巻き込まれていく10歳から13歳の日々が描かれている。素晴らしいテンポ、小気味良く出て来るアフリカ的ボキャブラリーと言い回し、少年のナイーヴさと大地の子供のしたたかさ、平和から大惨劇までを当事者として見つめる観察眼.... 大変な小説の登場だと思った。
この当年34歳の作者は、音楽アーチストとして2008年から活動していて、 ラップ、スラム、ヒップホップのシーンではかなり知られている(ということを私は知らなかった)。カメルーン系フランス人のエドガール・セクロカ(aka シュガ)とのデュオ「ミルク・コーヒー・アンド・シュガー」を経て、2013年にガエルがソロアーチストとして発表したアルバムがこの "PILI PILI SUR UN CROISSANT AU BEURRE"。メジャーの仏ユニヴァーサル傘下のモータウン・フランスから。このレーベルはかのベン・ロンクル・ソウルが稼ぎ頭で、ガエルのこのデビュー・アルバムにもベン・ロンクル・ソウルがゲスト参加している。
さてかく言う私はあの小説を読んだあとで、このガエルのアルバムを3年遅れで発見したというわけなのだ。アルバムの12曲めに未来の小説と同じ題の「プティ・ペイ」というトラックがあるように、このアルバムもまたこの青年の私小説的に、アフリカ、混血、ブジュンブラ(ガエルが生まれ育ったブルンディの首都)、99%の得票率で選ばれる大統領...など小説『プティ・ペイ』に現れる原風景があちらこちらに。冒頭の「A-France(アフランス)」(アフリカとフランスの結造語)から、タンガニーカ湖で一緒に遊んだ悪ガキ仲間の思い出がどれだけ恋しいかを歌うのだが、アフリカとフランスに身を裂かれてしまっていることを死ぬほどの苦しみと言う。フランスの血とアフリカの血の融合によって本来ならば溶け合ったもののはずなのに、この混血は「分離」していると歌う10曲め「メティス」。
詞の世界もさることながら、サウンド構成や曲作りもかなり手が混んでいて、その仕掛人はギヨーム・ポンスレという作編曲家プロデューサー/キーボディスト/トランぺッターである。1978年グルノーブル生れのポンスレは、ミュージシャンとしてはもっぱらジャズの世界にいた人で、2011年までONJ(オルケストル・ナシオナル・ド・ジャズ)の一員だった。こちら側の世界ではMCソラールやミッシェル・ジョナスなどと仕事してきた人だが、ガエル・ファイユとはミルク・コーヒー&シュガー以来作編曲プロデュースでペアを組んでいる。ポンスレはこのガエルの初ソロアルバムのために、28人のミュージシャンを集め、録音はパリとブジュンブラ(ブルンディ)で行われている。大きなプロジェクトだったのだ。ブルンディの演劇/映画人/ミュージシャンのフランシス・ムイレ(「プティ・ペイ」)、セネガルのジュリア・サール(「スローオペレーション」)、アンゴラのボンガ・クエンダ(「大統領」)、南アフリカ・ジョハネスバーグのヒップホップバンド、トゥミ&ザ・ヴォリューム(「ブレンド」)、RDC(キンシャサ・コンゴ)のピチェンス・カンビロ(「アフランス」)、フランス人シンガーソングライター/フランソワ・グロワンスキから(偽)セネガル人ミュージシャンに転身したウースマン・ダネジョ(「メティス」)、 そしてフランス随一のソウルマン、ベン・ロンクル・ソウル(「イシンビ」)といった人たちがドンピシャの場所にいてガエルをサポートしている。
あの本の後なので、私の興味は真っ先に12曲め「プティ・ペイ」に向かうわけだが、「小さな国、おまえは押しつぶされてしまったが死ななかった。おまえは苦しんだがその苦しみはおまえを倒すことはなかった」と満身創痍でも立ち続けた小国ブルンディをいとおしむ。自分自身も引き裂かれたままなのに。勇気ある大作アルバム。もっともっと知られるべき1枚。小説が引き金になったとは言え、こうやって3年後にアルバムを手にする人たちは少なくないはず。
<<< トラックリスト >>>
1. A-France (feat PYTSHENS KAMBILO)
2. Je Pars
3. Ma Femme
4. Slow Operation (feat JULIA SARR)
5. QWERTY
6. Blend (feat TUMI)
7. Charivari
8. Fils Du Hip Hop
9. Isimbi (feat BEN L'ONCLE SOUL)
10. Métis (feat OUSMAN DANEDJO)
11. Président (feat BONGA)
12. Petit Pays (feat FRANCIS MUHIRE)
13. Bouge à Buja
14. Pili Pili Sur Un Croissant Au Beurre
15. L'ennui Des Après-Midi Sans Fin
GAEL FAYE "PILI PILI SUR UN CROISSANT AU BEURRE"
CD Mercury/Motown/6D Production 3701593
フランスでのリリース:2013年2月
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)ガエル・ファイユ「プティ・ペイ」
(↓)ガエル・ファイユ「メティス」
ガエル・ファイユ『唐辛子の乗ったクロワッサン』
2016年秋、ガエル・ファイユの初小説『プティ・ペイ(小さな国)』(グラッセ刊, 2016年8月)は大変な話題となっていて、FNAC小説賞を受賞したあと、フランスの権威ある文学賞であるゴンクール賞とメディシス賞の候補に選ばれ、ベストセラーを続行中。この小説についてはOVNI2016年9月15日号の「しょっぱい音符」で紹介したので、詳細はそちらにゆずるが、ガエル・ファイユの自伝的なフィクションで、ルアンダ人の母とフランス人の父の間にブルンディで生まれた主人公ガブリエルの幸福な少年時代が、90年代に始まる政変、クーデター、大統領暗殺、フツ族とツチ族の民族紛争から大虐殺へと進展していく歴史に巻き込まれていく10歳から13歳の日々が描かれている。素晴らしいテンポ、小気味良く出て来るアフリカ的ボキャブラリーと言い回し、少年のナイーヴさと大地の子供のしたたかさ、平和から大惨劇までを当事者として見つめる観察眼.... 大変な小説の登場だと思った。
この当年34歳の作者は、音楽アーチストとして2008年から活動していて、 ラップ、スラム、ヒップホップのシーンではかなり知られている(ということを私は知らなかった)。カメルーン系フランス人のエドガール・セクロカ(aka シュガ)とのデュオ「ミルク・コーヒー・アンド・シュガー」を経て、2013年にガエルがソロアーチストとして発表したアルバムがこの "PILI PILI SUR UN CROISSANT AU BEURRE"。メジャーの仏ユニヴァーサル傘下のモータウン・フランスから。このレーベルはかのベン・ロンクル・ソウルが稼ぎ頭で、ガエルのこのデビュー・アルバムにもベン・ロンクル・ソウルがゲスト参加している。
さてかく言う私はあの小説を読んだあとで、このガエルのアルバムを3年遅れで発見したというわけなのだ。アルバムの12曲めに未来の小説と同じ題の「プティ・ペイ」というトラックがあるように、このアルバムもまたこの青年の私小説的に、アフリカ、混血、ブジュンブラ(ガエルが生まれ育ったブルンディの首都)、99%の得票率で選ばれる大統領...など小説『プティ・ペイ』に現れる原風景があちらこちらに。冒頭の「A-France(アフランス)」(アフリカとフランスの結造語)から、タンガニーカ湖で一緒に遊んだ悪ガキ仲間の思い出がどれだけ恋しいかを歌うのだが、アフリカとフランスに身を裂かれてしまっていることを死ぬほどの苦しみと言う。フランスの血とアフリカの血の融合によって本来ならば溶け合ったもののはずなのに、この混血は「分離」していると歌う10曲め「メティス」。
J'ai le cul entre deux chaises, j'ai décidé de m'asseoir par terre.このようなテーマは同じような混血だが、ルアンダ人(父)とベルギー人(母)の間に生まれたベルギーのスーパースター、ストロマエにも繰り返し現れるものである。ガエルとストロマエに共通する「引き裂かれ」の事件は、ルアンダとブルンディでの大虐殺であるが、ストロマエの場合はその父がその事件で死に、少年ガエルは自身がそれを実体験した。この二人はこの後も歌や小説でそれを語り続けるだろう。
僕の尻は二つの椅子の間にあるんだが、僕は地べたに座ることに決めた
("Métis")
詞の世界もさることながら、サウンド構成や曲作りもかなり手が混んでいて、その仕掛人はギヨーム・ポンスレという作編曲家プロデューサー/キーボディスト/トランぺッターである。1978年グルノーブル生れのポンスレは、ミュージシャンとしてはもっぱらジャズの世界にいた人で、2011年までONJ(オルケストル・ナシオナル・ド・ジャズ)の一員だった。こちら側の世界ではMCソラールやミッシェル・ジョナスなどと仕事してきた人だが、ガエル・ファイユとはミルク・コーヒー&シュガー以来作編曲プロデュースでペアを組んでいる。ポンスレはこのガエルの初ソロアルバムのために、28人のミュージシャンを集め、録音はパリとブジュンブラ(ブルンディ)で行われている。大きなプロジェクトだったのだ。ブルンディの演劇/映画人/ミュージシャンのフランシス・ムイレ(「プティ・ペイ」)、セネガルのジュリア・サール(「スローオペレーション」)、アンゴラのボンガ・クエンダ(「大統領」)、南アフリカ・ジョハネスバーグのヒップホップバンド、トゥミ&ザ・ヴォリューム(「ブレンド」)、RDC(キンシャサ・コンゴ)のピチェンス・カンビロ(「アフランス」)、フランス人シンガーソングライター/フランソワ・グロワンスキから(偽)セネガル人ミュージシャンに転身したウースマン・ダネジョ(「メティス」)、 そしてフランス随一のソウルマン、ベン・ロンクル・ソウル(「イシンビ」)といった人たちがドンピシャの場所にいてガエルをサポートしている。
あの本の後なので、私の興味は真っ先に12曲め「プティ・ペイ」に向かうわけだが、「小さな国、おまえは押しつぶされてしまったが死ななかった。おまえは苦しんだがその苦しみはおまえを倒すことはなかった」と満身創痍でも立ち続けた小国ブルンディをいとおしむ。自分自身も引き裂かれたままなのに。勇気ある大作アルバム。もっともっと知られるべき1枚。小説が引き金になったとは言え、こうやって3年後にアルバムを手にする人たちは少なくないはず。
<<< トラックリスト >>>
1. A-France (feat PYTSHENS KAMBILO)
2. Je Pars
3. Ma Femme
4. Slow Operation (feat JULIA SARR)
5. QWERTY
6. Blend (feat TUMI)
7. Charivari
8. Fils Du Hip Hop
9. Isimbi (feat BEN L'ONCLE SOUL)
10. Métis (feat OUSMAN DANEDJO)
11. Président (feat BONGA)
12. Petit Pays (feat FRANCIS MUHIRE)
13. Bouge à Buja
14. Pili Pili Sur Un Croissant Au Beurre
15. L'ennui Des Après-Midi Sans Fin
GAEL FAYE "PILI PILI SUR UN CROISSANT AU BEURRE"
CD Mercury/Motown/6D Production 3701593
フランスでのリリース:2013年2月
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)ガエル・ファイユ「プティ・ペイ」
(↓)ガエル・ファイユ「メティス」
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