2018年12月5日水曜日

2018年のアルバム その3:白鳥の歌なんか聞こえない

Johnny Hallyday "Mon pays c'est l'amour"
ジョニー・アリデイ『わが祖国、それは愛なり』


ジョニー・アリデイ(1943-2017)の51枚目で遺作となったアルバム。当初12曲を予定していたが、アリデイが歌を吹き込むことができたのは10曲のみ。録音はアリデイが肺がんを公表した2017年3月にサンタモニカとバーバンクのスタジオで始まり、その間アリデイはロサンゼルスでがん治療に通っていた。制作作業は6月/7月のアリデイ+エディ・ミッチェル+ジャック・デュトロンのトリオによる2ヶ月間の LES VIEILLES CANAILLES(レ・ヴィエイユ・カナイユ)ツアーで中断し、9月にアリデイがロサンゼルスからマルヌ・ラ・コケットに帰仏再移住したのちに本格的に再開するはずだった。しかし西海岸で録音したベーストラックに歌を吹き込んでいる最終のところで病状は悪化し、11月呼吸器障害で入院、何度か入退院を繰り返したあと、12月5日、マルヌ・ラ・コケットのジョニー邸で息を引き取った。
 LAでジョニーが吹き込んだのは3曲:"Je ne suis qu’un homme"(11曲め), "Un enfant du siècle"(9曲め), "Pardonne-moi"(4曲め)。マルヌ・ラ・コケットに近いシュレーヌのギヨーム・テル・スタジオで死の数週間前に録音されたのが残り7曲。多くのジョニーに近い評論家(特にフィリップ・ラブロ、ピエール・レスキュール)が言うように、このアーチストは長い芸歴(ほぼ60年)の中で歳を重ねるほどに歌がうまくなっている例外的なヴォーカリストである。どんどん良くなっている。この歌唱パフォーマンスのうまさの上昇曲線は、この死の間際の録音においても変わりはないのだ。つまり、ここにはウルティメートなジョニー最良の声と歌唱があるわけだが、それがジョニーのベスト録音になるかどうかは楽曲&編曲のクオリティーにも左右されるので...。プロデュースと多くの曲の作曲はヨードリス(またの名をマクシム・ヌッチ)という人。2011年のマチュー・シェディドプロデュースのアルバム『Jamais Seul』以来、ジョニー晩年の5枚のアルバムに関わってきたが、前作『De l'amour』(2015年)と本作『Mon pays c'est amour』(2018年)では制作の中心者=プロデューサーということになっている。ジョニーやギターのヤロル・プーポーなどは、ワーナー移籍(2007年)以降、ヴァリエテの音から脱した、ロックとブルースの基本に還った、とロック路線を強調した自画自賛をしていたのだが、どうなんだろうか。熱心なファンではない私にはどうしてもすべすべしたFM系(ヴァリエテ)ロックのように聞こえてしまうし、特にヨードリスの書く曲は...。
 アルバムのレヴューをと思って書き始めたのだが、この声のすごさの他に何も言えないようなところがある。1曲異彩を放つのが10曲め"Tomber Encore"という曲。これがシュレンヌのスタジオで最後に録音された曲。言わばジョニーの白鳥の歌である。

詞がボリス・ラノー。素人でありファンである。2015年10月9日、リールでのジョニーのコンサート前のホテル"入り待ち”で、この地方詩人はジョニーに自分の13編の詞集を手渡したかった。しかし予定通り自身には渡せず、後でホテル入りしたヤロル・プーポーに渡り、ヤロルからヨードリスに渡り、その夜のコンサート前の楽屋でヨードリスはそのうちの一編("Tomber Encore")に曲をつけてジョニーに聞かせた...。1年後ラノーはレコード会社(ワーナー)からこの曲が次のアルバムで録音されることを知らされるのである。それが最後のアルバムになる(しかも死後に発表になる)ことなど、知るよしもないが。
あたかもファンへの最後の感謝であるかのように、この曲は録音され、アルバムの11曲中、10曲めという重要な曲順で収録された。
Je ne vois plus que toi  もはや俺にはおまえしか見えない
Quand tu croses les jambes おまえが脚を組むとき
L'ombre de tes bas おまえのストッキングの影に
Et le ciel qui rampe 空が絡みついていく
Il me suffit de peu ほんのちょっとでいいんだ
Un pli, un remous ちょっとした起伏や動きさえあれば
Que la mer s'ouvre en deux  海はまっぷたつに割れ
Pour tomber à genoux 俺は膝から倒れていく
Fais-moi encore tomber もう一度俺に
Tomber amoureux fou 狂おしい恋に落とさせてくれ
Fais-moi encore tomber もう一度俺に
Tomber à genoux 膝から倒れさせてくれ
イメージはふたつ。1992年映画『氷の微笑(Basic Instinct)』のシャロン・ストーンの脚の組み替え。もうひとつは90年代に腰の手術をして以来、ステージアクションとしてできなくなった膝立ちor膝折りで歌うジョニー(←)。これをもう一度というファンの切ない願いなのだろう。だから、この詞に合う曲は "Que je t'aime"のようにひざまづいて歌うロカバラードか、トンベ、トンベ、トンベとリフレインするロックンロールかであってほしかったが、ヨードリス&ヤロル・プーポーはメジャー調FMロックにしてしまった。悪くないですよ。

 そしてアルバムタイトル曲にして最重要曲順の2曲めにつけた"Mon pays c'est l'amour(わが祖国、それは愛なり)" 。作詞カティア・ランドレア(ジェニフェール "Ma révolution")、作曲ヨードリス。

Je viiens d'un pays 俺が自分で選んだ国で
Où j'ai choisi de naître 俺は生まれた
Un bout de paradis 天国のかけらみたいなところさ
Que tu connais peut-être たぶんおまえも知ってるさ
Je viens d'un endroit 俺は国旗も国境もない
Sans drapeau ni fontière 場所で生まれた
Une terre sans loi 法律なんてない土地だけど
Où personne ne se perd 誰も迷ったりしない
Mon pays c'est l'amour 俺の国、それは愛さ
Mon pays c'est l'amour 俺の国、それは愛さ
Je suis né dans ses bras 俺は愛の腕の中で生まれたんんだ
En même temps que toi おまえと同時にね
J'ai grandi sous ses doigts 俺は愛の手で育てられたんだ
En même temps que toi おまえと一緒にね
74歳で、死の数週間前に、肺をガンで冒されながらジョニーはこれを吹き込んだ。なんという声だ。なんというパフォーマンスだ。なんというロックンロールだ。音楽家としてブレルやアズナヴール並みの詞とメロディーを自分で書かなかったことなど、この男のなんのハンディキャップになろう。何百万、何千万の人たちにこの男が愛され、リスペクトされるのに、この声以外の何が必要だろう。
 アルバムは2018年10月19日にリリースされ、発売時にすでに30万枚を売り、1ヶ月を待たずに100万枚を突破した。レコードCD業界の長年の不振をアルバム1枚でチャラにする勢いだった。ジョニーの好きな人はダウンロードやストリーミングはしないから。

<<< トラックリスト >>>
1. J'en parlerai au diable
2. Mon pays c'est l'amour
3. Made in Rock'n'Roll
4. Pardonne-moi
5. Inerlude (instrumental)
6. 4M2
7. Back in LA
8. L'Amerique de William
9. Un enfant du siècle
10. Tomber encore
11. Je ne suis qu'un homme

JOHNNY HALLYDAY "MON PAYS C'EST L'AMOUR"
LP/CD WARNER 9029561739
フランスでのリリース:2018年10月19日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)2018年10月19日、パリ、アルバム発売時の狂騒を報じるFRANCE24のルポ。




 

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