2011年4月30日土曜日

Elle a "L." a...



L. (Raphaële Lannadère) "INITIALE"
エル(ラファエル・ラナデール)『頭文字』


 テレラマ誌2011年4月16日の表紙を飾った女性歌手です。同誌シャンソン評担当のヴァレリー・ルウーは「この数十年で最も強烈なアルバム」と言い、1964年バルバラの自作自演歌手としての初のアルバム『バルバラ、バルバラを歌う』(「ナント」「ピエール」「サン・タマンの森」「死にあこがれて」...)に匹敵する力がある、とその評を閉じます。
 イニシャルひと文字のステージ名となると、どうしてもあの「-M-」の同類か亜流かと思われてしまうでしょう。私はこれは大変なハンディキャップだと思います。おまけにひと文字だと、インターネット検索でその「L」を特定するまでの労力と時間たるや、たいへんなものです。このことは本人もさんざん言われたでしょうが、頑固にもそのステージ名に拘ったのでしょう。「L」はさまざまな意味やイメージを持った文字であり、「エル」という読みも同様にさまざまなものを象徴します。思いつくまま列記しますと、「L」は長さ longueur であり、液体の量を示すリットル litreでもあります。大学入試の Bac L は文系のことで、「L」は文字(lettre)や文学(littérature)を指します。英語の「L」はlarge。「エル」は elle(三人称単数女性形=彼女)であり、aile(翼)にもなります。これらの多義性から考えても「L」はいい名前です。女性的で、液体的で、文学的で、飛行的で、大きく長い。
 「エル」は今30歳。その辿ってきた道も異例です。読書家で音楽狂の両親だったそうで、母親はラフェエルの妊娠中にバルバラとビリー・ホリデイをノン・ストップで聞いていた、と言います。羊水の中でその歌に揺られていたわけです。幼女時代、すでに祖母の家で自分のコンサートを催し、ジャック・ブレルの歌をソラで覚えていた、というのが家族の驚きだったそうです。生まれついてのように歌はラファエルに住み着き、民俗音楽学を学んだ彼女はポリフォニー合唱グループの一員として、「ワールド系」のツィガーヌ、コルシカ、ブルガリア、ゴスペルなどのポリフォニーのレパートリーを歌うようになります。2002年にラファエルは「L」というステージネームを掲げてソロ歌手としてデビューしますが、最初のコンサートはパリのステーキレストランの地下でした。苦節幾星霜、地下キャバレー、ピアノバー、彼女はその中で詞と曲を書き溜めていきます。もう6ヶ月して何も芽が出なかったら、私は止める、そう自分に言い続けて、彼女は歌の世界にしがみついてきました。 
2009年6月、レコード会社もマネージャーもない「L」は自主制作で6曲入りミニアルバム
"PREMIERES LETTRES"を録音します。そして自ら受話器を取って、「私は新人歌手"L"の広報担当です。ぜひこの歌手を聞いてみてください」とレコード会社とメディアに電話をかけまくったのでした。飛びついたのはローカルラジオ局と国営FMネットのFIP。これを聞いたブリジット・フォンテーヌが「私はラジオですごい新人歌手を聞いた、その名は"L"。」とインタヴューで語りました。噂は噂を呼び、どことも契約のないこの無名歌手は、「ブールジュの春」フェスティヴァルや「フランコフォリー」フェスティヴァルに呼ばれ、そのレパートリーはメジャー・デビューする前からスタンダード化するという、異例の受け入られ方を示します。
 そのスタンダード化した歌が"Petite"という鮮烈な歌でした。それはアフリカ出身の「不法滞在」の娼婦を、その常連客だった男が追っていく歌です。

 私の可愛い女、私の優しい女、
 私はおまえのすべてを記憶している
 その胸を焦げつかせる両のかかと
 そのうなじの香り
 その好みのままに
 舗道が照らし出す
 おまえの黒光りする肌と
 おまえの尻の曲線
      ("Petite")

 この歌を初めて聞いた時のショックを私も覚えています。この狂おしい愛を、「L」は湿度と乾度の両方が混じり合ったメランコリックな声で歌いきります。深夜のパリの色街にもある純愛を描く白黒の短編映画を見る思いで、聞く者は戦慄するはずです。一度聞いたら忘れられない歌の力があります。
 約2年の月日を経て、「バルバラの再来」というシャンソン愛好者たちの異例の讃辞を浴びながら、「L」のメジャー・デビューのフルアルバムはこの4月11日にリリースされました。私的な伴侶でもあるバビックス(BABX)も大変な才能を持ったアーチストです。私はバビックスの「エレクトロショック・レディーランド」は後世に残る佳曲であると自信を持って言うことができます。そのバビックスの繊細なアレンジ/プロデュースも「L」のデビューアルバムの大きなプラスだと思います。しかし、すべては「L」の官能的な声と黒々とした歌の世界と「L」そのものの存在感が圧倒的な11曲のアルバムです。アルコール、煙草、薬物(メスカリン)、色街、ゲットー(シャトー・ルージュ)... このエクリチュールは古き「悪き」パリです。聞く曲すべてが「古典」の重さがあります。希有です。

<<< トラックリスト >>>
1. Mes lèvres
2. Jalousie
3. Mon frère
4. Petite
5. Château Rouge
6. Pareil
7. Mescaline
8. Initiale
9. Je fume
10. Romance et série noire
11. Les corbeaux

L. "Initiale"
Tôt ou Tard CD 3238582
フランスでのリリース:2011年4月11日


オフィシャル・サイトwww.initiale-l.com

(↓)既にスタンダード。「L」の"Petite"。

L. - Petite par Europe1fr


 

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