2009年6月9日火曜日
歩くドーサ,走るドーサ
Samy Daussat Trio "La Petite Famille"
サミー・ドーサ・トリオ『小家族』
まず,パトリック・ソーソワのことを書きます。サウスポーのマヌーシュ・ギタリストで,バンド「アルマ・サンティ」のリーダー,ジャズ・レコード・レーベルDJAZの代表であるパトリック・ソーソワがこの3月に昏睡状態に陥ってしまいました。ソーソワの回復を願うアーチストたちによる支援コンサートも4月に開かれましたが,その願い通じてか,5月には昏睡から醒めました。しかし「ロックト・イン・シンドローム」となっており,意識はしっかりしているものの,手足を動かすことも言語を発することもできない状態が続いているそうです。現在リハビリ中だそうですが,ソーソワは私と同い年。うちの事務所にも荷物の納品でよく来てくれていました。早く良くなってほしいものです。
このサミー・ドーサも1996年にはソーソワの「アルマ・サンティ」のサイドギタリストとなっています。72年生れ,今日37歳のサミー・ドーサはこれまで万年サイドギタリストでした。マヌーシュ・スウィングの世界で,サイドギタリストというのはいわゆる「ポンプ」専業ギタリストみたいなものですが,この商売は長続きしないのです。なぜならこの世界のギタリストはみんなソロを取るギタリストに昇進してしまい,「サイドの達人」というのは現われにくいようになってます。ニニン・ガルシアは彼を称して「謙虚なサミーはリズムギターの辛く長い修行を模範的な原則をもってクリアーした。その原則とは走る前に歩け,ということである」と言いました。なるほど,走る前に歩け,ですね。見る前に跳べ,はもっての他ですね。こうして誰にも負けない,無敵のサイドギタリストが誕生したわけです。このサミーを求めて多くの著名ギタリストたちが取り合いをするようになります。モレノ,バビック・ラインハルト,ラファエル・ファイス,アンジェロ・ドバール,チャヴォロ・シュミット...。
チャヴォロ・シュミットとは2008年の夏に日本に行っています。
ジャンゴ・ラインハルトの子,バビックとは2000年のサモワ・シュル・セーヌ(ジャンゴ終生の地)でのフェスティヴァルからバビック・ラインハルト/クリスチアン・エスクーデのクインテットに加わり,その子(つまりジャンゴの孫)ダヴィッドとノエとは2002年に「トリオ・ラインハルト」を結成しています。
つまりサミー・ドーサはこの世界のど真ん中で長い間サイドギタリストとして「歩いて」きたわけです。また元祖ジャンゴ以来,「譜面に弱い」と思われてきたこの世界にあって,サミーは多くのマヌーシュ・スウィング楽曲の譜面化に尽力していて,教則本も著し,ギター雑誌での楽譜解説や,教則ヴィデオの制作なども携わっています。現在 Youtubeでも,サミー・ドーサのマヌーシュ・ギター・レッスンの映像が多く公開されています。
さて歩くのをやめて,サミー・ドーサが走りだしたというのがこの初のアルバムです。魅惑のビロードヴォイスも持ったサイドギタリスト,ダヴィッド・ガスティンと,チャヴォロ・シュミットのコントラバシスト,クローディウス・デュポンを従えてのトリオ編成で,3曲でダヴィッド・ラインハルト(この人は電気ギターです)がソロで介入します。
全体に,この人が走りまくると言いますか,火の出るようなソロを弾きまくる,という感じはありませんが,よく練られ,よくバランスの取れた,巧みなアルバムという印象です。最初の曲から,イントロにブルターニュ民謡"Ils ont des chapeaux ronds"の旋律が導入されて,あ,これ,マヌーシュとは異色,と思わせます。3曲めジャンゴ・ラインハルト曲の"Manoir de mes rêves"は,にやにや笑いを禁じえないジョージ・ベンソン「メローなロスの週末(Breezin')」仕立てです。そしてビロードの声を持つサイドギタリスト,ダヴィッド・ガスティンが3曲で歌っています。この声は,50-60年代に大変な人気だったギタリスト/二枚目歌手のサッシャ・ディステル(一時ブリジット・バルドーの夫であったことでも有名。1933-2004)とほとんど同じです。そのディステルの世界的ヒット"La Belle Vie"のカヴァーが7曲め。そしてディステル,シナトラ,ナット・キング・コール他ビロード声の男性歌手はみんな歌った "L.O.V.E."が12曲め。しかしダヴィッド・ガスティン君のヴォーカルが最も光るのは,4曲めの「シモンの歌」。これはジャック・ドミー映画『ロッシュフォールの恋人たち』(音楽:ミッシェル・ルグラン)で,シモン(ミッシェル・ピコリ)が自分の姓が嫌いで別れていった恋人を回想しながら歌っていたもので,中年男でないとこの味はでないでしょうが,若いくせによく枯れたいい歌唱です。ここでドーサ君のソロが「ロッシュフォールの恋人たち/ふたご姉妹の歌」の主題をす〜っと挟むあたり,とてもオシャレですね。
というわけで,私はこのアルバムをとてもシャレた,マヌーシュ・クロスオーヴァーのように聞きました。コアなマヌーシュ・スウィング愛好者はがっかりするかもしれません。
<<< トラックリスト >>>
1. La Petite Famille (S Daussat)
2. Gypsy School (S Daussat)
3. Manoir de mes rêves (D Reinhardt)
4. La Chanson de Simon (Michel Legrand/Jacques Demy)
5. Hortensias (S Daussat)
6. Les Mauvais Jours (S Daussat)
7. La Belle Vie (Sacha Distel)
8. D'Une autre galaxie (S Daussat)
9. All love (Babik Reinhardt)
10. Clairs-Obscurs (S Daussat)
11. Guitare Musette (S Daussat)
12. L.O.V.E (N Cole)
13. Tiger Rag (La Rocca)
SAMY DAUSSAT TRIO "LA PETITE FAMILLE"
Label Ouest/l'Autre Distribution CD AD1511C
フランスでのリリース : 2009年6月22日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
2 件のコメント:
きのう、おととしからパリでマヌーシュ・ギターの修行をしている日本人のハタノさんが事務所に遊びに来てくれて、このサミー・ドーサを聞いてもらったら、盛んに「うまいねえ、うまいねえ」を連発していました。超速ヴィルツオーゾのうまさではなくて、節回しのうまさだそうです。
教則本や楽譜転写やレッスン映像などで見られるように、サミー・ドーサはおそらくジャズ・マヌーシュ始まって以来の「理論派」と言えそうです。ハタノさんもこの点を強調していて、感覚派の多い(と言うよりも感覚派しかいない)この世界で、子供の頃にコンセルヴァトワールで最初はソルフェージュからみっちり鍛えられたというバックボーンを持つドーサの、理詰めの占める割合の多いプレイというのはマヌーシュ・ギターでは本当に珍しいのだそうです。良い良い。
そのジャンゴ・ハタノ氏からメールをもらったので、本人の承諾なしにここに転記します。
「(前略)あれから、Samy DaussatのCDに嵌って何度も聞いています。歌入り、ジプシー・バップ調、ヴァルセ、ジョージ・ベンソン、ジャンゴ節までバランスよくやっていてかなり気に入ってしまいました。しかもどの曲もアレンジやアドリブの流れが良くてジャズ・マヌーシュをベースとしたクロスオーバースタイルの理想系だと感じました。(アドリブパートの中にいろんな有名曲のおいしいフレーズをちょっとづつメドレーのように入れていて、参考になります)個人的にはジャズ・マヌーシュ系ここ1〜2年のベストに成りそうです(後略)」
どうです? もう絶賛ですね。プロから見てもこうなんだから、これはかなりのアルバムじゃないの?
コメントを投稿