2008年12月28日日曜日

2008年よく聞いたアルバム・その2



 Dick Annegarn "Soleil du soir"
 ディック・アネガルン『夜の太陽』

 
2008年10月。Tot ou tard。爺が中学生の時分にポール・サイモン(当時はサイモン&ガーファンクル)のギターは少なくとも3人で弾いてると思ってました。90年に私が所属していた独立会社がディックのアルバムを制作して,その内輪お披露目に社員食堂ライヴをギター弾語りでやったのですが,どうしてこういうギター奏法が可能なのか,私は目を回して驚嘆したものです。そういう驚異のアコースティック(ブルース)・ギターが,このアルバムでも大活躍で,ギターは歌ほどに雄弁で,歌よりも数十倍早口なのでした。
 ディックは故国(オランダ)もその言語も捨てて,フランスで音楽アーチストとして生きるわけですが,それは暖かく迎えられているとは思いません。2曲め「ジャックJacques」は,故国フランドルもフランドル語も捨てたブレルのことを思っています。世界中で故国なく生きる人たちがどれくらいいると思いますか? "Nous sommes plusieurs millions"(数百万人いる)と7曲め「家族なく生きる人々 Sans famille」は歌います。私たちは特殊な人種でなく,こんなにたくさんいる人たちの一部ですが,こんなにたくさんいる人たちは同じようなブルースを心に鳴らしているのですね。「ロンドンのブルース,リールの憂愁,ロッテルダムのロック,ありとあらゆる都市のスモッグ」(8曲め"Blues de Londres")。ディックにはもう一度会えるだろうか,そう思いながら何度も聞いたアルバムです。
ディック・アネガルン「冬の太陽」クリップ(ミッシェル・ゴンドリー制作)





 Catherine Ringer "Chante Les Rita Mitsouko and more à la Cigale"
カトリーヌ・ランジェ『レ・リタ他を歌う』


 2008年11月。Because。CD+DVDという無駄な作り(環境にやさしくないぞ!)。DVDの方が8曲多いですし,そりゃあステージ映えのする女性ですから,DVDばかりでの鑑賞でした。カトリーヌ・ランジェはフレッド・シシャンが死んでしまうなどということは一瞬たりとも思ったことがなかったそうです。それは2007年11月に突然やってきたのですが,レ・リタ・ミツコはそれで終わってしまったのです。おしまい。続きはないのです。では何が残っているかというと,ノスタルジーだけなのです。
 このショー(2008年7月,パリ,ラ・シガール)は,ノスタルジーの大洪水です。それはカトリーヌの意志で,フレッドが好きだったレ・リタに最も近いショーをすることだったからです。30年近くレ・リタのカトリーヌをやってきた彼女には,この大洪水の水位はなかなかおさまらないものでしょう。ほんとにシロートっぽいバンドだったレ・リタは,目を見張るライヴバンドになってしまいましたし,イモっぽい姐さんだったカトリーヌはディーヴァそのものになってしまいましたし。終わっちゃったんですねえ。終わってないんですけど。
カトリーヌ・ランジェ「レ・ジストワール・ダ」2008年12月カナル・プリュス

0 件のコメント: