2024年12月23日月曜日

二十の神の呪い(ばんじゅう怖い)

"Vingt Dieux"
『ヴァン・デュー』


2024年フランス映画
監督:ルイーズ・クールヴォワジエ
主演:クレマン・ファヴォー、マイウェン・バルトルミー、ルナ・ガレ
2024年度ジャン・ヴィゴ賞
フランス公開:2024年12月11日


「20の神」と書いて "Vingt Dieux(ヴァン・デュー)"。八百万(やおよろず)の神がいる日本とは異なり、ここでは神は唯一のものと決まっている。ここでは複数の神がいたら天地の決まりごとが全て狂ってしまうし、ましてや20もの神がいたら、たまったものではない。これは冒瀆(ぼうとく)である。というわけでいにしえの人々の間でVingt Dieux は罵りの表現になった。20の神に呪われちまえ、こんちくしょう、くそったれ...ってなニュアンスだろうか。この表現はフランス全国レベルではほとんど使われなくなってしまったのだが、なぜかスイスと国境を接せる山岳地帯であるジュラ県では、今でも老若男女の口から頻繁に飛び出る町言葉になっている。こういう古いものが残っているとはジュラシックな土地柄ならではか。この映画でこの罵り言葉は私の耳では3回ほど聞き取れたが、いずれも若者の口から出ていて、不慮の失敗や惨事の時にすかさず「ヴァン・デュー!」と。これを自らの最初の長編映画のタイトルにした当年30歳の女流監督ルイーズ・クールヴォワジエはこのジュラ地方で育った土地っ子。そしてこの映画のもうひとつの主役と言えるのが、このジュラ地方の名物チーズ「コンテ Comté 」なのである。言葉と言い、名産チーズと言い、これはまさにテロワール(terroir 地方色、土地柄)の香ばしさに祝福された映画なのである。
 名前はアントニー(演クレマン・ファヴォー、出演者はほぼ全員現地キャスティングで選出したシロートばかり)でも、誰もがトトーヌの愛称で呼ぶ18歳の男が主人公であり、日がなダチふたり(ジャン=イーヴとフランシス、共になんとも味のある役どころ)と暇をつぶす(飲み、遊び、縄張り争いのケンカをし、寝る)農村ならず者だったが、ある日寡夫シングルファザーの父親が泥酔運転自爆事故で死んでしまい、事情が一変してしまう。破産寸前農家だった父親の負債(借金)を被り、農機具などの”家財”を全て没収され、まだ学童の妹クレール(演ルナ・ガレ、快演!)を養育しながら、二人分の食い扶持を稼がなければならなくなった。学のないトトーヌでは、この山の農村で収入を得るには農事関連肉体労働をいくつもこなして働くしかない。その上妹クレールの身支度と食事と登下校送り迎え。さすがにこれでは身が持たない。そんな中で牛乳運搬トレーラーの仕事をしながら出会うのがコンテチーズづくりの世界であった。死んだ父親もこれに手を染めかけたことがある。そしてジュラ地方のコンクールに優勝すれば3万ユーロの賞金が手に入ると知るや、トトーヌはそれに賭けて邁進するとしか考えられなくなる。
 それと前後してトトーヌは若い女性酪農家マリリーズ(演マイウェンヌ・バルトルミー、すばらしい!)と出会っている。小さな個人経営の酪農家で、乳牛飼育から搾乳と原乳貯蔵保管まで全部一人でやっている逞しいカウガールである。演じたマイウェンヌ・バルトルミーは実生活でもこの酪農のAからZまでひとりでしているそうで、その証拠のようにこの映画の後半で乳牛のお産(両手で新生牛の両脚を全力で引っ張り出して分娩させる!)を彼女ひとりでやってのけるシーンあり。そういう野生的でしかもチャーミングなマリリーズは旺盛な性欲の持ち主でもあり、さっそく新米農事労働者トトーヌを誘惑し、ベッドへと誘うのであるが、トトーヌはその気があってもいざという時にモノが言うことを聞かない。バチ悪くあやまるトトーヌに、「あんたができなくったって、わたしはいけるのよ」とマリリーズはトトーヌにクンニリングスを要求する。しかたなくマリリーズの股間に顔を埋めるトトーヌ... 「わぉ、牝牛の臭いがする!」 ー O, la vache ! ー 私はこのシーンでこれは本当にテロワールの香り高い映画だと実感したのですよ。
 父親の倉庫から牛乳発酵窯を引っ張り出し、ダチふたりの協力で用具を揃え、没収されたトラクターを買い戻し、本格的にチーズ作りに動き出すのだが、そのトトーヌとダチふたりの作業を上から眺めている現場監督のような立ち位置で小さな妹のクレールがいる。映画はこの四人(→)によるユートピア創造のストーリーでもある。トトーヌのコンクールに絶対優勝できるという自信の最大の根拠は原料となる原乳である。「コンテをほおばると、フルーティー、花の香り、マイルド、スパイシーなど、時には言葉が見つからないほど限りなく豊かな風味が広がります」(https://www.comte.jp/feel/より)。テンダーで、ほどよい塩味、フルーティーで花の香りを含み、がっしりしている、これがコンテの本質である。このすべての要素を引き出す決め手は原乳である、と。そしてその格別の原乳という専門家による定評があるのが、なんとマリリーズが生産する原乳なのである。トトーヌはコンクール優勝の最短の方法はこれだと踏んで、マリリーズの倉庫の鍵を拝借して原乳タンクから多量の原乳を盗み出す...。
 プレス映画評のほとんどがこの映画の「ウェスタン(西部劇)」性を高く買っている。山野と牧場のあるざっくりした風景、口よりも手の方が早い荒くれ男たちの抗争、草競馬ではないがこの地方の一番の野外エンターテインメントがなんと「デモリション・ダービー」(中古ストックカーによる車両破壊レース)だったりする。このデモリション・ダービーのシーンはこの映画の大きな見せ場のひとつであるが、廃車ルノー5の(マッドマックス風)改造車を操ってこのレースに優勝するのがトトーヌのダチのジャン=イーヴ(演マチス・ベルナール)で、映画の後半で壊れてしまうダチ三人組の友情のよりを戻すきっかけが、少女クレールのジャン=イーヴへの幼い恋心であり、クレールの祈り実ってジャン=イーヴが超凶暴なレースを制するという美しい大団円へ。やわなフランス田舎小僧たちの様相をした男たちが見せる荒くれ野郎たちの世界、う〜ん、マンダム

 冒頭で映画のもうひとつの主役と紹介したコンテ・チーズであるが、映画は奥深いコンテの世界と、その丹精込めたチーズづくりの秘伝にまで迫るドキュメンタリー風なシーンも随所に挿入される。それはトトーヌというわけ知らずの若者がいにしえからのわざをひとつひとつ学び、失敗しながら鍛錬していく求道的修行の軌跡でもある。それにはダチふたりの献身的ヘルプと、妹クレールの大人びた助言や判定がなくてはならないものだった。こうしてユートピアはできあがりつつあったのだが...。
 映画の展開は大惨事を到来させる。映画ですから。何度めかのマリリーズ倉庫からの原乳盗難が現行犯で見つけられてしまう。その場に居合わせた発見者はマリリーズと原乳供給契約のあるチーズ生産者(トトーヌと喧嘩が絶えなかった宿敵)たちで、三人は袋叩きにされ、トトーヌは自分のチーズづくりの夢が御破算になるのを恐れ、反撃しようとするジャン=イーヴを逆に抑えてジャン=イーヴの激昂を買うことになる(三人組の崩壊)。ヴァン・デュー!そして信頼を裏切られた恋人マリリーズはトトーヌの原乳盗みには目をつぶるが、恋心は壊れてしまう...。

 ひとり(と妹)だけになってしまったトトーヌはそれでもコンテ作りをやめない。そしてコンテのコンクールに出品しようとするが、生産者としてAOP(アペラシオン・ドリジーヌ・プロテジェ = 保護原産地呼称)認証を受けていない(だいたいAOPとは何のことかトトーヌは知らなかった)ということで主催者に拒否される。それでもいい。りっぱに出来たトトーヌのコンテ(直径60センチ、厚さ10センチ、重さ35キロ)を背中にしょってバイクにまたがり、マリリーズのところへ届けるトトーヌだった...。そして上に述べた村の「デモリション・ダービー」というイベントで、映画はハッピーエンドのシーンを用意している。

 チーズ、乳牛、干し草、汗と血、土、森... さまざまな匂いが香ってくるフランス深部の映画。牧歌的だけであるわけのない生きた田舎の土地と人々、こんなにこの生の姿を見せてくれた映画はこれまでなかったのではないかな。テロワール映画とでも呼ぶべき新しいジャンルの訛りのある映画の登場を心から歓迎したい。爺さんしあわせになりましたよ。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『ヴァン・デュー』予告編

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