2022年4月29日金曜日

ジュテームジュテームジュテームジュテーム

Mike Brant "Mais dans la lumière"
マイク・ブラント「光の中で」


詞曲:ジャン・ルナール
編曲:ジャン=クロード・ヴァニエ

 70年代、より正確には1970年から75年まで、フランスのメガスーパースター(5年間で7500万枚のレコードを売った)だったマイク・ブラント(1947 - 1975)の3枚目のシングル。キプロス島生まれのイスラエル人、1969年テヘランのヒルトンホテルのクラブ「バカラ」で歌っていたところを、ジルヴィー・ヴァルタン(とその付き人カルロス)に見出され、フランス語を一言も話せない状態でフランスにやってきて、ジョニー・アリデイ/シルヴィー・ヴァルタンに曲を書いていたヒットメイカーのジャン・ルナールが超短期間でレコード歌手に育て上げた。マイク・ブラントの生涯についてはラティーナ誌2015年7月号に書いた記事(=爺ブログに再録)を参照してください。
 甘くエキゾティックなマスク、しなやかな長身ボディ、トム・ジョーンズばりのダイナミックな歌唱、1970年1月発売たちまち1位(フランスとイスラエル2カ国制覇)のデビューシングル"Laisse-moi t'aimer"(詞曲ジャン・ルナール)以来、コーチ/育ての親のジャン・ルナールはこの若者の路線は "Chanteur de charme シャントゥール・ド・シャルム(魅惑シンガー)"
ということで一貫していた。ロックポップ/ティーンエイジ・アイドルとは一線を画する"色もの”で行こうと。クロード・フランソワやジョニー・アリデイにはない魅力、すなわちGlamourな悩殺歌唱の美形シンガー。お下品な表現をすれば、ステージにたくさんのおパンテが投げ込まれるタイプの。
 ジャン・ルナールは1969年に、フランス歌謡史上に残る大名曲ジョニー・アリデイ「ク・ジュテーム (Que je t'aime)」(詞ジル・チボー/曲ジャン・ルナール)を世に送っている。ジョニーファンのみならず大多数のフランス人がジョニー・アリデイ最高の楽曲と称えるマスターピースである。これはきわめて肉情的なラヴソングであり、このような超ホットな恋情をシャウトできるのはジョニーしかいなかったのである。


Quand tu ne te sens plus chatte おまえが子猫でなくなり
Et que tu deviens chienne 牝犬に姿を変え
Et qu'à l'appel du loup 狼の吠え声を聞くや
Tu brises enfin tes chaînes おまえは鎖を引きちぎる
Quand ton premier soupir おまえのため息が
Se finit dans un cri 最後には叫びになる
Quand c'est moi qui dis non 俺がもう"non"と言う時
Quand c'est toi qui dis oui 今度はおまえが "oui"と言う

まあ、すごい肉欲ソングだこと。この「ク・ジュテーム」が20世紀フランス最高のシャンソンとして昇格するうえで、大きく貢献したのがジャン=クロード・ヴァニエの編曲であった。チロリロリロリロとオルガンとギターで始まる必殺のイントロ、激しく介入する打楽器とブラス隊、こんなスコアで演奏したらさぞオケもノリ上がったことであろう。天才ジャン=クロード・ヴァニエの『メロディー・ネルソン』(1971年)に先立つ2年前の仕事。ジョニー生涯を通じて最高売上シングル盤のひとつとなる「ク・ジュテーム」のオーケストレーションをしたのだから、それだけで一生喰っていけるのではないかと思うムキもあろうが、編曲家の仕事はワンショット払いで、なんぼ売れようが最初のペイだけで終わり。この編曲家という”音楽家”の不遇で不当な立場についてはおおいに問題にされなければならない。ジャン=クロード・ヴァニエ、ジャン=クロード・プティ、ミッシェル・コロンビエ、70年代フランスから現れた突出した才能の編曲家3人が後年世界的に評価されることになるものの、当時編曲家たちはみんな不当に安いペイで働かされていた。いつかこの話も記事にしてみたいものです。
 さて、編曲家ではなくて作曲家だったのでがっぽり稼いでいたジャン・ルナールは、1970年にマイク・ブラントという金の卵を手に入れ、前年の「ク・ジュテーム」の編曲のすごさを高く買っていたジャン=クロード・ヴァニエにマイク・ブラントでもその才能を発揮してもらおうと白羽の矢を立てたブラント3発目のシングル。
ではまず歌詞の方から。

L'ombre étend son manteau
影がその衣を広げる
Et ton corps est déjà bien plus chaud
おまえの体はもう熱くほてっている
Et je vois dans tes yeux
僕には見える 
Une larme, un aveu
おまえの目が涙で訴えていることを

Mais dans la lumière
でも光の中では
Tes yeux crient bien plus fort, je t'aime, je t'aime, je t'aime, je t'aime
おまえの瞳はもっと激しく叫んでいる ジュテームジュテームジュテーム
Mais dans la lumière
でも光の中では
C'est une arène d'homme où e me bats au corps à corps
そこは人間の闘技場、僕は体に体を打ちつけて闘う
Mais dans la lumière
でも光の中では
Tes yeux crient, je t'adore, je t'aime, je t'aime, je t'aime, je t'aime
おまえの瞳は叫び、僕はおまえに夢中 ジュテームジュテームジュテーム
Mais dans la lumière
でも光の中では
C'est une eau bleue qui dort où je me baigne encore
眠れる青い水の中を僕はどこまでも泳いでいく

La nuit revient bientôt
夜がやがて戻ってきて
Pour éteindre le feu de ma peau
僕の体の炎を鎮めてくれる
Et mon sang n'est plus fou
僕の血はもう狂ったようにたぎらない
Car tes yeux sont trop doux
おまえの瞳はあまりにも優しいから

Mais dans la lumière
でも光の中では
Tes yeux crient bien plus fort, je t'aime, je t'aime, je t'aime, je t'aime
おまえの瞳はもっと激しく叫んでいる ジュテームジュテームジュテーム
Mais dans la lumière
でも光の中では
C'est une arène d'homme où je me bats au corps à corps
そこは人間の闘技場、僕は体に体を打ちつけて闘う
Où je me bats au corps à corps, je t'aime, je t'aime, je t'aime, je t'aime
僕は体に体をぶつけて闘う ジュテームジュテームジュテーム
Mais dans la lumière
でも光の中では
C'est une eau bleue qui dort ou je me baigne encore
眠れる青い水の中を僕はどこまでも泳いでいく


これはモロですね。暗闇の中ではなく、灯りで煌々と照らされながらおこなうと、極度に興奮してしまう男女の激しいプロレスまがいの肉弾戦ジュテームとしか...。



(↑)動画、マイク・ブラントが性行為を暗示させる振り(2分20秒めほか)かなりあり。70年のフランスのテレビでよく検閲カットされなかったものだ。2分30秒めに驚きのムーンウォークあり。そして編曲上びっくりなのは、A旋律 - B旋律(サビリフレイン)の2巡が終わって、おもむろに(ジャン=クロード・ヴァニエならではの)アラビックで激しいリズムのアドリブ間奏になってマイク・ブラントがあえぎ声と裏声ヴォカリーズで恍惚となるシーン。もろに性行為でしょ。これは1969年レッド・ゼッペリン「ホール・ロッタ・ラヴ」と同じ手法。これまたすごい編曲をしたものだと脱帽します。
 この編曲の妙をもう一度確認していただくために、オーディオのみの動画を貼ります。よ〜く聴いてください。重い重いブラスのグルーヴ、ピアノのアタック、煌めきのトランペット隊と女声コーラス、アラビックストリングス、超絶ドラミング....。


 さて次に参考までに、日本でマイク・ブラントは知らなくてもこの曲は知っているという人も多かろうヴァージョン、沢田研二「魅せられた夜」(1973年)です。沢田のフランス進出前。26歳。マイク・ブラントより1歳年下。

すべすべした"シティー・ポップ"に聞こえますわな。セックス肉欲まったく無縁の訳詞は安井かずみ。まあそれはしかたないか。当時の沢田のイメージではないのだから。別に問題だと言わないけれど、編曲の東海林修、原曲のセックス表現の間奏部、ばっさり取ったのだね。それからヴァニエの重厚なブラス隊とは縁もゆかりもないフェンダーローズのイントロ...。ヴァニエが凝り上げたオーケストレーションの妙を全部削ぎ取ったのだね。好き好きでしょうが。

最後にあのヴァニエの重い重いイントロが好きで好きでたまらん、という人たちは世界中にいたのだよ。
2009年 エミネム (feat. Dr Dre & 50 cent) "Crack a bottle"


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