2021年12月13日月曜日

2021年のアルバム ライト・マイ・ファイア

Juliette Armanet "Brûler le feu"
ジュリエット・アルマネ『火をつけて』

ファーストアルバム2017年『プティ・タミ』の時 33歳、そして4年後のこのセカンドアルバムは37歳という計算になる。この「若くなさ」がとてもいい。ちょっと歳は離れるが、アルマネと同じように今年(夏前)珠玉のセカンドアルバム『Coeur(ハート)』を放ったクララ・ルチアニは29歳。こちらも「若くなさ」が光る百戦錬磨ヴァリエテ・ポップのクリエーターである。北フランス(リール)から出て来たアルマネと、南フランス(マルティーグ)出身のルチアニ、この二人はライヴァルと言うよりはめちゃくちゃな仲良しで、よく連絡を取り合っているそう。二人に共通する「若くなさ」とヴィンテージ(フレンチ)ポップの色濃い影響は、ひょっとして「次どんなのやるのぉ?」なんていう機密事項まで打ち明けあっていたかもしれない。なぜなら、2021年の6月と11月という半年を置いてリリースされた二人のセカンドアルバムのサウンドの目玉はディスコであったのだから。

 クララ・ルチアニ『Coeur(ハート)』(爺ブログでレビューできずにごめんなさい、6月からずっと書きかけのまま放ってあります)は、6月という時期に登場したこともあるが、陽光あふれる昼型ディスコファンク(シックとかクール&ザ・ギャングとか)というおもむき。南の音。それに対してアルマネのそれは太陽少なめ北側欧州の暗めな夜のディスコ、言わばディスコ黎明期のドナ・サマー(舞台はオランダ、ドイツ)を思わせる欧州系歌謡ディスコ(ボニー・Mとか)風。最初の曲「ディスコ最後の日(Le dernier jour du disco)」は、恋の終わりとディスコの終わりがシンクロする驚くほどアホっぽく大胆な歌謡ディスコチューン。

ディスコ最後の日
あなたの体に乗り移って
真っ赤になりたい
ヒナゲシの花のように
ディスコ最後の日
ステレオで聞きたいわ
これ以上美しいものはないって
あなたに言うの


こんなの、ほんと真剣にやってるんですか?と驚きますわね。これが今回のアルマネの大歌謡ヴァリエテスペクタクルのオープニングである。テーマや(クリップの)上辺にあきれずに、サウンドのめちゃくちゃ凝ったエレクトロ・ディスコぶりも聞いてやってほしい。仕掛け人は2000年フレンチタッチ現象の立役者Ed Banger RecordsSébastiAn、Marlon B、Yuksekなど。往時の歌謡ディスコとの歴然とした違い、聞き取れるはず。
2曲めは、アーリーエイティーズなフランス・ギャルのためにミッシェル・ベルジェとヴェロニク・サンソンがタッグを組んで作曲して、ギャルにドナ・サマー風に歌ってみろと注文つけたような曲「なんてことないわ(Qu'importe)」。早くもこのアルバム白眉の一曲。
あなたと私の間のすべてが対立しあってもなんてことないわ
あなたと私の間のすべてが燃え上がってもなんてことないわ
みんながあなたと私を跪かせてもなんてことないわ
私はあなたを絶対に忘れたりしない
それはチョークで黒板に書かれているのよ


テーマはこれも恋の終わり。往年のTV歌謡ショーのような仕掛けたっぷりのクリップ、燃え上がる炎、クサいセリフ、すべて素晴らしい。
 3曲め 「チュ・ム・プレイ(Tu me play)」、これはもちろん "tu me plais(あなた気に入ったわ)"の語呂合わせなのだが、"braaa!"とか "Ah!”とか"Oh!"とか"Ha!”とか感嘆音が引っ張っていくJ-POPノリの曲。この曲あたりから、アルマネのアクロバティックな高音トーンのヴォイスが際立っていくのだが、これは序の口。曲はミッシェル・ベルジェ風と言っておこう。
 4曲め「ブン・ブン・ベイビー(Boum Boum Baby)」は70年代フィラデルフィアサウンド風と言うか、まんまレニー・クラヴィッツ「イット・エイント・オーバー・ティル・イッツ・オーバー」(1991年)の援用のようなイージー&スムーズなソウルもので、アルマネはいよいよ高音ヴォーカル&ファルセットで綱渡り歌唱の領域へ。
 5曲め「そのことしか考えてないの(Je ne pense qu'à ça)」は、ディスコで言えばスローバラード/チークダンスタイムで、寄せては返すリフレイン "je ne pense qu'à ça"は夕陽の波打ち際でのバカヤローにも似た切なさ。泣きの綱渡り高音ヴォーカル。これはクリストフ(1945 - 2020)からの影響、とテレラマが指摘していたが、なるほどだね。ディスコにはこういうのがなくちゃね。 
 6曲め「出来心(Vertigo)」はフィーチャリングでセバスティアン(SébastiAn)がヴォーカル参加。これも誰が聞いてもミッシェル・ベルジェ/フランス・ギャル調の歌謡ヴァリエテ。あたかもギャル(演アルマネ)+ベルジェ(演セバスティアン)が冥界でデュエットしているような。Aメロの特徴があきらかに"Si maman si"(1977年)。リスペクトを感じさせるパクリ。
 7曲め「HB2U」は、仏語英語ごっちゃのバースデイソング。このご時世なので、SNS上で誕生祝いメッセージにくっつけてどんどんシェアされれば、それなりにたいへんな収入になるかもしれない。内容はともかくとして、このゴージャスで繊細なゴスペル・コーラス!おごそかな誕生日気分。もらってうれしいものかもしれない。綱渡り高音ヴォーカルはいよいよ絶好調に。
   8曲め「頬に紅(Le rouge aux joues)」。これも必殺のスローバラード。これは近い将来(アメリカかなやっぱり)ソウル系の超絶歌唱女性シンガーたちにカヴァーされてスタンダード化される度量を持った曲。本人が歌うとちょっと弱いというわけではないけれど、ちょっと歌ウマのヴァージョンを聴きたくなるような。超高音ヴォーカルが危ういがそれがいいのかな。
Baby 私は頬紅をつけてきたわ
私のすべての愛のためのたったひとつの宝石のように
Baby 私は頬紅をつけているの
私のすべての愛への最高の敬意として
私の肌はオンリーユーとハミングしているのよ
地球のすべてが私たちの周りを回っているの
私の炎はあなたの前に跪く
おお Baby 私は頬紅をつけているの

こういう歌詞のリフレインに身にあずけて、ゆっくり回るミラーボールの反射光を受けながら、いつまでも終わってほしくないチークダンスを...。いやあディスコってほんとにいいですね。
 次9曲め(ベルジェ/ギャル調)と10曲め(クリストフ調三連符バラード)、コメント飛ばします。
 10曲め 「命を救え(Sauver ma vie)」、これはヴェロニク・サンソン風なピアノイントロに始まって、ブロンスキー・ビート(ジミー・ソマーヴィル)〜ペット・ショップ・ボーイズ風なシンフォニックなBPMビートに移っていくエモーショナルな曲。これは「命」というテーマだけに、私は80年代のエイズ禍と『120BPM』(2017年)のような映画を想ってしまうよね。
私の命を救って
一滴の涙も流さずに
私の命を救って
見てくれなんて打破って
私の命を救って
武器を捨てて
私の命を救って

リフレイン"Sauver ma vie"の箇所のアルマネのファルセットはジミー・ソマーヴィルを想ってのことに違いないよ。
 そして11曲め、これがびっくりなんですよ。「愛を想像する (Imaginer l'amour)」。ピアノ弾き語りのワルツ曲。
夜とその野性の壮麗さを想像する、あなたの腕につかまりながら
森の中を走ること、そしてあなたの声のリズムで笑うことを想像する
愛を想像する、塔の中にいるあなたと私、真昼の星たちを想像する
私が決して生きることがない人生を想像する、いずれにしてもここにはない
夏を想像する、あなたの首の中にあるかもしれない酔っぱらった光を想像する
もっとたくさん想像する、私が狂気に至るまでもっとはげしく想像する
愛を想像する、塔の中にいるあなたと私、真昼の星たちを想像する
私が決して生きることがない人生を想像する、いずれにしてもここにはない
うううう わううう うううう わううう
うううう うううう うううう わううう
夜あなたの体をとらえる時に立てる音を想像する
時々あなたは囁くけれど、それは死神に挑む腕輪のような音
愛を想像する、それは何度も私を欺いたけれど、私はさらにそれを望む
この生き方が好きだけれど、私は決してそう生きられない、いずれにしてもここではできない
あなたがこの景色の中に私と一緒にいるなんてあなた自身想像したことがない
と私は想像する
さいわいなことに、私の頭は宴へと私を誘うの、夜が明けるまで
愛を想像すること、それは私がまだ呼吸を続けるために残されたたったひとつのこと
この生き方が好きだけれど、私は決してそう生きられない、いずれにしてもここではできない
うううう わううう うううう わううう
うううう うううう うううう わううう


3分10秒めから約30秒続くアウトロの浜辺の波の音、子供たちの声、また波の音...。バルバラ などの先人も歌った愛の寂寥というテーマ。生きるためにどこにもない愛を想像するしかない同志たち、これは10年に一度の愛の寂寥の歌だと思いますよ。おふざけたディスコサウンド遊びのような始まり方をしたこのアルバムが、こんな遠くまで私たちを連れてきてくれました。
 そして最終曲「火を焚け(Brûler le feu)」、アルバムの最後の最後に、最もヴェロニク・サンソン流儀の曲を持ってきたのだけれど、完全に「本家」を凌駕する出来栄えなのでした。どうしてここまでするんですか。2分9秒めに「ふっ」とブレスが入るの。そのあとピアノの右手が高音階部を8分音符単音で昇ったり降りたり、たったこれだけのことが何でこんなに美しいのか。ヴェロさんなどには想像もできないことだと思いますよ。13曲のエレガントな大歌謡スペクタクルの幕。終わったとたんにもう一度聴きたくなること必至。

<<< トラックリスト >>>
1. Le dernier jour du Disco
2. Qu'importe
3. Tu me play
4. Boum Boum Baby
5. Je ne pense qu'à ça
6. Vertigo (feat SébastiAn)
7. HBTU
8. Le rouge aux joues
9. L'Epine
10. J'te l'donne
11. Sauver ma vie
12. Imaginer l'amour
13. Brûler le feu

JULIETTE ARMANET "BRULER LE FEU"
CD/LP/Digital Romance Musique 3871449
フランスでのリリース:2021年11月19日

カストール爺の採点:2021年のアルバム

(↓)[ヴィデオクリップを待ちながら]"BRULER LE FEU"

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