2012年12月9日日曜日

フランソワーズ・アルディ『狂気の愛』(アルバム)

Françoise Hardy "L'Amour Fou"
フランソワーズ・アルディ『狂気の愛』

 FHのファーストアルバムからちょうど50年目に発表された27枚目のアルバムです。同時に発表された小説『狂気の愛』に関しては長々とここに書いたので参照してください。
 ”Un album qui me ressemble plus que les autres (他のどのアルバムよりも私に良く似たアルバム)"とアーチストは言います。10曲37分という短くも凝縮されたアルバムはゆっくりしたテンポのバラード曲ばかりで、ピアノとストリングスがサウンドの要になっていて、いつもに増してメランコリックな雰囲気で統一されています。同名の小説と符合する点はアルバムの中に鏤められていて、歌詞の中に"amour fou"という言葉が混じった曲は2曲あり、全体に現れるテーマは愛と死です。愛と死  -  もう最晩年の作品のような趣きすら感じます。
 オリジナル曲でないものが1曲。ベルトラン・ピエール(ex パウ・ワウ)が19世紀の文豪ヴィクトール・ユゴーの詩「あなたが私に何も言うことがないのなら(SI vous n'avez rien à me dire)」に曲をつけて2010年に発表した同名の曲 のカヴァー。「あなたが私に何も言うことがないのなら、どうしてあなたは私のもとに来たのですか?」と始まるこの詩は、無言のうちにある交感や情動を喚起するものですが、FHはなんとその詩の通りに歌っていないのです。聞いてびっくりなのですが、ブックレットについている歌詞(つまりユゴーの原詩)とところどころ違ったFHの歌詞が挿入されています。一種の「本歌取り」です。原詩の含意と一致していないのかもしれませんが、FHがそう歌うと、無情と有情の交感が深々と...と聞こえてしまうからさすがです。
 アルディ詞でないものがもう1曲あって、ジュリアン・ドレ (2010年にシルヴィー・バルタンの前座で来日)作詞作曲の「ノルマンディア」。これは2010年公開の映画『ホリデイ』(ギヨーム・ニクルー監督)のサウンドトラックとして書かれたメロディーをベースにしてドレが改めて作詞作曲したもの。フランスで最もロマンティックでセンチメンタルな海岸線のあるノルマンディー(リファレンス:マルセル・プルースト『失われた時を求めて』)に寄せて歌う、若く破壊的な失恋の(三連符もの)バラードですが、「愛と死」が歌詞に入ると自然にFH節になってしまうから不思議です。
 ドレだけでなく、作曲者陣は若い世代が多く、チエリー・ストルムレール(4曲)、カロジェロ、フランソワ・モーラン(ステージ名"FM")、ブノワ・カレ(リリ・キューブ)などがコンポーザーとなっています。
 FHは自分が歌う曲の場合、詞を書いてから曲をつけてもらうというプロセスはありません。必ず先にメロディーを送ってもらって、そのメロディーに合った詞を書きます。アルバム冒頭曲であり、アルバムタイトル曲でもある "L'Amour Fou"(狂気の愛)は、チエリー・ストルムレールから届いたメロディーを聞いた瞬間にFHが「19世紀的」なものをビビビっと感じたのだそうです。そのインスピレーションが貴族的な狂気の愛を詞にしています:夜中に伯爵夫人に使いが走る。自殺か決闘かは知らないが、傷ついて死に瀕している殿下が、死の前に一目伯爵夫人に会いたいと。急いで馬車に乗って殿下の最後の願いを叶えて欲しいと。あなたの夫の伯爵は眠っているから、構わず行きなさい...。
 時代がかった叶わぬ恋愛、狂気の愛、死に至る恋、これをFHとストルムレールは2分29秒で表現しているんですね。この第一曲めから、私たちは小説とディメンションの異なる「狂気の愛」の世界に入っていくわけです。
 ブノワ・カレが作曲した「地獄と天国(L'enfer et le paradis)」には、小説と同じような、一生待つ女(あるいは一生待たされる女)が登場します。

 生涯ずっと
 私のジレンマとあなたの不在の静寂の中
 生涯ずっと
 小さな死と再生を繰り返す
 でもそれは天国だった
 地獄でもあった
 地獄と天国
 私は夜それを夢見ているの
         (Lenfer et le paradis

 前作"La Pluie Sans Parapluie" でも素晴らしい曲を書いていたカロジェロが、今度のアルバムでも最も美しい曲を書いています。そのクラシカルで流麗なロマンス曲「なぜにあなたなの?(Pourquoi vous ?)」(↓にクリップ貼りつけました)は、こんな歌詞です(全編訳しました):
私はあなたの何を愛しているのかわからない
それはあなたのすべてなのかしら
私の思いは曖昧になっていき
もう限界
なぜにあなたなの?

そしてこの目眩は一挙に
私のすべてをとらえてしまう
それはどこからやってくるの?
私から? それとも
あなたから?

私はまさにあらゆるものの
ずっと下にいるように感じていて
もう立っていることもできない
地下坑にたまった毒ガスは
きっと爆発してしまうわね
私に銃口をつきつける必要はないわ
私はすべてを言うわ
狂った恋の後味のような
タブー

ほんの小さな秘密のほんの小さなかけらも
私から引きはがそうとしないで
ヴェールをはぐことは
遠くから近くから私たちを結びつけているすべてのことを
ダメにしてしまうかもしれないから

私があなたに注ぐ視線をぼかしてしまう
曖昧さのぎりぎりのところまでは
私は絶対に至らないつもりよ
でもそうなってしまっても
たいしたことじゃないわ

私たちふたりのうちのひとりが
頬を差し出してくれるなんてことが
あるかしら?
もしもそれがあなたなら
私はすべてを赦すわ

あなたは決して決してここに留まってくれない
私のすべての秘密のうちで最も焼けつくように熱いもの
私たちは決して決してにここに留まることはない
お互いに遠く離れていて、それなのにとても近いのに...
        ("Pourquoi vous ?")
この曲だけでも、これはFH最良のアルバムではないですか。 狂気の愛を生きた女性の最晩年の独白のように聞こえますでしょう。この方が小説よりもずっとずっとフランソワーズ・アルディなのですよ。

<<< トラックリスト >>>
1. L'Amour fou
2. Les Fous de Bassan
3. Mal au coeur
4. Si vous n'avez rien à me dire
5. Normandia
6. Piano Bar
7. Pourquoi vous ?
8. Soie et fourrures
9. L'enfer et le paradis
10. Rendez-vous dans une autre vie

FRANCOISE HARDY "L'AMOUR FOU"
CD EMI FRANCE 9727872
フランスでのリリース:2012年11月5日

(↓ "Pourquoi vous ?" のクリップ)

Françoise Hardy, Pourquoi vous ? par Telerama_BA


 

2 件のコメント:

Tomi さんのコメント...

いつもながら丁寧な作品の紹介を有難うございます。 相変わらずの私のレベルでは小説「狂気の愛」は読破できないので、CD「狂気の愛」を聴く時のベースにさせて頂きます。 FHのこの小説はフィクションと思う人は殆ど居ないのでは?  世の中には本当に何も疑うことなく恋愛して結婚してしまう人もいるのに、FHは何故満たされない気持ちの中で”諦める"選択肢に辿り着けなかったのか・・・。 自分にもすごく当て嵌まる部分があって、心臓をひと抓りされた感じです。 私論ですが、ある女性がその心の中にある人を思い描くと、その人が心の中から出て行ってしまうことが怖いのだと思います。 いちど誰かが心の中に住み着いてしまうと、誰も居なくなることが怖いのだと。 その気持ちが「執着」という表現になるのかと思いますが、本当はその人が居なくなっても、もっと自分を楽しませてくれる”ほかの人”が住んでいてくれれば、多分決別できるのだと思います。でも現実はそう易々と”ほかの人”が現れないのですよね。

Pere Castor さんのコメント...

Tomiさん、コメントありがとうございます。
"Il n'y a pas d'amour heureux"(ブラッサンス/アラゴン)、幸せな愛などない、と思う側の人間は世の中に少なくないと思います。私たちは誰しもどこかに「フランソワーズ・アルディ的なもの」を持っていて、そのふさぎの虫と共に生きなければならない。ひとつの恋愛から違う恋愛に移ったところで、そのふさぎの虫は消えることはないのです。FHはたくさんの恋愛をしましたが変わらないのです。そんな風に読みましたし、FHの歌はいつもそんな風に聞こえます。