2011年11月29日火曜日

白鳥の歌なんか聞こえない

Allain Leprest "Leprest Symphonique"
アラン・ルプレスト『ルプレスト・サンフォニック』

 プロデューサーのディディエ・パスカリ(TACET)の証言によると、このアルバムはルプレストの長年の夢だったそうです。シンフォニック・オーケストラと録音すること。レオ・フェレは自作交響曲でフル・オーケストラを指揮するという長年の夢を晩年果たしています。アンリ・サルヴァドールはジャズ・ビッグバンドとダイレクト録音する、という夢を果たせずに亡くなりました。ルプレストはその夢を6割がた達成したにもかかわらず、その完成に至らずに8月15日に自ら命を断ちました。
 「6割がた」と書きましたが,それはこのアルバムに収められた13曲のうち,ルプレストが歌入れをしたのが7曲のみであることを根拠に「算数的」に表現したわけです。ところが,レコード会社ロートル・ディトリビューションのリュック・ジェヌテーから聞いた話によると,ルプレスト自身はこのプロジェクトの序盤戦までしか関わっていないようなのです。長年の夢と言うよりは,子供の頃から憧れていたフル・オーケストラをバックに歌えたらいいな,というアランの童心からの願望を,ディディエ・パスカリと26年来の盟友であるロマン・ディディエが,今だったら実現できる,と具体的に動き始めたのが2010年秋。
 「今だったらできる」はおおいに経済的な問題なのです。2007年,アラン・ルプレストは脳腫瘍と肺ガンで死ぬはずだったのです。それも長いキャリアの割に人気も知名度も低いマージナルなシャンソン歌手として果てるはずだったのです。クロード・ヌーガロをして「最も電撃的な歌手」と言わしめ,学士院会員作家ジャン・ドルメッソンをして「20世紀のランボー」とまで称賛させたルプレストは,人知れずこの世を去るはずだった。否,このアーチストをこのまま無名のまま終わらせてはならない,この歌い手の声がもう出ないならわれわれがその歌を歌い継ぎ,世に遺していく,そう申し出るシャンソン仲間が次々に現われてきたのです。『シェ・ルプレスト(ルプレスト亭)』のプロジェクトはこうして始まり,イジュラン,ミッシェル・フュガン,ジャン・ギドニ,サンセヴリーノ,エンゾ・エンゾ,オリヴィア・ルイーズ,ラ・リュー・ケタヌー...,こういった人々に支えられてルプレストは「最後の酔いどれ詩人」として多くの音楽ファンたちに聞かれるようになったのです。
 『シェ・ルプレスト』はCDを2集出し,パリで大きな会場(バタクラン,アランブラ)でコンサートを開き,シャルル・クロ・ディスク大賞,SACEM(フランス著作権協会)ディスク大賞などを獲得し,元気づいたルプレストは2008年に『氷山が溶けてしまう時』という新曲アルバムまで発表するのです。2007年から2010年までルプレストは不死身の男に変身したのです。ガンは完治しておらず,ずっと小康状態のまま,ルプレストは酒も煙草もやめずに,人前に「名のある」アーチストとして登場するようになったのです。CDは売れ,コンサートには人が入り,ルプレストは50代半ばにしてやっと初めての経済的な安定を見るのです。
 ディディエ・パスカリとロマン・ディディエとアラン・ルプレストの3人は「今だったらできる」というこの『ルプレスト・サンフォニック』のプロジェクトを具体化します。それは,今の経済状態ならば,アルバムの後,シンフォニー・オーケストラを連れ立ってのコンサートツアーまで視野に入れられる,というものだったのです。ロマン・ディディエは長年のつきあいから,またアランの現状を知っているから,アランがオーケストラに合わせることはできないと見抜いていました。アランがオーケストラに合わせるのではなく,オーケストラがアランに合わせなければこのアルバムは実現不可能である,と。メトロノームは肺を煩っている詩人の鼓動、オーケストラはそれを忠実に追うこと。そこでプランは歌録りが先,オケ入れが後,ということになります。
 2011年7月,モントルイユのセケンザ・スタジオでルプレストの歌録りが行われます。予想するにロマン・ディディエのピアノ伴奏のみで進行されたでしょう。セレクトした十数曲のすべてがうまく行ったわけではありません。何度もの録り直しの末に7曲ぐらいはロマンが及第点を出していいものだったでしょうか。この作業を半ばにして(ディディエ・パスカリの跋文の表現を借りると),詩人は一杯飲みに出かけてしまうのです。近くのビストロにではなく,空の上に。
 その空に行く途中で,詩人は山に寄っています。7月中旬から敬愛する先達ジャン・フェラのゆかりの地,アルデッシュ山中の村アントレーグで開かれた「ジャン・フェラ・フェスティヴァル」にメイン・ゲストとして招かれ,元気にステージをつとめ(インターネット上で知る限りの見た人たちの証言によると,本当に元気いっぱいだったらしい),そのままこの村の滞在を延長してヴァカンスを過ごしていました。
 下界と空の間に山があります。 下界に戻れば,またこの「夢のアルバム」の録音が待っていたはずです。アランが夢見ていたオーケストラの音も下界に戻れば自分のものにできたはずなのです。しかし詩人は山にとどまって,8月15日に自ら命を絶ちました。
 山で何が起こったのかを,私はここで安易な憶測で書くわけにはいきません。
 今,このアルバムを手にして,CDプレイヤーで何度も聞き直すにつけ,私にとって最も衝撃的で同時に最も残念なのは,ルプレストはこの完成された音はもとより,このオーケストラの音を一度も聞いていない,ということなのです。

 ディディエ・パスカリとロマン・ディディエはその死の衝撃と悲しみの只中にありながら,このやりかけのプロジェクトを最後まで遂行することに決めたのです。 フランスで最も評価の高い録音スタジオのひとつ,パリ20区のダヴート・スタジオでロマン・ディディエ編曲のオーケストラの演奏が録音され,用意されていた十数曲のうち,アランが歌録りをしなかった,あるいはNGだった曲には,ディディエ・パスカリが『シェ・ルプレスト』に集ったアーチストたちの中から6人にアランの代役をお願いしました。ジェアン,クリストフ,ケント,ダニエル・ラヴォワ,エンゾ・エンゾ,サンセヴリーノ。そしてアルバムの最終曲である「無用のワルツ(Une valse pour rien)」は,CDブックレットにクレジットされていないものの,ロマン・ディディエとアラン・ルプレストのデュエットになっています。初めからこうだったのか,それともロマン・ディディエの止みがたい意志でデュエットに変えたのか(私は明らかに後者であると思っています),ロマン・ディディエの最後の友情の証しのようなエンディングです。
  パスカリとディディエが最後までやり通した仕事をルプレストはどう思うでしょうか。パスカリはこのブックレットの跋文で,こう詩人に呼びかけます。
Tu verras, c'est beau...(わかるかい,見事な出来だよ...)
Je crois que tu seras content. (きみもきっと満足だろう)
C'est beau... 確かに!ここにはルプレストの最も美しい曲しかありません。私たちはヴェルレーヌと同じように秋の日のヴィオロンとルプレストを聞いてしまうわけですから,このエモーションに涙しない人がおりましょうか。1曲め「海に雨が降る(Il pleut sur la mer)」が始まった時から,私たちは詩人の声とオーケストラの海の音と雨の音を聞くのですから。しかし,歌ったルプレストはこの音を聞いていないのです。

<<< トラックリスト >>>
1. IL PLEUT SUR LA MER
2. DONNE-MOI DE MES NOUVELLES
3. LE TEMPS DE FINIR LA BOUTEILLE (chant : JEHAN)
4. LA GITANE
5. OU VONT LES CHEVAUX QUAND ILS DORMENT (chant : CHRISTOPHE)
6. C'EST PEUT-ETRE (chant : KENT)
7. MARTAINVILLE
8. D'OSAKA A TOKYO (chant : DANIEL LAVOIE)
9. NU
10. ARROSE LES FLEURS (chant : ENZO ENZO)
11. SDF (chant : SANSEVERINO)
12. GOODBYE GAGARINE
13. UNE VALSE POUR RIEN

ALLAIN LEPREST "LEPREST SYMPHONIQUE"
CD TACET/L'AUTRE DISTRIBUTION TCT111201-1
フランスでのリリース:2011年12月7日

(↓ EPK "Leprest Symphonique")

EPK Leprest Symphonique par jmvignau









3 件のコメント:

Tomi さんのコメント...

ルプレストがいたからこそ、でもルプレストが亡くなったからこそ完成したこのアルバムというのはあまりにも皮肉な話ですね。 今年の色々な思いと共にクリスマスにゆっくり聴きたいと思いました。(小学生の感想文みたいでごめんなさい)死んだらもったいないと思って生きてきたけど、死にたい人の気持ちが少し理解できる今日この頃です。

Pere Castor さんのコメント...

Tomiさん、コメントありがとうございます。多くの人たちに聞いてほしいアルバムですが、年内に日本の店頭に並ぶのは難しいような状況です。こちらにあるプロモ盤を一枚お分けしますから、私からのクリスマスプレゼントだと思って受け取ってください。派手な装飾のないオーケストレーションで、そこから疾風怒濤が巻き起こるわけではないのですが、ヴォーカルと対話するような暖かさとふくらみに、ロマン・ディディエのルプレストとの向き合い方みたいなものを感じます。オーケストラの音にも親しいあなたですから、違う聞き方をされるかもしれません。後日感想聞かせてください。

Tomi さんのコメント...

ヴィデオも見ました。 涙が溢れ、心の底に悲しみと切なさが残ります。 やたらに宣伝したくない、共感できる人にだけ推薦したい一枚ですね。 1年を締め括るにふさわしいアルバムと期待しています。 そんなアルバムを送って頂けるなんて、とても楽しみです。