2011年11月7日月曜日

警察は一体何をしているんだ

『ポリス』2011年フランス映画 
 "Polisse" マイウェン監督 / 主演:マリナ・フォイス,カリン・ヴィアール,ジョーイ・スタール,マイウェン... 
 2011年カンヌ映画祭審査員賞

 まずマイウェン・ル・ベスコという女流監督について。1976年パリ郊外生れのこの女性は,母親がアルジェリア系フランス人の女優カトリーヌ・ベルコジャ,父親がヴェトナム系ブルターニュ人という血筋です。北アフリカ的でも北フランス的でもアジア的でもあるその顔立ちがその複雑な混じり具合をよく物語っています。それよりも複雑なのは母親カトリーヌとの関係です。幼くしてその希有の容貌を見てとった母は,この子が将来必ずや大スターになる,と直感したのです。3歳から舞台に立たせ,キャスティングに奔走し、少女スターに育てようとするのですが、思惑通りに行きません。ここで母親はこの子に才能がないことに落胆しマイウェンに冷たくなり、娘は娘で反抗し、彼女の十代は非常に複雑なものになります。その不安定な少女は15歳で花形映画監督リュック・ベッソンと恋に落ち、16歳で結婚し女児を出産します。97年にベッソンはミラ・ジョヴォヴィッチと関係を持ち、マイウェンはベッソンと別れ、そこから極度の神経衰弱に陥り、大食症で数ヶ月で25キロ体重を増やした上、アルコールとドラッグの依存症になります。  
 そのセラピーのように、彼女はものを書き、自伝的なシナリオやワンマンショーの台本で、彼女自身の過去に落とし前をつけようとします。その延長で彼女は映画を撮り始め、2004年に短編映画でデビュー、この『ポリス』はマイウェンの長編第3作目になります。  
 パリ警察の「未成年保護部隊 Brigade de Protection des Mineurs(略称BPM)」をめぐる劇映画であり、シナリオはマイウェン自身が1年間に渡ってBPMに取材して体験したことがベースになっています。BPMが扱う事件は未成年に関するすべてのことです。未成年が被害者となる事件(誘拐、親による児童虐待、ペドフィリア、女衒による強制売春...)もあれば未成年が犯罪者となる事件(窃盗、暴行、能動的売春...)もあります。映画はそのさまざまな事件のエピソードを赤裸々な映像で挿入しながら、BPM捜査班の苛烈な日常を映し出します。この映画が日本上映が難しいと簡単に予想できるのは、この捜査班のしゃべり言葉が(男性捜査官も女性捜査官も)字幕化不可能な野卑で露骨な語彙で構成されるからです。性器や性技をあらわすありとあらゆる表現が、次から次に飛び出します。特にフランスで美人女優とカテゴライズされるであろうマリナ・フォイスとカリン・ヴィアールからそのような表現が連発される時、この映画のディメンションは「生の現場」であると明白になります。観る者は一切のナイーヴさを捨ててこの現場と立ち会うことになります。  
 その現場に、「内務省からの注文で」という理由でフォト・ルポルタージュを依頼された 女性フォトグラファー、メリサ(マイウェン)が送り込まれ、数ヶ月間BPMと行動を共にして写真を撮っています。その現場のすごさに圧倒されながらも、メリサはこの十数人の男女の苛烈な仕事ぶりと、その熱情、苦悩、怒り、喜びに惹かれていきます。ところが「それはそんなきれいごとじゃねえ」と捜査官フレッド(ジョーイ・スタール)がメリッサの写真仕事に嫌悪を示します。フレッドはこのBPMで、最も粗野で最も感情的で最も熱血の男です。警察という社会にありながら上官に喰ってかかることを恐れません。アフリカ移民の母子が路上テント生活に耐えられず、BPMに保護を求めてきます。BPMは全力で二人を収容できる保護施設を探すのですが、子供の分しか見つからず、母はひとりで路上に戻っていきます。この親子の生き別れに激怒したフレッドは、上司の上司のところまで怒鳴り込みに行き、何とかしろと迫りますが、その願いは(サルコジの内務省の答弁のように)聞き入れられるわけがないのです。  
 泣き叫ぶ子供を抱きしめて、涙を流しながらなだめるフレッド。その一部始終を写真におさめていたメリサはそのフレッドの熱い思いと葛藤に心打たれ、フレッドのその憤怒の一夜につきあうのです。  
 映画はBPMのおのおのの捜査官が生身の人間として、おのおのの問題を抱えていることも大きく映し出します。仕事そのものが爆発ギリギリまでのストレスをかぶることを余儀なくされる上に、個人の問題がのしかかってくる。二人の女性捜査官として机をならべてペアで仕事してきたナディーヌ(カリン・ヴィアール)とイリス(マリナ・フォイス)の関係が、この映画の中の大きな軸のひとつなのですが、最初は若い親友同士のように自分の個人レベルのことまで打ち明けあっていた二人が、映画の進行と共に、ナディーヌは不幸から幸福へ、イリスは幸福から不幸へ、とプライヴェートストーリーが逆の展開を示します。映画終盤でナディーヌとイリスは大喧嘩になります。次年度の異動でイリスは上級職に昇進すると決まった時、個人の幸福を捨ててこの仕事をしてきた自分の大きな虚無感が襲ってきて、イリスは窓から飛び降り自殺をします。  
 ナディーヌとイリスの最後の一緒の仕事で、強姦されて妊娠した未成年が法的処理に従ってその胎児を中絶するシーンがあります。かなりショッキングな場面です。15センチほどの嬰児まで映されます。それは出産後殺されてしまうのですが、その法律の手続き上、その子の「名前」が必要だから、出産した少女に名前をつけてくれ、とナディーヌとイリスが頼みます。少女は悲しみのあまり、もうこのことは忘れたいから、放っておいてほしい、とその頼みに応じません。しかたなく、二人の捜査官は勝手にこの死にゆく嬰児に名前をつけるのですが、イリスはその子に「イリス」と名付けるのです。この時に、イリスのストレスは死にゆくレヴェルまで達していたのだ、とあとでわかる映画です。  
 出演している未成年者たち(被害者も犯罪者も)はすべて、かなり残酷な演技を要求されています。この残酷な少年少女像は、おそらくマイウェンに親しいものでしょう。親に愛されない、親から祝福されない子供たち、親や大人たちから痛めつけられる子供たち、これらの未成年者たちの前で、必死に闘っているBPMの男と女。ナイーヴな美談になりえない映画です。
(→)公式サイト

(↓)予告編

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

初めてインターネット上に書き込みさせていただきます。今夜M6で、Polisse の放映があり、私は公開時には見逃してしまっていたので、楽しみにしていました。鑑賞後の複雑な気持ちを整理しきれずネットサーフィンをしていたところ、貴ブログの記事を拝見しました。そして分かりやすく的確な文章で、モヤモヤした気持ちを少し整理することができました。