2008年7月6日日曜日

愛するアニタ



 ファブリス・ゲニョー『シクスティーズのミューズたち』
 Fabrice Gaignault "Egéries Sixties"


 またしても新刊ではありません。オリジナル単行本は2006年に刊行されていて、これは2008年6月にJ'AI LU社から文庫化された版です。ガソリン代高騰に勝てず、4月から地下鉄通勤者になってからは,通勤時間を利用して本がそれまでの倍読めるようになりました。そういう時は文庫本(リーヴル・ド・ポッシュ。ポケット本)がかさ張らず便利です。おまけに安い。この本だって2年前の単行本が20ユーロで,この文庫版は6.70ユーロですから。こういう当たり前のことに気がつかなかったのは十数年間クルマ生活者だったからなんですね。
 さて,著者ファブリス・ゲニョーは女性月刊誌Marie Claireの文化欄編集長です。タイトル中の"égérie"(エジェリー)は適当な訳語が見つからなかったので「ミューズ」としましたが,どちらかというと「ニンフ」に近く,芸術家に霊感(インスピレーション)を与える女性のことで,このノンフィクション本は主に60年代のロック・アーチストたちにその美貌(+その他)で多大な影響を与えた女性たちを,本人とその周囲の人たちの証言で多面的に捉えるものです。ニコ,アマンダ・リア,ズーズー,パティー・ボイド,マリアンヌ・フェイスフル,アニタ・パレンバーグ...。ブライアン・ジョーンズ,ミック・ジャガー,キース・リチャーズ,ジョージ・ハリスン,エリック・クラプトン,デヴィッド・ボウイーなどを狂わせた女性たち,というわけですが,誰が誰とどうなっていたということを芸能誌ネタ風に書き並べている本ではありまっせん。そんなものは英国タブロイド紙に任せておけばいいのであって,フランスのステータスある女性誌の幹部ジャーナリストのすることではないでしょう。なぜファブリス・ゲニューがこのような本を書けたのかは,多くの人たちが意外なことと思うはずなのですが,これらのことの舞台はロンドンではなく,ほとんどがパリで起こっていたからなのです。これらのミニスカートの似合う細身の美女たちは,パリのマヌカン派遣会社社主兼スカウトのカトリーヌ・アルレが,パリのナイトクラブなどで発掘して,ヴォーグその他世界のファッション雑誌に売り込んでトップモデルとなっていったのです。国籍はどうあれ世界の最先端の美貌はパリに集中し,そこからニューヨークやロンドンやトーキョーに出張して仕事をしていたわけです。
 私たちはあの頃を思う時とりわけ音楽のことを考えると,ビートルズやローリング・ストーンズを生んだ国と比べるとフランスには何もなかったと思いがちです。スウィンギング・ロンドンの時代,パリには何もなかった,と。それはビートルズとジョニー・アリデイを比べるからなんですね。
 ところがこの本はあの頃ロンドンの夜は何も面白いものがなく,みんなパリに来ていた,ということを証言しています。極端に言えば,世界トップクラスの美女を求めて,ロックスターたちがパリにナイトライフの拠点を置いたということにもなります。その代表がブライアン・ジョーンズ,ミック・ジャガー,キース・リチャーズというローリング・ストーンズの3人でした。そのパリ移住組の中には映画「パフォーマンス」(ニコラス・ローグ監督,ミック・ジャガー初主演映画)のシナリオ(およびローグと共同監督)を書いたドナルド・キャメルもいて,キャメルとデボラ・ディクソン夫妻のモンパルナスのアパルトマンでのパーティーが,ロックスターとトップモデルたちの出会いの場所だったりします。「アドリブ」,「カステル」,「レジーヌ」...パリのナイトクラブには,サガンやゴダールなどの他にボブ・ディラン,ビートルズ,フー,キンクス,ヤードバーズなどのメンバーが出入りして,ハプニングアートや世界一の美女のツイストを見ながら朝まで狂乱するということをしていたようです。ズーズーに「きみはツイストがうまいねえ」と声をかけるのがジョージ・ハリソンだったり。
 ロックンロールの枕詞は「セックス&ドラッグ」です。ローリング・ストーンズ歌う「マザーズ・リトル・ヘルパー」(母ちゃんの小さな助っ人)は経口避妊薬(ピル)のことでした。シクスティーズの若い男女はピル登場のおかげで,誰が誰とセックスしようが何の心配もなくなってしまった。このトップモデルたちとロックスターたちはパリの夜にいくらでもパートナーを変えて性の饗宴を繰り広げるのです。ドラッグはその栄養剤/刺激剤としてなくてはならないものになります。エイズが出現するまでロックスターたちは,それでフツーだろうが,と思っていたんですね。
 いやはや大変なオージー時代だったのですが,その中心地のひとつがドゴール〜ポンピドゥー時代のパリであったということです。この本に登場する人物たちは程度の差こそあれすべてジャンキーです。大陸の方がドラッグが手に入りやすかったということもあるかもしれません。この本の最重要人物のひとりとなっているアニタ・パレンバーグの証言では,彼女が初めてローリング・ストーンズのコンサートに行くのは,モデル仕事の出張先のミュンヘンでのことで,時は1965年,その時楽屋に潜り込むことに成功して,彼女はストーンズのメンバーにマリワナをすすめますが,メンバーは怖がってなかなか手を出さなかったというのです。ブライアン・ジョーンズを除いて,彼らはまだ「クリーン」だったというわけです。
 後に6人めのローリング・ストーンズと言われたアニタ・パレンバーグはその夜からブライアン・ジョーンズの恋人となり,2年間同棲し,1967年春のある日,デボラ・ディクソン,キース・リチャーズ,ブライアン・ジョーンズ,アニタ・パレンバーグの4人が自動車(ベントレー)でパリからモロッコまでの旅行に出かけ,いろいろなゴチャゴチャがあって,この時からアニタはキース・リチャーズの恋人になります。このモロッコ旅行に関してはこの本で3者の違う証言があり,大変興味深いです。この時をきっかけにローリング・ストーンズ創始者ブライアン・ジョーンズは主導権を失い,やがてバンドから放逐されてしまうのですが,この時からアニタはそれまでパッとしなかった大人しい好青年風のギター弾き君を大改造して,私たちの知る私たちの大好きなワルでスタイリッシュなギタリスト,キース・リチャーズを誕生させてしまうのです。その代わり徹底的なヤク浸け人間にも改造されるのですが。
 71年ローリング・ストーンズは税金対策のために彼らの大好きな南仏コート・ダジュールに移住します。ミック・ジャガーとビアンカがサントロペで結婚し,キースとアニタはヴィルフランシュ・シュル・メールのヴィラに住み,毎晩近所のワルたちも集めてパーティーしていました。この時期にアルバム『メインストリートのならず者』も録音されるのですが,静かなストーン,ビル・ワイマンはこの時に画家マルク・シャガールと交友関係を持ちます。この時の話がこのセックスとドラッグだらけの本の中でひときわ異彩を放つので,少しだけ訳します。

 (P253 訳はじめ)
 - 最初に画家の家を訪れた時,彼は家の壁という壁がすべて大きく美しいたくさんの絵でおおわれているのに驚いた。ワイマンはシャガールにどうしてこれらの絵は売られたり展示されたりしないのかと尋ねた。画家は彼にこれらの絵が完成していないからだと答えた。「僕は彼に,絵が完成したと彼が認められるのはどんな瞬間なのか,と質問した。彼は《絵を私の庭に持っていって花や草の真ん中に置いてみる,その時絵がもう悪い健康状態じゃなくなっているな,と思える時,私はその絵が完成したと認めることができるのだ》と答えた」。この美しい話をブライアン・ジョーンズが聞いたら,きっと好きになるだろう,と彼は確信している。
(訳おわり)

 マリアンヌ・フェイスフル,アマンダ・リアなど現役の人たちもいます。ニコを唯一の例外として,この本に現れた女性たちは,何はともあれ,生きています。自殺,他殺,病死,オーヴァードーズ,いろいろな理由で彼女たちが関わった男たちはたくさん死んでいます。
 アニタ・パレンバーグは77年にキース・リチャーズと共にカナダで麻薬所持で捕えられて以来,キースの重刑(長期の禁固刑)すなわちローリング・ストーンズの消滅という最悪の事態を避けるために,共犯関係を否認するための法廷上の手段としてキース・リチャーズと別離します。これで6人目のローリング・ストーンズは消滅するわけですが,アニタはこの本のインタヴューでは今でもキースを愛し続けているし,別離こそしても交流は続いていると言います。ただ,「私の生涯の恋人というのはブライアン・ジョーンズであり続ける」なんてことも言うのです。キースは相棒,共犯者,愛人であって,私の情熱はずっと違うところにあった,と。 Talk is cheap (Keith Richards)


Fabrice Gaignault "EGERIES SIXTIES"
(文庫 J'AI LU8679。2008年6月。318頁。6.70ユーロ)



PS1 (7月14日)
さなえもんへ。
(←)出典はこれです。

 
 
 

2 件のコメント:

さなえもん さんのコメント...

恋するアニタだよね。アニターッ!
(ワイルドワンズ)
パティ・ボイドあたりの証言が気になる。
Isn't It A PityでLaylaな女性。
爺は3年ほど前に公開された映画
「ブライアン・ジョーンズ”ストーンズから消えた男”」は観ましたか?
モロッコ旅行のシーンも出てきていましたな。

Pere Castor さんのコメント...

情報ありがっとう。
その映画(原題 "Stoned")は、総合映画ガイド www.allocine.fr によるとフランスでは公開されていないのでした。ま、爺が知らなくても当然でした。
ファブリス・ゲニョーの本の中でアニタ・パレンバーグは「他殺説」を取っています。ブライアン・ジョーンズの極端な悪魔崇拝というのはアニタは否定するのですが、ブライアンとのSMプレイというのはちゃんと告白してるんですね。
SM関連で言うと、マリアンヌ・フェイスフルの曾祖父の兄弟(arriere-grand-oncle)にあたる人が、レオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホ(『毛皮を着たヴィーナス』)なんだそうです。このこともこの本で知りました。